【約束】   作:かなで☆

2 / 4
弐の巻

 先日の約束の通り、二人はその日に会っていた。

 

 いつも落ち合う大きな岩の上。先に来ていたイズナの姿を捉えて、扉間はその隣に降り立った。

 「待たせたか?」

 イズナは無言でただ首を横に振って笑んだ。

 しかしその笑みがどこかいつもと違い、扉間は目を細めた。

 「どうした?」

 イズナはいつもと変わらぬそぶりをしていたつもりだったのか、扉間のその言葉に少し動揺して顔をそむけた。

 「なにが?」

 しらを切るように明るい声でそう返す。

 扉間は隣に座り、一つ息をついた。

 「オレをごまかせると思ってるのか?」

 感知能力にたけているからなのか、それともどこか頼りない兄を支えているからなのか、扉間は人の心の機微にも敏感であった。

 しかし何も言わないイズナに、扉間はため息を重ねる。

 「お前の事ならなおさらだ」

 特に何か深い意味を込めたわけではなかったが、自然と零れ落ちたその言葉にイズナが目を丸くして扉間を見た。

 その視線を受けて扉間は一瞬ののち自分の言動が思いがけず恥ずかしい事であったと気づき取り乱した。

 「いや違う! 他意はない! おかしな意味で言ったんではない!」

 あまりにもあたふたとする扉間の姿に、イズナは思わず噴き出した。

 「そんなにあわてなくても」

 口元を抑えてもこぼれる笑い。それに合わせて揺れる藤色の衣と黒い髪。

 今はもう藤の花は咲いていないというのに、そこにはいつもその香りがする。

 しばらくしてイズナは笑みにほんの少しの陰りを見せ、風に舞う葉を見つめて黙り込んだ。

 扉間はほんの少しだけ身を寄せ、触れるか触れないかの距離で同じ物を目に映し見つめた。

 「今日はこうして景色を楽しむか」

 イズナが小さくうなづきを返し、静かな時間が流れていった。

 どれほどそうしていたのか、イズナがふいに口を開いた。

 「ねぇ、彦」

 イズナは2度目に会った時から、扉間を男への敬称として使われているその言葉を引いて『彦』と呼ぶ。

 ゆえに扉間は出会って数か月たつがまだ名乗ってはおらず、イズナの名も聞いてはいなかった。

 いや、実際には聞いたのだがイズナに「名前を付けて」と言われ、考えた末「フジ」と呼ぶことにした。

 イズナにしてみれば半分冗談であったのだが、根が真面目な扉間は真剣に考えてそう返した。

 その真面目さがおかしくもあり、可愛らしくもあり、そして嬉しくもあり。

 イズナはその名を気に入って受け入れた。

 「何だ、フジ」

 互いに呼び合うたびにどこかくすぐったい感情を揺らめかせる。

 「あと10日ほどで新月だね」

 「ああ。そうだったな」

 それはすでに次の約束であった。

 互いにそのあとそれについて何も触れないのが、承諾の証でもあった。

 またしばらく静かな時が流れ、イズナがゆっくりとした口調で言葉を馳せた。

 「どうして…人は争うのかな…」

 扉間はどきりとした。

 数日前同じことを兄である柱間が口にしたからだ。

 「どうしたんだ…急に…」

 今までそんな内容の話を二人でしたことはなかった。

 イズナは消え入りそうな声で風に言葉を乗せた。

 「兄弟が死んだ…。戦で…」

 また扉間の胸が音を立てた。

 そんなところまで一緒だったのだ。

 「そうか…」

 低い声でそう返した。

 イズナは小さくうなづき、またしばらく黙ってから口を開いた。

 「命は…生まれて、死んでゆく…」

 当たり前の命の理。

 だがそこには、切なく哀しい色を感じる。

 それはきっと、今のこの世の中では、大切な命が望まずして奪われてゆくからなのだろう。

 「ついさっきまで笑っていても、次の瞬間には笑わない」

 少し強い風が二人に吹き付けた。

 その風に揺れるイズナの黒い髪の隙間に、涙が光った。

 「笑わないんだ」

 言葉とは裏腹に、イズナは小さな笑みを浮かべていた。

 悲しげな…苦しげな笑み。ポタポタと零れ落ちる涙。

 すべてがあまりにも痛かった。

 扉間自身もつい最近失った弟の事を思い出し、苦しくなった。

 思わず滲みかけた涙をこらえる。

 

 イズナがまた「笑わないんだ」とか細い声で言った。

 

