犬をモフモフしたいですね(笑顔)
「今日も絶好な釣り日和にゃ♪」
時刻は午前9時。暖かな日差しの下で釣りをする『けもも耳っ娘』――和子さん(24歳独身)――はご機嫌に鼻歌を披露している。
久方ぶりに会社から有休を取れたのでこうして趣味である釣りに没頭していた。
時折、海風が和子さんの顔を優しく撫でるとそれに反応するように猫耳が小気味に動く。
持参してきた椅子に座り、尻尾を垂れ下げている。
「にゃっにゃっ~♪ ……にゃ?」
ふと鼻腔に海独特の潮の香りとは違う匂いが侵入する。
現在釣り場にいるのは和子さんだけしかいない。が、匂いのする方向は左側から漂って来ていた。
「動物の匂い?」
――けもも耳っ娘とは違うれっきとした哺乳類動物の類に入る動物の匂い。
匂いは海風に乗って段々と和子さんがいる場所まで近づいてきてる。
気になった和子さんは匂いが漂う方向に顔を向けてみると、
「にゃにあれ?」
海の彼方から水飛沫が勢いよく飛ばせながら海面上を走る『白い物体』が見えた。
最初はそれが何なんのか分からなかったが、徐々に距離を詰めてくる際にその正体が明確になってくる。
それは――真っ白な毛並みを持つ大型犬。否、『狼』であった。
「にゃ、にゃにゃにゃにゃ、にゃんでワンちゃんが海の上を走って……うにゃあ!?」
あまりの出来事に猫耳と尻尾をピーンと立たせて驚く和子さんを大量の水飛沫が襲う。
それは和子さんの前を通り過ぎた狼が跳ね上げた水飛沫だった。
「……」
全身水浸しになった体。目を大きく見開いて狼が向かった先――IS学園がある方向を見る和子さん。
「……」
そんな和子さんをつい先程釣り場に足を運んだ男性が目を大きく見開いて見ていた。
その視線に気付いた和子さんが男性の方を見ると、
『……』
互いに無言のまま視線を交わした。
気まずい雰囲気――互いにどう言葉を出せばいいのか分からず、恥ずかしさと困惑さを混じえた感情に支配される。
そこで男性は動いた。
「にゃ?」
無言で肩に下げていたバッグからタオルを取り出して濡れた和子さんの頭を拭き始めた。
「……風邪、引きますよ」
「あ、ありがとうにゃ……」
互いに顔を赤くしながら笑顔を見せる。
これをきっかけに二人は後に付き合い始め――結婚することになる。
場所は変わって――
教室内で黒板と格闘していたセシリアを目撃した俺は本人の断りもなく後ろから抱き上げると、一番上に書かれていた文字の所まで持ち上げた。
おっ、セシリアも結構軽いんだな。
持ち上げられた本人は肩越しから俺を見た後、顔が真っ赤になり、手足をバタつかせて暴れ始めた。
「ちょ、セシリア落ち着け!?」
「あ、貴方は何をしてらっしゃるのですか!?」
「いや、手伝ってあげようかなと思って……」
「――っ、大きなお世話ですわ!! 早くわたくしを降ろしなさい!!」
こら頭を黒板消しで叩くな! 真っ白に染まるだろ!?
そんな状況が五分ほど続いた後、何とか黒板の一番上に書かれていた文字を消すことが出来た。
うぅ、髪がチョーク塗れになって白髪になったぞ……
セシリアを降ろすと、
「なぜわたくしが貴方の手を借りねばなりませんの……? くぅ、一生の不覚ですわ」
目を瞑って拳を作った右手を震わせていた。
それに便乗するようにたれ耳が揺れているのを見て、俺は思わずそれを掴んでしまった。
「ふにゃ!?」
ふにふに
おお、これ手触りが良いな。
左右のたれ耳を指先で撫でたり、端を持って左右に広げたりして感触を楽しんでいた。
柔らかくて気持ちいいな……全然飽きないぞ。
「あ、そこは……ま、まって……ひゃい!?」
耳の裏側を触るとコリコリっとしたこの感触が実にいい。
いつまでも触っていたい気分になってきたな。うん、もうちょい触るか。
「ひゃん! そ、そこは敏感で……きゃん……や、優しく扱って……はふっ!?」
いつの間にか片方のたれ耳を触りながら頭を撫でる行動になっていた。
へぇ、セシリアの髪って絹糸みたいな弾力で結構気持ちいいな。……癖になりそうだ。
「くぅん……」
甘い鳴き声。
それに気づいた俺はようやく自分が何をしていたのかを把握した。
しまった、調子に乗りすぎた……
両手を止め、恐る恐るセシリアの顔を覗き込んでみると――蕩けた顔をしていた。
頬を染めて気持ちよさそうに目を瞑っているセシリアに俺は胸を貫かれた。
俺の手が止まっていることに気づいていないのか、スリスリと髪を撫でていた手に自ら頭を擦りつけている。
……お持ち帰りしていいですか?
