まあ、サイズ感はほぼバトルスマッシャーです。
身勝手な話だ。腰のハードポイントパーツから、飽きたからと、辞めていた煙草を久々に取り出す。最後に吸ったのは、織斑・千冬が引退する直前、最後の斬り合いでの最初と最後の二本だった。
熱田は紫煙と共に、その感情を吐き出した。
「あぁぁぁぁ……」
もういっそ、全て放り出して辞めてしまうか。気分屋であり、好き嫌いのはっきりした熱田は、これからの事にすっかり嫌気が差していた。
「現役の頃は、ただ斬ればよかったのによ」
今でも現役だが、今より更に現役だった頃は、本当に言っている通りだった。余計な因縁も、余分なしがらみも無く、ただただ純粋に〝剣神〟としての熱田でいられた。
だが、今となってはどうだ。余計な因縁に、余分なしがらみだらけで、〝剣神〟としてどころか、ただの熱田としても少々微妙なところだ。
「だあぁぁ、これはよくねえ話だ。……マジで辞めるか?」
欠伸をしながら、片手に握った訓練刀を振る。碌に見ずに振った訓練刀は、小さな粒を二つに割っていた。
銃弾だ。対IS用の徹甲弾、これも訓練用ではあるが、その貫徹力と、それを結び付ける弾速は、通常の弾丸の比較にならない。
だが、その徹甲弾すら、熱田にとってはただの礫に過ぎない。
「……やる気あんのか、てめえら……!」
ただ、そうただ振る。たったそれだけ、刀剣で何かを斬るという事は、究極的に言い切ってしまえば、ただそれだけの行動だ。
しかし、熱田や千冬の域に達すると、その行動はある種の狂気となる。
「……私はただ、このナマクラ振り回してるだけだぞ」
向かってくる刃を斬り、飛んでくる礫で弾く。
欠伸ではなく、溜め息だった。失望、落胆、それらがない交ぜになった息は苦く、舌の根に引きつる様な渋みを残した。
嗚呼、ダメだ。本当にダメな話だ。ISが始まって、ほんの十余年、自分達が第一線から身を引いて、その半分の五年も経っていない。
それなのに、これだ。
それなのに、これか。
その結果が、これか。
「……もう、いい。お前ら、これ終わったら代表候補生も、何もかも辞めろ。何にもなんねえよ、お前らなんざ」
驚愕、怒り、憤り、そんなものは、お前達が持っていいものではない。
「土産だ。せめてこの〝剣神〟熱田様の、〝け〟の字だけでも、知って消えやがれ」
瞬間だった。また無造作に、熱田が訓練刀を振り抜いた。相対する代表候補生達は、内心に隠さずほくそ笑んだ。
あれだけ大口叩いたところで、距離があり、数の差もある。
いくら黎明期の傑物といえど、現役から離れていたロートル。実際、自分達は誰も撃墜されていない。
刀で銃に勝てるなどと、最新の銃火器の性能を知らないから、そんな事を妄想出来る。
だからこそ、哀れな時代遅れに、自分達がきちんと教えてやらねばならない。
そう考え、刀を振り抜き、体が開いた体勢となった熱田を取り囲もう。
そう動いたつもりになった時だった。
誰もが倒れていた。得物を斬られ、機体を斬られ、闘志を意思を斬られ、斬り伏せられ倒れていた。
何が起きたのか、まるで理解が出来ない。刀が届かない位置に居た筈なのに、全員が斬り伏せられている。
「はっ、だから言ったろ。消えやがれってよ」
機体のパイロット保護機能により、体には傷一つ無いしかし、受けた痛みは深く、候補生達の心が折れるには、その傷は十分過ぎた。
熱田は倒れ伏したまま、動かず嗚咽を漏らす候補生達を一瞥もせず、アリーナを後にする。
「けっ、なーにが天才、なーにが何のもんか。ちっと撫でただけで、簡単に斬れやがる」