 扉間は思わずイズナの細い体を抱きしめていた。

 慣れぬことに思わず力が入り、ほんの少しの痛みと驚きにイズナの体がびくりと揺れたが、扉間は離さなかった。

 「彦…」

 震えたその声に、扉間はぎこちない手つきで背を撫でて返す。

 「人は、守るために争う。争わねば守れぬ世の中なんだ」

 イズナがギュッと自分の衣を強く握るのを感じながら扉間は言葉を続けた。

 「…今は、まだ」

 「今は?」

 含みを込めた口調にイズナが顔を上げた。

 扉間はうなづきイズナの髪を撫でる。

 「だが、必ず変わる」

 兄が強い意志をこめて『変えねばならぬ』と言っていた事を思い返す。

 そして自分もそう思った事を…

 「必ず変わる。変えてゆかねばならない」

 「変わるの?」

 不安げなイズナの瞳に、扉間は「変わる」と答え、瞳に強い光を宿した。

 「変えてみせる」

 イズナの瞳から涙がこぼれた。

 「お願い…。必ず変えて…」

 「ああ。約束する」

 知らぬ間に互いの手を強く握りしめていた。

 「ボクも戦う」

 自分をボクと呼ぶ強気なその性格。

 扉間はそれが可愛らしく思えて小さく笑みを返す。

 「お前は女だ」

 「だから戦うなというの?」

 キッと睨み付ける瞳に扉間は「いや」と答える。

 「お前は女だが、強い」

 イズナが息を飲み目を見開いた。

 扉間はつないだ手をキュッと握り直してもう片方の手でイズナの髪を少しすくい、緋色の瞳でじっと見つめて言った。

 「共に戦おう。フジ」

 「彦…」

 イズナは目をそらさぬままうなづいた。

 扉間はそのうなづきに笑みを返し、無意識のうちにイズナの額に口づけていた。

 ピクリとイズナの体が揺れ、扉間がハッとする。

 「…あ…」

 慌てて体と両手をイズナから離す。

 「す…」

 すまない。そう言おうとしたその言葉を、遮られた。

 「……っ」

 言葉を発しようとした口元にほんのかすかに触れたのは、イズナの柔らかい唇。

 あっけにとられ、それがどういう事だったのかを理解した瞬間、扉間の体が石のごとく固まった。

 と同時に、遠くの方から「姫ぃ様~!」と夏日の声が聞こえた。

 「行くね」

 微動だにせず固まったままの扉間に、イズナは照れてはにかんだ笑みを向けて言った。

 「約束だよ」

 言葉の終わりと同時にその姿が消え、そこにはやはり藤の花の香りが揺れた。

 

 

 

 数日の時が流れ、新月を翌日に控え、扉間は本来ならば心が浮き立っていたであろうはずが、ずいぶんと沈み込んでいた。

 そこには兄の存在が…。兄のしでかしたある出来事が絡んでいた。

 ここ数か月兄はよく一人で出かけていた。

 それは自分も同じではあったが、長兄の行動となればまた自分とは重みが違う。

 不審に思った父の命を受け、扉間は兄の後をつけその行き先を知った。

 いや場所はさして問題ではなかった。

 だがそこで会っていた人物が大きな問題であった。

 兄と歳の変わらぬ少年。

 父の調べでそれが【うちは マダラ】であることが判明したのだ。

 つい先ほどそれが確かとなり、扉間は父から兄を呼ぶように命ぜられた。

 柱間は何かを感じたのか、真剣な面持ちで扉間とともに父のもとへと向かった。

 父から話を聞かされ柱間は、自分が会っていたのがうちはマダラだったとは知らなかったようで驚きを見せたが、どこかでそうかもしれないと思っていたようであった。

 

