A.D.2012 偶像特異点 深夜結界舞台シンデレラ 作:赤川島起
影は掻き消え、この場に残るのはカルデアと大勢のアイドル達、そして意識が無いままのプロデューサー。
アイドル達の関心は、プロデューサーの安否にあった。
『心配ない。今の彼らは、ただ眠っているだけの状態に近い』
「あの、私たちとは違うんですか?」
『君達は意識があるが、現実にある身体も脳も使っていない。アイドルサーヴァントは、生霊を基とした霊体だからね。それに引き換え、プロデューサー達は術者であるためここにいる必要がある。午前零時からの六時間だけ、彼らはここで眠っていたんだ』
ああそういえば、最近プロデューサーは疲れている様子だった。
睡眠はちゃんと取っていると言っていたが、結界の起動時間である深夜から朝にかけてのことだったのだ。
『無論、この莫大な固有結界。プロデューサー全員から魔力を集めたところでぜんぜん足りない』
そうだ、この結界はあまりにも広い。
時間神殿を再現していたのだから、固有結界の中でもすさまじい規模を誇る。
『となれば、この結界を動かしていた
――――――――――
玉座に座したまま、プロデューサー達は眠っている。
結界に終わりが近いからか、その顔は安らかだ。
神殿の最奥。
そこにある巨大な玉座。
座る人物はいない。
全てのプロデューサーが座るのは、空中に浮かんでいる数多の玉座のみ。
そこにあったのは人に非ず。
不完全であった結界を支え続けた、歪な動力源。
→「…………聖杯」
『
壊れた聖杯が、集まっただけの塊。
サーヴァントを召喚する機能など無く。
願望を叶える装置としても役に立たず。
無限に等しい魔力を生み出すことも出来ない。
『溜まっていた魔力を消費する以外、何も出来ない代物だ』
結界は不完全だった。
もしこれが、本来の聖杯であったとするならば。
結界に時間制限など無かっただろう。
シャドウではないサーヴァントが何騎か召喚されていただろう。
魔神影柱にも自己だけで再生できる能力があっただろう。
だが、結界は不完全なまま起動し、カルデアとアイドル達が攻略することで完成へと近づいた。
『固有結界が完成してもしなくても、いずれ消滅していた、ということになる』
結界は、現実へは何も影響を及ぼさなかった。
人理を焼却しようとする機能は魔力が足りないため、全く発揮されていなかった。
基点となった術者であるプロデューサーも、人々へ害が及ぶことを望んでいない。
つまるところ、カルデアがここに来る
ただ放置しておくだけで、特異点のゆがみは勝手に修正されてしまうのだから。
しかし、結界は起動した。
結界は、カルデアが来なければ不完全でさえ起動することはなかった。
時間神殿の欠片でも再現できなかった最初のピース。
終局特異点を攻略しようとする、カルデアの者たち。
カルデアが来たから、この結界は動き出したのだ。
「でも!」
卯月が叫ぶ。
言わなければいけないと思ったから。
カルデアに、何かを言う権利は無い。
彼らが来たから、アイドル達は必要の無い戦いに身を投じることになった。
でも、彼女たちはそんなこと欠片も思っていやしない。
「私たち、カルデアの方たちと出会えて、本当によかったと思います!」
会えて良かったと。
会えたことに意味は会ったと。
カルデアは、この特異点に
「そうだよ。私たちが会えたことは無意味じゃない。戦いは厳しかったけど、それ以上に楽しいこともあったから……」
「大変だったけど、今から楽しい事が待ってるじゃん!それにせっかく準備してるんだから、お別れ会は楽しまなきゃ!」
凛と未央が卯月に続く。
怖かったことも、辛かったこともあった。
でも、それだけじゃなかった。
出会ってからの時間は短い。
たった一週間。されど、一緒にステージに立った、カフェでのデザートも美味しかった、パーティーも楽しかった。
面を向かって話をした、念話でもたくさん話をした。
それに、ここに来て全てのアイドルと知り合った。
なら、最後くらい楽しまなきゃ損だろう。
「はい。貴方たちの厚意、とても嬉しく思います」
「ありがとうございます。皆さん、今までお疲れ様でした」
「こちらからも礼を言う。君たちの奮戦は、とても頼りになった」
アルトリアが、ジャンヌが、エミヤが感謝を告げる。
→「ありがとう」
「ありがとうございます。私も、皆さんに出会えてよかったです」
立香が、マシュがこの出会いに感謝する。
さあ、割れた聖杯の集合体をプロデューサーから切り離そう。
結界から脱出し、レイシフトを遅らせてパーティーに参加する。
時間はもう押しているが、壊れた聖杯があれば特異点の修復は始まらない。
最後に、それくらいなら許されるだろう。
パキーン!!
