A.D.2012 偶像特異点 深夜結界舞台シンデレラ 作:赤川島起
アイドルと英霊。
彼ら彼女らの共同生活。
意気投合し、絆を深めるサーヴァントたち。
今日のお話は、ちょっとした趣味の世界。
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Side メガネ
以前の出来事から心機一転し、レッスンに余念が無いネロとエリザベート。
必然、アイドルとの交流が最も多いサーヴァントとなっている。
なお、二人は共にボイスレッスンで苦戦しているらしい。
ネロはスキル「皇帝特権EX」に頼らず、指摘された部分を自力で修正している。
エリザベートは100%他者のために歌う場合は綺麗なのだが、アイドルにはトップになるという自分のための目標があるため、その折り合いが難しい。
指導者はアイドルサーヴァントの面々が担当しているが、トレーナーは専門ではないのでそちらも苦戦しているようだ。
アイドルと話す機会が多い二人。
ならば、その趣味に付き合うことがあるわけで、――――
「おおー!よくお似合いです!」
「当然である!至高の芸術である余に、そなたのセンス光るファッションアイテム!似合わないわけがなかろう!」
「うーん、……良い!イイ感じだわ!さすがアタシ!」
――――まあ、当人たちがノリノリの場合もよくあることである。
場所はシミュレーションルーム。レッスン終わりの雑談タイム。
そんな中、ネロが付けているのは赤い細縁が上にのみ付いているメガネ。
時折両手でメガネのズレを直す仕草には庇護欲をそそるものがある。
エリザベートが付けているのはピンク色の太縁をしたメガネ。
キュートでありながら普段とは異なる印象が見られる。
帽子をかぶり、マフラーをすればお忍びで休日を楽しむアイドルのようである。
「とってもよく似合ってます!」
「うん、私も同感。本当、よく似合ってる」
「はるにゃーの目の付け所は流石ですなー」
「なるほど、メガネだけに!ですね!」
「うむ!アイドルたるもの、ジョークも達者ではないといけないからな!」
「なるほど!バラエティで活躍する為の技術ね!勉強になるわ!」
「あ……、あー……未央ちゃんにとって、予想外のお返事……」
「次!次はこんなメガネはどうでしょうか!」
ネロとエリザベートが、次々と印象を変えていく。
メガネとは現代において単なる視力矯正器具ではなく、ファッションの一部になって久しい。
そんな彼女たちのメガネをプロデュースする、メンバーの中心にいる少女。
上条春菜。クラス、ライダー。
メガネをこよなく愛する眼鏡ストであり、猫好きとしても知られるアイドルである。
カルデアにおいて、サーヴァントで眼鏡をかけている人物は少ない。
そもそも、肉体的に優れているサーヴァントは視覚矯正器具としての眼鏡は使用しない。
マシュのようなデミサーヴァントであれば話は別だが、アーチャーには数キロ先のタイルの数さえ数える事が出来る者すらいるのだ。
魔眼殺しや雰囲気作りとしてなら利用しても、ファッションとして使用するサーヴァントは少ない。
ファッションメガネの歴史は浅く、精通した人物はいなかった。
そんな中、カルデアのファッション眼鏡事情に一石を投じたのが彼女、上条春菜である。
「うむ!しかし、メガネとはここまで進化したのだな!余は嬉しい!」
「あれ?ネロさんの時代には、メガネがあったんですか?」
「皇帝ネロのメガネについては、私が説明しましょう!」
どこからともなく指示棒を取り出し、別のメガネにかけなおす春菜。
卯月、凛、未央、ついでにエリザベートも着席である。
どうやら、春菜先生による『教科:メガネ』の時間であるらしい。
「そもそもですが、世界最古のメガネはいつからあるか知っていますか?」
「はい!」
「未央ちゃん!」
「わかりませんから授業を始めたのではないでしょうか!?」
「確かに正解です!ですので、後で未央ちゃんには補習です!」
「しまった!?薮蛇だった!?」
「話を戻します。現在分かっている最古の拡大鏡は、紀元前8世紀の古代エジプトにその記述があります」
「彼の神王オジマンディアスの少し後の時代であるな!」
「それだけ古い歴史のあるメガネですが、古代ローマではネロさんの家庭教師『小セネカ』が小さい文字を見る為の道具として球体のガラスを使って拡大、矯正できることを文献に残しています」
「あやつは几帳面で有能だったからな!流石は余にとって、恩人とも言える男だ!」
「そして、ネロさんは矯正レンズをコロッセオの観戦に使用していたといわれています」
「うむ!相違無いぞ。確かに余はコロッセオに赴く際に持ち込んでおった」
「代用品ですが、メガネを『使った』記述はこれが最古でしょう。視覚矯正凸レンズとしての製造法が考案されたのは9世紀頃のスペイン。紆余曲折を経て、メガネが発明されたのが13世紀のイタリアです」
