「静かすぎるな…」
シダルがそう呟いたのは、森丘での調査が3日を越えてからであった。
彼の言う通りで、今現在森丘にはアプトノスどころかファンゴや、普段は喧しいことこの上ない巨大な蜂であるランゴスタすら見当たらなかったのである。
しかし、樹木に付いた30㎝程の爪痕や所々僅かに捲れた土があるのを見るに、草原地帯にいたランポスの群れがこの森丘に帰ってきてる可能性が高かった。
帰ってきているということは、奪われたテリトリーを奪還するためにランポス達が戦闘している筈である。
それならばアプトノスを始めとした草食獣がいないことに納得もいく。草食獣は敵意や殺気に敏感なので、テリトリーの奪い合い等が起こるとどこかに身を隠してしまうのである。
北西にある飛竜がよく水呑場として使用する池のある場所を目指して、シダルは歩みを進める。
草食獣が普段のんびりと食事をしているエリアと、その周辺はすでに調査を終え、シダルは分かったことを簡単に纏める。
草花がほとんど伸びていないので草食獣達が姿を隠したのは、シダルがこの森丘へと足を踏み入れたのと同時くらいであること。
血の臭いや死体が無いことから、大型の飛竜や生態系の破壊者であるイビルジョーである確率は極めて低いこと。
多数の新しい爪研ぎ痕からランポスの群れが森丘へとテリトリー奪還のために戻ってきていること。
「まぁこんなものか。順調に行けばあと3日くらいで終わるだろうな」
崖に面した緩やかな坂道を登りながら、調査手帳に箇条書きに書き足していく。
ここを更に登ると、飛竜の巣として有名な岩山と北西の水呑場に道が別れている地点にたどり着く筈である。
シダルはペンを走らすのを止め、先に続く道を見て更に1つ気づいた。
「草が高い。それにこれは人が通った痕跡だな。ここを通って数日ってところか。てことはこの調査依頼は複数のハンターに依頼してたのか。なら合流して情報の共有といこう」
大したことのない掻き分け幅、短く一定感覚で踏みつけられた高い草、採取された後のカラの実に、隣にある不自然な土の膨らみ。
この土の膨らみはカラの実を埋めた跡だ。自然のバランサーであるハンターは闇雲に採取してはならない。よって、ハンター達は狩猟場に種を持っていったり、採取した実を埋めることで自然が壊れないように配慮するのである。
勿論これを見る限り十中八九ハンターであり、カラの実を採取していることからガンナー。それもライトボウガンを使用する人間である。
ヘヴィボウガンだと、カラの実ではその威力に耐えきれずに空中で粉々、あるいは引き金を引いたとたんに暴発する危険性があるため、本当の最後の手段として使う程度だ。
しかしとシダルは思考する。
「ガンナーがソロで調査依頼を受注するとは思えない。しかしなぁ、あの草花の痛み方からして1人。ましてやランポスの群れに中型のモンスターまでいる可能性がかなり高いときた。こいつは不味いんじゃないか…?」
シダルの言う通り、ガンナーは基本的にソロで活動することがない。
理由としては火薬を扱うためである。
火薬の臭いで隠れることは上手くいかず、モンスターから逃げようにも火薬の臭いで容易く追跡される。
小型モンスター用の弾薬もある程度あるにはあるが、それらは射程が短く殺傷能力も高くないので、リロード中に襲われるか回り込まれておしまいである。
消臭玉を使えばランポスや中型モンスターの鼻を誤魔化せるが、飛竜クラスとなると発砲して風に流れた火薬と硝煙の匂いを追って、更にそこからボウガンに詰まっている火薬を辿られてしまうので消臭玉は僅かな時間稼ぎにしかならない。
サァァ…と穏やかな風が草花を揺らしシダルの頬を撫でる。
そしてチッと舌打ちをしてその場から横に勢いよく飛び転がった。
「ギャア!」
小鳥の声をダミ声で野太くしたような鳴き声とともに、シダルのいた地点に青と黒のストライプ柄が降り立ったのだ。
赤いトサカに黄色いクチバシ、両手両足から伸びる鋭い爪は地面に刺さっている。
「ランポス…!」
睨み付けるはたった一匹のランポス。
刺さった爪を引き抜くと、威嚇のために低く呻きながらこちらの隙を伺っている。
シダルは一匹と見るとすぐさま感覚を研ぎ澄まし、辺りの確認を行う。
(風上からランポスの臭い。2匹だが奴等のこれは囮、本命は後ろの岩場からの強襲だろうな。他にランポスは確認出来ない、最低でも目の前の1匹、囮の2匹、岩場の大きさ的に多くて2匹!)
