多少コメディチック。
1 秋雨のアトリエ~梁山泊の錬金術師~
カチッ、カチッという時計の秒針の音が聞こえる程に静寂に満ちた空間が広がっている。
静謐に満ちていて、どこか壊しがたいと感じる部屋。
唐突に、その静寂が打ち破られた。
轟、と炎が空気を吸い込む音が鳴り響く。
火の粉が舞い上がり、紅蓮の焔が円を描いて舞い踊る
しかし、木造であるはずのこの部屋のものに引火していない。
それだけで、自然ではないと断じることができる。
その炎の中で人影が揺らめくように浮かび上がってきた。
その人影が腕を横に薙ぐ。その動作で炎が掻き消されたかのように小さく燻るように消えていった。
炎の中から出てきたのは金髪に赤いスーツを着崩している男だ。その様がまるでホストのような印象を人に与える。似合っていないわけではないのが人にとっては鼻に付くだろうか。
男は眼を瞑ったまま髪を右手で掻き揚げる仕草を取ると、まるで演劇に立っている役者のように声を出した。
「人間界は久しぶりだな……。相も変わらずここは風が澱んでいて好きになれそうにない」
そう呟いた男――名をライザー・フェニックスという――は、暫くその姿勢のままだったが、何の反応もないことを怪訝に思い、眼を開けた。
視界に入ってくるのは壁、天井、床の全てに魔法陣が描かれている部屋。ソファやデスクなども置かれている。調度品は華美では無いものの気品良く、部屋の主の趣味と審美眼の良さを示していた。
しかし、今はその部屋の主は居ないようだ。ソファにも人は座っていない。今この部屋にいるのはライザー只1人である。
どうやらライザーは誰も人のいない部屋で先ほどのような演出入りの転移をし、舞台じみた台詞を言っていたようである。
「……ゴホン!」
口元に握りこぶしを添えて咳払いをする。その頬が赤くなっているあたり、どうやら急に気恥ずかしくなってきたようだ。
その動作で気持ちを切り替えたライザーはキョロキョロを部屋を見渡す。しかし何度見ても無人であることに変わりはない。
「おかしいな……。確かにこの部屋がリアスの人間界での拠点と伺っていたのだが」
そう呟いていると後ろでまたもや炎が吹き上がる。そちらに眼を向けると自らの愛すべき眷属たちが転移してきていた。
総勢15人。その全員が美女か美少女である点を見ればライザーの性格の一端が分かるというものだろう。
その中の1人。腹心とも言える『
「ライザー様、どうしたのですか?」
「ああ、いや。リアスはこの時間にはここに居る筈だと伺っていたものだけどいないからな。どうしたものだと」
その声に答えたのは獣人の少女であるニィとリィだった。ちなみに駒は『
「ライザー様。多分だけど、リアス様は向こうの方に居ると思います」
「本当か?」
「はい。微かにですけど何かを叩くような音が聞こえてきますにゃ」
そう言って2人が指差したのは2人は知らないものの裏庭のある方向だった。その報告を聞いたライザーは顎に指を当てて考え込んだ。
「ふん……。何かを叩くような音か……。眷属のトレーニングでもしているのかもしれないな。何にせよ行ってみるか」
ライザーがそちらの方向目指して歩き出した。眷属達がそれに続いてゾロゾロとついていく。
まるで大名行列のような有様だが強ちその表現も間違いじゃあないだろう。実際ライザーは元72柱であるフェニックス家の第3男にして純血の上級悪魔だ。
「それにしてもこんな時間からトレーニングしているとは……。リアスは眷属の育成に熱心なようだな」
そう言うライザーの顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。純粋にリアスのことを褒めているようだ。
