A.D.2012 偶像特異点 深夜結界舞台シンデレラ 作:赤川島起
ステージの上で挨拶した少女たち。
それを聴き、より強い歓声を上げる
知識としては持っていたし、エリザベートが度々口にしていたからマシュは現状を理解することができた。
アイドル。
直訳で偶像という意味を持つこの言葉は、現代日本において人々の前に立ち、歌や踊りを主に披露する人物を指す。
実感とともに、マシュを含めた女性陣たちはアイドルの本質を理解する。
いうなれば、人に好かれることを生業とする職業なのだ。
事実、一同は彼女たちのステージに引き込まれ始めている。
有名なのか、偶然の通行人たちは生で見る彼女たちに興奮をあらわにしている。
もとより、ライブが目的であった観客たちは既に熱狂している。
誰しもが注目する中、壇上のアイドルたちが言葉を発する。
「改めまして、ニュージェネレーションズの島村卯月です! 今日のライブも、がんばります!」
一人目は、満面の笑顔で意気込む少女。
キュートな表情と可愛げな仕草。
アイドルの王道を体現しているといえるだろう。
「ニュージェネレーションズの渋谷凛です。今日はこんなにも集まってくれて本当に、ありがとうございます!」
二人目は、利発的な少女。
クールな印象だが、冷たさは感じない。
カッコいいとかわいいが両立したような雰囲気だ。
「イェイ!ニュージェネレーションズのリーダー!本田未央だよ!みんな、今日はよろしくね~!」
三人目は、太陽のような笑顔の快活な少女。
明るく元気で、まさに
彼女たちのリーダーに偽りなし。
彼女たちに魅了されたような観客たち。
しかし、この魅了は女神たちのそれにあらず。
崇めるとも、敬うとも違う。
応援したくなる、というのが正しいだろう。
「じゃあ、早速一曲目に入りましょ~!」
「皆さんも、ご一緒に!」
「聴いてください!」
「「「お願いシンデレラ!!!」」」
――――――――――
ライブが始まった。
曲が流れ、アイドルたちが歌い始める。
ファンたちが持つサイリウムが揺れる。
アイドルたちの歌声に観客が合いの手を入れる。
この場において、ファンはただのお客様ではない。
ライブをアイドルと共に作り上げ、完成に導く仲間である。
行く人来る人が足を止め、会場は徐々に大きくなっていく。
一同五名もまた、彼女たちのステージに引き込まれていった。
Dr.ロマンのかつての趣味を、どういったものか理解して。
思い出し、少しさびしさを覚えながら。
――――――――――
「なんて言ったらいいのでしょうか……。端的に言えば、すごかったです」
→「楽しいライブだったね」
ライブを終え、簡易ステージが撤去される様子を見ながら感想をこぼす。
二時間のライブの後、少し時間が経ち現在五時半。
楽しかったが、もっと聴きたかった。
そんな寂寥感を抱き、広場のベンチにてたそがれていた。
「先輩」
→「何?」
「私、先輩やサーヴァントの皆さんと、こんなに楽しい休暇を過ごせて」
とっても、幸せです。
生きててよかった。
心の底から、そう思えます。
「せっかくのとこ悪いが、休暇はまだ終わっていないぞ」
「ええ、まだ始まったばかりです」
「今まで多くの激闘を制してきました。多めの休暇をとっても罰は当たりませんよ」
一週間の休暇もまだ一日目。
それもまだ終わってすらいない。
メンバーのほとんどが少年少女といった見た目である以上、夜遊びはできないだろう。
だが、夕食を含め楽しめることはまだまだある。
明日からは一体何をしようかと考えながら、マシュの希望である回転寿司へと歩を進める。
誤算があるとすれば、此度のレイシフトもまた
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夕食である回転寿司を楽しんだ一同は、此度の休暇の拠点であるホテルへと到着。
部屋割りは、当然だが男性二人部屋と女性三人部屋。
さしたる問題もなく、スムーズに決定した。
強いて言うならば、大き目の部屋を取り全員でいるべきではという主張もあった。
主に女性陣から。
しかし、男性陣の意見と各部屋に護衛のサーヴァントがいるということから、その主張は却下された。
女性陣がこのような主張を出すあたり、二人の女難を如実に表しているといえるだろう。
そのような経緯もあったが、現在は一部屋に全員が集まっている。
今から行うは、本日の
『こちらからの観測結果では、特に異常が見られないね。特異点反応はあるが、反応があまりにも微弱だ』
『やはり早々大きな事は起きていないようだね。現場でも、何か事件が起きていた様子はないんだろう?』
「はい。ニュースなども確認しましたが、平和そのものといったところです。事件はおろか事故すら報道されていません」
「むしろ、テレビでは各地のイベントの報道がメインだったな」
「私たちが散策した場所も同様です」
「お聞きしたいのですが、この時期にレイシフトしているのはあなたたちの意向ですか?」
『無論さ。天才であるこのダ・ヴィンチちゃん、レイシフト先の時期を考慮しないほど愚かではないよ』
『立香君はまだ学生の身分だからね。一週間と短くはあるが、カルデアからのささやかな夏休みだ』
→「ありがとう、ホームズ、ダ・ヴィンチちゃん」
『む……』
『おやおや、これは少々気恥ずかしい。だけど、そのお礼受け取っておくよ』
人理を修復した若きマスターに対して送る、短い夏休み。
築いてきた功績に対してみれば、小さな報酬。
それに対して、素直にお礼をするマスター。
