更識簪とは幼少の頃からの付き合い。
のんびりのほほんと、少し聞き取り難い声で喋る。
例に漏れず、全国一斉検査により適性が発覚、学園へと強制入学が決まった。
適性が低い為、機体の反応速度等が鈍い。
それを補う為に、セントリーガンやカウンターガン、マインスロワー等の自律若しくは時限式の装備で戦う。
今現在は、個人よりタッグで実力を発揮するタイプ。
「傭平」
「なんだイ? ボス」
「それ、取って」
「アイサー、ボス」
IS学園整備室にて、二人の男女が一体の鋼の鎧を前に作業を進めていた。
一人は更識・簪、日本の国家代表候補生でありロシア国家代表更識・楯無の妹でもあり、一年四組の代表でもある。
もう一人は
「ボス、やっぱりサ、整備課に助け……」
「要らない」
「左様デ」
少しだけ聞き取り辛いがらがら声で、傭平が簪に発案するが、簪は一も二もなくそれを却下。目の前に拡げた空間投影ディスプレイを操作し、鋼の鎧『打鉄弐式』の調整を続けていく。
仙波はそれを見つつ、懐から棒状の物を取り出し口にくわえる。
「傭平、ここは禁煙」
「煙草じゃないんデ勘弁」
傭平が白い煙を吐くと、甘い香りが簪の鼻に届く。どうやら、今日のフレーバーはバニラの様だ。
「ボス、今日は上がりましょ」
先程より少しだけ聞き取り易くなったがらがら声、それを聞きつつ簪はキーボードを打鍵していく。
時刻は十九時半、食堂は二十時迄、もうすぐ食堂が閉まる時間だ。
部屋に買い置きは無い。購買は既に閉まっている。
このままでは、今日は夕飯抜きになってしまう。
簪も成長期、それは出来れば避けたい。避けたいが、今からでは間に合わない事は確実だ。
「ボス?」
傭平が首を傾げて簪の顔を覗き込むが、簪は一向に反応を示す兆しが無い。
さて、どうしたものかと、仙波傭平は考える。
こうなった簪は実に長い。最長で半日は動かない事もあった。
「ボ~ス~」
電子タバコ型の吸入器を口の端に噛み、簪の頬を突っつく。しかし、簪は反応せずブツブツと何かを呟いて動かない。
はてさて、どうしたものか?
このまま放置しては、彼女の姉に何を言われるか分かったものではない。
あのシスコンの事だ。あの手この手で自分をいびってくるに違いない。
傭平も、それは避けたい。
彼女の姉、更識・楯無はねちっこい。
なんかこう、簪絡みの事になるとネチネチしてくる。靴底に貼り付いたガムの方がまだマシだ。あっちは手で剥がせるが、こっちは剥がしにかかった手に貼り付いて更にネチネチしてくる。
いっそのこと、更識ネチネチとか更識ネチ奈に改名した方が良いんじゃないと思ったりもしないではない。
――更識ネチ無は無い。それだと、ネチネチしてないみたいだし、微妙に語感が良いから――
傭平はもう一度煙を吐き、痒みに似た喉の痛みを紛らわす。
この喉とも何年の付き合いになるか、物心付いた時から仙波傭平はこのがらがら声しか出せない喉と生きてきた。
困った事はあまり無かったが、聞き取り難いと言われる声には少し悩んだりもした。
悩んだりもしたが、生まれつきではどうにもならぬと直ぐに諦めがついた。
「ボ~ス~?」
「…………」
「傭平、簪さん。もうすぐ整備棟閉まるぞ」
考え込む簪に悩む傭平に一人、声を掛ける人物が居た。
「ああ、織斑クンじゃあないですか」
世界初のIS男性操縦者の織斑・一夏だ。
「おう、どうだ? 打鉄弐式の調子は?」
「ご覧の有り様ですヨ」
「アッチャー」