「向上心が大きいようですから。才能もお在りですし、大成なさるでしょうね」
「そうだな。まず間違いなく俺よりも才能がある」
「そんな! ライザー様の方が……!!」
「別に気にしちゃあいない。それに幾ら
階段を降り、目指す方向へと近づいていくと確かに何かを叩くような音が聞こえてきた。その音を聞いて更にライザーは笑みを深めた。
「さて、我が婚約者は眷属にどんなトレーニングをさせているんだか?」
角を曲がり、その先の光景を視界に入れ――
即座に振り返り、頭を何度も横に振った。親指と人差し指で眉間を押さえるようにしており、「気のせい、気のせいだから。ないない。あれはない」と呟いている様は不審を通り越して奇怪である。
後ろに居て、怪訝に思ったレイヴェル・フェニックス――ライザーの妹にして『
「どうしたんですの? お兄様」
「いや、何。ちょっとばかし疲れてしまっているらしい。何しろここ1週間程寝るのが遅くなってしまっているからな……」
それが単なる夜更かしでないことは眷属達が真っ赤になっている時点で明らかだった。1週間連続でしかも複数入り乱れてもありとは……。流石不死鳥、再生能力がハンパじゃねえ。
もっとも、妹にそこまで開けっ広げなのはどうかと思うが。
「……お兄様。眷属達と愛し合うな、とは言いませんから。もう少し節度を守ってくださいまし」
ハア、と溜め息を吐きながらレイヴェルは歩きだした。手の平で額を押さえているあたり、本当に頭痛がしているのかもしれない。
良い所も無いではない兄なのだが、眷属ハーレムを作ったり、対外的に自慢したいという理由だけでそこに
兎に角、戯言をほざいている兄は無視して裏庭へと進みだした。
「……ハア?」
固まった。その光景に完膚なきまでに固まった。その様子に何だ何だと他の眷属達が続いてきて……全員が固まった。
その先にあった光景を一言で言い表すならば……
まず1つ目。これはおかしくない。どこにでもある(かもしれない)光景だ。
木陰にてシートを広げ、その上に女性が1人、少女が2人座って歓談している。その全員がその前に「美」という形容がつくので、男からしてみれば眼福な光景かもしれない。
その手に握られているのは和菓子だろうか。見ているだけで涎が溢れそうな美味しそうな出来だった。
黒髪の美女が白髪の少女に話しかけて、それに無表情ながらも鬱陶しそうにする――しかし邪険にはしていない――白髪の少女。その2人の話の間を金髪の少女が取り持っているという感じだろうか。何にせよ微笑ましい眷属同士の触れ合いといった風情である。
次に2つ目。これもおかしくはない。レーティングゲームに出場している上級悪魔の眷属ではよく見られる光景だ。
少年が2人、打ち合っている。1人は片手で単なる木の棒を、もう1人が両手で木刀を持っているので、棒術使いと剣士だろうか。
中々の速さで打ち合っており、その錬度の高さには感心するものがある。それでも、技術の確かめ合いという点が強いのだろう。2人とも会話をする余裕があるようだ。2人の服装が恐らくこの学園の制服であるという点を鑑みても、2人が全力ではないことが推量できる。
これも眷属同士のトレーニング風景としてごく有り触れたものだろう。
そして3つ目、これがおかしい。決定的におかしい。
自分の婚約者でもあるリアスが椅子に座っていて、その隣に『雷の巫女』の異名を持つ『
が、リアスが座っている椅子がまずおかしい。なぜかというとマッサージチェアだからである。何故にこんなところでマッサージチェアに座っているのか?
