「一体、どういうつもりだ?!」
怒鳴るというより、最早叫ぶといった糾弾の声が、観覧席に響いた。
「どう、とは?」
「しらばっくれるな!」
身をすくませる様な叫びだったが、返答の主である誠一郎は、あまり関心を感じさせず、癖毛を掻いた。
「お前らに、ただの子供に! あんなものが造れる筈が無い!」
「ああ、成る程。そんな事か」
よく言えたものだ。今、この倉持技研の重役は、自分達の置かれた状況と、今の発言の意味が、理解出来ているのだろうか。
「そんな事だと?」
「ああ、失礼。まさか、ここが何処で、我々が何者か、そして貴方方のやった事を御理解頂けてないとは、私としても思ってなかったので」
「貴様……!」
さて、いっそ激昂でもして、掴み掛かってくれば、話は楽に済むのだが、どうやらそこまでではないらしい。
誠一郎は内心で、深い溜め息を吐くと、モニターに映る簪の戦いに視線を向ける。
「では、お答え戴けますか? 私共が何者で、ここが何処で、貴方方が彼女とあの機体に、何をしたのかを」
答えは唸りと、それに続く沈黙だった。
まさか、分からないという意味の沈黙ではあるまい。
理解したくない、答えたくない、拒絶の沈黙。だがそれを嘲笑うかの如く、モニターでは簪が倉持側の選手を圧倒し、学園で新たに導入した機構の一つである脚部パイルという、倉持側の心を折る杭を刺した。
機体のSEはまだ残っているが、あの様子では体より先に、心が折れている。
簪が薙刀の刀身を取り換えて、本当に止めの刃を振り下ろそうとした時、誠一郎は驚愕する。
「あれは……!」
誰の声だったか、それを気にするよりも先に、誠一郎は表示枠を開き、ピットで待機中のセシリアを呼び出す。
御曹司¦『セシリア!』
セシー¦『見えてますわ! しかし、私は今は出撃は無理です!』
弾薬庫¦『僕もだよ! 武装を積み込み終わるまで待って!』
兎軍人¦『いや、レーゲンなら換装中の装備をパージすれば、動けるが……』
あめり¦『戦えないでしょうね。一組副代表』
御曹司¦『……いや、まだだ』
Oマリ ¦『え? いや、でもピンチなんでしょ?』
流れの止まない表示枠を、一度閉じて、誠一郎は大きく息を吸って吐く。
相手はあの産みの親殺しのカグツチ、出場メンバーは全員、中近距離系統。手としては、エネルギーの対消滅能力のある一夏か、中距離に於ける火力を持つ簪か箒だ。
だが、
首領飾¦『傭平、行けるね』
雇われ¦『イエスボス』
弾薬庫¦『傭平、大丈夫だよね』
雇われ¦『任せてくださいヨ』
腰のハードポイントパーツから、吸入器を取り出し、少し長めに吸い込む。ISを纏った状態なら、あまり気にする必要は無く、この喉も痒み以外に何かある訳でも無いが、それでも不安材料は減らしたい。
「傭平、命令は一つ。……勝て、勝って、その右腕を証明しろ」
「マム、イエスマム」
では、と傭平は熱線を回避し続ける紅椿から離れ、ヘカトンケイレスを構え、自由落下に近い降下を始める。
「では、また後でだ!」
「先に行くぜ!」
箒がそう言い残し、簪と一夏を連れて、颯爽と飛び去っていく。
行き先は一つ、燃え盛る神の待つ神楽の舞台だ。
御曹司¦『傭平』
雇われ¦『早瀬クン、どうかしましたか?』
御曹司¦『簪も言っていたが、兎に角勝て。あのカグツチが出てから、倉持の年寄りが五月蝿い』
雇われ¦『カグツチじゃなくて、ヒノカグツチらしいですよ』
御曹司¦『ヒノカグツチ? 成る程、また面倒な事を』
弾薬庫¦『傭平、敵熱量増大。デカイのくるよ!』
シャルロットの警告と同時に、機体からもけたたましい警報が鳴り始め、蔵橋から熱線というよりも、熱塊といった熱量が、傭平に向けて振るわれる。
『ごんぶとビームサーベルだー!!』
――いや、ホントにビームサーベルですよ……!――
真正面から振り下ろされる熱塊、一体どういう出力で発熱すれば、こんな出鱈目な熱を保持出来るのか。
「火神の前に倒れ伏せ! 千手巨人!」
斜めの袈裟懸けに振り下ろされる軌道から、恐らくは返す刀で、飛び去った三人を狙っているのだろう。
だが、それをさせない為に、火神を打ち倒し、この身も神に届くと、世界に知らしめる為に、仙波・傭平はこの場に残った。
これは従者に必要無い戦果か。否、更識・簪の右腕として、必要不可欠な戦果だ。
――ならば、ここが気合いの見せ所……!――
