仕事忙し過ぎ( ՞ةڼ◔)イヒー
その焔を見たのは、今戦っている子供達よりも、幼い年頃だった。
親戚に連れられ、招かれた倉持技研。理由は覚えていない。覚えている必要すら無くしてしまう、火神の焔を見たからだ。
耐熱処理を施した、特殊な強化ガラス越しに見た焔は、今までの自分を焼き尽くし、新たな憧れを焼き付けるには、十分過ぎた。
そして、世界に君臨する〝神〟の一柱と対峙した時、蔵橋の道は決まっていた。
才能と、そう呼べるものは他人よりも僅かにはあった。だが、それだけだった。ただ、他人より少しだけ、素の力が勝っていて、他人より少しだけ物覚えが良かった。
ただ、それだけを最初の手札に、蔵橋は華の二期生に次ぐ、名無しの三期生としてIS学園に入学し、僅かな優位の手札が、何もかも役に立たないと思い知った。
憧れ、それだけで進める程、この世界は平たくなく、道は広くなかった。狭く険しい道しかなく、自分の同期達が先へ進んでいく姿を、歯を喰い縛りながら見ていた。
数人が止まり、数人が居なくなり、数人が諦めた。
だが、蔵橋は止まれず、居なくなれず、諦められなかった。
這い摺り、引き摺られ、のたうち回り、それでもと歯が砕ける程に喰い縛り、肉が裂け、血が枯れる様な思いで、必死に手を伸ばし、確かに掴んだ先には、何も無かった。
「タイミングが、時季がひたすらに悪かった」
榊原が気怠そうに言う。
「千冬達の絶対の一期生、あたしらの華の二期生に続いた三期生への期待は、想像以上だった」
素質が無かった、才能が無かった、環境が悪かった。
そうではない。素質は有った、才能も有った、環境も良かった。
ただただ、ひたすらにタイミングが悪かった。
初代ブリュンヒルデ〝戦乙女〟織斑・千冬を筆頭に、第三回モンド・グロッソ優勝二代目ブリュンヒルデ〝風神〟アリーシャ・ジョセフターフ。
そして、今も尚〝神〟として君臨する〝剣神〟熱田・雪路と、生身では並ぶ者無しと謳われる〝斉天大聖〟楊・麗々。
その神代の時代に人のまま、着の身着のまま、自由自在に己を通した〝銃央矛塵〟山田・真耶。
変わり者ばかりの一期生の中でも、特に変わり者であっり、今もロシアで英雄視される〝
ISの空中機動に於いて、組技による格闘術を編み出した〝闘匠〟イーリス・コーリング。
高高度機動並びに超高速機動分野での多大なる功績を持ち、今もNo.1レーサーである〝熾天使〟ナターシャ・ファイルス。
選手として、多大な功績を残した者達の後進として、その期待はあまりに大きく、そして重すぎた。
研究分野へ向かおうとも、IS文明の産みの親である篠ノ之束、ISコアネットワーク解明とソフトウェアの天才である篝火ヒカルノや、他の天才奇才達と比べられた。
〝名無しの最悪の世代〟
二重の意味で、三期生はそう呼ばれる。
才能も何もかも足りず、先達達の顔に泥を塗った愚か者達。
周囲の勝手な期待に押し潰され、正当な評価すら受けられなかった哀れな者達。
「あれから今日に至るまで、まず比較されるのが一期二期生。周囲も中々に酷であるね」
白い女、ナジェーリアが空に浮かぶ空間投影ディスプレイを眺めながら、手の中で空のパイプを弄んでいた。
「それを私に言って、何がどうなる?」
「はっはっはっ、相も変わらず厳しいね」
千冬の見るディスプレイでは、激闘と呼んでも差し支えのない戦いが、目まぐるしく繰り広げられている。
千冬の現役時代からすれば、幾分温い戦いだ。しかし、それも仕方ない。
「自ら折れた半端者が、自ら進む子供に勝てる訳が無いだろうに」
