「ね~ね~、かいちょー」
「あら、何かしら? 本音」
「二人、大丈夫だと思う~?」
間の抜けた声と口調、らしさの欠片も無いが、これでも対暗部組織を長年支えてきた家系の娘だ。
何か思う事があっての事だろう。
「大丈夫って何かしら?」
「よーよーとでゅっちー」
「大丈夫でしょ」
根拠は無いに等しい。だが、何故か言い切れる。
「でゅっちー、逃げないかな?」
「無い無い」
「おぉ~、言い切る~」
「当然、更識の当主ですもの。それに、デュノアちゃんは、誰かを捨てて逃げられる人間じゃないわ」
「あれ? よーよー捨てられる?」
「捨てるよりも、寧ろ一緒に……。って感じね」
「わお、重いよ」
「傭平には、あの位に重い娘じゃないとね。……紐の切れた風船じゃないけど、いつの間にか居なくなっちゃうわ」
重石代わりと言えば、彼女はどう思うだろうか。だが、仙波傭平とはそうなのだ。糸の切れた風船の様に、手を離せば、目を逸らせば、気付けば居なくなってしまうかもしれない。手を離せば、もう手の届かない場所まで、平気で行ってしまう。
「よーよー、すぐ覚悟決めちゃう系男子だから」
「しかも、その決め方が、割りと冗談抜きの自己犠牲。……無理に〝仙波〟の生き方をしなくていいのに」
楯無が溜め息を吐き、一束の書類を捲る。中身は仕様書であり、とある機体のカタログスペックが記載されている。
「本音ー、これ見てどう思った?」
「よーよーとか男の子って、こんな機能いっぱい工具好きだよね~」
「結局、使わないのにねー」
「ね~」
はっきり言えば、バランスが悪く、下手をすると決め手に欠ける器用貧乏な機体。誰も好き好んで、この機体に乗りたがらないだろう。
「バススロットから換装して、装備するのに時間が掛かるなら、最初から内蔵してしまえって……」
「よーよー、〝HAI〟に染まっちゃった?」
「ほら、あの企業って、男の子の悪ノリで出来ちゃってるから」
元がラファールだとは、とても思えない構成の仕様書を放り、楯無はまた別の書類を手に取る。
更識として集めた情報、そこからはっきりと判る事がある。
「よっぽどね。信頼回復に必死」
「始めから、やらなきゃよかったのにね~」
「そうもいかないのが、大人ってものよ。でも、代表候補生一人にただ圧倒されて、撃破されたってのは効いたみたいね」
「動き回ってるよね」
本音が言えば、楯無が頷いた。
「今の今まで好き勝手してきたツケよ」
ああ、可哀想。そんな素振りすら見せず、楯無は欠伸混じりに書類を山に埋もれさせた。
「あ、そういえば傭平は?」
「今日は〝HAI〟行ってから、病院寄って家に帰るそうです~」
「ああ、吸入器の調子が悪いって言ってたわね」
書類にサインをし、学園生徒会長の判を押す。正直、周りにある山を崩すには足りない速度だが、全ての書類に、目を通さなくてはいけないという訳ではない。
中には連絡だけのものもある。
今日は早く終われそうだ。
楯無が時計を見ると、もうじき夕方と言える時刻だった。
「なら、もう合流したかもね」
あの子をお願いね。楯無の口は、音を出さずに、そう呟いた。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「あれ、シャルロットさン」
「……傭平」
傭平が帰ってきた仙波家で、一番最初に見た者は、縁側に座り、ただ遠くを見詰めていたシャルロットだった。
「こんな所で、どうしたんですカ?」
「……うん」
何やら様子がおかしい。はて、何があったのか。学業不振はまず無いとして、人間関係の不仲も、傭平が知る限りでは無い筈だ。
もしや、〝HAI〟の恥部が何かしたかと思ったが、今日シャルロットは〝HAI〟には来ていない。いくら、あれが変態だからと言っても、分裂したりは出来ない。
あれが原因でないならば、一体何があったのか。
というより、今日は何故に仙波家に居るのか。
「ねえ、傭平……」
「どうしましタ? シャルロットさン」
「……ごめん、聞いちゃった……」
「ふむり……」
聞いたというのは、一体何の事だろうか。更識や仙波に関する事なら、既にある程度は話をしている。機体の事も、ラファールの専門家として監修してもらっている。
とするならば、他にシャルロットが聞いて、後ろめたさを覚えるものが、何かあっただろうか。
「シャルロットさン。聞いたというのは、一体何ですカ?」
「……傭平の昔の事」
「ああ……」
成る程、そういう事か。傭平は納得し、シャルロットの隣に腰を下ろす。一瞬、シャルロットの身が震えたが、特に気にする必要は無いと、新しくした吸入器を口に咥える。
「気にする事無いですヨ」
「でも……」
「ま、出来れば俺から説明したかったですけど」
声を詰まらせるシャルロットを横に、息を吸えば、強めの清涼感が染み込むと同時に、喉に走っている痛痒が消えていく。
少し財布に痛かったが、取り換えて正解だった。新調した吸入器を口から離すと、それをシャルロットが見ていた。
「吸入器換えたんだ」
「ああ、はい。前のと違って軽いし、煙も出なくなりました」
「喫煙疑惑卒業だね」
「ええ、そうですね。と、シャルロットさん」
「な、なに?」
怯えや焦りが混ざった複雑な表情。何もそこまで気に病む事は無いのに、傭平は一度首を左右に鳴らしてから、シャルロットに改めて向き直った。
「俺の過去は過去ですし、気にする事ありません。それに、実際よく覚えてないんですよね」
「え……」
「何と言いますか、実際に記憶にあるのは、大雨の橋から親だと思う人に、投げ捨てられた所だけでして。気付けば咲山さんに拾われ、仙波に居ました」
「それ、以外は……」
「何も。何処に住んでいて、何をしていたのか。何も知らないと言ってもいいくらいに、何も覚えていないのですよ」
どうすればいいのか。シャルロットには、分からなかった。シャルロットは誰かを喪った事はあっても、誰かに捨てられた事は無かった。
二つは喪失だが、同じではない。手離し、手離され、喪ったか、捨てられたか。似ている様で、まるで違う。
「いや、うん。まあ、そんな感じで、シャルロットさんがそこまで気に病む必要は無いんですよ」
このまま、ただ頷けば、この話はここで終わるだろう。だが、そうなれば、シャルロットは傭平を失ってしまう。何の根拠も無いが、シャルロットはそう感じた。
だから、今にも消えてしまいそうな彼に、手を伸ばした。
「傭平、傭平の事教えて」
「はい?」
「傭平の好きな事とか、傭平しか知らない傭平の事を、僕に教えて」
「は、はあ……」
「僕にだけ教えて」
手を伸ばし、五指を広げて、掴んだ彼は揺蕩い消える霞ではなく、確かにそこに居た。
「好きな食べ物は?」
「あー、割りと甘いものですね。あとは天ざるうどんと、稲荷寿司」
「和食好きなの?」
「どちらかと言えば、和食派ですね」
「じゃあ、嫌いな食べ物は?」
「臭いの強いものですね」
「もっと詳しく」
そう、彼はここに居る。消えさせないし、何処にも行かせない。自分が彼の手を離さず、離させない。
何処かに行く時は、自分も一緒に行く。
何処かに消える時は、自分も一緒に消える。
「じゃあ今度、稲荷寿司作ってあげる」
「ありゃ、いいんですか?」
「いいよ」
彼を一人にはさせない。シャルロットは、摘まんだ傭平の服の裾を握り締め、誰にも言わずそう決めた。
次回
よーよー新機体発表