 「千手一族とうちは一族は敵同士」

 父、仏間の重厚な声が部屋の空気を重々しくしてゆく。

 「千手の者にはまだ言っていない。下手に知れればお前は裏切り者だと疑われるからな」

 それがどういう事なのか、その先にどれほど恐ろしく悲惨な事が待っているのか、子供であっても分かっていた。

 柱間も、扉間も。

 仏間はそうなりたくなければ次にマダラに会った時に尾行し、うちはの情報を持ち帰るように柱間に任務として命じた。

 「念のためワシと扉間もつく」

 父の目配せに扉間が小さくうなづく。

 それを確認して仏間は一層重い声で柱間に言い渡した。

 「もし気づかれた時は…殺せ」

 有無を言わさぬ父の圧に、柱間の喉が大きく鳴った。

 それを横目に見つつ、扉間はマダラと合っていた時の兄の様子を思い出していた。

 マダラが思いのほか感が良く、一度気づかれそうになったためそう近くまでは寄れなかったが、兄はとにかく楽しそうであった。

 幾度か二人を見張ったが、時には厳しい顔で何やら話し合っていたり、大きな声で笑い合ったり、腕を競い合ったり…。

 その光景に扉間は覚えがあった。

 そこには自分とフジがそのまま重なった。

 兄はマダラをうちはとは知らず、良い関係を気付いていたのであろうことが容易にくみ取れた。

 それゆえ、兄の隣で父の話を聞いている間、胸の奥が苦しかった。

 元来兄は人が良く優しい気性の持ち主だ。

 戦場であっても、敵味方関係なく救える命は救いたいとそんな事を本気で口にする男なのだ。

 すでに【友】となってしまった相手を裏切る行為に、どれほどの痛みを感じているか…。

 それはきっと自分の想像を超えているであろう。

 父に命ぜられてグッと両手を膝の上で握りしめた兄を見つめながら、扉間は藤色の衣を思い出し、なぜだか無性に会いたくなった。

 

 

 

 柱間は翌日マダラと会うことになっていたようで、重い表情で屋敷を出た。

 そのあとに仏間と扉間が姿を潜ませ続いた。

 いつも二人が会っている河原へと向かう道すがら、扉間は空を見上げて太陽の位置を計る。

 昼まではまだ数刻ある。

 何事もなく進められれば、十分にフジと会う時間はあるか…

 脳裏に別れ際に見せた愛らしくはにかんだ笑みが浮かんだ。

 が、こんな時に不謹慎な…と、それを払いのけて父に小声で話しかける。

 「父上、やつはかなり勘の良い男です。十分距離を取ったほうが良いかと思います」

 「そうか」

 扉間の能力を信頼する父はすぐにうなづき、川岸にたつ柱間を見ながらやや離れた場所で待機の姿勢を取った。

 川ではすでに柱間とマダラが向き合って言葉を交わしていた。

 仏間の瞳が厳しく色づいてゆく。

 その隣で扉間が感知を張り巡らせ辺りを探る。

 「どうだ?」

 ひそめた父の声に扉間は首を横に振る。

 他には気配を感じない。

 だが仏間は気をつけていろと言った。

 マダラの父であるうちはタジマの隠し身は【神にも知られぬ】と言われるほどの物であり、その能力に仏間は幾度となく命を危機にさらされていた。

 扉間はしっかりとうなづき兄とマダラを見つめた。

 その視線の先、二人はいつものように水切りをし、跳ねた石を互いに受け取りあった。

 ここからでは内容までは聞こえないが、一言二言何かをかわし、二人は同時に背を向け地を蹴った。

 「………っ!」

 

 兄者…まさか…

 

 「このスピード、逃げ切る気か!…柱間め、教えたな!」

 マダラのその尋常ならざる跳躍とスピードに父が声を上げた。

 

 しかし兄もまたマダラ同様の動き。

 それはすなわち、向こうも…

 「行くぞ!扉間!」

 「はい!」

 刀に手をかけ地を蹴る父に扉間も続く。

 

 パシャリ…

 

 静かな水音を立てて、水の上で4人の忍びが対峙した。

 

 こちらも二人。あちらも二人。

 扉間は自分の感知にかかることなく二人も潜んでいた事に一瞬動揺する。

 マダラの父であるタジマは想定の範囲内としても、その隣にいたのは自分よりやや幼い少年。

 面持がマダラに似ていることから弟であろう。

 父からその名も聞かされていた。

 

 「考えることは同じようですね。千手仏間」

 この場には合わぬどこか明るい口調でタジマが言った。さして緊迫した様子もなく笑みまで浮かべている。

 それでもその体からはただならぬ殺気が溢れており、扉間は気圧されぬよう足に力を入れた。

 しかし自分の相手はタジマではない。

 

 強い殺気に誘われ、思わずそちらに向けてしまう意識を必死に手繰り寄せる。

 

 集中しろ…

 

 グッと姿勢を落とし、背に刀を乗せ添えて構える。

 

 タジマの隣で幼い忍が扉間を見据えて言葉を発した。

 

 「それと扉間だったか」

 

 こちらの名も知り得ていたか。

 グッと睨み付け、扉間はふと相手のチャクラの揺れを感じ取る。

 何かに驚いているような、動揺の色…

 

 なんだ?

 こういう場は初めてなのか?

