モフモフ♪
春の暖かな陽光が差す公園。
設置するベンチの一つに、とある老夫婦が日向ぼっこをしている。
「今日は良い天気じゃのぉ、婆さんや」
「そうですね、お爺さん」
笑顔を見せるお爺さん(85歳)の膝の上に座る『犬けもも耳っ老婦人(こ)』(83歳)が、ほっこりと幸せそうな顔をしている。
最愛の人と一緒に過ごす事――これ以上の幸せがどこにあるのだろうか。
出逢い、付き合い、結婚して。どれ程の月日が経ったのだろうか。
苦労もあった。悲しい事もあった。喧嘩をしたこともあった。
――けど、楽しかった。
辛い事も悲しい事も、二人で互いに支え合いながら乗り越え、言葉では語り尽くせない多くの想い出(過去)を築きあげた。
……だから、私は思います。
「ねえ、お爺さん」
小さな手を最愛の人の手の甲に重ね、
「なんだい、婆さん?」
重ねられた小さな手の甲に、彼の年の数だけ生きた証を刻んだ皺くちゃの手を重ねる。
「いつまでも……ずっと一緒にいましょうね、『五郎(ごろう)』さん」
老いようとも、出会った当初と同じ暖かな太陽の笑顔を見せる伴侶。
「ああ、勿論――ずっと一緒じゃよ、『文子(ふみこ)』さん」
そっと寄り添う二人――老夫婦に彼女は春風と共に言葉を贈る。
『末永くお幸せに♪』
自分の子供達がいつまでも幸せでいられるよう願いながら、今日も天界から『けもも神様』は見守る。
『けもも神様日記の一部から抜擢』
噴煙が舞い、金属音が鼓膜を撃つ。
晴れ渡った空の下で二つの影が踊り狂う――互いの存在をその目に焼き付けるように。
「うおおおおおおおお!」
「はああああああああ!」
吠える――二つの影が吼える。
ぶつかり合うたびに身を守る装甲の一部が欠け、ひとつ、またひとつと、新たな傷を創る。
シールド? 絶対防御? それがどうした。
そんなものはとっくの昔に機能が停止している。
今はただ、互いの身体を削り合いながらも、この刹那の瞬間だけを得るために――互いの武器をぶつけるのみ。
「く、はっ……」
胸部に激痛。一寸のズレもなく精密に放たれた一撃が胸部装甲を穿つ。
肺から強制に追い出された二酸化炭素が気管を塞ぎ、開いた口から僅かに息が漏れる。
苦しい。息が出来ない。視界がぶれる。
「――っ!」
殺気――その場から動かず、『した』方向に勘で武器を振る。
「か、はっ!」
手応えあり。
そのまま追撃の拳を声がした方向に振り抜く。
――が、
「な、めないで……ほしいですわ!」
振り抜かれた拳の腕を掴み、そのまま勢いよく横回転しながら急降下する。
地球の重力に逆らわず、自分ごと相手の身体を地面に叩きつける。
勢いよく舞いあがる土煙と土くれ。
地面に幾つもの亀裂を生じさせ、降下した地点にクレーターを築き上げる。
視界を遮る土煙をスクリーンに二つの影が写り――ゆっくりと立ち上がる。
「……」
「……」
無言――言葉の代わりに拳を握る。
二つの影の目に写るは目の前の敵のみ。
纏う鎧、肉体は既に満身創痍。
武器は壊れて使用不可能。
だが、心は――魂はまだ折れていない。
心が、魂が、自分が諦めない限り、絶対に負けない。
負けてやるものか――こいつにだけは絶対に!
