すみませんでした。
正体不明の襲撃者を気絶させた翔は、家に帰った後怪我の治療のために武術家の楽園に入っていた。家よりもこちらのほうが治療道具が充実しているし、師匠の岬越寺秋雨の腕はそこらの医者よりも断然良いし、何より、今回の戦闘は表沙汰には出来なさそうなので内々で治療することにしたのである。
「ふむ。骨と内臓に異常は無し。全身打撲だね。」
「そうですか。診ていただいてありがとうございます。」
「なに、弟子の体調管理も師の仕事だよ。」
秋雨の診断結果を聞いて一安心といったところか。何せ塀を瓦礫に変えるようなものを何発ももらったのだ。全身打撲で済んでいるのは間違いなく修行の成果だろう。普通なら全身複雑骨折どころか死んでいてもおかしくない。普段から師匠達の攻撃に晒されている翔は外功を良く錬っている。
打撲の箇所に馬製の湿布を貼り付け、それが剥れないように包帯を巻いていく。そうすると襲撃者の最後の一撃によって全身満遍なく打たれていた翔はまるでミイラ男のような様相を呈している。
「これで終わりと。君の回復力なら全治1週間ってところかな。」
「1週間ですか。」
「うん。今日は体を休めた方がいいから修行は無し。明日から修行再開だね。」
「本当ですか?本当ですね?!本当ですよ!!やったぁっ!!」
全治1週間。全身打撲の症状としては軽いように見えるがそうではなく、ただ単に翔は内功も良く錬っているので回復力が常人離れしているだけである。普通なら全治2週間は固い。
そして飛び出す師匠の修行休み宣言。滅多な事では修行は怪我しててもするので翔はそれはもう嬉しかった。その喜びようは簡単にわかりやすく描写すると「最高に『ハイ』ってやつだァァアアアハハハハハハッッッーーーーー!!!」って感じだった。しかし甘い。翔のその喜びは甘かった。師匠の習性を良く知っているにも関わらずそんなに喜んでしまうとはサッカリン(※1)よりも甘かった。※1人口甘味料。砂糖の500~700倍の甘味を持つ。
「まぁ、そんな怪我を負うくらいは苦戦したみたいだし、明日からは修行はさらに厳しくいくからね。」
「へ?」
「安心したまえ。2度とそんな醜態を晒さないようにしてあげよう。」
「あ、あは、ははははははは。死んだな、僕。」
目から怪光線を発しながらの秋雨の言葉に翔のテンションは最低ラインに一直線。目から光が失われまるで死んだ魚のようだ。それも仕方ないかもしれない。ただでさえ地獄の修行(地獄のようなではなく)がさらにきつくなるのだ。気分は当に天国から焦熱地獄だろう。
そんな風に師弟の触れ合いをしていると、不意に秋雨の目に真剣な色が宿る。それを見て取った翔も気を引き締め、背筋を伸ばし話をする体勢を整える。
「さて、それで翔君。初めての実戦だったわけだが、どうだったかな?」
秋雨の口から出てきた言葉はまるで初めてのお使いをした子供にその感想を尋ねるような気安さがあったが、その目はじっと翔自身の目を捉えて離さない。少しでも虚偽が混じっていれば即座に見抜くだろう鋭さがそこにはあった。
だが、翔も師匠を信頼している。こんなことで嘘をつくようなことはしないし、いちいち聞くということはそれにも何かしらの意味があると信じている。
よって翔は自身の思っていることを率直に話すことにした。
「そうですね。組手と違ってただ技を競い合うだけじゃなくて、そこに思考も絡めてきて。周囲の状況、持ってる情報、相手の感情。それら全てを駆使して「策」をもって戦われて、力や速さ、技も自身の実力通りに発揮できなくて。なんていうか・・・勉強になりました。」
実際、翔の方が襲撃者よりも地力―力、速さ、技等―が強く、また自身に有利なように状況が動いたりもする運もあった。にも関わらず翔がここまで負傷したのは相手がきちんと戦闘不能になっていないのに気を抜いたり、相手の持ってる情報や言葉に動揺を顕にしたせいである。一言で言えば翔の経験不足であった。
しかし、翔はそれでもなお、絶体絶命の危機とも言える状態から成長し、反撃、そして勝利して見せたのだ。秋雨はそのことに目の前にいる翔に悟られないほど小さく笑みを浮かべた。師匠にとって弟子の成長とはいつになっても嬉しいものなのである。
「その気持ちを忘れないようにね。そうすれば、君は今回のような目には2度と遭わないだろう。」
「はい!」
「いい返事だ。じゃぁ、今日は安静するように。」
とはいえ、そのことを表に出したりはしない。弟子が初めての勝利に酔ってしまわないように、きちんと助言するべきところは助言する。
話はこれで終わり、とそんな雰囲気を秋雨が出す。翔もそれを察して先ほどから聞きたかったことを聞くことにした。
