真夜中の京阪電車で僕は梓を抱きしめたかった   作:忍者小僧

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2004年

大学を卒業すると、埼玉県にあるゲーム製作会社にシナリオライターとして入社した。

 

学生時代に趣味で書いていた小説を送ってみたら、採用が決まったのだ。

偶然のようなものだった。

この頃になると、関西に戻る気は無くなっていた。

大学生活はあまり楽しくは無かったが、4年間で僕は以前よりも寡黙な人間になっていた。

関東のどことなくそっけない雰囲気のほうが居心地がいいと感じ始めていた。

ゲーム製作会社といってもアダルトゲームを作っている会社だった。

そのことに抵抗はまったくなかった。

もともと、秋葉原に行きたくて東京の大学を受けたぐらいだし、その頃はいわゆる鍵系の絶頂期で、アダルトゲームというのは最もエッジが効いたアート表現であるかのような雰囲気があった。

インディーなモノがメジャーに移行する時期特有の輝かしい一瞬だ。

僕が就職した会社は、『萌えエロ』に特化したラインと『泣き』に特化したライン二つを動かしている会社で、僕は『萌えエロ』ラインに配属された。

 

「助かったよ。ライターさんが全員一気に辞めた直後だったんだ」

 

社長の言葉の意味がわからなかった。

一気に辞めるってどんな状況だよ。

ちなみに、開発室はアパートの一室。

どう見ても社長の自宅だった。

 

「開発終わったところだから、汚くてねぇ」

 

入社して最初の仕事は、部屋の掃除だった。

足の踏み場がないほどにゴミが散らばっている。

よくこんな状態で開発できたな。

いや、こんな状態だからこそ「締め切りまでに開発が間に合った」のか?

僕は頭を抱えた。

掃除を終えると、社長がエロ同人を一冊くれた。

おねがい☆ツインズの小野寺樺恋が頬を赤く染めて自らスカートをまくっている。

うわぁ、これは卑猥だ……。

絶句している僕に社長が笑顔でサムズアップ。

 

「それ日当ね」

 

笑えない冗談だ。

ちなみにその本は、社内のグラフィッカーさんが描いた同人誌だった。

刷りすぎて余って、家に置き場が無いらしく、社内で配っているようだ。

いや、まぁ、おね☆ツイは好きだし、うれしいけどさぁ……。

 

この時点ですでに嫌な予感はしていたのだが、なかなかにブラックな職場だった。

そもそも、小説しか書いたことがなかった僕をライターとして雇ったこと自体が間違っている。

スクリプト?なにそれ?状態なのだ。

にもかかわらず、即戦力が求められる業界らしく、入社して即、某作品のファンディスクのおまけシナリオの執筆に突入することになった。

ファンディスク?

僕、本編も書いてないんですけど?

いや、つまり、例の『一気に辞めたライターたち』が作った作品が本編で、今回の開発はそのファンディスクなのだ。

新作を一から開発する余力が無いからとりあえずファンディスクでお茶を濁して時間稼ぎということらしい。

 

「あの、でもこれ、本編と絵が違うんですけど……」

「そりゃ、本編の原画家も辞めちゃったからね」

「え」

 

実質上スタッフほとんど入れ替わってねーか?

 

「ぶっ殺してやりたいぜ。○○の奴」

 

おっかないことを社長が呟く。

どうやら、○○というのが「塗りチーム」のチーフだった男で、今回の大量脱退劇の主犯者らしい。

人気原画家の××女史と「デキ」てしまい、彼女をそそのかして退社させ、自分たちの新ブランドを立ち上げようとしているのだとか。

ホンマかいな。

ちなみに結局そのブランドが立ち上がることは無かったのだが。

2017年現在、××女史の絵を見かけることはもうないが、○○さんの名前はたまにクレジットに見かける。

しぶとく強かな人というのは事実なのだろう。

 

「もうとにかく、俺は社内で人を抱えることには懲りた。これからはできるだけ外注に投げる」

 