「……言いたい事はそれだけか? 熱田」
打鉄から降り、空になった煙草の箱を、苛立ち八つ当たりに握り潰すと、どうにも疲れた顔の鹿島が居た。
「よう、どうしたよ」
「どうしたよもあるか。お前な、彼女達は一応、各国から将来を嘱望されたエリートな訳だ」
「おう、そうらしいな。不様に転がってるけど」
「……それで、お前は彼女達に自信を付けさせるのが、今回の仕事だった訳だ」
「ああ、そうだった。……あんまりにもザコ過ぎて、喧嘩売られてるかと思った」
鹿島は溜め息を吐き出した。
確かに、嘗ての黎明期を知る鹿島や、その黎明期の渦中に居た熱田には、現代の候補生の質の低下は、些か目に余るものがある。
だがしかしだ。今回の熱田に回ってきた仕事は、その次代の代表候補生に、自分が背負うと責任と、それを背負える自信を付けさせる事だ。
全員の心をへし折り、再起不能にする事ではない。
その証拠に、少女達が所属する国家の管理官達が、今にも爆発するのではないかと、鹿島が思う程に顔を赤くして、二人の居るピットに現れた。
「あ、皆さん。少しお待ち頂けますか? このバカに、もう少し言い含めたい事が……」
というのは嘘だ。
熱田という女は、好き嫌いがはっきりしていて、嫌いなもの、気に食わないものは、決して持たないし、身の回りにも置かないし置かせない。
嘗て、織斑・千冬が国家代表を引退する時、熱田は荒れた。織斑・千冬の引退に対してではない。いや、それもあっただろう。
熱田と千冬の最後の試合は、八時間を超える壮絶なものだった。だがそれ以上に、熱田の逆鱗に触れたものが、周囲と現在の国家代表だ。
〝剣神〟熱田とは、荒ぶる神だ。神に人の道理が、理解出来る訳がない。
故に、人が己を戦乙女の代わりに、据えようとしていた事を、只人が戦乙女の席を乗っ取ろうなどと、荒ぶる神赦す訳がなかった。
「……なんだよ?」
そう、赦さなかった。〝剣神〟は荒神となり、愚かにも挑んできた偽物の戦乙女に、罰を下した。あの時、織斑・千冬が間に合わなければ、現在の日本国家代表は、また変わっていた。
「何か言えよ。文句があるんだろ?」
「ひっ……!」
怯えた声に、熱田の怒りがまた再燃し始める。
よくよく考えてみれば、あの餓鬼共の教育は、こいつらが担当していた筈だ。
つまり、今、自分がここまで苛立っている理由の大元は、目の前で腰を抜かしている凡愚共だ。
「ああ、ああ、くそが。いけねえ話だ、いけねえ話だぞ」
叩き斬ってやろうにも、刀が無い。だから、睨んだが、たったそれだけでこれだ。
憤り、怒り、苛立ちはある。だが、それ以上に落胆し、理解した。
そうか、もう居ないのだ。〝戦乙女〟も〝銃央矛塵〟も、〝斉天大聖〟や〝氷帝〟、〝剣神〟と互角に斬り結んだ皆は、もう誰も同じ場に立っていないのだ。
熱田だけが、まだそこに居る。
その事実が、熱田から熱を奪い去った。
「……帰る」
「あ、おい、熱田」
「萎えた。餓鬼共には、雑にフォローしといてくれ」
溜め息を吐く鹿島を背に、人が避けていく廊下を歩き、熱田は深く息を吐き出した。
「……つまんねぇ。どっかに居ねえかな」
昔に戻りたい訳ではない。
今を否定したい訳ではない。
昔を否定したい訳ではない。
今を肯定したい訳ではない。
ただ、対等な相手が欲しいだけ。
ただ、〝剣神〟と対等に
ただ、熱田と対等に
あの日の様に、本気になりたいだけ。
「私と斬り合える奴……」
小さくか細い、弱い神の呟きが、無人の廊下に落ちた。
ISスーツにも、境ホラみたいなハードポイントパーツがあってもいいと思う。