「「「ほえ~」」」
「日本にメガネを伝えたのは、日本では一番有名な宣教師であるフランシスコ・ザビエル。献上品として持ってきたそうですが、……残念ながら現存はしていません」
「フランシスコ・ザビエル……。うむ、何か引っかかるが……気のせいだな!そういうことにしよう!」
「日本に現存する古いメガネでは、足利義晴や徳川家康が所持していたものがあります。そしてついに、江戸時代の半ばからはメガネの販売店が出来るようになりました!」
話は続き、ある程度語り終えて満足したのか一息つく春菜。
ここまで語気は強く、熱弁した己を少しクールダウンする。
生徒4人に向き直り、締めとする。
「以上!ざっくりですが、『メガネの歴史』世界史編と日本史編でした!」
パチパチパチ。
四つの拍手が春菜を称える。
純粋に、メガネについて熱く語る彼女の授業が面白かったらしい。
好きなものの魅力を語る為に、努力を惜しまなかったゆえの成果である。
「さて、授業は終わりましたが、何か質問はありますか?」
「はい!春菜先生!」
「未央ちゃん」
「『ネロちー』の使っていたメガネって、代用品なんだよね?なら、代わりに使っていたのはなんだったんですか?」
「エメラルドである!!」
「おお~、豪華~!」
「うむ!だが、今のメガネに比べれば少々視難かった。故に、メガネの進化を余は実感しているのである!」
「そう、メガネは進化しました。近代では、ファッションメガネの始まりともいえる伊達メガネが登場。これは、伊達男、が語源になっています。最初こそ、男性向けのファッションアイテムでしたが、次第に女性にも使われるように――――」
「失礼する。こちらにマスターは……いないようだな」
「エミヤさん、おはようございます」
「ああ、おはよう卯月君。すまないが、マスターを見なかっただろうか?」
「マスターなら、さっきマシュとブリーフィングルームに向かって行ったよ。つかさとエルメロイ先生も一緒だったから、会議だと思うんだけど……」
「しまった、入れ違いか……。念話中だったから遠慮していたが裏目に出たな……。すまなかった、ではこれ以上会話を遮るのも忍びないので、これで失礼――――」
「待ってください!!」
かつて無い大声を上げ、エミヤを静止する春菜。
その眼光は、ギラリとエミヤを――正確には彼の目の周りを凝視していた。
「……何かね?」
少々引き気味で、嫌な予感からか後ずさるエミヤ。
記憶は薄れ、磨耗しているが彼の経験上から来る危機感が訴えていた。
――――これは、どこかで経験した事態であると。
「伊達メガネとは、元々男性向けのメガネから来る呼び名です。『メガネは女を三分下げる』という言葉に、私は納得ができません」
じりじりとにじり寄る春菜。
両手で持ち、エミヤをロックオンする――――黒縁の伊達眼鏡。
春菜のメガネ愛から来る勘が、彼女を訴えていた。
「ですが、あえて言いましょう!男性向けのファッションメガネであれば、『伊達メガネ』というネーミングはすばらしいのだと!」
彼、英霊エミヤはとてつもなく――――メガネが似合うのだと!!
「これからマスターと打ち合わせがあるので、これにて失礼する!!」
「ああ!?待ってくださーい!?」
逃げるエミヤ。追う春菜。
彼の人の良さなら、別に付き合ってもおかしくは無い。
が、間違いなく長々と付き合わされることになるという予感。
また、自分に向けてしか喋っていなかった先ほどの彼女の様子が、どこか婦長を思わせてしまったのもあるのだろう。
二人の追いかけっこは、マスターたちに追いつく少しの間だけ続くのであった。
なお後日。男性向けメガネ試着会が、春菜によって開催されたことをここに追記しておく。
――――――――――
Side お山
→「平和だ……」
「平和ですね」
マイルームでお茶を楽しむマスターとマシュ。
カルデアは現在、比較的平和であった。
亜種特異点や微小特異点の解決のために奔走する時期はあるが、人理焼却事件の最中よりは忙しくは無い。
サーヴァントが手伝ってくれることにより、人手不足が多少改善していることも大きい。
時折、ちょっとした事件やいざこざが起こることもあるが、今は比較的平和で穏やかである。
そのちょっとした事件といっても様々で、たとえば、――――
「マスター!助けてください!!」
「ちょっと本気で手を貸して!!アタシ達じゃどうしようもないのよ!!」
――――たとえば、このような事件である。
さて、何かと思い目線を入り口へと向ける二人。
大声の主は、カルデアでも少ないエクストラクラス、アルターエゴの二人。
パッションリップ、メルトリリス。
リップはともかく、メルトが大声で助けを求めるとは珍しい。
助けて欲しいとはリップのことだろうか?
