音が遅れてくる。雷鳴の如き爆音が観客席に届いたのは、蔵橋が吹き飛んだ映像の後だった。
「はっはっはっ、千冬よ。まさか
「……紛い物だ。見ろ、あの一発で弾体を破棄している」
「ですけど、威力は間違いなく神砕雷ですよー?」
「決定的に足りんがな」
まさかのものが披露された事で、嘗ての時代を知る者達は沸いていた。
紛い物だと切り捨てた千冬ですら、神砕雷を再び目にした事に、内心で驚きを隠せていない。
〝ヘカトンケイレス〟〝神砕雷〟、嘗ての時代に神格持ちに対抗する為に造り出された武器。しかし、結局は神に挑む事無く、歴史の中に埋もれていった無念の力の群れ。
誰が今になって、その力の群れが神に挑む事になると思っただろうか。
──まったく、今からが楽しみだ
専用機持ち達の卒業条件、それは千冬に一撃を与える事。通常ならそんな条件は出さない。
しかし、今の一年達がやろうとしている事を考えれば、それは必ず必要な事になる。
更識・簪から端を発する計画、これを聞いた時は何処に居るか判らない束と大笑いした。それと同時に、未来への希望を得られた。
──暮桜よ、もうすぐだ
もうすぐ、今の時代は終わる。そして来る新しい時代は、きっと夜明けとなる。
千冬は熱田に斬られ、拓けた空を眺めた。
「感傷かね?」
「気にするな、ナジェーリア。未来が楽しみになっただけだ」
「それは重畳であるね。我らが選べなかった未来、君達に選ばせてしまった未来。あの子らがどう選ぶのか。まったく、年は取りたくないものであるね」
口の端に噛んだパイプを弄るナジェーリアが、カラカラと笑う。
嘗ての時代、千冬達は選べなかった未来がある。無論、選択肢はあった。しかし、あの時代に選ぶ事は出来ず、千冬が背負う形になった。
だが、今は違う。
「さて、熱田よ。新しい時代、剣神に斬れるか」
あの日、自分達が諦めた未来が来るぞ。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
鼓動が聞こえる。これが、誰の鼓動なのか。それははっきり判る。
「おのれ……!!」
立ち上がる蔵橋の腹部装甲は、機体の保全機能によりパージされ、機能を失いつつある断熱材が露になっていた。
神砕雷、その名は蔵橋も耳にした事がある。
嘗ての時代に神格を得た者達に、そうでない者達が対抗する為に鍛造された神砕きの雷。
しかし、それは〝ヘカトンケイレス〟と同様に、只人が扱う事は叶わぬ神の雷となった。
「かっ……!!」
「傭平!?」
傭平が右腕を押さえて膝を着く。
そう、これが現実。〝ヘカトンケイレス〟〝神砕雷〟、只人が扱うべきではない武装を使って、神格を持たない人間が無事で居られる筈がない。
「……シャルロットさん」
「うん、行こう」
だがそれでも、傭平は前に進む。
一人ではなく二人で進む。
それは何の為?