割れる、音が響いた。
元から壊れていた聖杯は、たった今魔力が尽きて砕け散った。
先程までの激しい戦闘に、歪な聖杯は限界を迎えていた。
この特異点は、現在をもって修復される。
残酷にも、別れの時は突如にして訪れてしまった。
――――――――――
結界が崩れていく。
動力を失い、繋がりを失ったことによってプロデューサー達も現実世界へと戻っていく。
完全に崩壊すれば特異点は修復され、カルデアは元の時代へと帰還する。
→「……ごめんね、皆」
こうなってはもう、残ることは出来ない
修復された特異点に、カルデアは記録さえ残らない。
死別とも違う、記憶の無い離別。
「嘘……ですよね?だって、……まだ!」
詰め寄ろうとする卯月の肩を、美嘉が掴む。
振り返る卯月。
美嘉はただ、無言で首を横に振る。
分かっていたことだ。
彼らが帰還することは、どうしようも出来ないこと。
正しいことであるが故に、仕方の無いこと。
「っ…………。……」
俯くことを止め、後ろへと下がる。
言いたい事を、整理しなければいけない。
――――短い言葉で、自分の気持ちが伝わるように。
「じゃあ、まずは私からね★」
結界が完全に消え去るまでの短い間。
この特異点で彼らと言葉を交わす、最後の時間。
「と言っても、アタシはあんまり話すこと無いんだけどね。現実で知っているのだって、コンテストを見た覚えしかないし」
美嘉をはじめ、駆けつけてきたアイドル達はカルデアと面識はほぼ無い。
間接的でしかないため、言えることは限られる。
「だから、アタシからはこれだけ。――――ありがとう。
アイドルやサーヴァントとして以前に、姉として礼を述べる。
危ないこともあったけど、莉嘉を守ってくれてありがとう、と。
「それじゃ、アタシは終わり★」
入れ替わるように、今度は美波とアーニャが前に立つ。
「私達も、現実では皆さんと会っていません。ですが、いろんなお話を聞けて面白かったです」
「ダー、アーニャもです。他の皆も、楽しそうに話していました」
「ラブライカ」の二人も、一緒に行動した時間は少ない。
だが、皆で繋いだ手。
絆の輪を、カルデアと共にした。
短くはあるが、確かな絆があったのだ。
「短い間でしたが、お世話になりました」
「スパシーバ、皆さん!」
次は「*(Asterisk)」。
毅然とした様子で話し始める。
「私たちのこと、頼もしいって言ってくれて嬉しかった……。みくの猫チャンパワー、皆の為になってよかったにゃ!」
「一緒に戦ったこと、出会ったこと。後悔なんて、してないから!」
頼もしかったアイドル達。
喧嘩ばっかりしていた、正反対の二人。
だが、背中合わせの二人は互いの背中を守っていた。
二人の息の合ったコンビネーションには、とても助けられた。
「カルデアの皆、ありがとうにゃ!」
「カルデアの皆、最っ高に『ロック』だったぜ!」
年少組のアイドルは、今にも泣き出しそうな顔だった。
年若い二人は、別れにというものに慣れていない。
「せっかく会えたのに、もうお別れなんて寂しいよ……」
「一緒にやりたいこと、いーっぱい!あったのに……」
だけど、ちゃんと言わなきゃいけない。
目じりに浮かんだ涙を、手で、腕で拭き取る。
彼らの目をしっかりと見て、別れの言葉はきちんと告げる。
「さようなら、カルデアの皆!カリスマJC莉嘉の活躍、見てくれてありがとう☆」
「たくさんおしゃべりできて、みりあ楽しかった。皆……っ、バイバイ!」
そう言った後、勢いよく振り返る。
涙が零れ、宙でキラリと光っていた。
幼い二人に次いで、智絵里とかな子が話しかける。
「あの、わたし……。あれ?……なんて、言ったらいいのか、わかんなく…なって……」
「……私も、……何を話すか決めていたはずなのに、頭の中が真っ白になっちゃって……」
彼女たちは、ここに来て話す言葉を見失った。
それでも、いっぱいになった頭から、一番言いたい言葉を探し出す。
思いつくのは、一緒にやりたかったこと。やってあげたかったこと。
アイドル達の皆が抱いていた、心残り。
「皆さん、さようなら。でも……、一緒にクローバー集め、したかった…です」
