つまり、バッカルコーンビニール肉
揺れるものがある。犬の様な、猫の様な、獣の尻尾のように揺れる黒い髪。シャルロットが目で追うそれは、傭平の結んだ髪だ。
うなじの辺りで結ばれた髪は、髪質かあまり長くないが、吹き込んでくる風によく揺れている。
最近は、伸びてきたからか、ますます猫の様に揺れている。
御曹司¦『首尾はどうだ?』
弾薬庫¦『う~ん、ちょっとマズいかな?』
雇われ¦『純粋に、織斑クンと相性悪いですネ』
龍母 ¦『一夏は一撃当ててから繋げていくから、当たらないと空振るし、間に入られると調子ずれるのよね』
侍娘 ¦『そこは雪片弐型の形状から、仕方ない事でもあるな。最初期の刀型から、今は大剣型。芯がずれれば、どうやっても体が振られる』
首領飾¦『でも、それを何とかしないと、これからは話にならないよ』
簪の言う通り、これからのIS学園は、紛れもなく世界を相手にしようとしている。
そして、その分岐点となる学園祭が、もう間近に迫っている。その分岐点を越えれば、待っているのは〝神〟〝戦乙女〟〝世界〟だ。
だから、言ってしまえば、こんな所で躓いている暇は無い。しかし、ここはIS学園。
世界中からありとあらゆる人材や機材、文化その他諸々が、日に日に集まってくる場所だ。
そう、言ってしまえば世界の縮図、人材と文化の闇鍋、年月に煮込まれ煮詰まり、この十余年で一、二を争う味付けの濃い世代。
それが今現在の在校生だと、教員達は口を揃えて言う。
兎軍人¦『しかし、一夏の奴は何をしている?』
セシー¦『あら、映像いってませんの?』
兎軍人¦『レーゲンは今、点検中でな。今は文字だけだ』
セシー¦『ならば、今一夏さんは、北条先輩と相対中ですわ』
映像繋ぎますね。そうセシリアからの通信を受けて、ラウラが空間投影ディスプレイを開き直すと、細身な打鉄を纏った女が映る。
改造機、防御に勝る打鉄は、その装甲を支える為の関節機構の頑健さと、柔軟性のバランスも特徴の一つだ。装甲を削る事で、その関節のバランスを生かし、近接戦闘時の対応力の底上げを図っているのだろう。
ラウラはそう考えたが、次の瞬間、何か違和感を覚えた。
兎軍人¦『なんだ? 今、一夏の動きがズレたか?』
雇われ¦『タイミング、外されてますネ』
侍娘 ¦『北条先輩の得意技だ。古武術の縮地を、あの人はIS装備でやる。しかも、あの人は体幹を崩さず、それをやる』
セシー¦『つまり、どういう事ですの?』
雇われ¦『人間、ある程度武術や技術を修めると、体幹のブレを無意識に意識して、相手の動きを読みまス。ですが、体幹にズレが無いと、その距離感に誤差が出るんですヨ』
侍娘 ¦『距離感を狂わされ、気付けば目の前に居る。私が知る限り、あの人から一本を取れたのは、生徒会長と織斑先生だけだ』
こちらの太刀筋に合流するかの如く、間合いに入り込んできては、こちらを観察する様にして、また離れる。
先程からこれの繰り返しで、一夏に僅かな苛立ちが生まれる。
話には聞いていたが、厄介な話だと、一夏は白式が送ってくる情報と、己が得た情報を擦り合わせる。
動きの起こりと終わりに波が無い。動き始めると同時に、加速の波も無く、最高速に到達し、一夏の間合いに入り込む。否、居る。
「うん? さっきから、反応が鈍いね?」
「北条先輩こそ、さっきから攻撃してこないけど、まさかビビったり? そこんとこどうよ?」
「そうだね? じゃあ、ちょっと攻撃してみようかな?」
また目の前に現れる、という事は無く、ゆっくりと腰を落とし、左手を腰に佩いた刀の鞘に、右手を柄に、鯉口を切って、一夏を見据える。
居合い、まだ篠ノ之道場に通っていた頃、箒の父である柳韻に見せてもらった事がある。
感想としては、間合いに入ったら終わる。いやもう、あの時は死ぬかと思った。
指先が数ミリ、間合いに入った瞬間に、両断の一撃が飛んできた。