短く息を吸い、そして吐く。
モンスターとの戦闘で大切なのは迷わないことだ。
新米とはいえ、6年間の訓練所生活でそれは実に染みて痛感したことである。
シダルは大地を蹴る。背中の鉄刀に手をかけながら、威嚇しながら数による包囲網を保つために襲いかからなかった一匹のランポスへと一直線に突き進む。
自身に当てられるのが明確な敵意から殺意に変わったのを瞬時に気付いたランポスは、すぐさま合図とばかりにギャオギャオ!と鳴いた。
「遅い!」
3度目の鳴き声は上がらなかった。
代わりに喉元を切り裂かれた部分から、空気の漏れでる音と大量の血が溢れだす。
シダルは抜刀と同時に太刀を振りランポスの声を潰す。
更に数歩詰め寄り、完全に間合いにて捉えるとそのまま返す軌道で今度はその首を両断した。
1匹を仕留めると、1歩後退しながら太刀をアッパーカットの要領で振り抜いた。
感じるのは重い感触と手に響く程の衝撃。囮のランポスが飛びかかったのをカウンターで斬り伏せるつもりが、狙いが荒かったせいで硬い頭蓋骨部に当たったようである。
しかしランポスは下顎をだらりと垂らし、ビクビク痙攣しながら倒れてしまう。激しく脳を揺らされることにより起きた脳震盪だ。
結果として動けなくしたので問題ないと判断し次のランポスへ向き直ろうと体勢を戻すと
「ギュアァ!」
囮の内残りの1匹がシダルへ近付き、その首へ噛みつこうとしていた。
彼は太刀を上手く降りきれなかったせいでバランスが崩れているため、回避行動に移ることが出来ない。ランポスが勝ち誇るように首へとその牙を突き立てようとした。
「いってぇな!!」
叫んだのは噛まれたのが首ではなくシダルの左腕あるため。
回避も迎撃も出来ないと即座に判断した彼は、防具で守られた腕でランポスの牙を止めたのだ。
いくら鉄鉱石を加工した防具であろうと、その厚さは大したものではない。細かく動き回る太刀の防具は双剣を扱うハンター並みに薄いので、ランポスの牙であっても多少は刺さる。
「ギャグァ…!」
腕を噛み千切れないと分かると、今度は首を振ってシダルを倒そうと試みるランポス。
何とか倒されないようにバランスを保ち、シダルは左腕の防具を無理矢理外すことでそれから逃れると、ランポスの片脚を切り払いながらバックステップする。
耳元でガチン!と音がしたのは、岩場に隠れていたランポスの噛みつきをバックステップでギリギリ避けたからである。
「フッ!」
大振りな太刀の上段をランポスは大きくバックステップすることで避けた。
が、しかしそれは予想通りの動き。
「ズアッ!」
シダルは手に持つ太刀を槍投げのように投擲。
矢のように飛んでいく太刀はバックステップで着地した直後のランポスの腹部へと深々と突き刺さる。
腹を突き破られたランポスは口から泡の混じった血を吐き出して呻き、それでも逃げようとする。が、刺さった太刀が重いのか、それともキズが致命傷なのか随分と遅い。
シダルは逃がさないと言うように、逃げようとするランポスへと走り出す。
その距離は瞬く間に埋まり、解体用ナイフを抜刀してランポスに飛びかかる。
体重をかけて全力でランポスの脚へと解体用ナイフを突き刺し、悲鳴を上げるのも無視して刺さった太刀に体重を乗せてランポスの腹部を斬り開く。
そのまま太刀を持って脚を斬り払われて動けないランポスと脳震盪で痙攣するランポスへと歩いていき、苦しませないようにその首を両断した。
「ランポスがこの辺に出るってことは…」
奪い合われているテリトリーがかなり近くにあるということである。
先を急ぎたいが、まずは噛まれた傷と愛刀の手入れをしなければならない。体のコンディションと只1つの武器は文字通り命と同価値がある。
噛まれた左腕の傷は軽いので、ポーチに入っている回復薬を傷口にかけて、更に回復薬をかけた布を巻いて防具を着けなおす。
愛刀については厚手の布で血と脂を拭き取り、揮発性の高い洗浄液を含ませた布で拭いていく。
本来ならば砥石で研いでやるのが正しいが、ここでは綺麗な水も、ゆっくりと研いている時間も無い。
「さてと、北西に進んでそのまま森の中を突っ切って戻るかね」
体に着いた血の臭いを落とすために、消臭玉を手で握り潰して吹き出る煙をその身に浴びていく。
臭いを落とすことでこの場でのシダルの痕跡を消しておく。ランポスに追いかけ回されるなんてゴメンなのだ。