「ところで、岬越寺師匠。黒歌さんがどこにいるか知りませんか?」
「ん?あぁ、彼女なら・・・」
「?」
「翔っ?!!」
「と、いうわけだよ。」
黒歌の居場所を翔が尋ねると、秋雨がしたり顔を作る。そのことに首を傾げる翔だが、その直後黒歌が部屋に飛び込んできた。どうやら秋雨は黒歌が近づいてきていることに気づいていたらしい。
部屋に飛び込んできた黒歌は顔に焦燥を載せていた。そして翔を見て、一瞬安堵したかのように笑顔になるが、次の瞬間にはその笑顔が曇り、その顔には悲しみの色を深くした。
翔は黒歌がそんな顔をする理由を察していた。恐らく黒歌は翔が何故このような負傷をしているのか気付いているのだ。そして、自らの事情に翔を巻き込んでしまったと思っている。翔も自分のせいで誰かが傷ついたらとても悲しいし悔しい。何より自分が許せないだろう。――だから翔は黒歌が今自らを責めたてていることを正確に見抜いていた。
そして、何故かはわからないが翔は黒歌にそんな顔はしてほしくなかった。からかうような、それでいて此方も元気にさせるような、黒歌のそんな笑顔が翔は好きなのだ。翔は黒歌に笑っていて欲しいと思った。
だから、黒歌と話をしようと決意した。今まで話さなかったことや、踏み込んでこなかったことに一歩踏み出そうと決断した。その結果黒歌を傷つけてしまうかもしれないことも覚悟した。
「黒歌さん。話があります。ここじゃなんですし、場所を移しましょうか。」
翔はかつてないほどに真剣な光をその瞳の奥に輝かせて黒歌に切り出した。
◇◇◇◇◇◇
「そうですか、そんなことがあったんですね・・・。」
翔は黒歌から全てを聞きだした。黒歌が怪我していた理由、悩んでいた理由、そしておかれている状況などなど。
はじめは黒歌も口を噤んでいたが、翔が黒歌がはぐれ悪魔であると指摘すると口を開きだした。黙っていてもしょうがないと思ったのだろう。
黒歌がはぐれ悪魔になった理由。それは、黒歌とその妹を保護するという条件で眷属として転生悪魔になったにも関わらず、黒歌の才能をみた主が契約に反して黒歌の妹までも眷属として戦わせようとした主を、妹を守るためにやむなく殺してしまったからだった。
翔は話を聞いてある一面では安堵していた。はぐれ悪魔は主を殺して野に下った悪魔である。そのことを鑑みれば黒歌も主を殺していたことになるのだ。そのことが翔はずっと気にかかっていた。
黒歌は確かに主を殺していた。しかし、それは自分の欲望のためではなかったのだ。黒歌は自らの妹を守るために手を汚していたのだ。
確かに守るためとはいえ安易に殺したのはいけないことだろう。だが、黒歌の根底に翔も知っている優しさがあったことが翔を安堵させた。
そして、また別の気持ちをも翔に抱かせていた。翔は自分にこんなにも激しい気持ちがあったのかと妙に冷静な部分で驚いていた。
「翔、これでわかったでしょ?私といたら翔を巻き込んじゃう。だから、私は出て行くね。」
「いやだ。」
「え?」
「そんな理由で黒歌さんと離れたくない。」
その翔の言葉に黒歌は絶句した。翔は今現在全身に包帯を巻いている痛々しい姿である。そんな怪我をしたのも自分のせいだ。なのになぜまだそんなことを言うのか?
しかし、黒歌は確かに歓喜している自分がいるのにも気付いていた。自らの事情を知って、その厄介さも身を以ってわかってる。なのにまだ傍に居たいと言ってくれることがこんなに嬉しいのだと黒歌は初めて知った。
翔は黒歌の方を振り向いた。その目には確かに断固たる決意が宿っていた。黒歌はその翔の目から目が離せなくなるのを感じ取った。
「黒歌さん。僕は今まで大切な人を守るために武術を習ってきました。でも、それはどこかフワフワしたものだったと思うんです。だってそうでしょ?この平和な時代で力が必要な場面なんてほとんどありませんから。」
翔は独白した。それは翔の正直な気持ちだった。翔は確かに強くなりたいと思っている。前世の影響もありその思いは結構強い。だが、信念とも呼べる部分が弱いということも確かに翔は自覚していたのだった。
「でも、今は違う。僕が武術を習い続けてきたのは今、この時の為だと確信出来る。今までフワフワとしていた「大切な人」と「守りたい」って部分が固まっていくのを感じてる。その気持ちが僕のなかで急速に育っていっているのがわかるんだ。」
翔は黒歌の手を掴んだ。自らの内に生まれ出でた想い。まだはっきりとはしていないけれど、その気持ちが少しでも多く伝わればいいと力を込めた。
「黒歌さん。僕はあなたを守ると、そう誓うよ。」
その翔の真っ直ぐ過ぎる言葉に、黒歌は赤面しながらも、嬉しさから涙が溢れてくるのを止められなかった。
副題元ネタ・・・君に届け