 

 深くチャクラを探ろうとしたその時父が声を上げた。

 「そのようだな。うちはタジマ」

 その言葉に扉間が続ける。

 「それから、イズナだな」

 

 数秒の沈黙とにらみ合い。

 

 4人は同時に駆けた。

 

 『やめろ!』

 

 柱間とマダラが叫びをあげた。

 だがその声は刀のぶつかり合う音にかき消された。

 

 ガッ!

 

 鈍い音を立てて扉間とイズナの刀が押し合う。

 二人の間に殺気が渦巻く。

 しかし、やはりイズナのチャクラに揺れを感じ、扉間は目を細めた。

 

 その揺れが恐れなのか、焦りなのか、それとも何か策を練っているが故の物なのか。

 それを読み解こうと扉間はイズナのチャクラに深く触れ…

 

 ドクンッ!

 

 大きく鼓動を揺らした。

 

 目を見開きイズナを見つめる。

 

 扉間の感知が読みとったそのチャクラは、よく知るそれであった。

 

 まさか…

 

 

 ちらりと脳裏に藤色の衣がよぎる。

 

 

 そんなはずはない…

 

 

 必死に否定する。

 

だがその見目は、髪型は違えどよく見れば似ている…

 それに、自分の能力は疑いようがない。

 

 

 さぁっ…っと水の上を風が走り、扉間の目の前で花の香りが揺れた。

 

 甘い蜜のような…藤の花の香りが…

 

 

 …フジ…

 

 

 声にならなかった。

 

 だが扉間の口の動きは確かにその名を形どった。

 

 

 イズナのチャクラが一層乱れ、互いにはじき合って距離を取る。

 

 その二人にタジマと仏間が狙い投げた刀とクナイが襲いきた。

 

 

 ギィィィンッ!

 

 

 甲高い音を立ててその刃がはじき飛ばされ、扉間とイズナがハッとする。

 目の前を落ちてゆく刀とクナイ。

 そして、それをはじき落とした両兄の投げた石つぶて。

 

 それらが水の中に沈むと同時に、柱間とマダラが水面に降り立ち、それぞれ弟を背にかばいにらみ合った。

 お互いの父は最後尾に位置を取り、まるで子供たちのやり様を試し見るかのように静かにたたずんだ。

 

 

 「弟を傷つけようとするやつは誰だろうと許せねぇ!」

 

 マダラが咆哮を上げた。

 

 「それは俺も同じだ!」

 

 柱間も獅子のごとく哮けりを返す。

 

 扉間とイズナはそれを呆然とした表情で心薄く聞いていた。

 

  

 互いに動揺のまなざしで見つめ合う。

 

 いったいこれがどういう事態なのか、二人とも理解しきれずにいた。

 いや、理解することを心が拒んでいたのだ。

 

 

 「3対3か」

 うちはタジマの声が静かに流れた。

 「どうだ、いけるか?マダラ」

 父親のその言葉にマダラは「いや」と厳しい表情で答えた。

 「柱間は俺より強い。このままやればこっちが負ける」

 それが事実かどうかは柱間とマダラにしかわからない。

 だが、マダラは感じ取っていたのだ。

 イズナの心の揺れを。

 それが何故かまではわからなかったが、そんなイズナを連れては戦えないと判断したのであろう。

 扉間はそれを感じ取り、動揺おさまらぬままの心で安堵の息をついた。

 

 自分もまともに立ち回る自身がなかった…

 

 

 「兄さんより強い子供が?」

 

 イズナが構えを解いて言葉を発した。

 それは必死に平静を装うとしての一言であった。

 

 扉間は、何も言えなかった。

 

 

 この場はあちらが静かに引き、収束した。

 

 

 夜の闇が落ちた。

 今宵は新月のため月の姿はなく、いつもにもまして深い闇。

 だが扉間の心が重いのはこの夜のせいばかりではなかった。

 

 今日対峙したうちはイズナは、間違いなくフジであった。

 幾度も必死で否定したが、扉間は結局その結論を受け止めざるを得なかった。

 自分の能力はチャクラの読みを違えない。

 そして自分はフジのチャクラを間違えはしない。

 

 あれはやはりフジなのだ。

 フジはうちはイズナだったのだ。

 

 女であることを隠して育てられることは忍の世界ではそう珍しくはない。

 世間には弟だと公表し、その身を守ってきたのだろう…

 

 

 扉間はうつろなまなざしで畳の目を見つめた。

 

 

 兄が知らず会っていた者がうちはマダラであり、弟の自分が会っていたのがマダラの弟のイズナであった。

 兄はマダラも自分の事を知らないでいたと言った。

 イズナもそうであろう。あの動揺のしようだ。

 今日あの場で知ったのだろう。

 

 

 何の因果か…

 

 

 偶然などという言葉では片づけられないこの事態に、扉間は自室に座り込み、ため息をつく気力すら失っていた。

 

 

 不意に去り際のマダラの言葉がよみがえった。

 

 『オレの兄弟は千手に殺された。そしてお前の兄弟はうちはに』

 

 弟を亡くして泣いていたフジの顔が浮かぶ。

 そして弟を亡くした自分の胸が痛む。

 

 

 自分たちは互いに奪い合ったのだ…

 

 

 だが、扉間にとってフジは…イズナは、敵として捕らえるには心を寄せすぎていた。

 

 

 ダンッ!