風化により岩肌をくりぬいたような形になった緩い坂道を下り、北西にある飛竜やその他モンスター達の水飲み場へと到着した。
ここは森となっており、密林程ではないが視界が悪い。ランポスと戦うには些か不利となる場所だが、生い茂る木々のお陰で飛竜からは見つかりにくい。
太刀を振り回せる広さのある獣道を選んで足を進めるが、ここにもファンゴやランゴスタ等はいなかった。
哨戒するランポスも見当たらず、これまでもほとんどランポスを見なかったことから、縄張り争いは珍しく総力戦になっているようである。
本来であればリーダーが相手に力を見せつけて、争いという小競り合いで終わるが、互いの力が同程度となると話は変わる。争い相手を殺すまで終わらない。
こうなると生態系に与えるダメージも大きくなるため、ハンターへと依頼がやってくる。そして大体は争っている2体を討伐するのである。勿論難易度は跳ね上がるため信用のあるハンターにしか依頼は来ない。
水飲み場となる池の周りにモンスターがいないことを確認して、先ずは池の周囲をぐるっと回る。
「流石に飛竜の足跡は無いか…。あったら洒落になってないし速攻帰るけど」
とりあえず飛竜に遭遇する危険は無さそうだと分かり、ホッと胸を撫で下ろす。新米であるシダル一人ではイャンクックすら相手をすることは困難だと理解しているからだ。
安心ついでに拳ほどの大きさの携帯食料を取りだし、それを噛りながら更に進んでいく。
高カロリーで栄養豊富腹持ち抜群価格も控えめ、ヒヨッコからベテランまでの必需品と謳い文句のあるもので、ハンターは基本的に狩猟中この携帯食料を食べる。
手軽に食べることができ、尚且つなかなか腐らないので長期の狩猟に向いている。一番ありがたいのは臭いが出ないことで、肉や魚、一部の果物等は臭いでランポスを始めとしたモンスター全般を呼び寄せてしまうのだ。
なので滅多なことでは携帯食料以外は口にしない。ちなみに味は柑橘系のジャムに大量の塩と肉の細切れを混ぜたようなものでとてつもなく不味い。
ハンター養成所で1つの鬼門として携帯食料の実食があるくらいだ。慣れるまでの一月、延々と携帯食料だけ食べて生活するのは今思い出してもゾッとする。
ちなみに森の中での調査は明日に予定してある。ので今日は下見と地形の把握に来ただけで、ランポスが殺気だっている森などさっさと抜けてしまいたいのがシダルの本音だ。
森の中でも一番段差が多く視界も悪い、最大限の警戒を持って進む予定だったそこの入り口に差し掛かった時それは聞こえた。
ダダダンッ!
ボウガンの発砲音。流れてくる空気に混じった火薬の匂い。
こちらが情報交換しようと考えていたハンターはすぐ近くにいるようだ。
こんな場所ですすんで戦闘するとは考えにくい。モンスターに奇襲でもされたのだろう。
加勢するためにシダルはボウガンの発砲音が聞こえた方向へと走る。
「…おいおいマジかよ」
近づくにつれて匂いが強くなる。そしてそこから得られる情報も多くなる。
火薬の匂いと共に血の匂いが入るのは当然だ、ランポスが撃たれたときに出るのだから。
ではこのモンスターのフンにも似た、だがよく知っているこの臭い匂いの出どころは…。
そこまで思考して走る速度を上げる。段差を飛び越え、細い枝木はそのままぶつかり折りながら駆けていく。
右手は背負った太刀に添え、左手は腰のポーチへ突っ込みいつでも逃走用のアイテムを使えるようにしておく。
「イヤアァァァ!!来ないで!来ないでよぉ!!」
震える声で叫んでいるのは、シダルと同じハンターシリーズに身を包む女性のハンター。
手に持っているライトボウガンは、既に撃ちすぎで銃口が赤くなっていた。あれではマトモに狙いをつけることすら出来ない。
そしてその女性の周りにいるのは複数の4体のジャギィに2匹のジャギィノス、さらにドスジャギィ。
エリマキトカゲのような特徴的な頭部のヒレに薄い水色と橙色の体色、尾の横側に生えた黒い棘が特徴のモンスターで、ジャギィは人間の首くらいまでの高さと比較的小さいが、ドスジャギィになると3倍ほど大きくなりドスランポスよりデカイ。
そして奥には腹を踏み潰されたハンターの死体。この悪臭は腹から出てきた糞尿だったのだ。
どうやらランポスと縄張り争いをしているのはコイツのようだ。
「死にたくなければ眼と耳を塞げ!!!!」
言うが早いかポーチから音爆弾を取りだし、ドスジャギィとシダルの中間辺りに投げつける。
ギイィィィィン!!!