「セシリア、オルコットォオオオオ!」
「織斑、一夏ぁああああああ!」
勝負はまだ終わらない――
「……と、こんな感じに熱い展開が起きたら燃えない?」
1-Dogの生徒――『犬けもも耳っ娘』柱間 和江(はしらま かずえ)が眼鏡を光らせて、隣に歩く1-Catの生徒――『猫けもも耳っ娘』大泉 加奈(おおいずみ かな)に聞く。
「いや、それ、どこの熱血漫画にゃ?」
呆れた顔で中学校からの親友に言葉を返す。
「だって! 片やイギリス代表候補生、片や男性初のIS搭乗者なんだよ! この二人が戦うってことは、それはもう熱く激しいバトルになるに決まってるじゃない! ああ、もうこの日をどれだけ待ち望んでいたと思ってるの! そう……互いに譲れない想い、だけど決して相容れることはなく、どちらが正しいのか――それを確かめるために血潮沸き踊る戦いに身を投じることに! ああ、私はどっちを応援すればいいの! ねえ! 教えてよ、加奈!」
機関銃――いや、ガトリング並の台詞を次々と撃ち出す和江に加奈は額に手を当て頭痛を覚える。
「あのにゃ、なんでそんな壮大な内容になってるのにゃ? たしかクラス代表を決めるだけの決闘にゃんだよね? 教えてって……逆にあちきが和江の思考回路がどうなってるのか、こっちが教えてほしいくらいにゃ!」
ふしゃー!と猫耳と尻尾を立たせて反論する加奈に、和江は恥ずかしそうに言う。
「えへへ♪ それ程でも――あいたっ!」
「全く褒めてにゃいにゃ!」
額に青筋を浮かべた加奈は愛用のハリセンで和江の後頭部を思い切りはたく。
と、漫才会話を交わす二人に、
「おーい、そこの『かっちゃんズ』! そろそろ試合が始まっちゃうよ! 先に行くよー!」
廊下の角からひょこっと覗き込む1-Birdの『鳥けもも耳っ娘』――船羽 陽子(ふなば ようこ)が二人を呼ぶ。
頭と背中に生やす二対の羽をパタパタと小気味に震わせて、早く早く!と催促する。
「はっ、そうだったにゃ! よっちん、待ってにゃ!」
「あ、待ってよ! 加奈、陽子! 置いてかないでっ!」
今日も三人は仲良くアリーナに向かうのだった。
その頃のピット内――
「やあ、待たせたね! 皆のアイドル、束さんがやって来たよ!」
『白の狼』の頭から下りた束さんが満面の笑みでこちらにポテポテと走ってくる。束さんの走行に合わせるようにウサ耳が左右に揺れる。
おお、束さんの獣耳はウサ耳なんだ――さ、触りたい……いや、落ち着け俺!
可愛いのは分かる。分かるが今はそれをしてはいけない。――うん、俺の理性よ。頼む、今は・・・・・・今だけは保ってくれ!
内心葛藤をする俺の前に足を止めた束さんが、少し驚いた顔で見上げた。
「おおっ! 大きくなったね~、いっくん! しかも男らしくなって!」
「お、お久しぶりです、束さん」
「うんうん、久しぶりだね♪ ……はっ! 其処にいるのは、ほーきちゃん! おひさだよ!!」
後ろに隠れていた箒を見つけて、俺を中心に挟むように二人は顔を見合わせる。
久しぶりに出会う束さんの笑顔を見た箒は、恥ずかしいのか、俺の制服のズボンの裾を握って顔を背ける。
「お久しぶりです……姉さん……」
「うんうん♪ ほんっと~に久しぶりだね! しばらく見ないうちに大きくなったね、ほーきちゃん。特にそのラブリーな尻尾がたまらないよ……」
ゴスッ
怪しい手つきで箒の尻尾を触ろうとした束さんの顎が――鈍い音と共に跳ね上がる。
いつ移動したのか。気付いたときには、束さんの懐に入った箒の――拳を下から思い切り上に振り上げた、アッパーの態勢が視界に入る。
背を反らして宙に浮かぶ束さん――それはもう見事な線を描いて。
「殴りますよ?」
「いったい~! もう殴ってるよ~!」
拳を顔の前で握る、額に青筋を浮かべた箒に、束さんが涙目で見上げて床に座っている。
顎を摩りながら上目遣いをする束さんのウサ耳が、しゅんっと、寂しそうに垂れている。
その父性反応を刺激させる姿に俺は――無意識に束さんの頭を撫でていた。
「い、いっくん? ……はにゃっ♪」
「いたいのいたいの、とんでけ~」
顎じゃないけど、頭を撫でながら子供の頃に千冬姉からよくしてもらった『おまじない』をしてあげる。
実際に痛みが消える訳じゃないが、ほんの少しでも気持ちが軽くなるように、優しく撫でる。
箒とセシリアとは違った髪の感触。
個人によっては手触りが違うんだなと、艶がある柔らかな弾力を堪能する。
「はひゅ……いっくんの手……あったかいね~……」
気持ちいいのか、たれパンダみたいに束さんの顔が蕩けている。
萎れていたウサ耳が幾分か元気になったのか、再び、ぴんとした姿に戻っていく。
もっと撫でていたいけど、あまり時間がないため中断することにした。
くっ、名残惜しい――あと小一時間程あれば、もっとこの感触を楽しめたもの。む、無念だ。
「あ……」
手を離すと束さんは寂しそうな顔をして――
「た、束さん?」
「ん~、もっと~!!」
俺の脚にしがみついて催促してきた。
頬を脚に擦り付けて甘えるように体全体で、ぎゅっと、しがみつく。
「ごはっ!」
食堂で箒の姿を見て以来の二度目の吐血(愛)を吐き出す。
試合前なのに、肉体を通り越して魂に盛大な一撃が見舞う。HPゲージが三分の二まで減少――え、衛生兵! 衛生兵はいませんか!