迫る熱塊に、傭平はヘカトンケイレスを叩き付ける。
瞬間、機体からヘカトンケイレスから、異常なまでの警告が鳴り響き、内蔵型のシールド発振装置から、空になったバッテリーパッケージが、次々と排出される。
SEに守られている筈なのに、それでも身に感じる脅威の熱量。
「私は貴様を倒す。そして、私は証明する。カグツチは、ヒノカグツチは、産みの親殺しの駄作などではないと……!!」
更に上がる圧に歯を食い縛り、右腕に力を送る。
産みの親殺しのカグツチの事は、ISの歴史に残る痛ましい事故の一つとして、傭平も知っている。
開発者とテスター、他作業員数名。多数の重軽傷者、そして二人の死者を出してしまった武装腕。
開発は中断され、試作されていたカグツチ二番機も、破棄される予定だったという。
ヘカトンケイレスも同じだ。人が、只人が神々に挑み勝つ為に、その負担を無視してありとあらゆるものを、無理矢理詰め込んだ。
その結果、神挑みの巨人の腕は、日の目を見る事無く、学園の奥深くへと封じられた。
まったく同じではないが、同じだ。ただ違うのは、今の立場。
挑む者と、挑まれる者。
ヘカトンケイレスとヒノカグツチ、日陰に追いやられ、否定された者達。
「勝つぞ。勝って、世界に知らしめる! 父さんと姉さんは……、二人が造ったカグツチの価値を……!」
なら、己に何が出来る。
「貴様を倒し、仲間を倒し、あの龍と剣神を倒し、火神こそがと、証明する為に倒れろ……!」
火神の熱塊に押され、膝をつく己に何が出来る。
一度、知らずに否定され、しかし肯定されて、仙波・傭平の名を、居場所を与えられた己。
肯定され期待され、それに応えて前へ進み、理不尽に否定された主。
そして、己を呼び続け、隣に居てくれる人。
さあ、仙波・傭平。その二人の為に己は何が出来る。
簡単だ。
「お……!」
右腕の、全身の筋肉が隆起し、右腕の排熱板からは絶え間無く、高熱が吐き出され、機体各所からも耐熱限界を報せる警報が止まない。
だから、どうした。
「あぁ……!」
吠える。
吼えて、巨人の右腕を振り抜き、火神の焔を弾く。
驚愕に止まるなら、次の動きの暇は与えない。
「貴様」
「……俺も同じですよ」
巨人の拳を、火神の爪が受け止め、火花が鳴り止まず飛び散る。
「何だと?」
「俺も、証明しなくてはならない。我が主と友、そして俺自身を。未来を得る為に……!」
叫び吼え、爆発が蔵橋を飲み込む。単純な熱とは違う、爆発という力の叩き付け。
今まで、一撃に敵を打ち倒してきた巨人の怒りだが、相手は火神〝ヒノカグツチ〟。
そう簡単には倒れない。
「……なら、その未来とやら、私が刈り取ろう」
最早、陽炎というには、あまりに過ぎた熱気が蔵橋の周囲を歪ませる。
煌々と、灼々と、朱々と、煮えたぎる様に燃え盛る右腕は、触れるもの全てを照らす様に、焼き融かしていく。
「なら、俺は刈り取られる前に、貴女を砕きましょう」
両者、一歩前へ出る。
両者、二歩前へ。
両者、三歩更に前へ。
両者、対峙し、双方共に巨腕を構える。
「倒れろ……!」
どちらの言葉だったか。その言葉を掻き消す様に、爆発と熱塊の柱が、〝播磨〟に突き立った。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「あー、ホントに最高の気分だ」
「あら、楽しめている様で何よりだわ」
黒い刀身を肩に担ぎながら、紫煙を吐くと、触れるもの全て破壊する前蹴りが、熱田の足元を粉砕する。
瓦礫が吹き飛び、砕け散り、数千人規模の人々の負荷に、耐えうる筈の頑強な船体のフレームは、既にその役割を放棄し始めていた。
最早、〝播磨〟船上に無事な箇所など残っておらず、その様相はさながら、天災が重複した様に荒れ果てていた。
「だけど、まだ楽しみは続くわよ」
「あ? おいおい、マジか。マジの話してるか? それはいい話だ。ああ、いい話だぜ」
熱田が肩に担いだフツノを、叩き付ける様にして、鈴音へと振り抜く。
剣の術も技も何も無い、ただ刃物を振り回している。そうとしか見えないそれが、剣技を修めた者を戦慄させる。
牛鬼 ¦『やっぱり、出鱈目だよね?』
あめり¦『私達が磨いて積み上げて、そうして必死に繋げてきた技術が、本当は剣にとっては不純物でしかない。ある意味、悪夢ね』
剣士ではない。しかし、アメリアにも理解出来る。