それとも――――彼女のブレスト・バレーから下半身がぶら下がった彼女のことだろうか?
→「「うわああああああぁぁぁぁ!!?」」
女性の胸の谷間に頭から突っ込んでぶら下がっているというなかなかにショッキングな光景。
しかし、これはかなりの危険な事態である。
パッションリップの胸の谷間。正式名称『ブレスト・バレー』。
ごみならいくらでも溜め込めてしまう、虚数空間による無限のゴミ箱。
死の谷とも称されるそこに落ちてしまえば、掬い上げるのは容易ではない。
「助けてください!私とこの人、二重の意味で助けてください!」
「アタシもリップも手が不器用なのよ!頼むわよ!」
→「了解!」
「何が何でも助けます!二人を!」
救助中。
「ふう~、助かりました~……」
「あたしもです~……。まさか、極大のお山に、こんな秘密が隠されていたなんて……」
戦慄した様子だが、胸に突っ込んだこと事態には懲りていない様子の少女。
棟方愛海。クラス、バーサーカー。
アイドルの中でも異質な趣味があり、それが女性のお山への登山(間接的表現)。
恋愛的に女性が好きであるとかは無いらしい。
ただ単に『お山』が好きという、純粋に不純な人物である。
なお、そんな愛海に対して尊敬の念をもって『師匠』と呼ぶ
「いや~、今まで抑えていたんですけどね~。人によっては洒落にならない方もいますから……」
愛海とて、カルデアの女性たちに無差別に突貫していたわけではない。
ブーティカや頼光、マタ・ハリなどは難易度が低いが酒呑童子やゴルゴーン、静謐のハサンなどは生き死にに関わるのだ。
→「相性が悪かったね……」
「はい、先輩。もしくは相性が良過ぎたともいえますね」
「うう……」
大きな身体を縮めるリップ。
それは、彼女が自身の持つスキルを自覚しているからだろう。
スキル『被虐体質A』。
集団戦闘において、他者が標的のものも含めた全ての攻撃を自身へ集中させるスキル。
護衛役として優秀なスキルだが、Aランクとなると攻撃側はこのスキルの保持者に対して冷静さすら保てなくなってしまう。
「たはは……、あたしも暴走しちゃいましたね。反省です」
しかも、今の愛海はバーサーカー。
狂化スキルは日常生活に支障は無いが、こういった形で暴走することに繋がってしまう。
およそ現世ではありえないサイズの『お山』に対し、『登山家』としての血が騒いでしまったのだろう。
「というか、別にリップを見るのは初めてではないでしょう。なぜ、今になって暴走したのかしら?」
メルトの言うことも最もである。
アイドル達がカルデアにやってきて多少時間が過ぎている。
全員が全員に会ったわけではないが、この二人は面識があったはずである。
「――――ねえ、なぜかしら?」
確信を持ってか、愛海に話しかけるメルト。
「………………」
話しかけられた当の本人は、顔をそっぽに向けて汗ダラダラである。(ギャグ的表現)
まあ、なんと言うか。
つまるところ、今回は暴走を装った計画的犯行だったわけである。
→「判決。バーサーカー棟方愛海、――
「早苗さんと清良さんに連絡しますね」
「嫌ああぁぁ!?お情けをー!!」
彼女の嘆願も空しく、やって来た片桐早苗と柳清良に連行されていく愛海であった。
結果、棟方愛海にはエルメロイ先生による宿題が課されることになった。
しかし、不屈である棟方愛海は挫けない。
これからも、彼女の挑戦は続いていく。
たとえ、どんな障害が阻もうとも。
そこに、『お山』がある限り――――――!!
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カルデアで、ちょっとした事件は日常茶飯事。
良くあることであり、いつもの光景である。
何が言いたいのかというと――――。
カルデアは、今日も平和である。
注)メガネの歴史は私調べです。
私自身はメガネの歴史にあまり精通していません。
ご了承下さい。