俺、このまま戦闘不能で不戦敗になっちゃうよ・・・・・・
口から魂が半分出かけ、もう駄目かと思った――が、救いの手は現れた。
我が姉にして、至高の存在――千冬姉である。
「いい加減に離れろ。こっちはあまり時間がないんだ」
「えーー、もうちょっとだけいいじゃん! ちーちゃんのけちんぼう!」
千冬姉が束さんの首根っこを掴んで俺の脚から引っ張り剥がした。
ずるずると引きずられる束さんが不満の声を漏らすが、千冬姉はそれを無視して、俺から一定の距離を離す。
あ、危なかった。あのままでいたら、三途の川を渡っていたぞ、俺。
安堵の息を吐くと、
「……かぷっ」
「――いてッ!?」
左の人差し指に鋭い痛みが奔る。
顔を下に向けると、不機嫌な顔で人差し指を噛み付く箒の姿。
「いきなり何すんだ、箒!」
「・・・・・・私にも、してほしいのに。・・・・・・一夏のばか」
小声で呟く箒の言葉を聞いた俺は――三度目の愛を、今度は鼻から吹き出した。
それは卑怯ですぜ、箒さん――
「さて、束――例の専用機は何処にあるんだ? お前が製作すると言ってたが?」
後ろから何やら一夏が騒いでいたが、今は優先すべきことがあるので後にする。
そう、一夏の専用機だ。
先日、私の前にいる束から専用機を用意すると連絡が来たのだが――肝心の専用機は何処にあるんだ。
ピット搬入口に搬送されてきたのは、『白い狼』――と『束本人』だけ。
あまり時間もない。何処に置いてあるのか急いで聞かねば――
「あ~、うん・・・・・・その、なんていうか・・・・・・」
珍しく歯切れの悪い言葉を出す束に、私は不審に思い――嫌な予感が脳裏をよぎる。
「どうした?」
視線を左右に彷徨せ、両の人差し指を交差しながら挙動不審に陥る、束の姿に嫌な予感が益々膨れ上がる。
「え、えとね・・・・・・お、怒らないで聞いてくれる? ちーちゃん」
まさか――
「・・・・・・とりあえず言ってみろ」
予感は私の期待を裏切り、
「いっくんの専用機――間に合わなかった、てへぺろっ♪」
ものの見事に的中した――よし、とりあえずお仕置きタイムだ、束。
何故こうなった――としか言えなかった。
「すまないが・・・・・・もう一度言ってくれないか? た・ば・ね?」
「ち、ちーちゃん? た、束さんの頭が現在進行形で割れそうな勢いなんだけど?」
額に青筋を浮かべた千冬姉が束さんにアイアンクローをしている。
少し離れた場所で見守る俺と箒の耳に『聞こえてはいけない頭蓋骨が軋む音』が響く。
千冬姉の手に力が徐々に篭り、束さんの頭蓋骨が、みしっと、また嫌な音を出す。
ち、千冬姉! それ以上はいけない! 束さんの頭蓋骨が割れたスイカみたいになっちゃうから!
「無問題だ。これくらいで、こいつが耐えられない訳がない」
「俺の心を読んだ!?」
「いやいやいや!? ちーちゃん! 流石の私でも、このちーちゃんの愛(アイアンクロー)には耐えられな・・・・・・ほにゃああああ!? 割れる! もう割れちゃうから!!」
めり込ませている指に更に力を込める千冬姉を止める術を――俺にはなかった。
ごめんなさい、束さん。貴方の尊い犠牲は忘れません。
心の中で合掌をして、視線を束さんの後方に移すと――
「――」
地面に寝そべって眠る『白の狼』が視界に写る。
束さんと一緒に来たこの狼は何なんだろうか。束さんはこの狼の事を『白(びゃく)ちゃん』と呼んでいたが、この狼の名前なんだろうか。
束さんが危機に陥っているにも関わらず、関心がないのか動く気配がない。
「さて――説明してもらうぞ、束」
「あうぅ・・・・・・ちーちゃんの愛が痛かったよ」
いつの間にか、千冬姉のアイアンクローから解放された束さんが涙目で頭を押さえて蹲っていた。
うぅ、また頭を撫でてあげたい衝動に襲われるが――が、我慢だ。ここで折れるわけにはいかない。
「ぐすん・・・・・・あのね、いっくんの専用機なんだけど、まだ未完成なんだよ」
「えっ?」
専用機が、まだ未完成?