あれは、剣神は、人が届いていい域ではない。
そして、
Oマリ ¦『それなら、鈴音もある意味悪夢よ』
全てを断ち斬る熱田に対し、鈴音もまた全てを打ち砕く。剣神の刃を受けても傷一つ負わず、平気な顔で、致命の打撃を雨霰と見舞う。
〝播磨〟が歪み、海だけでなく学園島にまで、その力を伝え、見る者を畏怖させる。
誰もが思うだろう。あの様になりたいと、絶対者としての力が欲しいと。
だが、現実はそうはならないから現実なのだ。
「外野がうるせえが、関係無いよな」
「外野は外野でしょ」
「じゃあ、お前はどうだ!」
居合、に近い構えで、横薙ぎにフツノを振る。
フツノに触れるもの、延長線にあるもの、全て抵抗せず、剣神の刃の元にするりと落ちていく。
頑強な鉄筋コンクリートも、鉄骨も合金フレームも、何もかもが初めからそうだったと、二つに分かたれていく。
「まだ分からない?」
「ホンット、最高だ。最高な話だよ、お前」
剣の神の前に、全ては断たれ倒れるのみ。
それが絶対のルールだ。
今までもそうで、これからもそうだ。
だが、今と嘗てはそうではない。
「あいつら以来だ。ああ、そうさ、あいつら以来だ」
風神、虎神、氷帝、闘匠、熾天使、銃央無塵、鬼。そして、戦乙女。
この誰もが、剣神の刃で断てなかった。
嬉しかった。
楽しかった。
そして、もうあんな満ち足りた日々は来ないと、諦めていた。
しかし、現実はどうだ。
神に成れず、絶対者にも為れない。そうなれない者達が、今、己の前に来る。立っている。
「ああ、いいよな。いいよな、鹿島。……〝抜く〟ぜ」
爆炎と熱塊の柱を背にして、熱田は鈴音に向かい合う。
「あー、鳳・鈴音」
「何かしら?」
「今からフツノを〝抜く〟。まあ、あれだ? 死ぬなよ?」
「は?」
熱田はフツノを、己の前に構え、刀身の峰を掴んだ。
フツノは
そも、機殻剣は通常の刀剣に、強度や装甲、一夏の雪片弐型の加速スラスターの様な、特殊な機能を追加した装備だ。
そう、機殻剣の機殻は鞘ではない。
刀剣を納める鞘ではないのだ。
その筈だった。
「……え?」
誰だっただろう。
熱田が機殻から、フツノを抜いた時、一瞬遅れて、そんな呆けた声を漏らした。
派手な音も、動きも何も無い。ただ、刀を鞘から抜いて、その動きで熱田が頭上を薙いだ。
ただそれだけで、空が〝斬れた〟。
雲が断たれ、風が斬られ、青のみが残る。
その下で、熱田が剣神として、フツノを握る。
「とくとご覧じろ。神刀フツノの本当の姿だ」
飾りも刃紋も、鍔すら無く、有るのは柄と刀身だけの、ただ斬るという意志以外を放棄した姿。
それは、この空の向こうよりも、更に深く黒く、その中で刃だけが、星の様に光を反射していた。
「さてと、だ。鳳・鈴音、お前は人か龍か?」
「問答がしたいの? なら、答えはこうよ」
自然体でフツノを握る熱田に対し、鈴音は大きく両腕を広げた。
「来なさい。全部、受けてあげる」
「ああ、お前はそうだ。そういう最高な奴だって話だ……!」
瞬間、〝播磨〟が割れた。比喩ではなく、物理的に割れた。
限界を超えた船体が、その部分を放棄する様に、砕かれ斬られ、海へと落ちる。
「斬れてねえよな!?」
「斬れると思ってるの!?」
鈴音の右ストレートに合わせて、熱田が袈裟懸けに斬りつける。しかし、フツノの刃は通らず、鈴音は左手で熱田を掴み、頭突きを食らわせる。
音がモニター越しでなく、直に学園島にまで響く。
「あ、は」
「は、はは」
それは笑みだった。
歓喜の笑みだった。
崩れ、崩壊の始まった神楽の舞台で、神と龍の舞いが始まった。
「あっちも漸く、覚悟が決まったみたいだしよ。トバすぞ……!」
避ける、守るを捨てた、剣と拳の入り交じる致命の嵐。
互いに装甲が割れ、潰れひしゃげ撓み、切り落とされるが、そんな事は知らないと、応酬は続く。
「なら、こっちもトバすわ、よ……?」
一瞬だった。ほんの一瞬、否、一瞬にも満たない刹那、鈴音の動きが鈍った。
「こ、の、バカ野郎……!」
機体各所がバーストし、甲龍が瓦解する。
まさか、だった。
「鈴……!」
一夏が離れた空から叫ぶ声が聞こえる。
「鳳・鈴音」
「何? 手加減のつもり?」
「いや、……じゃあな」
鈴音が生身の拳を振り抜くのと、フツノが鈴音を斬るのは同時だった。
次回
巨人と火神 配点¦(だからこその証明)