「わ~た~しの~、一撃電光石火~っと」
白く清潔感のある廊下を、一人の女が調子外れな歌を歌いながら歩いている。
女はある扉の前で止まり、行儀悪く蹴り開けた。
「お~い、鹿島居る?」
「また、お前は……。もう少し行儀よくしたらどうだ? ん?」
「うるさい」
鹿島と呼ばれた白衣の青年が、ズレた眼鏡の位置を直しながら、弄っていた空間投影ディスプレイから顔を離す。
「大体、なんださっきの歌?は。ここまで聞こえてきたぞ?」
「私スペシャルチューンだ。痺れたろ?」
「ああ、そうだな。聴覚が麻痺するという意味では痺れたな」
「お前とは、センスが合わねえ……」
「そうだな。僕もそう思う」
女は口を横にした顔で、そっぽを向く。
男である鹿島からしてみれば、異性にときめく仕草の一つなのだろうが、それは目の前の女を知らない男であって、彼女をよく知る鹿島にしてみれば、何も思う事の無い仕草だ。
第一に、
「あ? まーたお前は、〝それ〟かよ」
「なんだ? 興味あるのか? お前も文明に、それは良いことだ。ほら、先週掴まり立ちを始めてな……!」
「……勤務中に娘の成長記録見てんじゃねぇよ!」
「……猿扱いしたのはいいのか?」
己は結婚していて一児の父だ。まあ、そうでなくても、この生物にそういった感情は一片一滴足りとも湧かない。
「それで、熱田。お前なにしに来た?」
「はあ? お前の仕事の報告に来たに決まってるだろ」
熱田は手に持っていたファイルから、数枚に纏められた書類を鹿島に渡す。
鹿島はそれを捲り目を通し、熱田を見た。
見た目はモデルといっても十分以上に通じるが、中身が野性というか別物な彼女。だが、鹿島にとってはこれ以上に無い仕事仲間である。
その証拠に、鹿島が言おうとしている事が解る様に、眉間に皺を寄せていた。
「随分、気に入らなかったみたいだな」
「当たり前だ。なんだ、あの機体?」
「そんなにだったのか?」
鹿島の問いに、熱田が頭を乱暴に掻いた。肩の辺りで揃えた髪が乱れるが、熱田は気にせず鹿島を睨んだ。
「なあ、抜けよう」
「また、話が飛ぶな。……そんなにだったという事か」
「ああ、ダメだ。何が倉持オリジナルだ。いけない、いけない話だ。末期だぞ、倉持」
熱田は倉持技研専属のテストパイロットであり、あの織斑・千冬とも国家代表を争った腕利きでもある。
その彼女が倉持技研単独開発の機体を、いけない話だと言い切った。それが何を意味するのか。解らない鹿島ではない。
「自社開発の機体が打鉄を超えられない、か」
利き手で弄んでいた書類に幾つか書き込み、途中で止めた。はっきり言えば、キリがないというのが本音だ。
打鉄は安定性と耐久性、整備性を重視した設計であり、機動性や運動性は他の機体よりは若干落ちる。だが、それらは整備や改装次第で覆せる。
その機体を、無理矢理機動性重視に切り替えればどうなるか。
当然、機体コンセプトに合わない為に、機体に無理が掛かる。そして、無理なその負荷がパイロットの負担となり、不慮の事故の原因となる。
熱田クラスの腕利きなら、改装次第で癖のある機体だけで済むだろう。
だが、大半はそうではないパイロットだ。
「事故起こす機体造って、どうすんだって話だ」
「ノウハウが無い訳じゃないだろうに」
「けっ、ノウハウだぁ? よく言う」
熱田が鹿島を見る。黒縁眼鏡の奥にある隈のある垂れ気味の目。見慣れた目だが、どうにもいけない。
こちらを見透かされた気分になる。
熱田は一度、鼻から息を吐き出し、鹿島に言った。
「よく言う、本当によく言う話だな。打鉄の本当の産みの親がよ」
「子を奪われるのに、ろくな抵抗をしなかった親だ」
「そりゃ、部下が居たからだろうが。鹿島工業の部下がよ」
熱田の言葉に、鹿島は一度目を閉じて頭を掻く。仕事が忙しく、昨日から泊まり込みだ。シャワーは浴びたが、風呂に浸かりたい。
純国産機体の産みの親は、目の前の女を力の無い目で見る。
「それでも、僕は……」
「ああ、もうまだるっこしい。鹿島、聞いてるんだろう?」
「あ? ……篝火室長からか?」
「ああ、そうだ。お前の次は、ガキから毟り取るつもりだぞ」
「……そうだな」
「ガキは抵抗する気だぞ?」
お前はどうする?
そう言われている気がした。嘗ての自分達が出来なかったしなかった事を、成人もしていない子供がしようとしている。
鹿島は己の右手を見る。
油汚れが染み着く事の無くなった右手、今の方が楽と言えば楽だが、張り合いは無い。
毎日、定時に入社し定時に退社する。当たり前だが、どうにも何かが違う。
あぁ、そうか。
「本気になれてないんだなぁ」
「お?」
鹿島は己のデスクにあるパソコンを操作し、ある図面を繋いでいた空間投影ディスプレイに映し出す。
熱田が何かと見ると、顔が次第に喜色に満ちていく。
「鹿島、今までこんな機体隠してやがったのか?!」
「隠していた訳じゃないさ。実現出来なさそうだから、仕舞っていただけだ」
「同じだよ。んで、オリジナルか?」
「図面はそうだが、今からじゃ時間が足りない。試験機をバラして組み直す」
図面が切り替わり、幾つかの機体の図面が並ぶ。
〝テンペスタ〟〝ラファール〟〝打鉄〟〝メイルシュトローム〟各国の量産機。
それを重ねて、鹿島は熱田を見る。
「テンペスタをベースに、ラファールの柔軟性を加えて、打鉄で補強し、メイルシュトロームの火器管制とセンサー系統を搭載。熱田、乗れ」
「いい話だ、これはいい話だ。乗ってやる。寄越せ」
熱田が獰猛な獣の笑みを浮かべ、言った。
「ガキが本気で抵抗してくるんだ。大人がそれを受けてやらねえで、どうするよ?」
次回
更識家に遊びに行こう!
煽り
仙波VS熱田
鈴VS国家代表