深い意味はアリマセンヨ?
ある日、一人の神様がこう言いました。
「獣耳っ女神(こ)を誕生させようじゃないか、同士諸君!」
『異議なし!』
これが『けもも神様』が誕生するきっかけとなったなる瞬間でした。
『けもも神話集 第0章 可愛いは正義なり!』から抜擢。
「いや、なんでそうなったんだよ!?」
勢いよく目を覚ませば、隣のベッドに獣耳を生やしたちっこい千冬姉が寝ていました。
ゆ、夢じゃなかった。
昨日は結局晩飯を食うこともなく、ただひたすら寝て(現実逃避)いた。
朝早く起きて改めて周囲を見回すと、俺が使っていた部屋と基本的に同じだったが布らしきものが床に散乱している。
ベッドから降りてそれを拾ってみると、下着――それも子供用サイズの大人チックなものだった。しかも色は黒という。
あまりの出来事に一瞬固まったが、すぐ再起動してそれをそっと椅子の上に置いた。
額から吹き出る汗を腕で拭いながら、ふぅと息を吐く。
――うん、俺は何も見てない。
「で、済むと思うか?」
「……」
ブリキのオモチャみたいな音で後ろを見ると、ベッドの上に仁王立ちで爽やかな笑顔を浮かべるお姉さまがおられました。目が笑ってないけど。
い、いつ起きたのでしょうか、千冬お姉さま?
ご立派な狼耳と尻尾がピンと上に張り、タンクトップにスパッツという如何にも千冬姉らしい恰好で全身から威圧感を放っている。
あれ? これ……もしかして死亡フラグに突入した?
背中に冷たい汗が次々と流れ落ちる。
部屋の中が一瞬で絶対零度の世界に陥った錯覚を覚え、俺は唾を飲み込む。
「どうした? なぜそんな狼に追い詰められた子羊のように震えているんだ?」
「い、いやその……」
二頭身なのに半端じゃない殺気ですが!?
やばい、千冬姉の言葉通り『狼(千冬姉)に追い詰められた子羊(俺)』だよ、この状況は。
外見上は愛らしい二頭身サイズの獣耳なのに今は物凄く怖い。
しかも唇を薄く開いて左右に生えている犬歯が窓から差し込む朝日で輝いている。
「覚悟はいいな、一夏?」
両手の指を鳴らして笑みを消した千冬姉の姿に俺は回れ右をしてドアに向かって駆け出した。
だが、それは甘かったとすぐに思い知ることになる。
既に千冬姉が俺に向かって飛翔していたのだから。
「お仕置きタイムだ」
ガブッ!
その後、どうなったかって?
俺の頭を見れば分かると思うぞ。
くっきりと頭に歯形がついているだろ?
あれは滅茶苦茶痛かった……頭の半分ほどと食いちぎられるかと思った、いや本気で。
千冬姉のお仕置きから解放された後、俺は食堂で朝飯を食っていた。
ある程度覚悟はしてたが、周囲を改めて見回すと――耳耳耳耳耳耳耳――どこを見ても獣耳で埋まっていた。ついでに言うと全員二頭身サイズの制服姿だ。
そんな女子生徒達の中に一人だけ男である俺は黙々と飯を食っているわけなんだが……こ、これは別の意味で精神的に辛すぎる。
色んな種類の獣耳でピコピコと動かしてるんだぞ。
彼女達が会話するたびに獣耳を揺らしながら尻尾とか振ってるんだぞ。
しかも外見がもの凄く可愛いからお持ち帰りしたい程なんだぞ!
この環境を耐えろと仰るか?
さっきから俺の内側から『我慢しなくていいんだぞ?』と囁く悪魔の誘惑から必死に抵抗してるけど……が、我慢だ。我慢するんだ織斑一夏!
「一夏?」
心の中で激しく葛藤している最中に聞き覚えのある声が聞こえた。
食べるのを一時中断して横を見ると、朝飯を載せたお盆を持った犬耳の箒がいた。
ちょこんと首を傾げながら不思議そうに見上げる姿に、俺は持っていた箸を落とした。
――駄目だ、俺の魂が半分まで一瞬で削られた。
だが、それを補うように残った魂の奥底から一気に燃え滾る感情の濁流がその場所を塞いでくれる。
昂ぶる気持ち――気を抜けば鼻から愛が吹き出してしまうのを何とか無理やり抑え込んで自然な雰囲気で箒に朝の挨拶をする。
「お、おはよう箒」
「おはよう、一夏。……その、一緒に食べてもいいか?」
神(理性)は九割死んだ。
頬を仄かに染めて恥ずかしそうに上目遣いで見上げる箒。犬耳がピクピクと可愛らしく小気味に動き、尻尾はゆっくりと左右に振っている。
この恥じらう箒の姿を見て俺に断る理由があると?