「まったく、厳しいね。しかし、それも事実である」
千冬達からしてみれば、余裕が欠片も無い癖に、周りの雑音に耳を貸すから、簡単に折られる。
最初から器が足りない癖に、自分が夢に届かないと解ると、何か抵抗するでもなく諦め、手放してしまう。
そして、その喪失を他者の責任として擦り付ける。
「人の身で、しかしそれでも〝神〟に届こうとした人も居るというのにな」
呆けた表情で、ディスプレイ内での試合を眺める真耶を、千冬は何とも言い難い表情で見る。
人のままで〝神〟に挑み、人のままで〝神〟に届いた。
そして、舞台から人のまま下りた。
「いや、舞台を変えたのか」
山田・真耶には、人を伸ばし、見極める才がある。それに気付いていたのか。彼女は己達の中では、いち早く次の舞台へ進み、確かな実績を挙げていた。だからだろうか、何かと難しい一組の副担任を任されたのは。
千冬は、そんな事を思い返しながら、呆けた表情でディスプレイを眺める山田に問うた。
「この試合、何処が鍵だ?」
「ん~、凰さんは勿論ですけど、仙波君もですね~」
「センバ? あの巨人の腕の持ち主かね?」
「そうですよ~」
目を細める先には、火神の焔を浴びながらも、神に食らい付こうと、右腕を振るう少年の姿があった。
懐かしい姿だ。結局、あの腕は日の目を見る事は無く、最後に〝神〟に挑む事すら出来ずに、その身を砕かれ沈み、亡骸は学園地下に眠っている。
さて、嘗ての皆は、彼を見てどう思うだろうか。
未熟と切るだろうか。
不相応と笑うだろうか。
否、未熟と切り、不相応と笑いながらも
「振るえと、言うだろうな」
喧嘩祭りの囃子の収まらぬ舞台を、千冬達は懐かしむ様に眺め、いずれ来る結末を待った。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
長柄を手繰りながら、簪は崩壊を続ける舞台上を疾駆した。はてさて、一体どうしたものか。
「ふっ」
戦って負けるという程、簪は弱くないし、相手も強くない。簪が問題としているのは、一体どうすれば、打鉄弐式の御披露目に相応しい舞台となるかだ。
「……馬鹿に、して……!」
困った。馬鹿にしているつもりは無かった。この相手は、強く速く正しい。
ただ、それだけしかなく、それも飛び抜けたものが無いだけだ。
積んできた修練が、目に見える程に、その動きは強く速く、そして学んだ型に正しかった。
だが、それだけなのだ。
「同じ薙刀、なのにどうして……?」
強く速く正しい者はどうしても強い。自然の摂理、当然の事だ。
武術の基本とは、人間の体を如何に使い、如何に強く速く正しく動かせるか。そして、それらを極めるという事は、その基本から先を修めるという事になる。
同じ武器、同じ技術なら、その差は顕著になる。
現状、何の事はない。ただ、薙刀と己の扱いに関して、簪が彼女より上だったというだけの話だ。
だがそれが、簪の太刀筋を曇らせた。
――しまった――
簪の太刀筋を曇らせたのは、憤りだった。
簪の現状、不遇と言える扱いに、彼女は関係無いだろう。しかし、完全に無関係ではない。
打鉄弐式の開発を中止し、そして簪達の成果を奪おうとした倉持技研。彼女はそこに所属するテストパイロットだ。
一大企業のテストパイロットともなれば、国家代表選抜に数えられてもおかしくない腕前の持ち主だ。
なのに、簪達が踏み越えた一歩を、彼女はいまだに踏み越えていない。
赦せなかった。自分から奪おうとした者が、この程度の者を代表として、この舞台へ出してきた。
