「はい、お待たせ」
鈴音が湯気の立つ大皿をテーブルに置くと、我先にと地獄の餓鬼の如く生徒が群がり、自身の取り皿に料理を奪う。
その様はなんと言うべきか迷うが、間違いなく華の女子高生の姿ではない事は確かだ。
「カロリー、カロリーが欲しい……」
「これやっべ、力入んない……」
全身泥やら埃やらに塗れた連中が集まってきた。
どうやら〝播磨〟の方も終わった様だ。
「はい、米」
「米だー!」
「ついでにさっき使った油かすとタマゴ」
「直接的なカロリー!」
とりあえずカロリーを求めてきたので、炊き立ての白飯にラードを取るために使った脂身をぶっかけて、かに玉用に割って置いた卵もついでぶちこんで櫃ごと渡す。
味付けは屋台村で余った塩やら醤油があるので、それでどうにかするだろう。
「こら、あんた達。しゃもじで食うな! ちゃんと取り分けて食べなさい!」
「でも、カーちゃん! 私達もう限界だよ! あぁ、脂と炭水化物と塩気が沁みる……」
「人である事を忘れるな!」
仕方ないので、人数分の大きめのスプーンと追加を渡す。
飯櫃に群がって貪る姿は、本当に餓鬼そのものだ。しかもISスーツのままだから余計に情けない。
というか、テーブルに置け。地べたに置いて群がるな。
更に情けなくなる。
「鈴、スープが無くなりそうだ」
「オッケ、箒。そのまま味噌とこの豚バラと野菜ぶちこんで、豚汁にしちゃって」
「任せろ」
「鈴さん! 卵余ってません?! 洋食テーブル陥落寸前ですわ!」
「まだ割ってないのならそこにあるから、さっさと持っていきなさい! さっきまではしゃいでた連中が来るわよ!」
鈴音の言葉通りに、なにやら禍々しい雰囲気が近付いてくる気配を感じ、セシリアは卵のトレーを台車に乗せると走り去っていった。
Oまり ¦『レタス余ってるとこー』
あめり¦『あと、コーラの原液』
一季 ¦『鈴、やべえ。このままだと保たん』
龍母 ¦『買い出し部隊編成ー!』
兎軍人¦『とりあえず手隙の者は私に続け! 必要なものを追記!』
牛鬼 ¦『一応、学園島の店舗には連絡したよ?』
侍娘 ¦『とにかく野菜と肉だ!』
一季 ¦『やべえ、来たぞ!』
最早その群れは女子高生の体を成していなかった。
泥と埃に塗れ、顔色は疲労困憊一色かつ餓鬼の如く窶れていた。しかしその表情はどこか晴れやかで、どう表現するべきか一夏には判断出来なかった。
ただ言える事があるとするなら、今からこの屋台村跡地はもう一度戦場になる。
これだけだった。
首領飾¦『カーちゃん腹減った』
龍母 ¦『だったらさっさと来なさい!』
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「傭平、大丈夫?」
「あー、大丈夫ですヨ。とりあえず麻酔効いてますシ」
シャルロットと二人、喧騒から少し離れたベンチに座り吸入器の煙を吐きながら、傭平はぶら下がった右腕を見る。
――ちょっと無理し過ぎましたかね
医療用ナノマシンを使い、完治までの時間を早めているとは言うものの、決戦の時にまで間に合うかはギリギリだ。
しかし、やらねばならない。
「傭平。……もう無理しないでよ」
「流石に今回くらいのは無しにしてもらいたいですネ」
「本当にね。あと、前にも言ったけど無理する時は僕も一緒だからね」
「あれ、ちょっと変わってませン?」
「いいの!」
「はあ」
しかし、まだ決戦までにやる事は山積みだ。
簪と誠一郎の話によると、今日姿を見せていない者が居るらしい。
アメリカだ。
あの国には少々無視出来ない問題が発生している。故に、そう時間をおかず行動してくる。というのが二人の考えだ。
そうなった時、〝ヘカトンケイレス〟はおろか〝神砕雷〟すら無い自分に何が出来るか。
「傭平」
「どうしましタ? シャルロットさん」
「絶対に言ってね。じゃないと、どこまでも追いかけるよ」