爆弾という名に相応しい爆音は、ドスジャギィ達の動きを一瞬止めて、こちらの存在を気付かせることに成功した。
本来ならば水中や砂中に潜り込んだモンスター等を凄まじい音で引きずり出すためのアイテムだが、ただのモンスターにも不意を付けば充分に効果はあるのだ。
ドスジャギィが低く唸りながら威嚇をするが、そんなものは気にしない。
続けて閃光玉を投げつけて、見事ドスジャギィの目の前でその力を放った。
白い閃光に眼を焼かれ、ドスジャギィ達は呻きながらよろけて倒れたのを確認して、手で上手く隠していたとはいえチカチカする視界に難儀しながら女性ハンターへと走り出した。
「立て!逃げるぞ!!」
バチン!と女性の頭装備を平手打ちして怒鳴り付けると、振り返らずに再度森の中を駆け出していく。
ここまでやって着いてこないならば、新米であるシダルには実力的に介入することは出来ない。薄情でも何でもない、ハンターは常に死と隣り合わせなのだ。自分だけで精一杯な新米は普通そのまま逃げ出すか、チャンスと勘違いしてモンスターへ奇襲をかけて手柄を横取りしようとする。
ちなみに後者は基本的に死ぬ。
チラリと後ろを見てやれば、女性ハンターは何とか此方についてきていた。ドスジャギィとその群れとの戦闘で疲弊しているのか、その脚は覚束ない。
「もっと速く走れ!追いつかれるぞ!」
「こ、これ以上…は、む…り…」
顎が上がり、足は上がらない、呼吸は肩でしているところを見ると限界なのは本当のようで、しかしこのままでは追いつかれて二人とも御陀仏なのは明白だった。
シダルがクソッと吐き捨て、焦りながらもたっぷり悩んでいると
ーーーホォウオゥオゥオゥ…!
犬、もしくは狼の遠吠えを抑揚つけるとこうなるだろう雄叫びが耳に入ってきた。
ドスジャギィが手下のジャギィを呼ぶときに使われるもので、この一声は大体半径2㎞の範囲にいるジャギィに届くと言われている。
群れのリーダーたるドスジャギィの質にもよるが、基本的に群れの半数は集まる。
ちなみにドスランポスは半径1㎞程で集まっても10匹はいくことはない。これはランポスとジャギィの大きさが原因ではないかと言われているが、今のところはどうでもいいことである。
「…ねぇ」
「なんだよ?今打開策考えてる最中なんだから黙っててくれ」
突然女性ハンターから声をかけられたが、シダルはそれにあまり応じる気はない。しかし打開策など都合よく浮かぶはずもない。
一番生き残る確率が高いのはこの女性ハンターを置いていくことだが…
「置いていきなよ」
「は?」
まさかの一言に、まるでこちらの考えを読んだかの言葉に、思考は停止してあほっ面を女性ハンターに向けることになった。
それを見た女性ハンターはクスっと笑うと、頭装備を脱ぎ素顔を晒した。
飲み込まれそうな朱の髪はショートカット、慈愛に満ちているような優しげな瞳、ハンターなどやっている人種とはかけ離れている美しい女性がそこにいた。
「僕は生きるためにハンターになったんだけど、とても続けられそうにないんだ。帰るところも無いしここが潮時だと思ってね」
「…」
シダルは黙ってそれを聞く。まだあるだろうと無言でそれを促して。
その無言を肯定ととった女性は、弱々しい笑顔を作って続きを話すために口を開いた。
「そうだ。会って突然ですまないけど、僕の名前を覚えてギルドに報告してくれないか?酒場のシスティって女性とは友人なんだ」
「…あんたの名前は?」
「僕はテラス。テラス・フォーミュラ」
伝えることは全て伝えたとばかりに、テラスは大きく深呼吸をして自らの武器であるライトボウガンを構えた。
しかし、そのライトボウガンは銃口が赤くなるほど無茶をしたのだ、銃身が間違いなく歪んでいる。
それでも戦う意思を見せるというのは、一時でも救ってもらった恩義か、ハンターとしての意地か、それとも…。
「よしテラス、今すぐそのボウガン捨てて脱げ」
突如として放たれた爆弾発言。テラスは顔を真っ赤に染め上げて放心した。