俺の記憶にある『専用機』――『白式』がまだ出来ていないのか?
「じゃあ、俺の専用機は此処にはないということですか?」
「ううん、違うよ――」
首を横に振り、否定する。
「え、持ってきたのですか?」
「正確には、一緒に来た、かな?」
一緒に来た? それは一体――って、まさか。
「束、もしかしてだが・・・・・・いや、まさか」
「うん、そのまさかだよ。ちーちゃん。ほら、其処で寝ている――」
束さんの指差す方向に全員が目を向けると、
「『白(びゃく)ちゃん』がいっくんの専用機だよ」
その先にいたのは――寝息を立てて眠る『白の狼』。
あまりにも予想外の出来事に、俺は目を点にして絶句した。
『試合開始まであと十分――まだアリーナに入場していない選手は急いで下さい』
――と、不意にアナウンスが試合開始時刻を告げる。
「まずい、時間がない! 束! 結局、専用機は動かせるのか!」
「ごめん! まだ無理だよ!」
「くっ、仕方ない。・・・・・・一夏! 予備として準備してた『打鉄』に乗れ!」
千冬姉の言葉で我に返った俺は、別のピット搬入口から現れた『IS』――純国産第二世代型『打鉄』に目を向ける。
戦国時代の鎧武者をイメージした無骨な鎧――それは、俺が初めて動かした『IS』でもある。
思えば、これが始まりだった。
俺の人生を変えるきっかけでもあり――『空』を飛べる事ができたのだから。
「わかった!」
だから、今日だけは、今だけは――俺の相棒でいてくれ。
「あ、千冬姉! これ、どうやって乗ればいいんだ!? サイズが合わないけど!」
「何を今更言ってるんだ、馬鹿者! そのまま触れてみろ!」
「こ、こうか?」
『打鉄』の装甲に手を置き――
「えっ」
刹那の閃光――眩い光が俺の体を包み込む。
ピット内を照らす光――それは暖かく、誰かの腕に包み込まれる感覚。
分かる――今、俺は『打鉄』と繋がっているのが。
各種センサーが次々と接続されていき、脳裏に膨大な情報量がダウンロードされていく。
痛みはない。そこにあるのは、温もり。
体感時間からして十秒程度だろうか。
ゆっくりと瞼を開くと、網膜に様々なデーターが映し出され、消えていき、最後には――
『設定完了。ようこそ、我が主『織斑一夏』――私は貴方をお待ちしていました』
この時はまだ知らなかった。
ウィンドに表示された文字が、何を意味するのかを。
「上手く起動したようだな。――まあ、しかし・・・・・・見事に縮んだな」
「ほ、本当に私と同じ身長になっただと?」
「映像で確認はしてたけど、生で見ると予想以上に凄いね♪」
ん? 千冬姉達が何か騒いでいるのが聞こえるけど、どうしたんだ?
ウィンドから千冬姉達の方に顔を向けると――俺と『同じ視線』で驚く三人の顔が視界に入った。
――同じ視線?
俺は妙な違和感を感じる。ISの起動は無事に成功した、よな?
なのに、嫌な予感がするのは何でだ。
『ご心配なく。システム――全て正常に稼働中です、我が主』
再び網膜にウィンドが開いて機体の状況を説明してくれる。
ご親切にありがとうございます――
『恐れ入ります、我が主』
――あれ? なんか此処にも妙な違和感があるのは気のせい?
