ハイスクールDragon×Disciple   作:井坂 環世

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序章4話です。遅くなってしまいましてすみません。


4 彼と彼女の事情

スポーツ化した武術に馴染めない豪傑や技を極めし達人たちが生活する異世界「武術家の楽園」。ここでは今日も今日とて修業に励む師弟の、弟子を叱咤する師匠の声と、弟子が上げる悲鳴が木霊していた。

 

「ほら!スピードが落ちてきているぞ!こんなことではカンナツノザヤウミウシにも負けてしまうぞ!」

 

「か、カンナツノザヤウミウシって何ですか~!?ていうかいつまで経ってもこれはキツイんですけど~~!!」

 

「ほら、しゃべる暇があったら脚を動かす!まだヤマトホシヒトデの方がいくらか俊敏だぞ!(まぁ、内緒で重り増やしてるしね。)」

 

「ヒトデの方が上?!」

 

基礎体力や足腰は武術家にとって基礎の基礎とも言える程に重要なもの。よって翔もその部分を重点的に、いやいっそ執拗とも言っていいほどに鍛えこんでいる。今やっているのも基礎体力と足腰強化の為の走りこみで、腰からロープに繋いだタイヤの上に岬越寺秋雨が座り、さらに翔の頭の上やタイヤに重りが乗せられている。しかもジョギング何それ美味しいの?と言わんばかりに全力疾走。少しでも速度を落とせば秋雨が鞭を打って喝を入れるという徹底振りである。

 

(よくやるわね~。私だったら絶対途中で逃げ出してるにゃ。)

 

そんな師弟の姿を眺めてるのは、艶やかな黒髪の上に猫耳を持つ、黒色の着物を着た色っぽいお姉さんである。彼女はここ最近見慣れた翔のまるっきり拷問同然の地獄という言葉すら生ぬるい修行を見て、そんな修行を課す師匠に呆れたらいいやら、文句を言いつつも何だかんだで逃げないでやり遂げる翔に感心すればいいやら真剣に疑問に思うしかないのであった。

 

彼女の名は黒歌。そう、何を隠そう翔が治療するために連れて来た傷だらけのあの黒猫である。その髪の上の猫耳や猫の姿になれることが示す通り、普通の人間ではなく、猫又の一種である。そう、彼女は妖怪だったのだ。

 

そんな彼女が楽園に入ってからもう1ヵ月が過ぎた。とっくの昔に傷は完治し、翔や何人かの達人とは普通に話をするくらいには仲良くなっている。また、自らの正体

――猫又であること――を話すくらいには情も湧いた。

 

しかし、最も肝心なこと――何故傷だらけで倒れ伏していたのか?――等の理由は話していない。そして翔達もそういった深い事情を無理には聞いてこなかった。その無理には心の内側へ入ってこない一線を引いた気遣いや態度が心地良く、黒歌もそれに甘えてしまっている。

 

(早くここを出て行かないと・・・。)

 

そう、黒歌は楽園から出て行くつもりでいた。彼女はとある事情により追っ手を出されている。黒歌は相当の実力者なのだが、心休まる時間と場所の無い逃避行と追っ手との戦闘の連続で疲労の極致にあった。そんな状態での追っ手の奇襲によって負傷、なんとか追っ手は撃退したものの、怪我による体力の消耗とそれまでの疲労の蓄積から気絶してしまった――というのが黒歌が翔に拾われた経緯であった。

 

楽園(ここ)に居れば追っ手と戦う心配も逃避行をする必要性も無い。しかし、もしかしたら翔が自分の事情に巻き込まれるかもしれない。その可能性を考えたら黒歌にはここを出て行く以外の選択肢は存在しなかった。

 

(そうだ。早く出て行かないといけないのに・・・っ!)

 

しかし、黒歌はその一歩を踏み出せないでいた。早くここから出て行かないといけない。そう思ってるのに、行動に移そうとするとまるで黒歌の意思に反するかのように体は震え、動かなくなる。「私はここを出て行くから。」そう翔に告げるだけでいいのに、まるで口は鉛でも着けられたかのように重くなり、ついには何でもないような世間話に移して誤魔化してしまうのであった。

 

何故そんなことになってしまうのか?傷が治ってからすぐに出て行こうとしたにも関わらず、3週間近くも言い出せずにいた黒歌は自らの行動の裏にある理由を、その心の内を理解していた。

 

(私は・・・出て行きたくないんだ。出て行かなきゃって義務感で誤魔化してるけど、本心ではいつまでもここに居たいと思っちゃってる。)

 

あまりにもここの居心地が良過ぎるから。自分が何者なのか、どんな背景があったのか。そういうことを話していないのに、まるで何年も時間を共有した友人のように接しつつ、けれど重要な一線は越えてこない。その、甘いと言ってもいいかもしれない優しさが嬉しかったから。

 

だから、黒歌はそれに甘えてしまっている。そのことを自覚しているのに、ここしばらくそんなヒトの優しさというものに触れてこなかった心が歓喜してしまっているのだ。ダメだ、離れなきゃ、とアタマでは分かっているのに、ココロがもっと優しくして欲しい、もっと近くに居たい、もっと触れ合いたい、もっと、もっと・・・と叫んでいる。

 

そして、黒歌にそのココロの叫び声に逆らうことなど出来なかった。とてもとても温かく、心休まるこの楽園を知ってしまったら、まるで極寒のブリザードのように厳しく心を凍えさせることでしか生きていけない外の世界に戻ることは出来なかったのだ。

 

(本当に、何とかしないといけないのに・・・。)

 

ここに居たって何も解決しない。そう分かっているのに離れることが出来なくて、今日も黒歌は深い溜め息を吐いてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