「一緒に言いましたし、ちゃんと言いますヨ」
「そうだよ、ちゃんと言って。一人じゃ無理でも二人なら出来るよ」
「そうですネ」
そうだ。一人で居る必要はない。
今日の戦いで何故、簪が自分を引き連れなかったのか、何故シャルロットが熱田へと向かわず自分の元へ来たのか。
ほんの少しだけだが、傭平にも判ってきた。
「では、まずは腕を治さないト」
「だね」
「ならば、良い医者を知っている」
二人の会話に割り込んできたのは、全身に包帯を巻いた蔵橋だった。
「あの、えっとー……」
「蔵橋だ。名乗ってなかった?。腕の具合は?」
「あ、関節がちょっと……」
「なら、この医者に罹れ。武装腕を扱うパイロットお抱えだ」
渡されたメモには、傭平も知っている名前があった。
「……ああ、恩を売って倉持に引き入れようとか無い。安心して」
「あの、貴女は倉持技研のパイロットなんですよね?」
「一応な。まあ、思い入れも義理も無い場所だ」
「では、何故?」
傭平とシャルロットの問に蔵橋は少し疲れの見える表情を向けた。
「私の装備、〝ヒノカグツチ〟の元となった〝カグツチ〟は私の父と姉が造ったものだ」
そして
「私から二人を奪ったものでもある」
蔵橋の言葉に二人は言葉を失う。
ISだけでなく、技術の発展の裏には必ず何かの犠牲がある。特にシャルロットはその事を理解しているが、それでも直に聞くのは初めてに近い。
「言った手前あれだが、そう気にしないで」
「いや、そうは言われましてモ……」
流石の傭平も言葉が出てこない。今日、あの戦いをした相手の過去、どう言葉を返せばいいか。
「もういいんだ。今日、燻っていた残り火は消えた」
蔵橋は特に厳重に包帯の巻かれた右腕を撫でる。
今日の戦いは証明にはならなかったかもしれない。
だが、
「父さんも姉さんも、〝カグツチ〟を親殺しのままにはしたくなかった筈だ」
蔵橋の父と姉は〝カグツチ〟のテスト中の事故で焔の中に消えていった。
遺骨すら残らない業火の中、二人が何を思い考えたのかは分からない。
しかし、二人が〝カグツチ〟を自慢気に話していた事だけは覚えている。
「決着は着いた。仙波・傭平、シャルロット・デュノア。手間を掛けさせた」
蔵橋が頭を下げた。
「い、いやいや、こちらこソ?」
「そ、そうですよ。僕も途中からだし?」
「ははは、気にしないでよ。二人に関係無い私怨をぶつけたんだし」
「え、いや、でも……。というか、なんか感じが違い過ぎませン?」
「こっちが素だよ。気を張ってたんだ」
苦笑する蔵橋に、あの張り詰めた雰囲気はなかった。
疲れは見えるが憑き物が落ちた様な顔だ。
「さて、私はこれで。次を考えないと」
「これからどうされるんデ?」
「もう倉持に居場所は無いし、倉持も保たない。まあ、パイロットからは降りるかな?」
「ふむ、なら私達と騒ごうではないか」
「ボス?!」
「簪?!」
簪が突然現れた。
手にはうどんが入った器を持ち、それを勢いよく啜っている。
前々から思っていたが、この日本代表候補生はちょっとマイペースが過ぎないだろうか。
一頻り麺を啜ると、簪は言葉を続けた。
「剣神ではないが、これから騒ぐにはいい話をしようとしてるのでね」
「それは……」
「なに、悪い話にはならんよ。というか正直に言って、我々はとにかく手札が欲しいのだ」
「手札?」
「そう、手札だ。バカで立場に酔った連中を殴れる。そんな大馬鹿者達が」
それに
「君もまだ騒ぎ足りないだろう? どうかね、私達と騒ごうではないか」
「……話だけは聞こう」
「ふむ、であるならば傭平、シャルロット」
二人が簪に向く。
簪は器を傾け出汁を飲み干すと、言葉を息と共に吐く。
「これからの事を話そう」
「その前にボス」
「なにかな? 傭平」
「着替えたらどうでス? スーツのままじゃないですカ」
「……失念していたね」
どうにも締まらない。
シャルロットと蔵橋は溜め息を吐いた。