それほどの破壊力をセシリアは持っていた。
「一夏」
声と共に袖を引っ張られる。
横を見ると、頬を膨らませた箒が俺を睨んでいた。
「ほ、箒?」
「ずるいぞ。わ、私にもしろ!」
上目遣いで訴える箒。
予想外の幼馴染みの破壊力に俺は迷うことなく、返事を返した。
「イエッサー!」
たれ耳を触っていた手を箒の頭に乗せ、ゆっくりと壊れ物を扱うように優しく撫でる。
「わふっ」
俺の手の感触に満足してるのか、尻尾を振りながら顔を綻ばせている。
すると、セシリアの頭に乗せていた掌の上に小さな何かが乗せられた。
「…………」
無言で両手を掌の乗せて上目遣いで何かを伝えようとしていたセシリア。
これはもしかして……いや、まさかそんなことは。
キュッ
潤んだ瞳と弱々しく小さな手に力を入れ、尻尾を左右にゆっくりと振っている。
「……続きを」
その言葉を引き金に俺の意識(理性)は吹っ飛んだ。
残念ながらその後の記憶が全くないんだ。
辛うじて覚えていたことは後頭部に強い衝撃と「朝から何をしているんだ、お前は?」しかなかった。
微妙に後頭部はへこんでいたのは何故?
箒に聞いても「はにゃ~」とたれパンダみたいに溶けていたので聞けなかった。
あとセシリアは朝の出来事以降、俺を見ると避けるように逃げるようになった。
やっぱり調子に乗りすぎたのが原因なのかな……うぅ、気まずい。
ちなみに我らが副担任――山田先生――の獣耳は『牛耳』でした。
二等身サイズでも巨乳は健在であり、更に可愛さが向上してるから内心悶えてました。
教壇に上がろうとしたら何もない所でこけるドジっ娘属性もちゃんと付属してる有難さ!
ありがとう、神様! これで今日も生きていける!
あっという間に月曜の放課後――セシリアとの試合の日を迎えた。
現在、俺は箒と一緒に第三アリーナ・Aピットで待機している。が、肝心の専用ISがまだ搬入されていない。
まあ、そこら辺はあともう少しすれば来るはずだ。
前の出来事と同じだったらの話だけど……
しかし、今度開催するクラス対抗戦に出場する代表者を決めるとはいえ、まさかもう一度試合をするとは夢にも思わなかった。
俺の記憶が正しければ、確かに俺はセシリアとは既に勝負を決していた――筈だ。
あの時は俺が負ける形で終わったけど、どういう訳か勝者であるセシリアはクラス代表を辞退して俺に譲る形になった。
どうなってるんだろうな、これは。
俺が最後に覚えているのはもう一人の幼馴染みである『彼女』と試合した所までだ。
その後の記憶はない。
あいつと試合をしている最中に何か大事な事があったような気がした……が、思い出せない。
思い出そうとしても穴がポッカリと空いた感覚しか思い浮かばない。
くそ、何を忘れているんだ。なんか重大なことだったような気がするのに……歯痒い。
「大丈夫か?」
くいっと俺の制服の袖を掴んで心配そうに見上げる箒に、俺は笑顔を見せる。
「ああ、大丈夫」
「辛そうな顔をしていたが、本当に大丈夫か? 体調が悪いようなら日を改めてもらったほうがいいのではないのか?」
「いつもの通り絶好調だよ。それに――」
箒の頭を撫でながら、俺は本心を言う。
「今、俺の隣には箒がいるしな」
そう僅かな期間とはいえ、箒から何度も癒された俺の魂は常にフルパワー状態だ。
考えてみろ?
二等身サイズの犬耳と尻尾を見るだけでどれだけ心が癒されるのかを。
頭を撫でたりすると俺の知っている箒とは違う、『悶え死ぬ』程の可愛らしさを見せるんだぞ!