そして、黒歌が何かに悩んでいることには翔達も気づいていた。むしろ、あんなにあからさまに溜め息を吐いたり思いつめた顔をしていたら、それはどんな鈍感系主人公だろうと気づくだろうと翔は思う。それくらい黒歌の苦悩は周りに伝わっていた。

 

けれど、個人の事情はその個人の事。自分達に相談して来ない限りは放って置こうという、ある意味で梁山泊名物の「成り行き任せ大作戦」が翔と、黒歌と親しい達人たちの間で話し合われた末に決められていた。

 

しかし、人生経験豊富な達人と違い、翔はまだまだ子供。前世もあるとはいえ、体に引っ張られてるのかまだまだ幼い翔は黒歌が悩んでいるのに手を貸せない現状にやきもきしていた。

 

(「良かれと思ってやったことがその本人を傷つけてしまうこともある。助けを求められない限りは静観しておいて、助けを求められたら全力で助ければいいんじゃ。」って言われてもなぁ。やっぱり気になっちゃうよ)

 

その後に「もっとも、一刻の猶予もなく、誰がどう見てもヤバイと思ったら問答無用で助けるがの♪」と続けられたが。確かにそれがある意味で正しいのだろうが、翔は友人が悩んでいるのを見て何とも思わないような性格をしていないし、助けを求められるまで悩んでる姿を見続けられる程我慢強くもなかった。

 

そう、翔は黒歌のことを友人だと思っていた。まだ出会って1ヶ月。けれども、友人になるのに時間は関係なかった。からかうのが好きだけれども、こちらが嫌がる一線は絶対に越えてこないところ、気配りの上手なところ、翔は黒歌のそんなところが彼女の優しさが垣間見えてくろようで好きだった。この1ヶ月、修行がきつくて逃げ出したくなったところで、彼女のからかい混じりの激励に何度励まされたか数え切れない。

 

なのに、自分は黒歌を助けることが出来ない。黒歌の悩みを取り去る事が出来ないでいる。もらってばかりで、何もしてあげることが出来ない(と翔は思っている)現状に翔は臍を噛む思いだった。

 

(僕は今まで何の為にこの拳を鍛えてきたんだ・・・!?)

 

大切なヒトを守れるような強い人間になりたい。そう想い今まで修行し練磨してきた活人の拳なのに、友人1人助けることも出来ない。力だけなら同年代でも最強に近いという自負がつく程には鍛えてきたが、まだまだ心は強くなく、経験も足りないと翔は自嘲する。

 

と、翔が修行の合間に居住区を歩きながら考えに耽っていると、溜め息を吐いている黒歌がいた。その溜め息はとても重く、深い苦悩を見るものに感じさせる。黒歌のその様子を見た翔は10数秒程考え込んだ末に、師匠達の言いつけを破り、黒歌の悩みを聞きだすことにしようと決めた。

 

(あくまで軽~い感じで、世間話みたいにやったら大丈夫だよね?)

 

その考えの下に翔は黒歌の背後から近づき、その肩を叩いて気軽な世間話を始めるような語調を意識して話しかけた。

 

「や、黒歌さん。溜め息なんて吐いてどうしたの?」

 

「っ!?・・・い、いや、何でもないにゃ。強いて言うなら翔達の修行の無茶振りに呆れていたってとこかにゃ?」

 

「は、はは・・・。いや、僕も好きであんなにきつくて無茶苦茶な修行をやっているわけじゃないんだよ?好きで何度も死に掛けてるわけじゃないからね?・・・い、いやっ!?秋雨さん何でそのカラクリバチバチ言っているんですか?!馬師父、その異臭のする薬は何っ?!しぐれさん真剣持って追い掛け回さないで?!ア、アパチャイ、そんな強さのパンチとキック食らったら死んじゃ・・・アババババババババ・・・。」

 

「ニャッ!?か、翔戻ってくるにゃ!!」

 

翔は世間話を装って黒歌の悩みを聞きだそうとするが、黒歌は誤魔化そうとする。するとその内容に翔のトラウマスイッチがライド・オン。ぶつぶつと呟くと悲鳴を上げ始めた。・・・その呟きに出てくる人物名が全て活人拳側である梁山泊の人間であるところに業の深さが伺える。梁山泊の修行の無茶さは闇の非情の殺人拳を凌駕していると言うのだろうか?

 

「はっ!?」

 

「大丈夫かにゃ?」

 

とにかく、黒歌の呼びかけで正気に戻った翔はこれではいけないと思い気を引き締める。悩みを聞き出そうとしているのに自分が励まされてどうする!と気合を入れる。

 

「いや、まぁ大丈夫とは言い難いけど、何とかやれてるかな?これも黒歌さんが励ましてくれてるおかげだよ。」

 

「にゃはは、嬉しいこと言ってくれるにゃ。でもそういう口説き文句を言うにはまだ若いんじゃないかにゃ?翔はおマセさんだにゃぁ。」

 

「え゛っ?!そ、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど。」

 

「う~ん、それは私にそれは私にそれほど魅力が無いってことかにゃ?」

 

「もうっ!黒歌さん!あんまりからかわないでよ。」

 

「冗談よ冗談。それじゃぁまたね~。もうそろそろまた修行でしょ?」

 

「あっ。黒歌さん!・・・行っちゃった・・・。」

 

ウインクをして去っていく黒歌を背に手を伸ばすが、もう遠くに行ってしまっているために届かなかった。

 

(はぐらかされちゃったな。)

 

その背中になんとも言えない翔は、その手が届かないことが何かの悪い示唆のように感じられてならなかった。

 

結局、その日はもう一度黒歌と話すことは出来なかった。

 

 

 

 




所謂つなぎの回かも^^;


サブタイ元ネタ・・・彼氏彼女の事情
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