〝・―― 文字とは力を持つ。ならば、文字を紡ぎ形作る言葉とは、力そのものである。〟
私、何を書こうとしていたのか?
あと、今回のお話は展開がいきなりだよ!
シャルロットはあるビルを見上げていた。
高いだけでなく、大小様々な建築物の群れは、彼女の実家でも及ばない。
「これが〝HAI〟か~」
「よう、シャルロット。来たか」
「あ、誠一郎」
〝HAI〟ビル前で立ち尽くすシャルロットを、〝HAI〟の御曹子である早瀬・誠一郎が出迎える。
彼自身は気楽な様子でシャルロットを出迎えに来たようだが、周囲では何も知らない社員が何事かとざわついている。無論、何かを知っている社員は騒がず、自分の仕事に集中し、ざわついて仕事が手についていない同僚に檄を飛ばしたりしている。
「悪いな、休み潰して」
「いいよ、学園祭の準備も今日は無いし……」
「傭平もここに居るし?」
誠一郎の言葉にシャルロットは顔を赤くし、わたわたと身振り手振りで何かを伝えようとするが、動く口から出る声は言葉にならず、珍妙なダンスになっている。
「そこまで反応するとはな」
「誠一郎、セシリアと箒に言い付けるよ?」
「いいぞ。その場合、伝え方でお前がヒドイ事になるだろうな」
「くぅぅ……!」
白亜の廊下を進む二人、周囲では作業服と白衣の者達が忙しく動き回っており、その動きの中心となっている格納庫には、色とりどりの機体が鎮座していた。
「ねぇ、誠一郎。あれって」
「ドイツの第二世代機〝
シャルロットが使うラファールシリーズと比べても、濃紫を基礎にした太い手足に重厚な装甲、鈍重なイメージが湧く外見だが、腰部スカートアーマーや脚部装甲内に仕込まれたスラスターが、それらのイメージを間違いだと示す。
「配備って、また急な話だね」
「いや、話自体は前々からあったらしいんだが、ほら、VT騒ぎ」
「ああ、あれかぁ……」
誠一郎が眉を掻き、シャルロットが肩を落とす。
一学期中盤にあった専用機タッグマッチで起きた事件。
禁止兵器である〝VTシステム〟を、ドイツがラウラ・ボーデヴィッヒの機体に搭載し、それが暴走。傭平を含む専用機持ち達が鎮圧に当たる羽目になった。
「それのせいでな、ドイツ国内で機体のチェックに時間が掛かり、日本国内では部品単位で検査。一学期後半には導入されていた筈が、導入されるのは学園祭が終わった後位になりそうだ」
誠一郎が頭を掻きながら見る先には、アイゼン・リッター以外にも様々な機体が検査されていた。
「あれ、家のラファール?」
「ああ、あれは、家の技術者がラファールのパッケージ案で実現されなかったやつを、デュノア社の許可を得て、趣味で開発してるんだが……」
「あのパッケージ、全身スラスターであんまりに紙装甲だから〝戦う
他にも各国様々な機体のパッケージや、実現されなかった発展型、装備等が開発されたり実験されたりしていた。
「うわぁ、学園の子達が来たら大騒ぎだろうね」
「皆からしたら、ここは正に宝島だろうな」
IS学園生徒は選手を目指す体育会系や、その選手のマネジメントやサポート役を目指す生徒も多いが、一番多いのは機械が大好きな工学系女子だ。
幼い頃から、簪の様にロボットアニメを見て育ったとか、実家が工場で身近に様々な機械があったとか、猛者となると寮の自室にフライス盤まで持ち込み床が抜けかける生徒だっている。
そんな機械ロボット大好き人間が、実現されなかった幻を実際に目の前にして、大人しくしているだろうか?
