あ、ちょっと活動報告で募集なんかしたりしてます。
シャルロットは思い出す。
あれは、日本に、IS学園都市島に来て、そう経っていない日。編入手続きも済み、自室に荷物も運び終え、どうにも手持ち無沙汰になって、学園内を散策していた時だった。
油と鉄の匂い、技術屋の娘であるシャルロットには嗅ぎ慣れた匂いに、実家のガレージを思い出していると、不意に薄荷の匂いが漂ってきた。
その薄荷の匂いの元には、一人の細い目の男が、金属で出来たらしき細い棒状の物を咥えて、こちらを見ていた。
「あっと……、これは煙草じゃないですヨ」
「本当かなぁ?」
これがシャルロットと傭平のファーストコンタクトだった。それから正式に編入し、専用機持ち達の集まりに呼ばれ、そこで再会した。
そして、様々な日々の出来事を過ごし、簪の機体の設計に頭を悩ませ、起きたトラブルを乗り越え今に至る。
そんな日々が楽しくて、ほんの少しだけ聞き取り難いガラガラ声が聞こえるのが嬉しくて、いつの間にか近くに居て、気付いたら後ろに結んだ髪が揺れるのを目で追っていて、あの細目の奥の瞳が愛しく想えていた。
「とまあ、そんな感じでいた訳ですけど……」
「…………」
「…………」
目の前に座る傭平の両親は何も言わず、ただじっとこちらを見てから、側に控えていた咲山に向いた。
あまりに意味が解らない反応に、何かしくじったかとシャルロットが身を震わす。そんなシャルロットを他所に、夫妻は咲山が頷くと、シャルロットに向き直り、こう言った。
「「合格ー!」」
ちょっと追い付けないこの展開。
シャルロットが固まっていると、夫妻はまた咲山を見る。そして、咲山の無言と笑顔のサムズアップで、夫妻はシャルロットに近付く。
「いや、まさかあの傭平がなあ。なあ、母さん」
「ええ、本当にね。ISの適性が見付かったって聞いた時は、どうしようかと思ったけど、これなら大丈夫ね」
咲山に助けを求める視線を向けても、笑顔と無言のサムズアップ。
――違う、そうじゃない……!――
シャルロットは叫びたかったが、そうもいかない。あらあらまあまあと迫る二人に、何か粗相があれば、傭平達に迷惑が掛かる。
シャルロットは最悪、傭平達から距離を置けばいい。だが、傭平はそうはいかない。
恥をかかせる訳にはいかない。シャルロットは何とか展開に追い付こうと、脳をフル回転させる。
「あの……」
「子供は何人の予定かしら?」
ダメだった。いくら専用機持ちで、代表候補生の優秀な頭脳でも、突発的に来られては対処のしようがない。
「一姫二太郎三なすび。三人目はまさかの両性?! トリプルでダブルでリバーシブルね……!」
「母さん母さん! 何かスゴい事言ってるよ!」
「バカね、あなた。私だからいいのよ……!」
「スゴいや母さん、何もかもおいてけぼりだよ!」
ご機嫌にハイタッチをする二人。何故に、この家の女性陣は、精神面がマッシヴなのだろうか。
シャルロットは考えるが、どう考えても先天的なものとしか思えない。
「それで、嫁入り婿入りどっちなのかしら?」
助けて、傭平。咲山さんも、笑顔でサムズアップしてないで。
「って、婿入りでいいんですか?」
「いいわよ」
「うんうん、別に仙波家は、どうしても続かなきゃいけない家じゃないしね」
軽く言われ、シャルロットは驚いた。本音達から、布仏と仙波は更識に仕える家系で、姉か自分が継ぐのだと聞いていた。シャルロットもその話から、やはり名家は大変なのだと思っていたが、違うのだろうか。
「まあ、正直な話だよ。仙波は更識にとっての暴力の家系、時代に合わなくなってきてるんだよね」
「そうよねえ、そこまで必死に繋げる必要も無いのよねえ」
確かに、時代に合わないのであれば、無理に続ける必要は無いのかもしれない。だが、歴史ある家系がそれでいいのだろうか。
「いいのよ。無理に続けて歪んで、子孫が不幸になったら意味無いしね」
「それに血が繋がってないとはいえ、傭平には普通の幸せを掴んでほしいしね」
「え?」
血が繋がっていない。その言葉にシャルロットは、思わず声が出た。シャルロットも傭平と両親が、あまり似ていない様な印象があった。だが、親ではなくその親に似る子も居る。傭平もそうなのだろう。シャルロットはそう思っていた。
しかし、それは今否定された。
「血が繋がってないって……」
「あれ? 母さん、もしかしてやっちゃった?」
「咲山、もしかしてやっちゃったかしら?」
「まさしく、その通りかと」
何故なのだろうか。何か予感がする。嫌なというより、言い知れない、どう表現すればいい分からない。不安定な筏に乗った様な、足下の定まらない感覚が、じわじわと背筋に伝わってくる。
心の中、そこに居るシャルロットの知る傭平が、霞んでいくような錯覚がある。
「シャルロット・デュノア様」
咲山の声が聞こえた。
顔を上げれば、彼が正面で正座で座っていた。
「若様は私が仙波家に連れて来ました」
あれは嵐の日だったと、聞き入るシャルロットの耳に、咲山が語る傭平の過去が流れ込んでくる。
「貴女様はご存知無いかもしれませんが、あの日は記録に残る豪雨で、私は付近一帯の見廻りをしていました。普段は穏やかな川も増水し、もしやするかもしれない。そう思っていた時、ふと橋の上に人が居るのを見付けたのです」
目を閉じ、膝に揃えた手を握り締め、咲山は言った。
あの瞬間を忘れる事は出来ないと。
「避難を呼び掛けよう。そう思い、橋に足を向けた時、橋の上の人物が、何かを氾濫する川に投げ捨てたのです」
「……まさか、それが……」
「はい、……若様です」
シャルロットは、見えない足下が崩れ去った。
そんな錯覚を覚えた。
次回
今君と出会う