「ど、どこも痛くないか? 一夏」
心配そうに俺の頬を優しく撫でる箒に、俺はようやく一つの違和感の正体に気付いた。
ゆっくりと視線を下にずらすと――
「ち、縮んでる!?」
そう、俺は箒と同じ身長になっていた――『打鉄』を身に纏った二頭身サイズに。
原因は分からないが、ISに一番詳しい束さんに聞いてみるしかない。
「束さん! これはどうなっ――」
『試合開始まであと二分。織斑選手、急いで入場してください』
「一夏、説明は後だ。もう時間がない」
「わ、わかった」
ピット・ゲートに続く一つの道――カタパルトに両足を設置させる。
固定された感触を確かめ、深呼吸をひとつ、ふたつと――頭から爪先まで支配する緊張を和らげる。
――が、それに相反するかのように、心が高揚する。
再び深呼吸をひとつすると、『打鉄』の外見に追加された『機械仕掛けの狼耳と尻尾』が揺らめく。
「一夏、いけるか?」
千冬姉の言葉に俺はこう返す。
「いつでもいけるよ、千冬姉」
「そうか――なら行ってこい。そして、無事に帰ってこい」
わかったよ、千冬姉。
「いっくん・・・・・・ごめんね」
涙目で謝る束さんに俺はこう返す。
「束さん、ありがとう」
「えっ」
「専用機がなくても、この『IS』――『コア』は束さんが生み出してくれたものです。だから――俺は戦えます。束さんの想いが宿るこの『IS』で」
「ふぇぇ・・・・・・いっくん、ありがとう」
涙を流す束さん――それは悲しい涙じゃない。
「一夏・・・・・・」
最後に、俺の名前を呼ぶ幼じみの箒に俺は応える。
「箒」
「――っ! な、なんだ?」
手招きして不安げな顔を見せる箒を傍に呼び寄せると、俺はポンッと箒の頭に手を置いた。
「行ってくる」
一言だけ――けど、箒にはそれが十分だった。
笑みを浮かべて、
「ああ、勝ってこい!」
その言葉が俺の背中を押してくれた。
『参りましょう、我が主』
「織斑一夏――出る!」
切り離された固定脚。
カタパルトから勢いよくピット・ゲートまで、身体を押し出される。
そして――俺はアリーナの空を飛翔する。
「待ってましたわよ」
観客の喧騒をBGMに『空』で向かい合う俺とセシリア・オルコット。
ハイパーセンサーに写る彼女のIS――第三世代型『ブルー・ティアーズ』は俺の記憶によれば、確か遠距離に特化されていた機体だったはず。
外見は――たれ耳と尻尾以外、特に変化した様子はない。
――が、まだ断定は出来ない。
先程、専用機が使用不可能な件があったため、あのISも前と一緒とは限らない。
現に俺は『打鉄』と使用して今この場にいるのだから。
「――専用機はどうなされたのですか?」
「あ~……ちょいとハプニングがあって使えなくなったんだ。なんで、代わりにこの『打鉄』を急遽纏うことになったんだよ」
俺の応えにセシリアは眼を瞑る。
「なるほど。ですから、その『打鉄』を纏っていたのですね――織斑一夏」
静かに眼を開け、俺の名前を呼ぶ。
「わたくしは貴方に伝えることがあります」
「なんだ?」
返事を返すと、セシリアは急に頬を染めて恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「あ、あの……わ、わたくしが勝利した暁には……は、はう……」
「……なにこの可愛い小動物は?」
急に悶え始めたセシリア。
尻尾を左右に振りながら、顔を真っ赤にして何かを言おうとするが言葉を詰まらせる。
えっ、さっきまでのシリアスな雰囲気は何処にいった?
ま、まさか――これは、セシリアの新たな精神攻撃か!?
「すぅ~はぁ~……お、織斑一夏!」
セシリアに呼ばれ、顔を向けると何かを決意したのか――俺の目をしっかりと見ていた。
「わたくしが勝利した暁には……わ、わたくしを毎日愛でなさい!」
……What?
今、何て言いましたか? も、もう一度お願いします!
『……へぇ~。いい度胸してるね、あの犬けもも耳っ娘』
『……後で個人的に教育指導だな、オルコット』
『……セシリア・オルコット、後で話(決闘)をつける必要があるな』
ハイパーセンサーからピット内にいる千冬姉達の地獄の底から響く声が聞こえた。
『し、篠ノ之博士! お、織斑先生! し、篠ノ之さん! お、落ち着いてください!!』
ようやく復活した山田先生が、殺気を放つ三人を必死に宥めるが――ご愁傷様です、山田先生。
そっと心の中で合掌した。
――あれ? 試合が終わった後、あのピットに戻らんとあかんの?
第四匹につづく
各話の誤字修正は後日実行します。
申し訳ありません。