まず最初に、視界に入ったのは笑みだった。
余裕を感じさせる、上位が下位に向けるそれとは違う。
喜と楽、嬉しい楽しい。
遊び相手を待ちわびた子供、まさにその笑みが、互いの視界に入った。
刃と拳が火花を散らし、鍔競り合う中、熱田が視線を鈴音に向ける。
ただそれだけ、何か起こる訳がない。
しかし、熱田の視線を受けた鈴音に、何かがぶつかり砕け割れ、散っていく。
「それも〝剣神〟の権能ってやつ?」
「お前のそれもそうか?」
硬質な破砕音が不規則に連続し、鈴音の周りに散っていく。しかし、それを意に介さず、鈴音は握り締めた拳を熱田目掛けて振り抜く。
普段の拳とは違う。シールドはおろか、絶対防御すら当たれば貫き、致命の一撃になるだろう拳。
「ははっ、お互い窮屈だったよなあ!」
その拳を紙一重でかわしながら、熱田が〝フツノ〟の刃を向ける。ただ向けただけ、それだけで何かが斬れる事など有り得ない。
しかし、鈴音に向けられた刃は、確かに斬ってみせた。
「あ、やっぱり邪魔よね」
「いいのか? あっち、誰か泣いてるっぽいぜ」
「いいのよ。ちょっと振ったらへたれる段平に、龍の名を冠している癖に、弾が見えない以外に取り柄の無いがらくたよ?」
学園島で誰かが膝を折る気配があったが、そんなものはどうでもいい。
背後、龍砲が千々に斬り刻まれるが、有ってもデッドウエイトにしかならない。寧ろ、龍砲二つ分、〝剣神〟の権能が見られると考えるなら、盾代わりくらいにはなった。
『イラナイノー』
甲龍のコンソールに文字が浮かぶ。久々に喋ったと思ったら、本人からも邪魔扱いだった様だ。
鈴音が、自身の周囲に破砕音を多重に響かせながら、拳を振り抜き、蹴りを放つ。
兎に角、廃屋が邪魔でしょうがない。蹴り割ったビルの壁の残骸の端を掴み、水切り宜しくアンダースローで投げる。
碌に確認せずに投げたが、あれはさっき熱田が斬り飛ばしたビルの屋上部分だった。壁ではなかった。
当たる手前で、微塵切りになったが、まったく紛らわしい。
「こんな豆腐投げても、こっちの刃は欠けねえぞ?」
「これで欠けたら、逆に驚いてあげるわ」
「ははは、無理な話だ。……んで、どうだって話だ」
「あら、何がかしら?」
「私の権能探ってたろ? 解ったのかって話だ」
「あんたの通り名が答えでしょ。範囲を確認してただけよ」
それはいいと、熱田が鈴音に〝フツノ〟の切っ先を突き付ける。刃だけでなく、刀身を向けてきたのは、これが初めての事だ。
そして鈴音は、横薙ぎに拳を振るい、伸びてきた刃をへし折った。
「あんたの権能、〝剣神〟の通り名そのままに、あんた自身が刀剣だという事。つまり一挙手一投足、いや、もしかすると呼吸もかしら? まあ、その全てが斬擊となる」
それも、超一級の剣士なんて話にならない。
世に謳われる剣聖すら、遥か遠く霞む。
剣士という、刀剣を扱うだけの格では、到底辿り着く事叶わぬ域。
切る、斬る、断つ、裂く。おおよそ、刃が為せる物事を、人の身や業という不純を含まず、ただ切断という概念が振るわれる。
「まあ、だから何だって話ね」
「だよなぁ。お前はこんなカミソリじゃ斬れねえ。私も予想外だった。まさか、刃が届かねえとはな」
「あら、気付いてたの」
「当たり前だ。刃がお前に触れる前に、弾かれて砕けてやがる。だが、ワンオフって感じと違う、お前はんな小せえタマじゃねえ」
「なら、何かしら?」
まあ、焦るな。
熱田は腰のハードポイントパーツから、皺だらけの煙草の箱を取り出し、よれた煙草に火を点ける。
千冬や他の連中が、現役を離れ始めた頃に、腹いせの様なもので始めたが、思ったより悪くなかった。
「一応、禁煙よ」
「いいじゃねえか。それで、お前のそれだが、ワンオフじゃなく、ワンオフの一部だろ」
「正確には、強引に押し込んでるワンオフの、押し込みきれてない部分ね。〝龍の威圧〟とか呼ばれてるらしいわね。因みに私のワンオフ、常時発動型だけど、学園だとちょっと使えないから」
「ああ、越えられねえのか……」
落胆したかの様に、熱田が紫煙を吐き捨てる。
やはり気概だけで、誰も届かなかったのか。そんな疑問が、熱田の脳裏を過る。
しかし、それを鈴音は鼻で笑った。
「あんた、何勝手にがっかりしてんの? え、もしかして悲劇の強者気取り? 戦える相手が居ないとか?」
「あぁ?! んだ、このガキ! たたっ斬るぞ!」