あるわけがない、あるわけがなかろう!
「いいとも!」
愛が吹き出ようとする鼻を抑えながらサムズアップで箒を温かく迎える。
俺の返事に満足したのか、箒は嬉しそうに笑顔を浮かべてお盆を机の上に置くと席に――よじり登り始めた。
「んー! んー!」
箒の身長より少し高い席に必死に登ろうとしている姿に、
「……がふっ」
不覚にも口から真っ赤な愛を吹き出して仰け反った。
胸を押さえながら脳内を駆け巡る熱い情熱を抑え込みながら考える。
何故こうなった。何故こんな状況になった。何故俺の体がこんなに熱いんだ。
今分かることは一つだけ――あの箒が一生懸命登ろうとしている光景に悶えている俺だ。
昨日も反則だったのにこれもかなり反則だろ!
上半身を後ろに回し、背中を預けていた背もたれに拳を何度も叩きつける。
無理無理無理無理! ただでさえ今の状況にこれがプラスされたら保たないって!!
必死に理性(一割)を何とか保たせる。き、気を取り直して前を向くと――まだやっていた。
「……箒」
俺の心は鉄の塊。
この一瞬だけでも煩悩から我が魂を守り給え。
後ろからそっと腕を伸ばしきった状態の箒の左右の脇を抱える。
驚いた顔で肩越しからこっちを見ていたが、それを気にしないように箒の体を反転させて席に座らせた。
意外と軽かったことに少し驚いたけど。
「あ、ありがとう……」
「お、おう……。さ、冷めないうちに食っちまおうぜ」
「そ、そうだな。い、いただきます」
顔を赤くして朝飯を食い始めた箒――小さな手で箸を動かす姿にむず痒い気持ちが湧き上がる。
なんだろ、この父性を刺激される気分は?
見てるこっちが何ともいえない空気に包まれる感覚を覚える。
それが原因だったのか。俺は無意識に箸に摘まんでいた魚の切り身を箒の口に運んでいた。
「箒、あ~ん」
「ふえ? いち……はむっ」
条件反射に近い反応で切り身を咥えると美味しそうに口をもごもごしていた。
「美味いか?」
「もぐもぐ……ごくん……うん」
「んじゃ、もう一切れいくか? はい、あ~んと」
「あ、あ~ん……はむっ」
嬉しそうに食べながら尻尾を左右に振る箒に――やばい、これなんか癒される。
「一夏、もう一回……いいか?」
「望むところ!」
結局、俺の焼き魚の身がなくなるまで箒の餌付けは続いた。
その後、箒からお返しというばかりに俺の口に「あ、あ~ん」と魚の切り身を運ばれていた。
嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を真っ赤にしてた俺だった。
所変わって飯を食い終わった後、箒と一緒に教室まで来たのだが――ここまでの道中で俺の歩行に合わせようと付いてくる箒を見て、思わず抱きしめかけたのは内緒――ドアの上にあるプレートを見て目を細める。
「なあ、箒。ここって俺達の教室だよな?」
「そうだが?」
「……1-1だったよな?」
「いや、『1-Dog』だが?」
「……和訳すると一年犬組ですか? ちなみにもしかしてこの教室にいる女子生徒は全員犬耳なんですか?」
「正確には半分以上だな。けど何を今さら言うんだ?」
「いや、もうなんでもいいや……うん、入るか」
ドアに手をかけ、教室内に入ると、
「と、届かないですわ」
黒板消しを片手に金髪ロール頭の女子生徒が背伸びをしていた。
IS学園指定の制服を着た二頭身サイズの『たれ耳――ダックスフンドかな?――』を生やした金髪ロール、腰に尻尾を生やす女生徒。
黒板の一番上に書かれた文字列を消そうと腕を伸ばして背伸びをする彼女――セシリア・オルコット――の姿を見て俺は思った。
手伝った方がいいのかな、これって?
第二匹につづく