 

 

 扉間の拳が強く畳をたたきつけた。

 「くそ…」

 グっと目を固く閉じる。

 そこにはやはり漆黒の瞳からこぼれる涙が浮かんだ。

 

 扉間は、知らず屋敷を飛び出していた。

 

 

 

 足は自然とあの場所へと向かう。

 いつも落ち合っていた岩の上に降りたつと、そこにはひどく悲しげな風が吹き付けていた。

 星の光だけでは森の中を照らしきれず、許されるのはほんのわずかな視界のみ。

 それも悲しみをさらに大きくした。

 

 

 「なぜだ…」

 

 なぜこんな事になったのか…

 なぜフジはイズナなのか…

 なぜ自分は千手なのか…

 なぜうちはと千手は争わねばならないのか…

 

 「なぜだ…」

 

 すべてが納得できなかった。

 

 グッとこぶしを握りしめる。

 

 不意に強い風が吹きすさみ、思わず目を細めた。

 その細い視界の中に、突然見覚えのある姿が揺れ、扉間は息を飲んだ。

 暗闇でほとんど何も見えぬはずのこの場所で、なぜかその姿ははっきりと見えた。

 

 いつもと違う黒い服

 

 いつもと違う髪型

 

 それでもそれが誰なのか、扉間にはすぐに分かった。

 

 「なぜだ…」

 

 三度つぶやかれたその言葉。

 それに驚き、扉間の瞳に映る人物がバッと振り返る。

 

 「なぜ…」

 

 震えた声でそう返したのは、イズナであった。

 

 互いに特に気配を消していたわけではない。

 だがどちらも今日の動揺を消せず、姿を捉えるまで気づかなかったのだ。

 

 しばらく無言で見つめ合う。

 

 ふいにイズナが岩に手を突きチャクラを流した。

 

 とたんに岩が淡い光を放つ。

 イズナは静かな動きで扉間のそばに身を舞い降ろした。

 

 「この岩…。チャクラに反応して光るんだ」

 

 「そうか…」

 

 「うん」

 

 岩の光に照らされるイズナの瞳は悲しげに、だが美しく輝いていた。

 

 その瞳が一点を見つめて揺れた。

 「見える?」

 その視線の先。細く長く伸びた葉が、岩の光に照らされてかろうじて見えた。

 「ああ」

 「あれね、翡翠蘭の葉なんだ」

 「翡翠蘭」

 聞き覚えのないその名を小さく繰り返す。

 「100年に一度だけ花が咲くんだよ」

 「そうか」

 少しの沈黙が落ち、イズナが扉間を見つめた。

 「次に咲くのは…13年後の春。桜が終わる頃…」

 扉間はそれをしっかりと受け止めて、うなづいた。

 イズナは今にも泣きだしそうな笑みを浮かべて扉間に背を向けた。

 ゆらりとその姿が薄れて消えかけた瞬間。

 「フジ!」

 思わず扉間がその腕をつかんで止めた。

 イズナはその手をそっと外し、振り返った。

 ハッ…と扉間が息を飲む。

 イズナの瞳が、赤く光っていた。

 その瞳から涙が一筋こぼれ、岩に落ちた。

 「ボクは…イズナ…」

 ポタポタと雫がいくつもこぼれてゆく。

 扉間はその涙を拭おうとした手を必死に抑えた。

 イズナは止まらぬ涙をそのままに、言葉を続けた。

 「うちは イズナだ」

 扉間もそれに答える。

 「オレは…千手 扉間だ」

 イズナの瞳から一層大きな雫がこぼれ、それが切ない音を立てると同時に、今度こそその姿は静かに消えた。

 

 岩を光らせていたイズナのチャクラさえも薄れてなくなり、いつの間にか空に広がっていた雲が星を隠し、扉間を完全なる闇がつつみこんだ。

 

 その黒の中、ポタリ…と小さな音が響いた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。