あの岩場で別れて後、扉間とイズナが顔を合わせるのは戦場でのみとなった。
柱間とマダラが進んで戦うように、扉間とイズナもまた必ず相手は互いであった。
お互いに決して手を抜かず、本気の奪い合いがそこにはあった。
そうでなければならなかった。
戦いの中に少しでも緩みを見せれば、容赦を見せれば、裏で通じているのではないかと、相手が疑われるのだ。
互いの命の奪い合いは、互いの命を守るためのものでもあった。
それゆえ、二人はこれまで以上に力を磨いた。
強くなければ戦えない。強くなければ、相手に自分を殺させてしまう。
その痛みと闇を、一生背負わせることになるのだ。
殺すために強くなるのではなく、殺させないための力を二人は求めた。
真剣に命を奪い合う戦いを、少しでも長く続けられるように。
その先に、いつか約束したこの世界の変わりを夢に見て…。
二人は、誓った通り『共に戦った』
そして時代は移り変わり。
マダラと柱間が、それぞれ一族の長となった。
扉間とイズナも大人へと成長したが、それほどまでの長い年月を経ても、戦いの連鎖は断ち切れぬままであった。
だが、情勢は変わりつつあった。
戦況は常に千手が優勢を極め、戦うたびにその勢いを増していった。
あと少し…
あと少し…
何の確証もないが、どこか目に見えないところにその言葉が存在を感じさせ始めていた。
それでもマダラは戦いを収めることなく挑み続けた。
そこにはこれまでに犠牲となった一族の命の重みがあったからなのだろう。
柱間も扉間も、それは分かっていた。
物事は、そう単純にはいかないのだ。
本当はそれを求め、それが良いのだと分かっていても…
さらに時は流れ、あの場所でイズナと別れてから13年の時が経った。
扉間は25。イズナは24歳となった。
二人はまるで日と時を合わせたかのように、同時にあの岩の上に現れた。
こうしてここへ来るときには、きっと世界は変わっていようと、それを願い祈りかわした約束であった。
だがいまだ自分たちの戦いは終わらぬままで、二人はその切なさを漂わせながらその身を並べた。
今宵は満月で、あの時のように岩の光がなくとも互いの姿がしっかりと見えた。
扉間は隣で静かにたたずむイズナをじっと見つめた。
戦場で会うのとはまた違い、今のイズナは素のままの空気。
今でも世間では男として知られているそれとはまったく違っていた。
柔らかい雰囲気をまとい、美しい黒い髪を風に揺らし、その合間にキリットした瞳をのぞかせる。
細く清廉なラインを描く顎。うっすらと紅がかった唇。
どれもまるで絵画のごとき有様で、子供の頃から持ち合わせていたその美しさはさらに増していた。
扉間もまたもとより整っていた姿に磨きがかかり、いくつもの戦での経験がそこに何とも言えぬ大人の色を添えていた。
すっかり時を重ねてしまい、あの時とは違う自分たちではあったが、イズナは藤色の装束を身にまとい、扉間は千手の額あてをはずしており、二人はそこに懐かしい空気を感じていた。
それでも、互いに流してきた血と、奪った命は消し去ることはできない。
まるでどこかに釘を刺すように、それが鋭い痛みを感じさせていた。
だが、この時間は…今だけは…
…ほんの少しだけ…
二人は同じように願い、時をあの頃へと戻してゆく。
「そんなにじっと見ないでよ」
あまりにも自分を見つめる扉間の視線に、イズナが小さく笑った。
扉間は少しハッとしたように「すまない」と返して視線を外した。
イズナはまた少し笑って静かに岩の上に腰を下ろした。
扉間もそれに続き、二人は一点を見つめて静かに時間を過ごす。
その視線の先には大きく膨らんだ翡翠蘭のつぼみがあった。
「咲くか咲かぬか…」
今にもほころびそうではあるが、今夜咲くかどうかは分からない。
イズナは扉間のその言葉に冗談めかして「賭ける?」と笑った。
「何を賭けるんだ?」
「んー。そうだなぁ」
しばらく考え、イズナは「もし今夜咲いたら…」と、少し言葉を詰まらせた。
「咲いたら?」
その先を扉間が促す。
「咲いたら…このまま…」
自然と合わさった視線に二人は動けなくなる。
そこにこもった熱に、お互い心は変わらないのだと感じた。
それは戦場で刀を交えていても分かり得ていた事だが、今こうして改めて確かめてしまうと抑えきれない何かが押し寄せてくる。
…このまま共に…
との願いが…
その想いから目を反らすように、二人同時に視線を外す。
「単純に、咲くか咲かないか賭けようよ」
「そうだな。だがワシは賭けには強いぞ」
「ボクだって。じゃぁ、負けた方が勝った方の望みを叶えるってことで」
イズナは勝手にそう決めてニッと笑った。
「まぁいいだろう。ではワシは咲く方に賭ける」
「えー!ずるいよ!ボクも咲く方に賭けようと思ったのに! 扉間は咲かない方に賭けてよ!」
声を荒げて頬を膨らませる。
扉間は苦笑いを浮かべながらその両頬を片方の手でつまんだ。
プス…と頬に溜まった空気が間の抜けた音を鳴らし、扉間は笑った。
「お前が決めたものをワシが選んだら賭けにならんだろうが」
軽くはじくように手を離すと、イズナは「だって…」と再び頬を膨らませた。