答えは否である。
「うわうわうわ! あれ、〝メイルシュトローム〟の発展型だ! あっちは〝テンペスタ〟の試験機!」
比較的ではあるが大人しいシャルロット・デュノアでも、興奮が抑えきれず目移りして大騒ぎし出した。
「あれはアイゼン・リッターの試験装備?!」
「ドイツのロマン信仰派が、本能の赴くままに開発した大型実体剣だな」
防護ガラスの向こう側、試験ハンガー内で、試験パイロットがアイゼン・リッターで、大鉈を思わせるIS本体よりも巨大な実体剣を振るっていたが、何度か振ったところで肘関節から煙を噴き始めていた。
「肘のアクチュエーターかモーターが焼き付いたか」
「いや、あれは手首と肩もいってるよ」
「片腕では無理だな、あれは」
白衣姿の作業員がコンソールで数値を確認しつつ、機体から降りてきたパイロットと頭を突き合わせている。
どうやら、結果が思わしくなかったらしく、二人して肩を落としている。
「誠一郎、傭平の機体はどれ?」
「まだ奥だ」
「ラファールシリーズの発展型なんだよね?」
「その中でも、特に格闘性能に長けた機体だな」
「それで僕の意見が必要なんだ」
他にも一喜一憂したり、打鉄が荒ぶる鷹のポーズを取っていたり、髪の長い背の低い女性に限界までネクタイを締められ、何故か幸せそうに顔を青くしているスーツの青年が居たりと、中々に賑やかな社内を抜けていくと、先程よりも更に広い空間に出る。
「ここは?」
「〝HAI〟の屋内大規模試験場だ。と、居た居た」
誠一郎が指差す先には、後ろに結んだ髪を揺らす〝少し変わった〟ISスーツ姿の傭平が作業員達とコンソールを覗き込んでいた。
彼は糸目を僅かに開き、ハンガーに鎮座するラファールとコンソールを見比べている。
「おや、早瀬クンにシャルロットさんじゃないですカ」
「よう、ラファールの専門家を連れてきたぜ」
「専門家って、そんなんじゃないよ」
シャルロットはそう言いつつも、鎮座するラファールを見る。幾つか装甲が外され、内部機構が露になった機体は、開発に携わっていないシャルロットから見ても、学園に配備されているラファールとは違うと解る。
――関節のモーターが、高出力のものに変えられて増設されてる。よく見えないけど、多分関節機構も強化されてる――
完全に格闘性能を強化した機体だと、シャルロットは判断する。
ラファールシリーズの特徴でもあるウエポンハンガーを廃して、高出力スラスターを搭載。脚部は走る事も想定しているもの様だ。
「シャルロットさン?」
「傭平、このラファール。どれを再現しようとしてるの?」
「ああ、〝ラファールB-7〟を元にした機体でス」
「本当に格闘機体だ」
言ってシャルロットがコンソールを覗き込もうとすると、誠一郎が何故か慌てた様子で、缶飲料を差し出す。
「……僕、喉渇いてないよ?」
「いや、脱水症状は知らない内にやってくるんだ」
「そうだね。じゃあ、アドバイスしたいから、隠してるコンソール見せてよ」
シャルロットが〝まロ茶〟と書かれ、先程のネクタイの女性の写真がプリントされた缶を一気に飲み干し、笑顔で誠一郎に迫る。
シャルロットは一つ疑念を持っていた。
「そういえば、傭平」
「な、なんでス? シャルロットさン」
ぐるんと、首だけで傭平に振り向けば、首に巻いていたパッドを外そうとしていた。
「傭平のISスーツ、変わったデザインだね?」
「え、ええ、〝HAI〟の最新モデルだとカ」
「……へえ、そうなんだ」
あっ!と、誠一郎の慌てた声が聞こえた。良からぬ気配を感じた作業員は全員、素知らぬ顔で逃げ出している。
シャルロットは笑顔のまま、傭平との距離を詰めていく。
「ねえ、傭平」
「は、はイ」
「それ、頸椎保護パッドだよね? このラファールは確かに高機動のセッティングだけど、保護パッドが必要になる機体じゃないよね? ねえ、なんで?」
「いや、そノ……」
「あと、背中のそれなに?」
傭平が慌てて背中を隠すが、既に遅い。
傭平のIS スーツの背中には、首に巻いている保護パッドと似た材質の機材を内包したパッドが、背骨に添う形で貼り付いていた。
シャルロット・デュノアは、IS技術者の娘である。
登場から十年余りで、急速に発展してきたIS技術の中には、急速な発展故に、VTシステムの様に非人道的な技術が存在する事も知っている。
デュノア家に引き取られてから暫くして、父から家の仕事関連の話として、兄と二人で聞かされたのだが、
『お父さんキライ!』
あまりに惨たらしい話だった為、義母に兄妹で泣き付いて、父の寝床が一週間床になった。泣いてた。ガチ泣きだった。
