A.D.2012 偶像特異点 深夜結界舞台シンデレラ   作:赤川島起

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第7章 アイドルミスコン本選 2

 宣材写真。

 正式名称、宣伝材料用写真。

 アイドルを含めた芸能人を売り出すために、事務所がクライアント向けに撮影する写真で、通常同じ服装でさまざまなポーズを撮影したものが複数カット用意される。

 事務所がクライアントより仕事の依頼を受ける際や、事務所自身によるアイドルを売り出すための営業活動に使われる写真のこと。

 

 アイドルのスタートの一つであり、メディアへの露出がなければクライアントが初めて見るアイドルの顔。

 いわば、アイドルが最初に行う写真撮影。

 この出来次第で、仕事の量に間違いなく影響するだろう。

 

「こちらが撮影用のセットになりますにぃ」

 

「大道具さん、お願いしまーす」

 

 もともと大部分が準備してあった為か、数分とかからず完成した簡易撮影会場。

 ここで撮った写真をモニターに映し、それをもって審査するらしい。

 

「じゃあ、また番号順で行くわよ。小道具もいくつか用意してるから、自由に使ってね。制限時間は、一人三分。OKなら、早めに終わってもいいわよ」

 

 30人と審査人数が多いからか、一人当たりの時間が短い。

 その時間の中で、自らのベストショットを撮らせるというかなり難易度の高いお題である。

 流石のアルトリアたちも、写真は撮られ慣れてない。

 絵を描いてもらうこと、とはまた別の技術なのだ。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

「では次、アルトリアさんお願いします」

 

「はい」

 

 カメラマンの声を聞き、真っ先に小道具へと向かうアルトリア。

 選んだ道具は、剣。

 無論、見た目だけで刃も無く軽い。

 騎士系アイドルと先ほど紹介したため、予想通りだ。

 

「じゃあ、好きなポーズをとってください」

 

 自由度が高いこの難問に、アルトリアが出した答え。

 それは、誇り高い王の姿、ではなく。

 勇ましい騎士の勇姿、でもない。

 

 それは、地面にぺたんと座り、身体を預けるように剣を抱く少女の姿。

 気丈とした様ではなく、何かを請い求めるような表情。

 

 次の写真ではまた違った。

 

 ライオンのぬいぐるみを抱き、年相応(見た目)の笑顔を見せる。

 打って変わって、可愛らしいところを魅せていく。

 

 そして最後に。

 

 マントを付け、凛々しく立つ王族の姿。

 煌びやかなドレスもあり、その姿はまさに理想の女王。

 

 本来、アルトリアにはこのような技術は無い。

 召喚直後の彼女では、ここまでの成果は発揮できないだろう。

 これは単純に彼女の負けず嫌いの成果。

 学ぶならば全力で、完璧に仕上げる。

 未知であるアイドルの仕事に対し、短期間ながら高いレベルで仕上げた。

 彼女が写真撮影を初めて体験したなどと思うものは、カルデアを除き誰一人として存在しなかった。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 続いてジャンヌ。

 小道具に大きな旗は無く、ジャンヌ・ダルクのあの姿は再現できない。

 

「………………。」

 

 故に、祈る。

 彼女は敬遠な神の使徒。

 神に祈り、その声を聞いた聖女。

 

 目を閉じ、祈り、ゆっくりと目を開ける。

 

 その動作の中で、プロのカメラマンはシャッターチャンスを逃すことなく撮る。

 本物の聖女の祈りは、それだけで十分な美しさを語る。

 暗いステージでスポットライトに照らされていることでさえ、天から降りてきた光のよう。

 

 ジャンヌ・ダルクの本質。

 聖女としての敬虔さを、見事に表現しきっていた。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 そしてマシュ。

 

(宣材写真……。アイドルの顔……。どんな表情なら、私に仕事を任せてくれるのか……)

 

 その思考は正しい。

 ただの写真撮影ではなく、宣伝の写真である。

 なら自身のアピールだけではなく、相手側の目線に立つことも重要だ。

 

(私なら、どんなアイドルにお願いしたいか?)

