両親と死別した後、遺産を巡る争いでまだ幼かったセシリアを言いくるめようと、数多の親類が近寄ってきたが、その全ては、自らを〝悪臭〟と呼ぶ祖叔父が突っぱねた。
彼が指を鳴らすと、金属音が聞こえ、床や地面に相手が叩き付けられていたとか。
あ、返信等はもう少し待って! ネタ固めてるから!
「さてさて、楯無?」
「なにかしら? 母さん」
「彼女がそうなの?」
「ええ、そうよ」
賑わう庭、黒服達が奇声を挙げて何かを焼いていく鉄板の群れの中で、水色の髪を持つ二人が縁側を見ていた。
「ふふふ、まさかの金髪フランス人。更識と仙波にも、ついにグローバル化の波が!」
「マッスルスキー兄弟とショタスキビッチ姉妹と金氏は?」
「ふふふ、楯無。貴女は過ぎた事を言うのね?」
「母さん母さん、なんか一周回って凄い事言ってる! ブレないわ!」
声に、ロシア人と中国人が反応する。バッと音を立てた動きで二人を見れば、何時になく優しく微笑まれたので、即座に目の前の鉄板に集中し直す。
「いい? 楯無、更識の女はブレないのよ? まあ、貴女はブレブレだけど、その辺はお父さんに似たのかしら?」
「簪ちゃんがブレないのは、母さん似?」
「そうねぇ、お父さんはリアルギャグ補正入ってる様なものだし、その辺は貴女に受け継がれてるわね」
楯無が舌を小さく出して、片目で明日の方角を見る。
とある英国人が英国面を鉄板上で発揮して、マーマイト色の何かが構築されつつあった。匂いも何も無いのが逆に怖い。
「……楯無、貴女の学園は、……言葉選んで言うけど、賑やかね?」
「言葉選ばず言うと、濃いわー」
「よう、生徒会長」
楯無が母とマーマイト色に染まった鉄板を眺めていると、周囲の鉄板の影から誠一郎が現れた。
「あら、貴方は」
「あ、今日はお誘い有り難う御座います」
「いえ、私達も久しぶりに楽しませて戴いておりますわ」
「はあ」
「実際楽しませてもらってるわよー」
二つの水色が夜に焚かれた篝火に揺れて、誠一郎に向いた。
「こんなに騒がしいのは、お父さんの婿入り以来かしら?」
「母さん母さん、初対面の男子にいきなり惚気全開?」
「あら、楯無。初対面じゃないわ、さっき屋敷で会ったじゃない。だから二回目よ」
「ブレなさが流石過ぎるわ母さん!」
あの更識楯無の母親という事もあり、幾らか警戒心を抱いていた誠一郎だったが、二人のやり取りを見て毒気を抜かれてしまった。
「ただの新聞配達のバイトだったお父さんが、私に一目惚れして更識に出入りする様になって、私が継ぐ筈だった〝楯無〟をお父さんが継いじゃった」
「母さん、それ初耳」
「というか、そんなお宅事情を聞かされる身にもなってほしい」
楯無と誠一郎が、初の事実に驚愕していると、にわかに他の鉄板が騒がしくなってきていた。
「兄ちゃん兄ちゃん! なんか凄いよこの焼そば? 新世界が見えてきたよ!」
「ああ! しょっぱ甘苦辛い焼そば?なんて初めてだな!」
「歯の詰め物が取れるくらい粘る焼そば?なんて、これがイギリスの焼そば……!」
黒服達が英国面を満遍なく発揮した焼そば?を食べて、乱舞していた。
「もう、あの子達は……」
「何時も通りじゃない?」
「何時も通り……」
愕然とする誠一郎だが、金の髪が自分を探している事に気付き、慌てて身を隠す。
その手に持つ紙皿には、黒く染まったものが盛られている。
「あらあら? いいのかしら?」
「いや、セシリアのイギリス料理は食える。だが、他は妙なアレンジを加えるから……」
「アレになるわけね……」
見れば、箒達は既に退避しており、一夏が白目を剥いて痙攣しているが、耐久バカの一夏ならすぐに復旧するだろう。
「ふふふ、青春というやつね……!」
楯無母が細かな細工が施された扇を広げると、〝柑橘味〟と描かれていた。
どうやら、この扇子芸は一子相伝の様だ。
だが、それよりも誠一郎はある事に目を向けた。
「それは……?」
「あら? これは失礼したわ」
楯無母が笑みを浮かべて着物の袖で隠した両腕、その二本は精巧に造られた義腕であった。
「よく気付いたわね?」
「あ~、家が家ですから、割りと医療関係にも首突っ込んでますし」
「そうね。この義腕も〝HAI〟製よ」
言って動かす腕は、生身のそれと寸分違わぬ滑らかで精密な動きを見せた。
とても、機械の腕とは思えない。だが、生身の皮膚とは僅かに違う質感の人工皮膚、筋肉の隆起の無さが、この腕が機械であると示している。
「まあ、気にしないでね~? お父さんの婿入りの時に、少しスパッといかれただけだから~」
「母さん母さん! それ、気にしないのは無理があるわ!」
「楯無。女は度胸よ?」
「母さん、それ愛嬌よ!」
イエーイとハイタッチする母娘を他所に、誠一郎は前世で完全重武装攻城武家嫁の両腕を婿入りの時に斬り落とした婿入り夫の話が何処かにあったようなと、薄まり始めた前世の記憶を思い返していた。
というか、今日会ったばかりの人間に、夫に両腕斬り落とされた話をするのはどうなのだろうか?