「あー、馬鹿らし。誰も私に届いてないなら、ここには私一人で立ってたわよ」
眉をひそめる熱田だったが、すぐにその困惑の色はかき消えた。
「ああ、そうか。そうだよなあ。なら、これから来る連中もか」
「ええ、そうよ。〝神〟に挑み、〝神〟に勝とうとする者達よ。じゃあ、〝剣神〟熱田。龍の威圧すら断てない貴女は、本当に私達が打倒するに値する〝神〟なの?」
「言ってろくそガキ……!」
心の何処かに、僅かに残っていた迷いと疑念は、今この瞬間に露と消え果てた。
己の〝圧〟のみで、全て断てると思っていたが、現実はどうだ。
〝圧〟で断てぬ者が居る。
〝剣神〟相手に吼える〝龍〟が居る。
そして、〝神〟に勝とうとする者達も居る。
「マジで帰らなくてよかったって話だ。それじゃあ、鳳・鈴音。……斬るぜ」
「いいわ、来なさい。全部、受けてあげる」
鈴音が両手を広げ、余裕の笑みを浮かべる。
歓喜にうち震える熱田が、この日初めて〝フツノ〟を構えた。構えたといっても、肩に担ぐ様にしていた〝フツノ〟を、右手一本でだらりと垂れ下げただけだが、学園島の観客全てが、あれが〝剣神〟の構えだと理解する。
そして、その理解がまるで足らなかったと、次の瞬間理解した。
『は?』
黛の声だった。マイクに拡声された声が、呆けた色を観客席に落とす。否、黛だけではない。観客席の一部を除く全員が、〝播磨〟上で起きた現象に理解が出来ず、呆けたままに声を失っていた。
「……おい、あれ死んだんじゃ……」
現象は一瞬で、起きた原因も単純だった。熱田が右手に構えた〝フツノ〟を、横薙ぎに振るった。
ただそれだけの事で、〝播磨〟表層部にある建築物、崩れていた瓦礫の山が、形をそのままにずれた。
ズルリと、音が付きそうな程に、鉄筋コンクリートで出来たビル群が、滑り落ちていく。
瓦礫の山も同様に、新たに崩れる気配すら見せず、積み重なった姿をそのままに、滑り落ちて、地に落ちた瞬間に、己の惨状に気付いた様に、粉塵の血飛沫を上げた。
『榊原先生、今のは……?』
『良い機会だ。よく見とけ、あれが〝絶対の第一世代〟だ。つまり、千冬の同世代は全員あれだ』
『き、キチガ……、いや、あれ! 鳳さん死にましたよ……!?』
『だから、よく見とけ。死人が出たなら、なんでまだビルが斬られてる?』
あ、と黛が声を漏らす。
その間にも、〝播磨〟上では止むこと無く、切断の刃が走り続け、遂には〝播磨〟の船体の一部を斬り落とし、海面に巨大な水柱を作り上げていた。
「は、やっぱりだ。やっぱり、斬れてねえな」
「ホント、嬉しそうね」
「当たり前だ、当たり前の話だ。最後に〝フツノ〟を振ったのが、何時だと思ってやがる」
「聞くけど何時かしら?」
「千冬が引退する前だ」
「そう」
言った瞬間、〝播磨〟が激震した。否、沈み込んだ。
鈴音が踏んだ震脚は、〝播磨〟船体を海面に確かに沈み込ませ、〝播磨〟だけでなく学園島にまで波と揺れを伝えた。
折れ曲がり割れ、砕け散りながらも、〝播磨〟のフレームから伝わる反力を足場に、鈴音は固めた拳を力任せに、熱田に叩き付けた。
「じゃ、今日が最後ね。その剣、私が叩き折ってあげる」
「ははははははっ! なら私はお前を斬ってやらぁ!」
弾き飛ばされた熱田だが、ビルや瓦礫に激突する事は無かった。熱田に接触する寸前に、熱田の〝圧〟によって微塵に斬り捨てられ、障害物となる事無く、通路を開く。
「流石に、すぐには折れないわね」
「なら、お前はすぐに斬れるかぁ……!」
熱田が斜めに斬り上げ、ビルや表層部だけでなく、中層のフレームまで斬り裂き、〝剣神〟の刃は〝播磨〟の船体を歪ませる。
「鱗も斬れないわね……!」
熱田の刃を避ける素振りすら見せず、鈴音は熱田の顔面目掛けて、必殺の拳を振り抜く。
しかし、その拳は熱田を捉えず、まだ残っていたビルの基礎部分に直撃し、基礎部分と連結していた表層フレームごと引き抜き、表層部の一部が捲れ上がる。
「楽しんでるか〝龍〟……!」
「楽しくないの〝剣神〟……!」
〝神〟が勝つか、〝龍〟が勝つか。
崩れ落ちていく〝播磨〟を舞台とした、熱田と鈴音の激突は、〝播磨〟の悲鳴を他所に、更に加速していく。
1ターン目
ダイスロールの結果
播磨君、耐久力の半分が消し飛びました……!
つまり、熱田か鈴音のどちらかが、メインフレームやりました!
え、播磨君弱ない?