 

 まず思い浮かべたのは彼女にとっての目標。

 島村卯月をはじめとしたアイドル達。

 彼女たちは、どんな表情をしていたのか?

 

 可憐(キュート)

 冷静(クール)

 情熱(パッション)

 

 どれも間違ってないが、根本的なものではない。

 ならば、――――。

 

 

 

 

 

「アイドルの島村卯月です!」

 

 

 

 

 

 笑顔。

 見ていてこちらが嬉しくなるような。

 思わず応援したくなりそうな。

 素敵な笑顔。

 

 だけど、笑顔は簡単な技術じゃない。

 いつでも笑顔でいられるというのは、もはや才能だ

 ぎこちない、付け焼刃の笑顔では論外。

 かといって、緊張が邪魔して心からの笑顔を浮かべるのが難しい。

 

 何か、笑顔になれること。

 

 自分が、一番強い笑顔になれたとき。

 

 マシュ・キリエライトが、一番嬉しかったとき。

 

 

 

 ああ、なら簡単だ。

 あの時を思い出せた。

 一番嬉しかった感情。

 もう緊張は無い。

 そうだ、ちゃんと撮ってもらわないと。

 かつてと同じ笑顔(かお)になる。

 

 

 

 先輩を助けることができたときの事を。

 

 

 

 大切な人と一緒にいられた時の表情(かお)を、記録してもらうように。

 

 

 

 大事な人と共にいられる。

 そんな当たり前で尊いものを、皆に知ってもらうために。

 

 

 

「大切な人と、どうか一緒にいられますように…………」

 

 

 

 声に出した。

 ほとんどの人からは、アピールの一環だと思われただろう。

 それは、彼女の願い。

 祈りではない、心からの想い。

 

 

 

 マスターと、ここにいるすべての人への、――――――メッセージ。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

「これですべての撮影は終了。カメラマンさん、ありがとうございましたー!」

 

 瑞樹の言葉の後、ありがとうと復唱し手を振る参加者達。

 どうやら、杏ときらりは残るようで、アイドルは徐々に増えていく方式らしい。

 

「じゃあ、次の審査に移るわね。その審査を発表してくれるアイドルに登場してもらいましょう!」

 

 スポットライトが移り、照らし出されたのは二人のアイドル。

 一人がギターを手に、その音色をかき鳴らす。

 最後の音が止んだとき、会場から歓声と拍手が沸きあがる。

 

「はーい!みなさーん!盛り上がってますかー!私、ウサミンです!」

 

 さらに歓声が上がり、それを促したのはウサ耳をつけたアイドル。

 ウサミーン!と、声援が届き「キャハッ!」とポーズを決める。

 

「楽しんでくれてるかー!次の審査、紹介しちゃうぜ!」

 

 木村夏樹と安部奈々。

 本格ロッカーとウサミン星人。

 属性としては真逆とも言えるアイドル。

 彼女達が紹介する審査が何なのか、想像がつきにくい。

 

「お願いするわ。では、次の審査の内容をどうぞ!」

 

「「次の審査は――――」」

 

 お互いの顔を見合し、息を揃える

 すうぅ、と息を吸い、大きな声で発表する。

 

 

 

 

 

「「歌唱力テストです!!」」

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 歌。

 どんな個性を売りにしているとしても、アイドルならば必ず行う仕事。

 アイドルであれば、歌をイメージするのはもはや常識。

 アイドルの基礎中の基礎であり、CDデビューはアイドルを目指す少女達の目標だ。

 

「このテストでは、事前に皆さん自身で決めてもらった曲をカラオケで歌ってもらいます」

 

「点数はつけない。あくまでここにいる観客のみんなの耳と心に残るように歌ってもらう」

 

