あの野郎、書き辛いんだよ……!
「いやぁ、八屋君ったら照れちゃって~。銃乱射しちゃうんだから~」
床から飛び出てきたのは、白髪を後ろに撫で付けた丸眼鏡の白衣老人。見た目だけなら、やり手の研究員だが、シャルロットは気付いた。
気付いてしまった。
床から飛び出てきた男が、そうではないという事に。
「ひぃっ!」
シャルロットは本能が鳴らす警鐘に従い、即座に傭平の背後に隠れた。
相手は人間、装備は白衣のみ。掃射で勝てるし、傭平もいる。そう勝てるのだ。何にかは知らないが。
しかし、その筈なのに、シャルロットには戦うという選択肢は無く、傭平の背に隠れて震えるだけだ。
何が怖い?
兎に角、原因不明な嫌悪感。
それが、シャルロットを支配していた。
「あ~、大城さン?」
「おや? 仙波君じゃないか。というか、後ろの美少女誰かなあ? も、し、か、し、て、か、の、じょ?」
「殺しますヨ?」
シャルロットを背に隠した傭平の糸目が僅かに見開かれ、瞼に隠れた目が大城を睨んだ。
「あぁん、ちょっとした冗談なんだなあ」
「……」
「いや、あの、マジすいません」
「……」
無言。糸目の奥には感情は無く、縮こまる白衣をただ見ていた。
「……はぁ、八屋さン呼びますネ」
「いやいや、待った待った!」
「なにをどうですカ?」
「へ?」
「なにを、どう、待てばいいのですカ?」
にっこりと貼り付けた笑みを、大城に向ける傭平。
傭平の目は細い、そのままでも笑顔に見える。だが、今の表情は違う。
怒っていても変わらないその表情の奥には、怒りに似た感情が満ちている。
「えっとぉ……、そのぉ……」
「傭平、もういいよ」
「いいのですカ?」
「……いいよ?」
「まあ、八屋さン呼んだのでいいのですけどネ」
「え! 呼んだの?!」
「はい、呼ばれました」
驚く大城の背後、そこに赤毛の女が無表情で立っていた。右手には拳銃が握られており、指は既にトリガーに浅く掛けられている。動きがあれば撃つ気だと、銃器に詳しいシャルロットは判断した。
「や、やあ、八屋君」
「大城様、仕事をサボるだけでなく、御客様にご迷惑を掛けるとは、少々御自身を省みては?」
「あれ? 儂、存在を問われてる?」
変わらず無表情で、八屋と呼ばれた女は大城を睨む。
「問われない理由がおありで?」
「あれ?! ホントに問われてた!」
大城の存在を問う八屋、その事実に驚愕を隠せない大城。
逃げ出した大城、それを追う八屋。
急激な展開に置いていかれたシャルロット、傭平を見上げると、普段と変わらぬ糸目があった。
「傭平、いいのアレ?」
「大城さンが逃げるのは、何時もの事でス」
「いや、あれ、撃たれてるよ?」
「まあ、当たったら当たったで、その時でス」
「いいのそれ?」
「まあ、大城さンですからネ」
溜め息を一つ吐き、傭平はポケットから吸入器を取り出し、薄荷の水蒸気を吐き出す。
吸入器を口の端に噛み、こちらを見上げるシャルロットを見る。さて、どうしたものかと傭平が考えていると、一つの声が転がり込んだ。
「む、邪魔したか?」
銀の髪に眼帯、これらを揃えた小柄な姿。ラウラが〝HAI〟地下試験場に現れた。
彼女は二人を一瞥すると、至極真面目な顔でそう言った。
「ラ、ラウラ! どうしたのさ?」
「ふむ、アイゼン・リッターが届いたと言う話を聞いてな。誠一郎に頼んで入った」
「アイゼン・リッターなら、まだシステムチェックの最中ですヨ」
「手間取っているのか?」
「いやいや、家の技術者を嘗めてもらっちゃ困る」
ラウラの背後から、誠一郎が苦笑いと共に現れる。
その手には分厚い書類の束があった。
「ほれ、アイゼン・リッター〝HAI〟仕様の仕様書」
「ほう、中々に細かく書いてあるな」
「元々が良い機体だからな。手抜きは出来んだろ」
感心したラウラが書類を捲り、頷きを繰り返す。
暫くすると、一枚の資料で止まり、上着の胸ポケットからペンを取り出すと、幾つかの項目に印を付ける。
「お?」
「腕部モーターの出力が高いな。調整か?」
「搬入された機体のモーターが、出力の低いタイプだったらしくてな」
「ふむ、機動戦仕様の機体だな。各所出力より、全体の出力バランスを重視したタイプだ」
「ラウラ、ラウラ、見せて見せて!」
シャルロットがラウラに資料をせがむと、ラウラはそれを手渡す。
「いいのか?」
誠一郎がラウラに問う。
「アイゼン・リッターは特に性能を隠していないからな。厚い装甲と高い機動力、単純な機体だ」
「シンプルイズベスト、というやつですカ」
傭平も覗き込み、資料を見る。
簡単な資料だが、細かい数値と図解が記されており、機体の情報が分かりやすくなっている。
「かなり分かりやすい機体だね」
「ラファールに慣れた者は、これに乗ってみるのも手だ」
「ただ、重量機ですから、軽量機メインの学園生徒は振り回されそうですネ」
「成績上位者に割り振るか。早めにセッティングを終わらせるよう言っておく」
遠くで銃声が連なり、悲鳴が木霊する。
全員が誠一郎を見るが、彼は気にするなと軽く手を振るだけだった。
「大城全部長なら気にするな。……殺しても死なん」
言って欠伸を噛み殺す。
ラウラは何が起きているのか理解が追い付いていない様子だったが、それよりもアイゼン・リッターが気になるのか、すぐに資料を読み始める。
資料の束を半分程読み終え、少し休憩を挟むかと、ラウラが顔を上げると、小さくない激突音と衝撃が伝わってくる。
「なにごとだ?!」
「敵襲?!」
「シャルロットさン、落ち着いてくださイ」
「ああ、大体分かった……」
誠一郎が額を押さえ、溜め息を吐く。
何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「離しなさいよー!」
「ダメだって、鈴。アレはダメだ」
「いいから、離せー! あのジジイ、本気で陥没させるのー!」
通路から現れたのは、学園公認夫婦の一夏と鈴だった。
一夏が鈴を羽交い締めにし、動きを封じて運んでいるが、鈴が暴れる度に体が泳いでおり、鈴が腕を振る度に風切り音が聞こえてきた。
「お、おお、誠一郎、傭平。手伝ってくれ! 腕が肩から千切れそうだ……!」
「今、お前らに近付いたら、俺達が死ぬ」
「そうですネ」
傭平が頷き、全員が二人から距離を取る。
暴れる小暴龍を抑え込む一夏だったが、振り抜いた鈴の肘が側頭部に当たり倒れた。
「あら? 一夏、なに寝てるのよ?」
「「「「お前だよ!」」」」
力無く、糸の切れた人形の様に倒れた一夏を、軽々と抱えた鈴に全員が突っ込むが、鈴はどこ吹く風と平然としている。
「ま、すぐに起きるでしょ」
「それでいいのか?」
「いいのよ。あ、誠一郎。箒とセシリアはもうすぐ来るみたいよ」
「結局、全員集合か」
頭を掻く誠一郎。乱れた癖毛を撫で付けると、もう一度欠伸を噛み殺し、言った。
「取り合えず、箒とセシリアが来たら飯にしよう。〝話〟はそこでだ」
次回
伏線祭り!