社長がさも被害者という体裁で宣言する。

なるほど。

ようやく僕は、自分が雇われた理由がわかりだした。

僕は表向きはライターだが、シナリオ発注の総括というかクオリティコントロールが主な仕事というわけだ。

いわゆる共通ルートと呼ばれる部分を僕が執筆し、後は余力しだいで1キャラか2キャラ。

その他の個別ルートはフリーのライターさんに投げる。

その際に整合性の調整やら修正やらをしていく。

しかし、これがなかなか難しい。

スケジュールがタイトなので、共通ルートを執筆しつつ、同時進行でフリーのライターさんにその先の個別ルートを書いてもらうことになる。

フリーのライターさんは出来た部分ごとに僕にメールで送ってくる。

毎日送られてくるそのシナリオは、僕が書いている部分よりもずっと先の部分なのだ。

整合性も何もあったもんじゃない。

プロットは勿論すでにあるわけだが、細かい部分の描写のつじつまなど、どうしても狂ってくる。

さらには、ライターさんによってそれぞれの持ち味があるので、同じ主人公なのに、ルートによってテンションが違うという事態が起こる。

頭が痛い……。

 

共通ルートがある程度完成しているなら「基本こういう感じです」と投げることもできるのだが、執筆がほぼ同時スタートだからなぁ……。

そもそも、僕は基本的に淡々とした書き方だから、僕を基準にすると『萌えエロ』度が落ちてしまう……。

むしろ、定評のあるフリーのライターさんにテイストはお任せたほうがいいぐらいだ。

いや、しかしそれだと、ルートごとに雰囲気が変わりすぎる……うむむ……。

 

そんな感じでパズルゲームよろしくの頭の痛くなる作業をやっていると毎回発売スケジュールぎりぎりになる。

締め切り前には、社内に泊まり込みもざらだ。

スタッフ総動員でバグ取り戦争が始まる。

ある時、出社したら見知らぬ痩せた中年が僕の席に座っていた。

 

「あれ? この人は?」

 

近くにいた先輩社員が説明をしてくれる。

 

「あぁ。デバックの手伝いに来てくれたんだよ。今日は机貸してあげて。羽鳥君は向こうのテーブルでノーパソで作業してよ」

「あ、わかりました」

 

僕が頭を下げると、痩せた中年もペコリとお辞儀した。

寡黙な雰囲気だ。

長めの前髪がメタルフレームの眼鏡にかかっている。

見えにくくないのか、その髪型?

それにしても、デバッグのバイトは入れ替わり立ち替わりやってくるが、机を取られるなんて初めてだ。

いったいどういう人なんだろう?

 

「あの人、デバッグのプロとかなんすか?」

 

休憩時間に先輩社員に訊いてみた。

苺オーレのパックをちゅーちゅー吸いながら、太った先輩社員が言った。

 

「聞いて驚くなよ。Nさんだよ、あの人」

「え!」

 

なんとその人は、過去にヒット作を何作も書いた有名ライタ-だった。

いやいやいや。

なんでそんな人がデバッグのバイトに来てるんすか。

ってかシナリオ書きに来てよ。

と思ったのだが、なんか突っ込んだらダメな部分なのかもしれない。

ちらりとNさんを盗み見る。

かつてのヒットメイカーは、独特のオーラを纏いながら一心不乱に僕の机でデバッグに没頭していた……。

 

 

まぁそんな感じで、なかなか忙しい会社だった。

僕は次第にアニメを見なくなっていった。

 

動画サイトもまださほど有名ではなかった時代だ。

アニメを見るには、ちゃんと録画しておくか、円盤を買うか、人から借りるかせねばならない。

録画と言っても、今のように手軽にハードディスクレコーダーが使用できたわけでもなかった。

先輩社員の中には、DVDに移行せず今だにVHSで80年第90年代のアニメを見ている人もいたぐらいだ。

一度、先輩社員の下宿で『王立宇宙軍 オネアミスの翼」のVHSを見せてもらったことがある。

それは繰り返し再生しすぎて、映像がビリビリだった。

そんな感じでたまにアニメに接するすることはあったが、わざわざ放映中の新作を見るということがなくなっていった。

めんどくさかったし、萌え絵やグラフィックには、会社で毎日触れていた。

お腹一杯というのが正直なところだったのだ。

 

ひたすらに仕事に没頭するうちに5年が過ぎた。

あっという間だった。

なんとか仕事はこなしていたが、ヒット作が出るというほどではなかった。




2004年からの数年間はひたすら働くことで過ぎ去っていきます(ほぼ作者の実体験を書いただけ……)。
目の前の作業が忙しいと、ほかの何かを考えたりする余裕が無くなることってありますよね。
主人公は、『今日』だけに生きて、恋のことや趣味のことを忘れていきます。
しかし……。

次章は、2009年が舞台です。
そう、2009年です。
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