というか、主人公は何処だ?
んン?
お前か?
それともお前か?!
しかし、それにしてもよく騒ぐ。
まだ、そう時間は経っていない筈なのに、どうしてこうも盛り上がれるのか。北条は細い目の奥に隠れた瞳で、整備課棟で騒ぐ一年生達を観察する。
奇行に走る者、奇言を叫ぶ者、奇声を発する者。
……奇妙な言動と行動しか取っていないが、今年の一年は大丈夫なのだろうか。
というより、これらの代表の一角に負けた自分は、一体どうなのだろうか。
「北条部長」
「あや? やあやあ、篠ノ之ちゃんじゃないか? どうかな?」
「どうかなって、私に聞きますか」
「うん、まあ、そうだね? ……でも、君達もだよ?」
「それは、まあ……」
一応、〝牛鬼〟と呼ばれる自分に、一年生が勝ったのだから、他の二年や三年は、何かしら動き出している筈だ。今年の一年は何か違う。様々な形で、何かしらの相対戦を挑まれる事になるだろう。
北条は、その事を忠告しておこうと思ったが、箒の反応に一先ずは止めておいた。
彼女がこれから発する言葉次第だ。北条が忠告するか、否か。それとも、恥を知らずにもう一度、戦いを挑むか。
「各々、準備はしていますよ」
「そうなんだ?」
「非戦闘系はそれぞれの分野で、私達は試合による相対戦をと」
「まあ、よしとしようかな?」
及第点だが、準備はしているなら、現状はよしとするしかない。
しかし、こうして話している間にも、周りはよく騒ぐ。
「一体、何をそんなに騒いでいるんだろうね?」
「牛鬼、そして武闘派とされる剣道部を味方につけた。それだけの事だ」
右脇にファイルの束を抱え、左に串焼きの山を乗せた、紙皿を持った誠一郎が、同じく串焼きの山を、紙袋に抱えた簪と現れた。
「それだけ? それだけで、こんなにバカ騒ぎをしてるのかな?」
「だとしたら甘い、という話なら聞かない」
「強情だね? 一応は負けたけど、名持ちの二年、顔を立ててくれる気はないかな?」
「なら、これから貴女を負かす」
脂とタレで口の周りを、汚すのを構わず、牛串にかぶり付き、簪が言う。
その背後の集団で、何やら一年五組の副代表が、ハラショーハラショー連呼しながら、やけにアカい旗を振り回しているが、あれは大丈夫なのだろうか。
「あれは気にするな。……じきに資本主義に飲まれる」
「中々危ういね?」
「そう、負かすついでに串焼き食べる?」
「……頂こうかな?」
色の着いていない鶏の串を一本取り、口に運ぶ。
――ぬ……?――
単純に塩胡椒かと思ったが、強く複雑な香りが鼻に抜ける。どちらかと言えば、和食が中心の北条が、あまり食べ慣れない味だ。
香辛料、それも香りの強いハーブ系統、それに強目の塩とレモン。
「強い味だね?」
「口に合わんか」
「ちょっと、味が強いから好みが出るかもね?」
「だそうだ。簪も食ってばかりでなく、少しはこういう感想をだな」
「カレー味は卑怯だね」
「ああ、特に焼いている時の匂いとかな。いや、まあ、そうなんだが……」
「君達はこんな感じなのかな?」
「まあ、こんな感じです」
好みは別れるが、嫌いではない味の串を片付け、次の串を手に取る。
次は素直なタレ味、少し甘口だが、万人受けする味だ。
「で、まあ、話だ」
串揚げの串を一本、口に挟み、誠一郎がファイルから一枚の紙を取り出す。
書かれていたのは、北条がよく知る人物達の名前だった。
「倉持傘下に納まった、北条鉄鋼。その中でも腕っこきの職人達の名簿だ」
「……これは?」
「ここに無い名前があれば、書き足せ。〝HAI〟が引き抜く」
北条の細い目が、一瞬だけ見開かれる。相手はあの〝HAI〟次期代表、今の発言が事実だったとして、その発言の意味を考えない訳にはいかない。
先ず第一に、何故職人衆だけなのか、何故経営陣が入っていないのか。
確かに北条鉄鋼自体は、倉持技研や〝HAI〟と比べれば、零細企業の枠に入る。人員も機材も、大企業がその気になれば、丸ごと飲み込める程度のものだ。
北条鉄鋼は、倉持技研の傘下に納まりはしたが、その経営自体は北条鉄鋼が執り行っている。
なら、この提案は
「うちを潰す気だね?」
北条鉄鋼を潰す提案だ。北条鉄鋼は、職人達の高い技術力で、小さいながらも大企業にも負けていなかった。
だが、その頼みの綱を引き抜くとなれば、それは実質的な死刑宣告に他ならない。
――結局は大企業かな?――
それが悪とは言わない。企業とは、利益を追及する存在だ。利益にならないと判断すれば、当然と切り捨てる。それが企業の正義だ。
理解していたが、まさかここで自覚するとは。
正直、期待していた分、落胆も大きい。
「何を勘違いしているかは知らんが、勝手に落胆されても困る」
「……?」
「いや、今のは誠一郎の言い方も悪いぞ」
「確かに。倉持に吸収された経歴の先輩に、今の言い方は無い」
「いや、しかしだな。事実は事実だし、変に隠すよりかは、はっきりと言った方がいいだろ?」
「その言い方が、ビミョーにはっきりしてないから、先輩甘ギレしてる」
ちょっと、〝備前〟〝備中〟〝備後〟は無事だから、叩き込んでもいいかな?
