真夜中の京阪電車で僕は梓を抱きしめたかった   作:忍者小僧

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2000年/2003年

東京での大学生活は、想像よりも孤独だった。

 

関西圏とは、会話のテンポやノリが違う。

上手く友達を作ることができなかった。

こういうのってほんの少しの努力の問題なのかもしれない。

だが僕はその努力を怠った。

一人でいるほうが気楽でいいと思ってしまった。

まぁ、もともと秋葉原に行きたいから首都圏の大学を狙ったわけだし。

友達を作りに来たわけじゃない。

 

同じようにして、サークルも放送サークルに入ってすぐにやめた。

高校のときに入っていた放送部とあまりにも雰囲気が違ったからだ。

人数があまりにも多すぎた。

放送を担当する順番などろくに回ってこない。

そもそも、高校と違い、お昼の放送という概念そのものがない。

思い思いに音声作品やDJ作品を作り、それをCD-Rに焼く。

気の会うもの同士で自由に配布しあう。

そんな感じのサークルだった。

僕が好んでいた、あの牧歌的なお昼の放送とはかなり違った。

ぴんぽんぱんぽん。

こちら放送部です。

皆さん、行儀よく昼食を食べましょう。

本日の選曲は羽鳥がお送りいたします。

まず一曲目は、ハービー・ハンコックの『処女航海』から……。

 

僕は、どんどんと無口になっていった。

友人をあまり作らなかったので暇だった。

暇な時間を使ってたくさん本を読んだ。

映画もたくさん見た。

語学選択で、なんとなくロシア語を選んだ(ロシア語を教える大学は稀だと聞いたのが選んだ理由だ。オタクらしくレアものに弱いのだ)ので、ロシア映画に興味を持った。

アンドレイ・タルコフスキーの古い作品に夢中になった。

文化的情報を簡単に得ることができる点において東京は非常に便利だった。

いたるところに専門的な本屋や映画館、レコードショップがある。

下宿からは遠かったが、神保町のディスクユニオンや書店は僕の大切な根城になった。

アレコレと吟味し、買い、たまに金が余れば、某ビルの地下一階にあるドイツ風居酒屋で一人ビールを飲む。

まぁ、アルコールには弱いのでちょっとだけだけど。

ロシア料理は、語学の同期と専門店を攻めてみたことがあるが、今ひとつだった。

ボルシチはそこそこ美味いが、いかんせん高い。

コスパ的に学生が楽しめる雰囲気ではない。

これは、マイナーほどコストがかかるというジレンマのいい例だろう。

 

暇な時間を使って、アルバイトもたくさんした。

そしてその金で、念願のウィンドウズを買った。

ウィンドウズ98。

本当はウィンドウズ2000が欲しかったのだが、98が型落ちで安かったのだ。

 

ウィンドウズを手に入れて最初にやったことは、インターネット検索と、アダルトゲームのインストールだった。

実家にあった親のPCではないので、自由に遊ぶことができた。

アダルトゲームは、秋葉原で探せば中古で安いものがたくさん手に入った。

ONE~輝く季節に~や、水月に夢中になった。

たまたま見かけて購入した月姫という同人ゲームには衝撃を受けた。

同人でこんなに面白いものが作れるとは!

僕はウィンドウズの前でマウスを握りしめ震えたものだ。

 

ゲームや書籍にたくさん接した影響だろう。

僕はちょっとした短編小説を書くようになった。

そしてそれをウェブ上に開設した自分のホームページで公開した。

多くの人に読んでもらうというよりも、関西圏に住んでいる高校時代の友達に読んでもらう為だった。

それでも、見知らぬ人が掲示板に感想を書き込むことがあった。

いったいどこからやってくるのだろうと不思議な気分になったものだ。

感想を書いてくれた人のうちのひとりの自称21歳大学生は、自身のホームページの紹介もしていた。

 

≪僕も小説を書いています。よかったら読んでください≫

 

リンク先へいくと、膨大な長さの小説を公開していた。

読んでみると、かなりしっかりとしたものだったが、いわゆるハードSFというジャンルなので僕にはちんぷんかんぷんだった。

それでも、「これだけ書けるんだったらプロになれそうだけど」と思った(なったのだろうか?)。

今と違って、ネット小説というものは細々としたものだった。

メディアに取り上げられることなどほぼ皆無だった。

そもそも、ネット小説という概念やジャンル自体がはっきりとしていなかったように感じる。

あれは、『紙にするほどじゃないからとりあえずウェブ上に置いた小説』というような意識だったのだ。

そこにはたくさんのオルタナティブや名作があったはずなのだが。

 