 これはどうなるのだろう。

 そうマスターは思う。

 彼女達が歌っているとこなど、見たことがない。

 そもそも、曲を知っているのかどうか疑問だ。

 しかも、他の参加者たちは346プロダクションのアイドル達の曲を選択するだろう。

 観客にとっても知っている曲であり、共感しやすい。

 

 これは、マシュ達にとって大きなハンデだ。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 予想通り、ここまでほとんどの人がアイドルの曲を歌ってきた。

 知った曲であるため、その歌に合いの手を入れてきた観客達。

 ショート版で行われてきた、アイドルの卵達のライブ。

 そしてついに、アルトリアの番が来た。

 

「………………」

 

 スタンドマイクの前に立ち、目をつぶるアルトリア。

 すると大きく息を吸い、――――――歌い始めた。

 

 

 

「――――――♪」

 

 

 

 聞き入る観客。

 驚くカルデア。

 アルトリアが歌っている曲。

 

 その曲名は、――――「Never say never」。

 

 渋谷凛の持ち歌でありソロ曲。

 わずかな時間による事前練習だけでのぶっつけ本番。

 雰囲気がアルトリアに合っており、彼女自身も楽しそうに歌う。

 

 ここまでの参加者達に比べれば、技術や経験は劣る。

 しかし、楽しそうに、嬉しそうに歌う。

 

 

 

 思わず、応援したくなるほどに。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 ジャンヌもまた、アイドルの曲を選択した。

 

 高森藍子の「お散歩カメラ」。

 

 ゆるふわとした藍子をモチーフとした曲であり、彼女のユニット「ポジティブパッション」のメンバーのソロ曲の中では比較的ゆったりとした曲。

 そしてその曲を歌うジャンヌは、――――見事だった。

 もともとは村娘である彼女は、聖歌を歌う機会も多かった。

 もちろん、アイドル曲との相違点も多い。

 

「――――――♪」

 

 そんなことはわかっている。

 カラオケに行く機会があったり、ボイストレーニングを行っているほかの参加者と比べれば誇れる技術ではない。

 

 だが、イメージする。

 かつて、ただの村娘だった頃。

 野を駆け回り、歩き回った日常のこと。

 美しい空、流れていく雲。

 流れていくそよ風の匂い。

 カフェやカメラは無かったけれど、楽しかった思い出。

 

 ああ、出来るなら。

 その思い出の光景を、皆に知ってほしい。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 マシュは他の二人よりも、練習できる時間が短かった。

 当然だ、アルトリアとジャンヌは睡眠を必要としない。

 結界で参加の続行を決意してから、寝ることなく練習できたのだ。

 睡眠を必要としたマシュは、二人よりもさらに分が悪かった。

 

 前奏が流れる。

 

 選択した曲は「ラブレター」。

 

 卯月の所属するユニット、「ピンクチェックスクール」のユニット曲。

 少女の恋心を、手紙にして送る気持ちを歌った曲。

 

「――――――♪」

 

 技術は拙い。

 悪くはないが、他の参加者と比べれば見劣りしてしまう。

 プロのアイドル達の歌を聞きなれた観客であれば、なおさらだろう。

 歌うマシュの表情は、笑顔。

 歌うこと自体が楽しくて仕方ないという姿。

 

 気持ちを伝えたい。

 恋かどうかはわからないが、自分の気持ちを、好きだという気持ちを伝えたい。

 

 曲が終わる。

 終わってしまう。

 楽しかった、まだ終わりたくない。

 でも、そのときはやってきた。

 

 歌い終わった。

 後は残りの伴奏のみ。

 

 

 

 まだ時間があるのなら、最後に一言だけ。

 

 

 

「受け取ってくださいね、先輩」

 

 

 

 最後に行われた、曲の歌詞には無いアドリブ。

 観客から声援が上がる。

 ありがとう、との声も聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 マシュの笑顔は、歌の最後まで途切れることは無かった。

 

 

 

 

 


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