もうお腹一杯です。
「そ、そうか。……そうか、私がいるだけで……はうはう!!」
パタパタと高速で左右に振る尻尾。
おお、残像が見える!! どれくらい速度が出てるんだろ?
「さて、そろそろ俺のISが来ると「お、織村くーーーん!」ナイスタイミング!」
こっちに向かって走ってくる人影――牛耳の山田先生――が胸を揺らしながらやってきた。
「織斑くん織斑くん織斑くん!」
「いや三回も呼ばなくても聞こえますよ。深呼吸して落ち着いてください」
「すー……はぁー……。え、えとですね、織斑くんの専用IS――」
ここまでは俺の記憶通り。
この後は確か千冬姉も出てきて俺の後ろにある搬入口から『白式』が現れる筈だ。
そう――この時の俺はそう思っていた。
この後の山田先生の言葉を聞くまでは。
「の代わりに『ワンちゃん』が来ました!」
へ? 今なんと言いましたか?
俺の聞き間違いでなければ『ワンちゃん』と仰いましたか?
「わ、ワンちゃんって? ご家庭に一匹はいるというあのワンちゃんですか?」
「え、ええ。けど、ちょっと「実際に見たほうが早いだろ」あっ、織斑先生」
おろおろとしていた山田先生の隣にいた千冬姉が珍しく困った顔をしていた。
「どういうこと?」
「お前の目で直接見たほうが早い。……たくっ、あいつは何を考えているんだ」
腕を組んで不機嫌な顔で搬入口を睨む千冬姉に何か嫌な予感を覚えた。
なんだろ、あの搬入口を開けてはいけないような気がするんだけど。
「一夏、私もそんな気がする」
口に出ていたのか、箒も俺の意見に同意していた。
「では、開けるぞ。覚悟はいいな?」
「いや覚悟って?」
ガコンッ
俺の言葉を遮るようにアリーナの搬入口がその重たい扉を左右に開いた。
開かれた先にあったのは――
「――」
――淡白い雪を思わせる毛並み。纏う空気は王者のごとく尊厳であり威厳。
四肢は冷たい地面をものともせずしっかりと踏み締め、瞳に写るは強き意思。
威嚇もせず臆さず、ただ俺達を見ている。
否――俺を見ている。
その犬は――いや『白の狼』は見定めるかのようにじっと見ている。
その場から動くことが出来ない。一歩でも動こうとすれば『白の狼』に喉元を噛み千切られる光景が自然と脳裏に浮かぶ。
周辺にいた千冬姉達も動けないのか。
息を呑む音、緊張と不安、僅かな恐怖が俺達の精神と身体を支配する。
一分、三十分か――いやもっと時間が経っているのかもしれない。
時間の概念が判らなくなる程の重圧がその場を支配している限り、誰も正確な時間を把握することが出来ない。
いつまでこれが続くのか――俺はただじっと『白の狼』から視線を逸らさずにすることだけしか出来なかった。
――と、その時だった。
「もう『白(びゃく)ちゃん』、みんな怖がってるじゃないか」
『白の狼』の頭の上に突如現れた小さな人影。
「めっ!」と小さな人影は『白の狼』の頭をペチペチと叩くが当の本人はそれを無視する。
「――」
頭の上で騒いでいる小さな人影に吠えることもせず、その場で寝そべると瞼を閉じて静かにじっとする。
その様子を見て、ふといつの間にか重圧感がなくなっていることに気付き、思い出したかのように肺が新鮮な酸素を要求し始めた。
ああ、息を止めていたのか。
安堵の息を吐き、周辺にいた千冬姉達の様子を見ると――全員汗を掻いて息を吐いていたが大丈夫のようだ。
「きゅう~」
あ、山田先生は目を回してその場で倒れてた。
「はいはい~、そここっちに注目~!」
やたらとテンションの高い声が前から聞こえる。
何事かと思い、視線を前に戻すと――
「やあやあ! 全世界のラブリーランキングNo1! みんなのアイドル! 篠ノ之束さんだよーーー!! ぶいぶい♪」
『白の狼』の頭から下りた小さな人影――エプロンらしきものを身に着けた二等身サイズの頭に生えている『ウサ耳』に、腰に生やすクルッと丸い尻尾。
「ね、姉さん?」
ダブルピースで満面の笑顔を見せる女性――篠ノ之束――六年ぶりに出会う箒の姉。
「た、束さん?」
『IS』の生みの親であり開発者である人物が其処にいた。
第三匹につづく