通常の薙刀は、刃の切れ味に加え、刀身の重量と長柄による慣性で、一気に断ち斬るものだ。
だが、簪の薙刀〝夢現〟は、刃の切れ味そのものよりも、柄部に内蔵された発振装置が発する振動で、多少強引にでも両断する事が出来る。
しかしその代わりに、対象に対して、正確に刃を立てなければ、刃だけでなく刀身が破損してしまう。
憤りに任せて、ただ振り下ろした簪の一振りは、まさしくそれだった。
そして、相手もその隙を見逃す程、腑抜けてはいなかった。
「あぁ……!」
砕け散る刀身の破片を押し退けて、横一線に薙刀を振り抜く。簪の持つ柄に阻まれたが、弾かれる事は無く、鍔競り合いの形となった。
相手の刃は折れ、頼みとなる他の武装も、この至近距離では使い辛い。このまま、押し切る。
そのつもりで、簪に組み付こうとした瞬間、重いという表現すら生温い衝撃が、腹を貫き背骨を軋ませ、肺を押し潰し、呼吸を破壊する。
「あ……、かっ……」
問う為の言葉を作ろうと、口を動かすが、肺が震え、息が吸えない。その原因は、己の身を押し上げる鈍い銀色の柱だった。
「……何故、とでも言いたげだね?」
「まるで、聞いていた話と違う。という顔だね」
打鉄弐式、その脚部装甲の膝。そこから伸びた柱は、話に聞いていた打鉄弐式の仕様には、存在しないものだった。
「少し、考えれば分かる事だろうに。君達は打鉄弐式を捨てたが、私達はそうはしなかった」
ただそれだけの事だと、簪は相手から距離を取る。脚部内蔵型のパイルは傭平の発案で採用した。
不意討ちや至近距離での牽制の為のものだったが、予想以上に効果は有りそうだ。
「君達が決めた仕様通りに、開発する道理は無い。そうは思わなかったのかな?」
砕けた刀身を、予備の物と交換しながら問えば、それも知らぬと、恨みがましく視線が返してくる。
破損の可能性があり、取り替えのきく物なら、予備を備えておく事に、何の不思議があるのか。というより、元の設計に無理があるだろう。
簪は言葉にはしない。仮に、言葉にしたところで、相手は理解しない。
だから、簪は刀身を新しくした夢現を構え、いまだ膝をつく相手に、止めを振り下ろそうとした。
「避けろ簪!」
突如として飛び込んできた叫び。それは一夏のもので、雪片弐型を肩に担いだ彼と、背部ユニットの一部が融解した箒が、ヘカトンケイレスの機関砲を乱射する傭平を吊り下げて、何かから逃げていた。
一瞬、何を避ければいいのか理解出来なかったが、一夏達の様子から、避けなければまずい何かが近付いている事は明らかだった。
「また来るぞ……!」
箒の叫びと同時に、打鉄弐式の温度感知センサーに、強いノイズが走る。設定された温度の上限を、遥かに超える高温が、辛うじて姿を保っているビル群の後方から放たれ、そしてロックオン警告を四人全員の機体が、けたたましく吐き出す。
「くっそ……!」
一瞬だった。
一夏が白式のスラスター出力任せに、三人を上空に引き上げると同時に、くすんだ灰色のビルが赤熱し、砕ける事すら無く、溶け貫かれた。
空気が焼け、熱が周囲を干上がらせ、塵を燃やし尽くす。四人の足元、寂れた街並みは、埒外の熱にその姿を変えていった。
「……〝火神〟」
風景を歪ませる熱を発し、陽炎を纏った女。蔵橋が、ゆっくりと己が作ったトンネルを抜ける。
その火神の右腕は、最早赤熱などと生温いと、煌々と燃え上がり、莫大量の熱を辺りに叩きつけている。
「……さあ、来い。未来を望むなら、この火神の右腕を越えてみせろ」
鉤爪が開かれ、右腕が振るわれるのと、四人のすぐ側のビルが裂かれたのは同時であった。