マイボス マイパートナー   作:ジト民逆脚屋

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ははは、話が進まない。進まないのだよ。



更識仙波

「それで、どうする?」

「え、なにが?」

 

鈴の隙を見てマカロンを摘まんだ簪が、左頬を膨らませながら言った。

鈴の溜め息が聞こえるが、簪は努めて無視しながら続ける。

 

「今から学園に帰ると、かなり遅くなるよ?」

 

更識家の庭に繋がる障子戸からは、沈み始めた夕日が日本庭園を朱色に照らしていた。

 

「今から急いでも、食堂は閉まってるな。購買は、安い弁当があればいいか?」

「先生達の居住区画に足を伸ばすのもアリだが、時間が時間だから下手をすれば反省文だな」

「じゃあ、どうする? 買って帰るには時間に余裕は無い。全員で侘しく安弁当をつつくか?」

 

想像するが、すぐに頭を振って散らす。華の乙女とは言え、成長期の育ち盛りだ。出来る事なら、食事は確りと摂りたい。

安く中身も値段相応な、侘しい弁当は正直勘弁願いたいものだ。

そう思って、七人が動きを止めていると、襖の奧側、自分達が歩いてきた玄関の方角から、幾つかの足音が聞こえてきた。

その幾つかの中でも、特に慌ただしい足音が部屋の前で止まり、

 

「簪ちゃーん! 貴方のお姉ちゃんが復活よ!」

「シッ!」

 

当代楯無こと、更識簪の姉でありIS学園生徒会会長でありロシア国家代表でもある更識楯無が、姉妹揃いの特徴的な水色の髪に水草を一房付けて飛び込んできて、簪の即座の反応によるノーモーションドロップキックにより、体をくの字に折り曲げた楯無が廊下の反対側、誰も居ないのに開いていた襖戸の部屋に叩き込まれ、襖が独りでに閉まった。

 

「まだ復活は早い」

「ボス、ボス、そうじゃないでス」

「そうよ、簪」

 

簪が着物の裾を一切乱さず着地すると、襖がもう一度開き、一人の女性が姿を見せた。

 

「お父さんとお姉ちゃんにノーモーションドロップキックなんて、アックスボンバーにしなさいな」

「奥方様、それも違いまス」

 

傭平が〝奥方様〟と呼んだ着物の女性は、楯無と簪の二人によく似た水色の髪と赤い目を持っていた。

女性は糸目の傭平に笑顔を向けた後、七人に向き直った。

 

「子供達が御世話に、楯無と簪の母です」

 

宜しくお願いしますね、と声が聞こえると、庭がにわかに騒がしくなっていた。

 

「母さん、母さん、父さん頑張ったよ! ちょっと無意味に頑張ったよ!」

 

飛び込んできた先代楯無の顎を、簪のラリアットが跳ね上げた。

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

ほぼ沈んだ夕日の僅かな朱色が染める夜色の空の下、幾つもの声が重なり、音が響いている。

 

「コルァァ! そこぉ! ここの鉄板は肉肉野菜野菜野菜肉の順だと言っただろう!」

「残念でしたー、俺は野菜野菜肉肉肉野菜ですぅー」

「うぜー!」

 

夜色の下、日本庭園では幾つかの鉄板が並べられ、色とりどりの野菜に多種多様な肉が焼かれていた。

数人の黒服達が額にねじり鉢巻を巻き、トングを片手に鉄板の上で焼かれる野菜や肉を引っくり返しては、他の者達が持つタレの入った皿に乗せていく。

 

「さあ、お客様。牛と豚が焼けましたよ。あ、鳥がよかったですか?」

「あ、じゃあ、牛の赤身をミディアムで」

「ハイィィッ! 牛の赤身ミディアム一丁!」

 

家屋、更識邸の縁側に腰掛けたシャルロットが、脂身の少ない赤身を注文すると、ねじり鉢巻黒服が奇声と共に、よく焼けた鉄板へ厚切りの牛の赤身肉を乗せる。

脂身の多い部位とは違う、鉄分を多く含んだ血の焼ける匂いが、シャルロットの鼻に届く。

 

――うわぁ、結構クルなぁ――

 

食べたと思っていたが、こうして匂いと音が届くと、またクルものがある。

シャルロットは、手元の皿に注がれたタレに浸かった葱を噛みながら、庭園に広がる風景を見る。

 

「ははは、どうだ楯無! 父さん無意味に頑張ってるぞ……!」

「キャー、ステキー、父さん焼きそば大臣!」

 

あそこは見ないでおこう。巻き込まれたら、恐らくかなり面倒な事になりそうだ。焼けた鉄板の上で、焼きそばがモン・サン・ミシェルの様に建っている。

その反対側はどうかと、チラチラとダブル楯無が見ている方を噛んだ葱を嚥下しながら見ると、

 

「たかが二人程度で、私に勝とうなんて片腹痛い」

「くっ……」

「だから、言ったじゃん。無理だって……」

 

簪が小皿片手にガッツポーズで勝利宣言をしていた。

その足元には、倒れた一夏と辛そうに腹を押さえる誠一郎が見えた。どうやら、二人で簪に大食い勝負を挑んで負けたらしい。鈴達が呆れた目で見ている。

 

そして、焼きそばダブル楯無は簪の気を引こうと必死な様だ。次はたこ焼きだと、専用の鉄板を何処からか引っ張り出してきている。

ソース味の粉ものから離れないのだろうか?