「人が進むは天神の細道」
「おいでませおいでませと手招きすれば」
「行きは良い凪ぎ帰りは白波」
答えは分からない。傭平には答えが分からない。
だが、だからこそ、シャルロットが手を引く。
答えが分からない巨人の右腕の手を引き、人は二人で歩む。
「舐めるな……!!」
蔵橋の熱は更に激しさを増し、火神を越えようとしている。
機体からの警告と警報は鳴り止まず、冷却すら追い付かなくなりつつある。
しかし二人は止まらない。
止まる理由が無い。今日は神楽の日、人が神に奉納する神楽舞いの日だ。
二人は手を取り合い、鳴り止まない鼓動に乗るようにして、円を描く様に舞い蔵橋へ肉薄する。
盾が巨人の右腕が火神の火に軋む。だが、それすらも奉納神楽の音色だ。
「人よ、舐めるなと言ったぞ!」
蔵橋が〝ヒノカグツチ〟を二人に向ける。
掌の放熱口から陽炎とは名ばかりの熱塊が顕になる。
「傭平……!」
「神砕雷……!!」
「火之迦具土……!!」
放たれた焔と雷がぶつかった。
連続する轟音、破壊の概念そのものがぶつかり合い、数瞬の間付近から音が消えた。
そして、舞い荒ぶ粉塵が落ち着いた時、立っていたのは蔵橋一人だった。
「……父さんと姉さんが正しかった事を証明する。その為に、この忘れられた神を引き摺り出した」
だが、
「やはり私では、神足り得ないか……」
陽炎を身に纏い、破壊されひしゃげた〝ヒノカグツチ〟で体を支える様にして、蔵橋が膝を着いた。
「お前達の勝ちだ。神挑みの巨人よ」
機体の緊急保全機能が起動し、〝ヒノカグツチ〟の展開が解除される。シャルロットに支えられながら、自分の前に立ち上がる傭平に、蔵橋は言った。
終わったのだ。火神は千手巨人の前に倒れた。
「行くがいい。お前達にはまだやるべき事がある筈だ。日ノ本が最後の神、お前達が届く事を祈ろう」
「ええ、行きます」
それだけを言い残し、二人は駆けていく。
あの二人が剣神に届くのか。それは蔵橋が判断する事ではない。
それに、
「この鼓動が意味する答えは、きっと良き事だろう」
憑き物が落ちた顔で、蔵橋は焼けた〝播磨〟に仰向けに倒れた。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
この感情を表現するなら、これは歓喜だ。
「いいじゃねえか、織斑と篠ノ之の名はちゃんと継がれてやがったか!」
格は足りずとも、織斑と篠ノ之という世界に刻まれた名が身に宿る。
それだけではない。
「そっちの奴も、しっかり神格武装を用意してやがる。ドイツ、イングヒルトの機体だな」
「機体の装甲を切り出したものだけど、存外届くものね」
「まったく、神格か準神格武装でないと無理とか、そこんとこどうよ? 箒」
「まったく、参ったぞ。まさか篠ノ之流がここまで通らないとは。まあ、私は斬るが。そっちはどうだ? 簪」
「ふむ、子細問題無いだろうね。それに、君に対抗する手段は山と用意しているのだよ。日ノ本最後の剣の神よ」
嗚呼、本当に良い。良い話だぜ、これは。
よくて準神格武装止まりの連中だが、これは良い話だ。
〝フツノ〟を抜いたかいがあった。
「どんか手段かってのは、問われる前に答えを見せるもんだぜ!!」
熱田は歓喜のまま、簪に〝フツノ〟を振るった。
風を切る音すら無く、切断の意識すら見せず、ただ斬ったという結果だけが発生する。
「お?」
しかし、その斬撃は四人には届かず見えない壁に阻まれた。
「なんだなんだ? 面白い玩具持ち出したじゃねえか!」
「この〝アヴァロン〟を玩具扱いとは、リップサービスが過ぎましてよ!」
でかい箱、熱田から見ればその程度だが、それでも熱田は知っている。
嘗ての時代、自分達を倒そうと躍起になり開発された武装の群れ。
それにこの鼓動、やはり良い話だ。
「セシリア、回避だ!」
「遅えよ!」
「しまっ……!」
だからこそ、熱田は手を抜かない。自分達を倒そうと産まれた人の業、神たる自分に出来るのは現実を叩き付ける事だけだ。