次にその横に魔王サーゼクスの『
余程気持ちいいのか、グレイフィアが話しかけているのにリアスが「ああ~。うん。後5分待ってちょうだい」と蕩けたような口調で言っているのがおかしい。幾らなんでも態度があんまりである。
そして最後、これがこの空間を決定的にカオスへと叩き落しているのだが……マッサージチェアの動力がおかしい。
その動力は……人力――悪魔力と言った方が正確か?――であった。
マッサージチェアの後ろから伸びた棒が滑車のようなものへと取り付けられている。その滑車を回転させているのは紐だろうか?その紐が茶髪の転生悪魔の肘に取り付けられており、左右の腕を交互に前に出すことにより滑車を回転。結果マッサージチェアを動かしているようだ。
その男の悪魔はトレーニングジムにあるランニングマシーンのようなものの上に取り付けられた的を殴りながら走っている。相当な速さで走らないと後ろへと下がっていき、相応の強さで殴らないと的は前へと進んでくれないようである。先ほどから聞こえてきていた何かを叩くような音は、この悪魔が的を左右の拳で叩く音だったのだろう。
また、その体には紐とは別にバネを後ろから取り付けられている。常に後ろへと引っ張りつつ、前へと進む度に進むのが難しくなる仕様のようだ。
果たしてどれほどの間そうしていたのだろう。口からは「ぜひっぜひっ」という呼気を漏らしている。その顔を濡らしている汗の量は尋常じゃない。ついでにその表情も尋常じゃない。
その男の悪魔とそのマシーンが一層際立っておかしく、その光景が何でもないものかのように振舞っているという点で周りの光景もまた奇妙なものへと変えていた。
とにかく、ライザーがこの光景を見てまず思うことは。
「何なんだ? あのマシーンは」
「説明しよう!」
「うおっ!?」
ライザーの呟きに答える声が真横から。呆然としてしまっており、周囲への注意が散漫になっていたライザーは思わず吃驚して仰け反ってしまっていた。
金髪蒼眼の男は手に棒を持っている。どうやら先ほど打ち合いをしていたうちの片方らしい。
男――ライザーはまだ名前を知らないが風林寺翔――はいつもよりもテンションが高めな様子で喋り始めた。
「あれは秋雨師匠が作った『3歩進んで戻れば地獄』を元にして僕が構想し、同じく秋雨師匠に作成して貰ったまっし~んさ! その名も『3歩進んで戻れば地獄 verゆっくりしていってね!』。元の『3歩(ry』の特徴である突進力の強化という部分は変更せず、空手の突きの基礎である「突き手と引き手は後ろで滑車で繋がっているように同じだけ動かす」ということを文字通り滑車を使うことで嫌でも体に覚えさせることが出来るんだ! 更にその滑車を動力として使うことでマッサージチェアを動かしてある! 整体師としても超1流である秋雨師匠が設計開発したマッサージチェアだから普段から肩こりで悩まされているリアスさんや朱乃さん、黒歌さんも大満足という代物だよ! 名前通りに『ゆっくり』できるというわけだね!」
「か、翔ぅ~~!! 俺は『ゆっくり』できない……アババババババ!!」
「見ての通り、後ろに下がりすぎたら電撃で喝を入れる仕組みも変わってないよ! その電力もイッセー君発電という点も変更はないね!」
その説明の内容にも、その翔のテンションにも、そのカツの凄まじさにもドン引きのライザーご一行である。一部のものは一誠の扱いの余りの酷さにほろりときているものさえいた。
何だか「凄いでしょ」という、子供が自分の玩具を自慢するような雰囲気を察したライザーは、とりあえず無難に褒めておくことにした。
「そ、そうか……。中々に凄いマシーンなんだな」
「まっし~んだよ!」
「あ、ああ。分かった。まっし~んだな」
何かその呼称に特別な拘りを感じたのでとりあえず訂正しておいた。まだ翔のテンションに押されているだけかもしれないが。
「うん! ところで……」
と、そこで翔がライザーとその周りに居る少女達をジロジロと眺めだした。その視線に何を言われるのかと身構えだした眷属たちを後ろ手に制止しながらもライザーも何を言い出すのかと唾を飲み込んでいた。
「貴方達は、どちらさまなのかな?」
『今更かよっ!』
ビシィッ!
左手の甲で相手を叩くように水平に横に払うその突っ込みは、総勢16名の動きがピッタリと揃ったそれはそれは美しいものだったという。
副題元ネタ……アトリエシリーズ
ライザー登場回でした。
多分ですけどライザーが登場した時に部室が無人っていうのは珍しいんじゃないかと思います。
後他人が梁山泊の鍛錬を見たらカオスな空気になるのはお約束かと。