今にして思えば、父なりに自分達の事を思っての話だったのだろう。だが、一歩間違えなくても特A級のSF系スプラッタホラーな話を、幼児にする必要があったのかとも思う。
その中で一つあった話。ISと人間を〝繋いで〟、最高のパイロットを産み出そうとした話があった。
そして、それは人間の脊椎に機械を埋め込み、機械と一体化させるというものだった。
「傭平、誠一郎、何をしてるのかな?」
その実験の結果は惨憺たるものだったらしい。父も伝え聞いた話でしかなかったが、パイロットは自分が人間なのかISなのか、まったく区別が出来なくなり自我が崩壊し暴走。オリジナルコアの一つがパイロットと共に、周囲半径約二十㎞を巻き込み消滅するという結果に終わった。
「ねえ、傭平。僕、怒るよ?」
「あ、いや、ちょっと待ってくださイ。説明、説明しますかラ!」
「そうだ! これはシャルロットが考えている技術じゃないぞ!」
「へぇ? じゃあ、どういう技術なのかな?」
シャルロットがにっこりと微笑むと、誠一郎が傭平の背中からパッドを剥がした。
あまりに勢いよく剥がしたので、傭平が痛みに呻くが、どうやらシャルロットが予想していた事態は無かった様だ。
「ま、まあ、シャルロットが知ってる技術を元にはしてるのは事実だが、これは吸盤状のコネクターを背骨周辺に貼り付けて、パイロットの動きを機体にフィードバックして、理想の動きに近付けるってやつな!?」
「随分必死だね?」
「そりゃ、家があんな技術使ってるとか思われたくないしな」
「ふ~ん。じゃあ、あの頸椎保護パッドは?」
シャルロットが、傭平の首に巻き付いているネックウォーマータイプのパッドを指差す。
「これはですネ。人間の動きを機械とする訳ですかラ、万が一の為の保険ですヨ!」
「そっか。……傭平」
「はイ?」
「……簪の為なの?」
彼女の言葉に、誠一郎は何も言えなかった。
何も言えず、何も出来なかった。
簪の為という事は、悪く言い換えてしまえば、簪の〝せい〟とも言えるのだ。
簪の〝せい〟で、傭平は危険な技術を元にした装備を使う事になっている。そう言えるのだ。
傭平は頸椎保護パッドのホックを外し、首元に外気を取り込む。俯いたシャルロットを見る感情を、傭平は理解出来ていない。何故自分が、家族以外で彼女だけを名前で呼んでいるのか、傭平は理解出来ない。
だが、理解出来ないなりに少年は、彼女をこのままにしてはいけないと理解している。
だから、傭平は言った。
「ボスの為じゃないですヨ」
「じゃあ、誰の為?」
「自分の為でス」
「そうなんだ……」
シャルロットは傭平の胸に額を押し当てる。驚いた傭平が、下がる動きを見せたが、ISスーツを掴んで動きを止める。
汗に機械油と金属が混じった匂いが、僅かにシャルロットの鼻を擽る。
一度、鼻で息を吸い込み、シャルロットは顔を上げる。
僅かに見開かれた糸目が、こちらを見ている。
シャルロットは強い目で言った。
「傭平、今日から僕の言う事を聞いて」
「へ?」
「僕の言う事聞くの!」
「え? は、はイ?」
「僕にちゃんと言って、傭平が何をしたいのか」
「は、はイ」
「僕が一緒にするから、僕が傭平のしたい事を助けるから、ちゃんと僕に言って、僕の言う事を聞いて、ちゃんと僕の手が届く場所に居て」
「……はイ」
大粒の涙を溢す瞳から、傭平は目を離せなかった。
離してはいけないと思ったから、彼女から目を離してはいけないと理解出来たから、傭平はシャルロットから目を離さない。
最早ISスーツだけでなく、己の身を掴む手に力が籠る。
一際大粒の涙が瞳から溢れ、シャルロットは俯いた。
「……一人で居なくなろうとしないで」
シャルロット・デュノアは一人になる事を怖がる。
実の母が突然の事故で亡くなり、ほんの僅かな一日にも満たない時間だったが、彼女は世界で一人ぼっちになった。
すぐに父と義母が迎えに来てくれて安心したが、それでも怖いのだ。己の大切な者が居なくなる事が、己の手が届かない場所に行ってしまう事が怖いのだ。
「シャルロットさン。俺はここに居まス」
「うん……」
「早瀬クンも、今は居ないけど、ボスも皆も居まス」
「うん」
「だから、大丈夫でス。俺は居なくなりませン」
誠一郎が物陰から覗いていた作業員を蹴り出し、己も退室するのが見えた。
他ハンガーからもいつの間にか人影が消えており、屋内試験場に居るのはシャルロットと傭平の二人だけだった。
その筈だった。
「やっと
床下から、突然白衣の老人が飛び出してきた。
〝まロ茶〟
〝健康アスファルト茶〟
〝メッコール・ストロング牛乳〟
〝嗚呼、絞まる、絞まるよ! 新庄君……!〟
〝HAI〟社内自販機ラインナップ(一部