故に、〝アヴァロン〟が発生させる障壁を斬り裂き、〝アヴァロン〟の装甲ごと、大型ウェポンラックを断った。
一気にバランスを崩した〝アヴァロン〟は、航行機能を失い、戦場から少し離れた場所に不時着する。
「豆腐を飛ばして良い気になるなよ。まだあんだろ!?」
「ええ、あるわよ」
声を聞いた。
その声は〝フツノ〟から聞こえた。
「おいおい、マジか」
「ええ、マジよ」
〝フツノ〟の刀身に、アメリアが立っていた。
重さを全く感じさせない軽い立ち姿、PICの応用だけではない。単純な体術をPICで補強し、〝フツノ〟の切っ先に立っている。
「それじゃ神様、人の業をお試しあれ」
アメリアは回った。アメリアの持つ二刀は強度と重量はあれど切れ味に劣る。
重さで斬る剣、しかし今の足場では踏み込む事は出来ない。
だから回る。回転を踏み込みの代わりとし、熱田の首に目掛けて、嘗て〝戦神〟と謳われた者の機体から削り出した剣を振り抜く。
「……やはり簡単じゃないわね」
「ははははははは! いいぜ! 最高だ! この〝フツノ〟を足場にしたのはお前が初めてだ!」
アメリアの刃は神鉄の大袖に止められた。しかし、斬れずまでも刃は入った。
つまり、己の刃と業は神に通るという事だ。
そしてそれは、他の者達も同じ。
「やあ、剣神。巫女の神楽はどうだ?」
「よう、束の妹。良い剣じゃねえか」
「ならば、剣以外も誉めてもらおうか」
アメリアと箒、二人は同じ二刀だが決定的に違う。
アメリアの太刀筋は鋭く強いが、箒のそれはただ緩い。
緩く流れる様に、アメリアの太刀筋の間から滑る様に現れる。
熱田はその太刀筋を知っている。まだその域には至っていないが、これは間違いなく束の剣だ。
「篠ノ之の剣は神に捧ぐものだったよな」
「ええ、なれば今こそ」
「正解だ! おら、見せてみろ!」
参った。本当に厄介だ。
アメリアと二人で緩急織り交ぜた剣を舞っているのに、まるで届かない。
──くそ、姉さんめ……。迂闊に篠ノ之流を見せよってからに──
何か何処からか謝罪の声が聞こえた気がしたが、まあ気のせいだろう。相手は剣の神、そんな不可思議感覚もある。
しかし、本当に参った。
復帰したセシリアとラウラ、一夏と簪の援護有りきでこれとは。
やはり神格持ちは頭おかしい。
「どうした? もう息が上がったか?」
「ふむ、息は上がってないが、ここで一つプレゼントとしようではないか」
「へえ、プレゼント。何をくれんだ? 飴玉でもくれるってのか?」
「ははは、もうそろそろハロウィンだからね。トリック・オア・トリートだよ」
瞬間、簪の背後が爆ぜた。攻撃を受けた訳ではない。
簪考案の新型武装〝山嵐〟が、遂にそのヴェールを脱いだのだ。
自動追尾システム搭載弾頭が鎌首をもたげ熱田に迫るが、熱田はそれを鼻で笑った。
──おいおい、そんなもんが私に当たるかよ──
「飴玉にもなんねえぞ」
「おや、そうかね。なら、これはどうかな?」
一瞬、簪が手繰る様に指を動かした。
すると、〝山嵐〟が放った弾頭は熱田の権能を避ける様な動きを見せ、その軌道を大きく変化させた。
「BT兵器から着想を得た手動式追尾システム、お気に召すかね?」
「……やるじゃねえか」
──いや、ビックリだ。こいつは驚いた話だ──
BT兵器の扱いの難しさのついて、熱田もよく知っている。
かの技術が提唱された時代の者として、その推移を眺めていた者として、これは驚愕に値する。
だが、
「飴玉止まりだな!」
「ふむ、トリートはお嫌いか。なら、トリックはどうかな?」
「よっ」
「お?」
斬り捨てた弾頭の爆炎の中から、一夏が飛び出してくる。
これが狙いか。体勢もすぐには迎撃出来ず、反対からアメリア、正面から箒、背後と上からはセシリアとラウラの二人。
熱田はどうするかを思考する。正直、全員斬り捨てるのは簡単だが、それは芸がない。
それに
──このガキ共に何も無しは、ちょっと興が乗らねえ──