受けた竹刀が破砕する様な一撃だった。しかも、破砕した側は無傷。そして、娘二人からビミョーな視線を受けた師範が、奥方から脇固めを極められながら、こちらに説明してきた欠点は、
「抜き終わりを狙うなら、この距離はどうかな?」
空振らせて、抜き終わりを叩き斬れ。
どうしてこう、バーバリアンメンタルなのか。否、今はそんな事どうでもいい。
また、傭平の様な糸目が、こちらの間合いの内側で、己を見ていた。そして、これまでとの違いは、既に刃が鞘から見えているという事だ。
「あれ? よく受けたね? もしかして、これ知ってる?」
「……あっぶなっ」
雪片弐型の柄で受けた両断は、柄の半ばまで刃を食い込ませていた。
反撃、一夏がそう判断し、体を動かした瞬間だった。
「じゃあ、これは知ってるかな?」
食い込んでいた刃が、いつの間にか鞘に納まり、一瞬で放たれていた。
一夏はそれを、今度は刀身で受けた。鋭い衝撃に身を引き締め直し、力と重量に任せて、北条を弾く様に引き剥がす。
擦れ合う刀身が火花を撒き散らし、反撃に出た一夏を、北条は細い目を僅かに開き、間合いの外に居る一夏目掛けて、刀抜き放った。
一夏だけでなく観戦組も、その行動を疑問した。だが、その疑問は一瞬で、大剣を振りかぶっていた一夏ごと断たれた。
首領飾¦『説明ッ!』
セシー¦『箒さーん!』
侍娘 ¦『いや、待て。え、待って。……何、今の?』
弾薬庫¦『空振ったら、一夏が吹っ飛んだよ?!』
雇われ¦『早瀬クーン、情報!』
御曹司¦『あ? 何かあったのか?』
龍母 ¦『見てないわよこいつ……!』
御曹司¦『あ! 一夏、何を吹っ飛んでる! お前負けたら、面倒なんだから勝てよ……!』
約全員¦『お前大概だな……!』
あめり¦『あら、何か賑やかね』
Oまり¦『いや~、アメリアそれ違うかも』
兎軍人¦『兎に角、情報だ。何か無いのか?』
投影ディスプレイに流れていく文字を見送り、一夏は白式から送られてくる状況から、何が起きたのかを推理する。
「……イリュージョンか?」
「そう思うなら、それでいいよ?」
背部スラスターを吹かし、打ち付けられた壁面から、若干無理矢理に脱出する。
〝
呼び名の謂れは、左右非対称の牛の角の様なヘッドセットと、ゆっくりとした喋り方や雰囲気とは、まるで違う容赦の無い攻めからきたと言われているが、彼女自身の情報は少なく、いつも疑問符が付く喋り方で、道場の隅で部員達を眺めている変な人。箒から得られた情報は、体捌き以外ではこれだけだった。
「何か凄い事するつもりらしいけど、ちょっと期待外れかな?」
「いやいや、まだまだこれからって話だ」
打撃ではなかった。斬撃であった事は、破損した装甲と、白式からの情報で確かだ。
『イタイノー』
「すまんが、もう少し我慢してくれ」
白式から抗議が来るが、現状どうにも出来ない。
食らった一撃は打撃ではなく斬撃、しかし違和感がある。北条の刀は当たっておらず、北条が使っている武装は刀一本だ。
190cm近く、スラスターで加速していた一夏を、居合いの一撃で弾き飛ばせるとは思えない。
そして、破損箇所と規模、刀の軌道が合わない。
白式の計算では、北条の居合いの軌道より上、腹より脇に近い位置から、その一撃は飛んできた。しかも、細い刀身からでは、不可解な程に破損箇所が広く深い。
これは一体どういう事なのか。
一夏は一つの仮説を元に、再び北条へと突撃した。
「あれ? 正面から来るんだ?」
「答え合わせってやつだ」
「そう? なら、答えがあってるといいね?」
まずは上段から振り下ろし、薙ぎ払いに繋げる。視界の中心には、常に北条を捉え、動きを見逃さない様に距離を詰める。
一夏の仮説では、先程の一撃を放つには、ある程度の距離が離れている必要がある筈。
「うん? まあ、まずは合格かな?」
言った言葉と共に、再び不可視の一撃が放たれた。