 

「なにか御座いましたか? シャルロット・デュノア様」

 

声にシャルロットが振り向くと、カラーシャツの男が表面に焼き色の入った赤身肉を皿に盛っていた。

 

「あ、えっと……」

「失礼を。私、仙波家に仕えさせて戴いております〝咲山(さきやま)〟と申します。シャルロット・デュノア様方には若様にお嬢様方が御世話になっております」

 

咲山は一度頭を下げ、庭に置かれたテーブルに皿を置くと、そこにあったまな板に赤身肉を敷き、一口大に削ぎ切りにしていく。

チラリと見えた断面は、綺麗な赤色と焼き色に分かれており、父に「お母さんとお兄ちゃんには内緒だからな?」と連れていってもらったレストランで出てきたステーキを思い出した。

 

「御待たせ致しました。牛の赤身肉、ミディアムで御座います。お味はタレより塩が宜しいかと」

「あ、有り難う御座います」

「はい、ではまた御用が御座いましたら、お申し付けください」

 

咲山が下がり、シャルロットは咲山から手渡された皿に目をやる。

四角い、翡翠色の皿にミディアムで焼かれた肉が美しく、箸で取り易い様に斜めに並べられている。

シャルロットは慣れた手付きで箸を手繰り、皿にある窪みにある塩の粒を肉に付け、口に入れた。

 

「あ、美味しい……」

 

家庭事情は決して険悪ではなく良好だが、少々複雑で社長令嬢のシャルロット。しかし、味覚は生まれの環境からか庶民的で、あまり高級な食べ物は少し合わないと思ってしまう。

だが、そんなシャルロットでも、この肉は素直に美味と感じた。

 

「お気に召して戴けましたでしょうか?」

「あ、咲山さん」

「シャルロット・デュノア様、もし脂がくどく感じられましたら、そこにある山葵をお試しください。あ、少量ですよ?」

「あ、はい」

 

塩が入った窪みの隣にある山型に盛られた緑のペースト、臨海学校の時に体験した山葵と同じ色だ。

あの時は、山葵単体を大量に口に入れたからひどい目にあったが、今回は脂のある肉に付けて食べるのだ。

前回の様な事にはならないと思う。

 

「あ、シャルロットさン」

「傭平」

 

山葵の僅かな辛味に口を引き締めていたシャルロット、そこに作務衣姿の糸目の傭平がふらりとやって来た。

 

「赤身肉に塩と山葵ですカ。醤油はありまス?」

「若様、こちらに」

「ああ、咲山さン」

 

黒のカラーシャツの咲山が、醤油の入った小瓶と小皿と箸を傭平に差し出す。

 

「傭平、こっちこっち」

「はいはイ」

 

咲山から小皿と箸と醤油を受け取った傭平は、シャルロットに指し示されるままに、彼女の隣に座る。

目の前の庭では、モン・サン・ミシェル焼きそばが簪の胃に消え、それを見てはしゃいだダブル楯無がたこ焼きを次々と焼いていく。

一夏と誠一郎が焼きたてのたこ焼き片手に、鈴や箒達と談笑している。セシリアがたこ焼きの蛸を見て驚いているが、まあ自分達欧州組はあまり蛸に馴染みが無いから、あの反応も仕方ないだろう。

 

「賑やかだね」

「そうですねェ」

「皆、嬉しいのですよ」

 

咲山が微かな笑みと共に、野菜の乗った皿を持ってきた。焦げた色が無いのは何故だろうかと、シャルロットが見ていると、皿と野菜の間にアルミホイルが敷かれていた。

 

「キャベツや人参等を蒸してみました。お口直しにどうぞ」

「咲山さん、嬉しいって……」

「若様やお嬢様方が、御友人を連れて来たことがですよ」

「そんなにですかネ?」

「若様が御友人をお連れしたのは、私の記憶では今回が初めてです」

 

場に酔った一夏が鈴の胸を揉み吹っ飛ばされ、それを見た箒が溜め息を吐き、一夏が池に着弾する。

 

「若様」

「なんでス?」

「今日程、仙波家にお仕えして良かったと思った日は御座いません。どうか、御二人で幸いの道をお進みください」

 

咲山が頭を下げて言った言葉に、シャルロットと傭平は思わず向き合い固まった。




まだまだ続くよ更識家
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