「それで、傭平の機体はどうなのかしら?」
「またいきなりですけど、まあなんとかなってますよ」
「そう」
「俺らと違って傭平はエコノミーコアですから、そこら辺が腕の見せどころって、家の連中は騒いでますよ」
「あらあら、好かれてるのね?」
「お祭り騒ぎが好きなだけですよ」
ISコアには専用機に使用される篠ノ之束手製のオリジナルコア、量産機に使用されるエコノミーコアの二つがある。
エコノミーはオリジナルより演算能力に劣るが、逆を言えばそれしか劣っていない。だが、ISコアの性能は演算能力に集約されている部分もある為、かなりの容量を必要とする第三世代専用機のコアにはオリジナルコアが使用される。
「まあ、それでも家の子達の事を宜しくお願いするわ」
「いいですけど、何故俺なんです?」
「ん~? なんか年長者っぽいし、〝HAI〟の御曹子。仲良くして損は無いじゃない」
「急に取り引きっぽくなりますね?」
「私はね? けど」
「簪や傭平達なら任せてください。やれるだけやりますよ」
誠一郎が溜め息混じりに言うと、楯無母が笑った。
誠一郎が自分の事を見透かされているような気配を感じて、背中に冷たい汗を流していると、いつの間にか消えていた楯無が突然現れた。
「誠一郎さん! やっと見つけましたわ!」
「セシリア?! あ! この離せ! HA☆NA☆SE!」
「ふははは! さあ、セシリアちゃん! 愛の焼きそば~ブリテンロンドミニアゴライン川~を食らわすのよ!」
誠一郎を羽交い締めにした楯無が、黒いモノを盛った紙皿を持ってきたセシリアに指示を出し、セシリアが誇らしげに黒く染まり始めた紙皿を掲げた。
「誠一郎さん、私頑張りましたわ!」
「そうだな! 焼きそばからそば要素が消える位には頑張ったな!」
「そうです! 以前帰国した際に、祖叔父様に味見をしていただいて好評でしたわ!」
「あの人はお前が作ったモノならなんでもそうだ!」
もがく誠一郎、彼の終焉はすぐそこまで迫っている。
誠一郎は助けを求めて視線を巡らせるが、頼みの綱の箒は
鈴と一夏は余ったそばと野菜と肉で、そばめし作りながらイチャついている。ちくしょう。
簪、簪は食休みと称して本音と並んでたこ焼き食ってる。
シャルロットと傭平は、咲山という人物がこちらを見せない様に立っていて気付いていない。
=助けは来ない。己は英国面に沈む。
「誠一郎さん。ほら、あ~ん」
誠一郎は覚悟を決めた。前世では割りと荒事もあったし、死にかける事には慣れている。
惚れた女の手料理で死ぬなら本望?
手料理で死ぬってなんだ?
毒か?
この口にあるモノはなんだ?
粘る。
硬い、硬くない。
辛い? 甘い? しょっぱい? 苦い? 酸っぱい?
やった!
オイシイゾ?
「あら? 疲れて眠ってしまったのかしら?」
「つまりそれは、私の焼きそばが美味しかったという事ですわね!」
「そうね! そうだわ!」
黒く染まった紙皿を他所に、セシリアと楯無がハイタッチをする。
安らかな顔で眠る誠一郎を、箒が十字を切りながら見ていた。
「誠一郎、すまない。私は無力だ……」
賑わう庭に、箒の小さな呟きが落ちた。
次回
〝HAI〟
シャルロットの怒り?
傭平君と誠一郎君焦る?
そして
「いやちょっと、助けてもらえると嬉しいんだがなぁ!」
全世界の恥部が……!