〝富嶽百剣〟は破損しているが、一部なら使用可能だ。
仮にも代表候補生、至近の刀剣射出に対応出来なくて、どうしてこれからを挑めるのか。
「はあ……、実際な話をするとだな。旧北条鉄鋼経営陣は、全員ではないが倉持技研に残るそうだ」
「何故かな?」
「新北条鉄鋼を潰させない、その為だ」
「新? 一体何を言っているのかな?」
新も旧も、北条鉄鋼自体は消滅していない。なのに、この話は北条鉄鋼が、完全に無くなる事を前提にしている。
この話は、一体何なのか。北条が思案を巡らせていると、誠一郎がまた一枚、書名を差し出す。
「職人達が、〝HAI〟の引き抜きを受ける絶対条件として、北条・督乃をトップに据える事だ。そして、これがその署名だ」
「それは……」
知っている。〝富嶽百剣〟も〝百鬼石燕〟も、全て鍛造した北条鉄鋼の職人達。その名前だ。
「旧北条鉄鋼から続く血統で、今現在動け継げるのは、貴女だけだ」
「それはそうだけどね? でも君は、引き抜きと言ったよね? 結局、〝HAI〟の傀儡企業にならないかな?」
――やはり、来るか――
予測は出来ていて、その答えも用意している。
「引き抜き、貴女が継いだ直後はそうだろう。だが、〝HAI〟はそこまで甘くはない」
「どういう意味かな?」
「確かに、北条鉄鋼を傀儡企業にすれば、技術やその産物、それらが生み出す利益を楽に手に出来る。しかし、それだけだ」
低コストで利益を得られるなら、それを選ぶべきではないのか。
なら、更に利益を得る為に、傘下企業に負担を強いる。しかし、それでは話が繋がらなくなるから、それも違うだろう。
だとするなら、彼は何が言いたいのか。
「いいか。俺は未来が欲しい。その未来には貴女達が必要だ。援助と支援はするし、それに見合う対価も頂く。だが、独立出来ると判断した時、新北条鉄鋼には独立してもらう」
「それは何故かな? 必要無くなるからかな?」
「違う。将来的に、新北条鉄鋼には〝HAI〟と肩を並べてもらうからだ」
「は?」
言葉が指す意味が理解出来なかった。零細と言っていい中小企業の北条鉄鋼が、世界的企業の〝HAI〟と肩を並べる。
それがどういう意味なのか。理解出来ない北条ではなかった。
「待ってほしいね? 北条が〝HAI〟と並ぶ? 一体何の冗談かな?」
「冗談ではない。北条鉄鋼には事実、そのポテンシャルがあり、今日の相対戦を見て確信した」
「確信?」
「〝富嶽百剣〟、そして〝百鬼石燕〟だ」
北条鉄鋼が鍛造した唯一無二の具足、それが並び立つ理由なるのだとしたら、これ以上に誇らしい事はない。
「それが貴女を負かす理由」
「私の敗北が、私の剣?」
「気付いてない? あの相対の最後」
覚えている。最後、〝百鬼石燕〟はこちらの指示を無視し、自分を守った。〝富嶽百剣〟も稼働していたコンテナが、自分を守る様に動いていた。
聞いた事の無い仕様だが、ダメージによる誤作動だろうと判断していた。
「あれは、北条が貴女を守る為だけに造ったもの。つまり、北条は北条・督乃さえ無事なら、それで構わないと判断していた」
「それは?」
「北条の具足が負けても、その具足が守った貴女が無事なら、北条は負けていない」
弾薬庫¦『えっと、どういう意味?』
雇われ¦『あ~、何と言いますカ。難しい話ですヨ?』
あめり¦『というより、話が長いわね』
Oまり ¦『まあまあ、アメリア。それが格好いいって思うのが、男の子なんだよ』
一季 ¦『妙な事言われてる気がする……』
龍母 ¦『でも、誠一郎には当たってるかもね』
侍娘 ¦『弁護したいが、当たってるからなぁ……』