扉間はその表情に「はは」とまた笑いをこぼした。
「ならばお前も咲く方に賭けろ」
「それこそ賭けにならないじゃないか」
イズナがあきれた表情で扉間をにらむ。
扉間は静かに「それでよい」と言った。
「どうせワシらの願いは同じだろう」
「…………」
イズナは一瞬言葉をつぐみ「そうだね」と小さく笑んだ。
互いに望みは分かっていた。
そして、それは叶えられはしないのだということも。
結局賭けであって賭けでないのだ。
それでも、今のこの時間はそれでよかった。
ただ二人で過ごすことこそが、たった一つの重要な事なのだから。
一体どれほど時間が過ぎただろうか。
二人は何も話さぬままつぼみのほころびを待った。
しかしいまだ花は開かず、もうあと2時間ほどすれば空が白み始める。
さすがにそうなってはお互いにまずい。
ここまでか…
扉間が視線を落とした瞬間。
「あ!」
イズナが声を上げた。
パッと顔を上げると、二人の見つめるその先で翡翠蘭のつぼみがゆっくりと開いた。
月の光を浴びながら咲きゆくそれは名の通り美しい翡翠色の花びらで、輝くさまはそれこそ宝石のようであった。
甘美な香りを風に立たせ、凛と立つその姿はどこか戦場でのイズナを思い起こさせた。
「咲いたね…」
「咲いたな…」
近くに寄ってみようかとも思ったが、二人ともなぜか動けなかった。
そうしてしまったら、何かが…賭けた望みが、止められなくなるようなそんな気がした。
翡翠蘭がすっかり開き切り、二人は静かに立ち上がった。
もう行かねばならない…。お互いに。
「ではな」
「うん」
ゆっくりと背を向けあう。
次の約束は…ない。
なぜかわからなかったが、次はないと感じ合っていた。
触れそうで触れない背中に熱が生まれ、それを振り切るように二人は同時に地を蹴った。
風を切って走りながら、扉間はグッとこぶしを握った。
…これで…いいのか…
いや…これでよいのだ…
ほんの少しの気の揺れを消し去ろうとした瞬間。
咲き乱れる藤の花を横切った。
花が揺れ、いくつかの紫が散り、香りがたった。
「………っ!」
一気に胸がつまり、思わず足が止まった。
このままゆくのか…
イズナをこのまま行かせるのか…
先ほど地を蹴り際にほんの一瞬見えたイズナの横顔は…泣いていた…
このまま…好いた女を泣かせたままで、行かせるのか…
体の奥から熱い何かが溢れた。
「くそ!」
さっと身をひるがえして引き返す。
追いつけるか…
イズナの足は速い。
追いつくころにはうちはのテリトリーに踏み入るかもしれない。
扉間はこれまでにない速さで駆けた。
そしていつもの岩の上でその足を止めた。
らしくなく上がりきった息で一点を見つめて肩を揺らす。
扉間がじっと見つめるその先…
咲いたばかりの翡翠蘭のそのすぐそばに、イズナの姿があった。
イズナは扉間の気配に気づき、肩をピクリと揺らしてゆっくりと振り向いた。
やはり、泣いていた…
扉間は音も立てずにイズナに身を寄せ強く抱きしめた。
「イズナ…」
「扉間…」
イズナの肩が涙に震え、落ち着かせようと背を撫でると逆に震えが大きくなった。
「ごめ…ごめん」
なぜ戻ってしまったのか、イズナは自分を責めていた。
「すまぬ…」
行かせたがゆえに戻らせてしまったことを扉間は詫びた。
先ほど行かせるべきではなかったのだ。
初めからこうしてイズナを抱きしめていればよかったのだ。
自分がそこから逃げた故にイズナを戻らせ、苦しめてしまった。
「すまぬ」
扉間はもう一度そう言ってグッと腕に力を入れた。
イズナは涙おさまらぬ声をかすれさせながら扉間の耳元にささやきを落とした。
「扉間…。ボクを…殺して」
ピクリと扉間の体が揺れた。
長く続く争いに、優しく美しいイズナのその心は疲弊しきっていた。
それでも…とこの世の変わりを願いながら戦いをつづけてきた。
だが変わらないのだ。
イズナがうちはであり、扉間が千手であることは、天地が入れ替わったとて消しようがないのだ。
そしてその二つは、いまだ交わらない…
あまりにも苦しすぎた…
「お願い…ボクを…」
その先の言葉を、扉間は口づけてふさいだ。
それは過去の子供のものではなく、深い…息を止めるような口づけであった。
「扉間…」
幾度も合わさるその唇がほんの一瞬離れ、イズナがその名を呼んだ。
扉間は「黙っていろ」と低い声で優しくささやき、自身の衣でイズナを包みその背を静かに地におろした。
イズナの肌は真珠のごとき美しさで、ほんの少しあらわになっただけでも月の光に輝き、扉間の脳がクラリと揺れた。
女を抱くのは初めてではなかった。
だが、これほどまでに緊張するのは初めてかもしれないと扉間は思った。
ほんの少しの力の入れようで壊してしまうのではないかと、指の先まで神経を張り巡らせて扉間はイズナの白い肌に触れてゆく。
絡み合わせたイズナの指にキュッと力が入るたびに、愛おしさがこみ上げた。
そうして想いを重ねるその中で、イズナは幾度も「殺して」とうわごとのように繰り返した。
その度に扉間はイズナの息を奪うように深く口づけた。
夜明け前にもっとも深まるその闇が、二人の名を…すべてを隠していった…