人の善悪を目の当たりにしてきたが、彼の根っこはやはり善性だ。
そうでもなければ、多くのサーヴァントを迎え入れる懐など持ち合わせてはいない。
「さて、明日の予定について議論するとしよう」
マシュたちサーヴァントの面々が、彼の元にいることを誇りに思うと再確認できた後、ブリーフィングが再開された。
夏休みではあるが、ただで行うわけではない。
カルデアの職員たちに報いるためにも、
「とはいっても、ここまで何も異変がないと調査対象が絞りにくい」
「特異点である以上、何かが起こっているはずです。私見ですが、此度の異変は平和的なものではないかと思います」
→「平和的な異変?」
「はい。今までの特異点では戦闘を行うことがほとんどでした。なので、異変とは荒事であると決め付けていました」
「つまり、今回の特異点の原因は荒事ではなく
『それも推理はしていた。確かに人命に関与しにくい事柄であれば、人類史に対する影響も微々たる物だろう』
『でも、その程度がどれくらいかだね。本当に微々たるものなら修正力の出番すらないだろう。修正どころか捨て置かれるレベルだ』
「与える影響で大きいと考えられるのは国、首都、あるいは大企業クラスの経済組織か」
「そうなると、ニュースなどでは判断がつきませんね。この特異点の人たちにとって見ればあたり前のものとして認知されているかもしれませんから」
「ならば話は早い。この特異点は東京、情報に満ち溢れている。翌日の調査対象は……」
→「図書館だね」
『図書館デートとは、なかなかに知的だね。そして調査の観点からしても正しい選択だ』
『インターネット等の電子媒体も優秀だが、すべてが掲載されているわけでもない。紙媒体にしか残されていない事柄をそちらにお願いしたい』
『こっちは遠隔で電子媒体について調査しよう。Wi-Fiだらけの東京なら、入り込むのは難しくない』
「現場としても異存はない。マスターの意向であれば決定でいいだろう」
→「これでブリーフィングは以上かな」
「そうですね、先輩。では、明日に備え休息を取るとしましょうか」
→「おやすみ、マシュ」
「おやすみなさい、先輩」
彼らの就寝時間は早い。
もともと、完全室内であるカルデアで多くの時を過ごしてきたためだ。
体内時計の整理をするため、生活は規則正しい。
ゆえに、
――――――――――
時計は進む。
時間は深夜に差し掛かる。
多くの人が住むこの都市で、異変に気づくは一握り。
止まっていた時計が動き出す。
すべてのピースがそろったために。
ついにその時である。
――――――――――
ガバッ。
異変を察知し、藤丸立香が目を覚ます。
隣の部屋ではマシュもまた同様だ。
もとより就寝していないサーヴァントたちは、直後に臨戦態勢を整えている。
→「この感じはっ!?」
「マスター!」
部屋に集まるサーヴァントたち、そしてマシュ。
異常を察知してからの素早い行動は、彼ら全員が歴戦たる証。
今回のように、
「何なんでしょうかこの結界は。どことなく嫌な感じがします」
『こちらでも異常は察知したよ。それに加えて追加情報だ。ホテルの外を確認してくれ』
ダ・ヴィンチちゃんの指示通り、窓から外を見る一同。
そこで跋扈していたのは、数多くのシャドウサーヴァント。
純粋なサーヴァントには劣るとはいえ、十分脅威といえる存在がまるで雑兵のごとく徘徊している。
さらによく見ると、人間の姿はどこにも見当たらない。
悲鳴も、怒声も聞こえないとても静かな空間がそこにはあった。
いくら深夜とはいえ、東京の都市部で外に誰一人としていないなどありえない。
騒ぎも起こらず、破壊も行われていない。
彼らは、ただ幽鬼のようにそこいらで動いているだけだ。
→「電気が、一つも点いていない?」
『その通りだ立香君。こちらからの観測では、
「東京の人口密度で、そのような状況はほぼありえない。しかも、ついさっきまでは何も起こっていなかった」
「であれば、必然として答えは出てくる。私たちの周りから、突如人々が消えてしまったのではなく」
「私たちが、この結界の中に迷い込んだ」
「この特異点の異変は、この結界で間違いないでしょう」
『こちらから見ても、その結界はかなり大規模だ。にもかかわらず、今まで全く観測できなかった』
『つまるところ、その結界は隠蔽されていたのではなく、たった今作られたものだろう』
「ならば話は早い。これほどの結界だ、高確率で結界の基点に術者がいる」
→「それを探し出せば!」
『結界は円形。こういうケースなら、中心である可能性が高いだろ――――――待って、サーヴァント反応だ!』
――――――――――
シャドウサーヴァントは、ただ幽鬼のように佇んでいる訳ではない。
カルデアの面々を察知すれば、明確な敵意を持って襲い掛かってくる。
各自撃破しながら、はぐれであろうサーヴァントの元へ向かう。
結界を張ったサーヴァントではまずないだろう。
それでも、マスターである藤丸立香はかのサーヴァントを優先する。
その理由はいたって単純。
「誰か、助けてくださいっ!!」
助けを求められたから。
彼が動く理由は、それさえあれば十分だった。
→「大丈夫、助けに来たよ!」
囲まれていた彼女を、守る形で陣形を組む。
助けに入ったその少女は
戦場にそぐわない白いドレス衣装を身にまとい
頭にはピンクの石が埋め込まれたティアラ
そして、おおよそ歩きにくいであろう
真名は、これ以上にないほどわかりやすい。
彼女はサーヴァント。
クラスはキャスター。
真名は、―――――シンデレラ。