「アッチャー」
二人揃って額を叩き、天を仰ぐ。その時、何故かインド語を喋っていたが、最近覚えたばかりの単語であるという以外に理由は無い。
「あ、一夏……」
「うぃっす、簪」
「ちっ!」
「舌打ち?!」
簪の専用機である〝打鉄弐式〟は倉持技研にて開発されていたが、世界初の男性IS操縦者である織斑・一夏が現れた事により開発が中断され、パイロットであった簪が無理を言って自分で開発している。
だからか、簪は織斑・一夏が嫌いだったりする。
と言っても、そこまで嫌っている訳ではない。
「まあまあ、ボス。織斑クンが悪いんじゃないんですシ」
「知ってるし解ってる」
織斑・一夏が故意に男性パイロットになった訳ではないし、倉持技研に専用機の準備を指示した訳でもない。
ただ単純な偶然が積み重なって折り重なって拗れた結果、更識簪は織斑・一夏が少し嫌いなだけだ。
アニメや漫画に小説等々の読み物やゲームの趣味が意外と合い、簪の解り辛い冗談にも割りとノッてくるので、遊び仲間としては好きだ。
周りの専用機持ち達の様に、恋愛感情に発展する異性では無い。
「傭平」
「はいはい、ボス」
「今日はここまでにする」
「アイサー」
簪の作業終了宣言を聞いて、傭平は吸入器を胸ポケットに納めて機材を片付けていく。
「だけど、どうするんだ?」
「何が?」
「食堂、閉まったぞ。今」
「アッチャー」
「アッチャー」
傭平と一夏は互いに顔を見合わせ、額を軽く叩いた。
参ったネ、いや、まったく。笑いながら、どうするかを考える。だが、そんな都合良くアイデアが浮かぶ訳も無く、どうにでもなれと作業を進めていく。
「ちょっと、あんた達。まだなの?」
ダラダラと作業を進めて、空腹で男子二人の口からあー、うー、と声が漏れ始めた頃、整備室の自動扉を蹴破る勢いで小柄な影が飛び込んできた。
「あ、鈴」
「あ、鈴、じゃないわよ。どうすんの? 今からじゃ、食堂も寮も閉まってるわよ」
「あれ? じゃあ、皆は」
「はぁ、もう、世話が焼けるわね。ほら、簪も傭平も早く片しなさい」
「鈴、カーちゃんになるの、まだ5年位早いんじゃない?」
「誰がカーちゃんよ、誰が?! あんた達みたいな、デカイ子供産んだ覚えは無いわよ!」
トレードマークのツインテールを逆立てる鈴。
これはそこ、あれはあっちと、三人に指示を出して、整備室の片付けを終わらせていく。
「ほら、早く済ませなさい。仮眠室の申請も、晩ごはんも簡単だけど用意してるから」
「やっぱり、カーちゃんじゃん」
「簪のだけ、ピーマンだけの青椒肉絲にしようしら?」
「マジすんませんでした!」
「ボス……」
肉の無い青椒肉絲は青椒肉絲ではない。金が無い時は言うのだろうが、今は違う。
金ならある。だから、青椒肉絲には肉が入ってないといけない!
「片付け終わったよー」
「ほら、さっさとシャワー浴びてきなさいな。着替えは用意してるから」
「鈴カーちゃん!」
「卒業後に貰ってくれるなら、呼んでもいいわよ」
凰・鈴音が恥ずかし気も無く言い放ち、その横でぐったりした簪を運ぶ傭平が感心した様に声を上げ、
「いいぞ」
相手の織斑・一夏は軽く返事を返した。
「知ってる」
だから、ちゃんと貰いなさいよ。
鈴はそう言い、一夏の横腹を突いた。
「ボス、生きてまス?」
「……腹へった」
その横では、傭平が抱えた簪が空腹でぐったりしていた。
いや、執筆中の小説欄の中にあったから投稿してみました。