大学生になって初めて手に入れた携帯電話で、関西の同級生たちにメールを打った。

仲のよかった同級生は、僕以外は一人残らず京都の私学に進学していた。

このことも、僕を不思議な気分にさせた。

京都から大阪の高校に通っていたのは、その中で僕一人だけだった。

そもそも、京阪電車を使っていたのが友人内で僕一人だった。

それがいまや、友人たちがみんな京阪電車に乗って出町柳に向かっている。

一方で僕は京都を離れ、こうして東京にいる。

なんだか、人生の役割や居どころが交代したみたいだった。

友人たちから返ってきたメールは、僕の小説の感想よりも、大学生活を満喫する内容が多かった。

彼らは、円山公園で宴会をしたり、木屋町で飲んだり3条大橋付近でげろを吐いたりしていた。

それは、僕が知らない京都だった。

当たり前だ。

酒を飲める歳になる前に出てしまったのだから。

友人たちのメールは実に楽しそうだった。

みんなでわいわいがやがやと遊び、自由にのびのびと羽を伸ばしていることが感じられた。

僕は唐突にうらやましくなった。

子供の頃から暮らしていたはずの京都の、僕の知らない面を他人に奪われたような気がしたのだ。

僕は眼を閉じた。

すると浮かぶのは、丹波橋のホームだけだった。

特急列車がやってくる。

テレビつきの特急列車だ。

扉が開く。

そこには、笑顔の佐伯梓がいる。

 

「!!」

 

僕は眼を開いた。

気がついたらとめどない涙がこぼれていた。

今頃になって、失ったものの多さに気がついたのだ。

 

 

実は、佐伯梓とは、この後もう一度だけ出会っている。

それは記憶の中で朦朧とゆがむ、蜃気楼のようなものだけど。

大学3回生の春のことだ。

親戚が亡くなったので通夜と葬儀に参列するために関西に戻った。

親戚は枚方に住んでいたので、実家から久しぶりに京阪電車に乗った。

東京に移ってから一度も乗っていなかったので、3年ぶりだった。

懐かしいようなほっとするような気分になった。

親戚とはいえ、遠い関係だったので、夜通しの通夜には付き合わず、両親はともかく僕はひとりで先に実家に帰ることになった。

葬儀場で夜を明かすなんて真っ平ごめんだったので、ちょうどいいと思った。

通夜の義が終わった後に、親戚に少しビールを飲まされていたので、若干酔っていた。

おぼつかない足取りで、枚方駅から特急に乗ると、それは大阪方面行きだった。

僕は舌打ちをした。

くそっ。

どういう間違いだよ。

思ったよりも酔っているらしい。

京橋駅に着いて、急いで降り、反対車線のホームへ向かった。

京都方面行きの特急は、発車したばかりだった。

次の特急まで10分ほど時間があった。

時刻は23時を少し回っていた。

面倒だな、と思った。

自販機でお茶を買い、向かいのホームを見た。

そのとき。

髪の長い小柄な女性が、向かいのホームで泣いている姿が眼に入った。

女性というよりも少女だった。

20歳になっているか、なっていないかに見える。

クリーム色の上品なカーディガンと深い紺のスカートに身を包み、いかにも慣れない様子のハイヒールを履いていた。

華奢で、壊れそうな雰囲気があった。

そんな女性が、さめざめと泣いている。

僕はその姿に、見覚えがあった。

佐伯梓だった。

3年間会っていない間に成長していたが、間違いなかった。

小柄で華奢で猫みたいで、可愛らしい、佐伯梓だった。

髪型がかなり変化していた。

ツインテールをほどき、さらりと下ろしていた。

それが、逆に大人びようと背伸びをした少女風に見えた。

その髪が少し乱れていた。

いったい何があったんだろう、僕は胸が締め付けられる思いだった。

彼女は、誰のために泣いているんだろう。

あれから3年間。

彼女は、誰と出会い、誰と過ごしてきたんだろう。

僕は、走り出した。

急いで、向かいの大阪方面行きのホームへと駆けた。

だが、階段を下り、コンコースを横切り、再び階段を上る間に、淀屋橋行きの区間急行がやってきてしまった。

僕が大阪方面行きのホームにたどり着くと、もう梓はいなかった。

跡形もなかった。

 

京都方面行きの特急列車に乗りながら、ずっとさっきの女性の陰影が頭の中に浮かび続けた。

僕は酔っていたのだろうか。

酔って見た幻影だったのだろうか。

寂しさだとか、恋しさだとかが、向かいのホームにいた少し似た女性を、佐伯梓のように見せただけではないのか。

それが妥当だろう。

でも。

どうにも僕には、あれは佐伯梓であるように感じられた。

彼女が、向かいのホームで泣いていたのだ。

僕は、彼女を慰めなくてはならなかったのだ。

彼女に声をかけ、以前のことを心の底から謝り、泣いている理由を訊き、慰める。

そして、彼女の小柄な体を。

強く強く、抱きしめる。

これは、僕が梓を取り戻すために与えられた、たった一度のチャンスだったのではないのか。

僕は、そのチャンスを、ふいにした。

彼女を見失ってしまった。

流れていく、窓の外の明かりを見た。

京阪沿線の夜は比較的、暗い。

特急の窓からは、ほとんど景色らしい景色が見えない。

暗闇の中に、ぼんやりと梓の顔がにじんだ。

 

 




2章は2000年代初頭の大学生生活を描きました。

期待感を持って上京したものの馴染みきれず、孤独な日々。
そんな中で過去の恋のあやまちへの悔やみが深くなります。

さて、次章は、就職のお話です。
2004年が舞台になります。
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