「私のお菓子、食べてもらいたかったです。お菓子作り、得意なんですから」
遅くなった願望を吐露し、涙を拭いながら交代する。
きらりと杏。
彼女たちの顔に、涙は無い。
「今まで、ほんっとうに、ありがとにぃ♪」
「これでようやく、夜はゆっくり休めるよ」
彼女たちだって、悲しくないわけじゃない。
でも、他のアイドル達が悲しい別れを担ってくれている。
なら、自分達は明るいお別れをしよう。
悲しいだけのことに、したくないから。
「カルデアさん。これからも、きゅんきゅんぱわーで、頑張ってにぃ♪」
「杏の貴重な頑張り、忘れるんじゃないよ」
最後まで、彼女達は変わらない。その、――――震えた後姿以外は。
「私、……、私!!――――」
蘭子は、一番カルデアに情熱的だった。
歴史、神話、未来の英傑。
世界を救ったマスターと、彼と共にいる普通の女子。
カルデアは、蘭子の憧れそのものだった。
「私、――嫌だ!!お別れなんてしたくないっ!こんな別れ方なんて、したくなかった!!」
別れの言葉としては、決して合格とはいえない。
だがたとえ、間違っているとしても、彼女達が持つ尊き感情。
仕方の無い事だ。
まだ
記憶さえ失う別れに、割り切れるはずも無い。
「私忘れないよ!何があっても、絶対に忘れない!」
蘭子は強い。
受け入れるのではなく、抗う。
理不尽な世界へ反逆するからこそ、――――彼女は、アヴェンジャーなのだから。
「あ~あ。私が言いたいこと、らんらんに言われちゃった……」
「未央も言う気だったんだ。まあ、私も同じ気持ちかな……」
未央と凛。
蘭子の言葉を受け、気持ちが固まった。
そうだ、大人しくしている理由なんて無い。
仕方ないと受け入れるしか無いなんて、認めてやらない。
「あのときのステージ、すっごく楽しかった!」
「また一緒に、あの時みたいなステージを作ろう!」
だから、再会の約束を。
根拠なんて無い。
でもきっと、また会えると信じて。
「………………。」
そして最後を飾るのは、卯月。
カルデアと一番最初に出会ったアイドル。
一番長く、彼らと共にいた少女。
「私は、これからもきっと、アイドルを続けていきます」
卯月が宣言したのは、これからのこと。
カルデアが去った、未来のこと。
ここで終わりじゃない、という意思表示。
「私、アイドルを頑張って、頑張って。そして、――――皆さんに、私たちのことを届けたいです!」
卯月は自分たちのことを、時代を超えて伝えたいと言い放った。
不可能ではない。
アイドル達の想いは、数年の時ぐらい超えてゆけるだろう。
記憶がなくても、覚えていられなくても、アイドルを頑張ることには自信があるのだから。
「だから、応援よろしくお願いします。私も、皆さんを応援しますから。――――島村卯月、がんばります!」
これで、全員。
結界は、もう終わる。
舞台は終幕を迎える。
そして、カルデアが去る時間がやってきた。
「あっ……」
彼らの身体が、光の粒子となって溶けていく。
レイシフトが始まった。
立香達は、元の時代へと帰っていく。
「今一度、ありがとうございました。皆さんのことは、決して忘れません」
「私も同じです。そして、一緒にアイドルをやれて楽しかったです」
「君達には世話になった。アイドル達の事は、たとえ地獄に落ちても忘れんよ」
アルトリアが消え、ジャンヌが消え、エミヤが消えた。
残っているのは、立香とマシュ。
もう残せる言葉は、一言だけ。
→「バイバイ……またね!」
「いつかきっと、また会いましょう!」
「…………はい!」
返事を聞き、笑みを浮かべる少年と少女。
そしてついに、彼らは完全に消え去った。
「……う……あ……ぁ」
アイドル達の涙を、押しとどめていたものが無くなった。
泣く、泣く、泣く。
一人が泣けば、誰かが泣いた。
結界が崩れ終わるまでの僅かな間、彼女達は泣き続けた。
そこにいるのは、サーヴァントでも、シンデレラでもない。
ごく普通の、少女達の姿。
――――――――――
結界は、完全に崩壊した。
同時に、特異点は修復された。
立香達もまた、結界からカルデアへと帰還した。
短かったアイドル達との冒険は、こうして幕を下ろした。
次回 エピローグ