セシー¦『と、兎に角、誠一郎さんと簪さんのお話を聞きましょう』
「私が無事なら、北条は負けていない? なら、私を負かすという事は、北条を負かすという事だよね?」
「そう、それが貴女の負け」
「なら、私は負けられない」
〝北条・督乃〟は、最悪負けてもいい。だが、〝北条〟は負ける訳にはいかない。
ここで北条が負ければ、誠一郎が言った未来に於いて、北条鉄鋼は〝HAI〟と肩を並べる事が出来なくなる。そうなれば、北条の未来は閉ざされる。
「〝富嶽百剣〟と〝百鬼石燕〟、この二つを合わせた北条・督乃専用パッケージ。これは、貴女の兄が造ったもの」
「……っ、それは?!」
「話は知ってる。けど、私が語るべき事じゃない。ねえ、先輩。何故、この具足は貴女に託されたの?」
亡き兄が、この具足を自分に託した理由。これは、北条の技術の粋を集めて、兄が考案し組み上げ、職人達と鍛造したもの。
ISに乗れる唯一の女で、残る北条の血統だから、北条の技術を示す為。その為に、託された。そう考えていたが、まさか違うというのか。
「北条ではない更識が、私を語るのかな?」
「私から語るべき事は無い。だけど、貴女は気付かないといけない。でないと、北条は終わる」
「気付かないと? 何に気付かないと、北条が終わるのかな?」
答えが返ってくる訳が無いが、一応は問う。
「それは、私達は答えられない。だけど、このままだと貴女が北条を閉じてしまう」
「私が……?」
自分が北条を閉じる。有り得ない。だが、この場を設けて、態々話に出すという事は嘘ではない。
もし仮に、嘘だったのなら、一年代表級は信用を失う上、自分も切り捨てる。そうなれば、これからやろうとしている事への、大きな痛手となる。
だから、誇大や誇張が含まれているとして、虚言は無いものと判断する。
そしてその場合、〝富嶽百剣〟が何故、自分に託されたのかを、考える必要がある。
この剣と鎧は、今は亡き兄が病床にて考案し、終わりが近づく体に鞭打って、直に指揮を取り鍛造した。
――これがあれば、督乃は大丈夫――
線の細い、体の弱い兄だったが、天才と言っても過言ではなかった。だからだろうか、あの時には既に、北条鉄鋼の未来を察していたのではと、今はそう思える。
だから、北条鉄鋼の名を世界に刻む為、自分にこの具足を遺した。
だが、本当にそうだったのだろうか。
Oまり ¦『さて、シンキングタイム。長考に入った北条選手、ここからどう展開していくのか』
あめり¦『普通に回想挟んで、感動ものかしら?』
雇われ¦『ちょっとストレート過ぎませんカ?』
弾薬庫¦『でも、気になるよね。北条先輩にあれが託された理由』
龍母 ¦『まず託すって表現よ。話のままだと、先輩のお兄さんから、あの装備は託されたの。これはお兄さんがしようとしていた何かを、先輩に任せたって事よ』
一季 ¦『普通に考えりゃ、北条鉄鋼の再興と宣伝だが、どうにもそれっぽくないな』
セシー¦『というよりあの装備、技術力の高さの宣伝にはなりますが、言ってしまえばそれだけですわ』
侍娘 ¦『どういう意味だ? 技術力の宣伝になるならいいのではないか?』
いや、それが違うと、セシリアは空間ディスプレイをタップする。
セシー¦『〝富嶽百剣〟〝百鬼石燕〟、この二つ共に、北条鉄鋼が北条先輩の為だけに、造り上げた業物ですのよ。ピーキー過ぎて市場が求める汎用性に欠けますの』
龍母 ¦『なら、その分野に特化すればいいんじゃないの?』
弾薬庫¦『あ……!』
セシー¦『シャルロットさんは、気付いたみたいですわね。いいですか鈴さん、専用武装は技術試験の面が強く出ますの』
龍母 ¦『だから?』