「しゃーねえ、ちょっと褒美をくれてやらぁ!」
瞬間、一夏は違和感を得た。
ダメージは無い。しかし、何かが途切れた感覚が雪片から伝わる。
それは一体何か、疑問する前に答えがきた。
「なっ?!」
「セシリア! 〝アヴァロン〟が制御を失っているぞ!」
「流石デカモノ、効きが速い速い」
「……おいおい、なにしたよ? そこんとこどうよ?」
「何も? 私は斬っただけだ。お前らの機体の機能やその他諸々な」
「……ちょっと冗談キツいわね。まさか、業も斬ったというつもり?」
「ああ、そうさ。私は剣神、剣の神。ガキ共の業なんぞ豆腐を斬るより容易い。どうだ? これが剣神の権能だ」
──さっきの違和感はこれかよ……!──
雪片から反応が無い。鍔競り合いの今が、零落白夜の絶好の機会だというのに、肝心の雪片が開かない。
同じくアメリアや箒も、唐突に業が切れた事で体勢を崩している。
「さて、ガキ共。そろそろ祭りは終わりだ。まあ、楽しめたか」
「……ふむ、しかし剣神。君は忘れ者があるよ?」
「あ? んなもん何処に……っ!」
変化は一瞬、刹那に熱田は一夏を蹴り飛ばし身を翻した。
自分が立っていた場所を撃ち抜いたのは、一発の銃弾。狙撃ではない。弾幕による制圧射。
つまり、
「フランスのガキ!」
「僕だけじゃないよ」
熱田の斬撃を盾を身代わりとしながら、シャルロットが答える。
そして、最後の一人が姿を現した。
「……どうも」
「てめえ、こいつは千冬の……!」
巨大な鈎爪、それが熱田の胴を掴む。
そう、千冬が世界を取った業。他人の意識から完璧にズレ、不可視の存在となる埒外の気配遮断。
〝外し〟を用いた傭平が神砕の雷を放った。
「神砕雷……!」
最後の二発の雷霆は、〝ヘカトンケイレス〟本体すら破壊し、熱田を打撃した。
轟音と共に熱田が吹き飛び、背後の瓦礫を巻き込み粉塵の海に消える。
「これで、どうですかね……?」
「傭平!?」
強制解除された〝ヘカトンケイレス〟が地に落ち、傭平も膝を着く。シャルロットに支えられながら、傭平や他の皆も、聞こえてくる強い鼓動に耳を傾けながら、武器を構えた。
自分達の手札は使いきった。
後は……
「……最高だ。いいぜ、最高に良い話だ」
「うわ、マジかよ」
「神砕雷とか、よく引っ張り出したもんだ」
腹部、胴の装甲は吹き飛び、機体も至るところに皹が走っている。
しかし、〝剣神〟熱田はいまだ健在だった。
〝播磨〟を打つ鼓動を背に、乱れた黒髪を直しながら見せる笑みは、まさに狂笑と言うに相応しい。
「んで、ガキ共。もう終わりか? もう無いのか?」
「参ったね。確かに私達にはもう手札が無い」
「はぁ……、そうかよ。がっかりだ。良い話が一気に悪くなりやがった」
「だが、剣神よ。君は忘れ〝者〟をしているよ」
落胆の色に染まった熱田に、簪がそう言う。
熱田は一瞬だが考えた。
そして、自分の身を打つ鼓動に振り向き歓喜した。
「マジか? マジかマジかマジかマジかマジかマジか? おいおいおい、ここでかよ! ここでくるかよ! 嗚呼いいぜ! 最高だ! 本当に最高に良い話だ……!!」
この鼓動が意味する事を、熱田は知っている。
この鼓動が成す事を、熱田は知っている。
ああ、そうだ。嘗ての時代、この学園はこの鼓動で溢れていた。
そして何時しかこの鼓動は絶えてしまった。
絶えてしまったと、そう思っていた。
「さあ、来るよ。寂しがりの日ノ本最後の剣の剣よ。ここからが貴女に捧ぐ奉神神楽だ!」
「来いよ。凰・鈴音……!!」
熱田の呼び声に、一際強い鼓動が脈打った。
そしてもう一度、その鼓動は世界を叩く。
道理で、気分が良かった訳だ。
足りないガキ共を相手に、気分が良かった理由はこれだ。
「……まったく、人の寝起きに五月蝿いわね」
「おう、おう、すまねえな。だが、寝覚めはどうだ? 良い話だろ?」
「ええ、本当に最高の気分よ」
人の神楽は終わり、次は神と龍が舞う番だ。