セシー¦『専用機は国家が信頼する企業が開発して、その性能を世界に誇示します。そして、専用武装は国家又は企業が開発し、技術研究と宣伝を目的としますの。そして完成した武装は、市場に流される。さて、鈴さん。貴女が新しい調理器具を買う時、性能は良いけど特殊で扱い辛いものと、性能はまずまず良くても、とても扱い易いもの。どちらを選びますの?』
龍母 ¦『それは、扱い易い方って、あ……』
セシー¦『それが市場の正解ですの。狭く尖ったすぐに閉じる需要より、広く拡がった閉じない需要。瞬間的利益より持続的利益。北条先輩の専用武装は、明らかに彼女専用に特化し過ぎてて、市場の需要には応えられませんわ』
それにと、セシリアは続ける。
セシー¦『〝富嶽百剣〟の技術は高いですけど、ただそれだけ。特異性が低く、代替技術での再現も可能で、もう少し技術が進めば、量産も可能な技術でしかありませんわ』
弾薬庫¦『つまり、現状のみ突出した技術で、開示されれば何時かは追い付かれ、再現される』
そして、開示された技術は、新たな技術の開拓へと繋がる。その時に必要となるのが、ブランドの名前とそれに伴う信頼だ。
北条鉄鋼は技術力は高いが、企業としては無名に近い。〝富嶽百剣〟に使われた技術も、北条鉄鋼の名だけでは、ただ買い叩かれて終わりになりかねない。
――督乃、君は前へ進むんだ――
兄さん、貴方は何を言いたかったのかな?
自分はもう分からなくなってきたよ。
「私、は……」
――僕達はその為の支えを用意した――
――だから、督乃。君は前へ進むんだ――
何時かは追い付かれる技術、無名に近い企業、再現可能となるだろう技術進歩。
兄が遺した言葉、前へ進めと言われ、ただひたすらにそうあって、ついには〝牛鬼〟と呼ばれるまでに至った。
足りない、それでも足りないのだ。
――大丈夫、きっと大丈夫だから――
何が大丈夫なの。
――督乃、前を見るんだ――
前を見てどうなるの。
――僕はずっと一緒には居られないけど――
一緒に居てほしいよ。
――きっと、君と一緒に居ようとする人達がきっと居るから――
だから、前を見て前へ進んで、何時かは支えを手離して、一緒に居ようとする人達と、また未来へと行くんだ。
「……北条先輩」
「―――っ」
――ああ、そうだね? 私の負けって、そういう事なんだね?――
「負けが終わりじゃない、そうだね?」
「そう、負けて終わりなら、貴女の具足はそこには無い」
まったく、分かり難いよ? 兄さん。
「私がここに来るまでの支え、それが〝富嶽百剣〟〝百鬼石燕〟」
細い目を開き、見据える先には簪と誠一郎に箒、先程まで騒いでいた一年生に、合流してきた他専用機持ち達。
そして、同じ剣道部員達が、こちらを見詰めていた。
「ここまでが〝北条〟で、ここからも〝北条〟なんだ」
「北条・督乃、答えを聞かせて」
何時かは追い付かれ、再現され、生まれ続ける技術に埋もれ、何時かは淘汰される。だから、前へ進む。
その決心がつくまで守護は、兄が遺してくれた。
なら、遺された自分は前へ進む。
「……私の、私達の敗けだよ。北条は君達に敗けた。そして、君達と一緒に未来へ行きたいね?」
「歓迎しよう。ようこそ、次代の創成へ。というのは気取り過ぎか」
「そうかもね? でも、嫌いじゃないよ?」
だって、創り成すなんて、兄さんが好きそうな、いい言葉じゃないかな?
響く歓声の中、督乃は不意に、背を押された様な気がした。それは優しく懐かしい様な、そんな手応えだった。
――じゃあ、行ってくるよ? 兄さん――
伸ばされた手を取り、督乃は騒ぎの中心へと招かれるままに、足を進めた。