伊19。潜水艦。史実において正規空母ワスプを魚雷で仕留めたり、(偶然ではあれど)超遠距離に居る戦艦と駆逐艦にも損害を与えたりと、海のスナイパーを自称するだけの戦歴を持つ。
無論、当艦娘鎮守府においてもその実力は折り紙付きであり、史実に引っ張られた上でこの鎮守府で超強化された結果、ちょっとよくわからない程の魚雷命中精度を誇る。曰く、「大体この辺りに敵艦が来る予感がするのね」で本当に当ててしまうやべー奴だ。
すごいなぁ。ウチの艦娘流石だなぁ。
だが。
オフのこいつ、いや。陸のこいつは別の意味でやべー奴だったのである。
陸に上がり艤装を解除した19はベシャベシャとスク水から海水を滴り落としながら、俺の首に飛びつく様に後ろから抱きついた。更に肩の上に顎を乗せ、ぐっと密着してくる。ってあああああ濡れるだろう軍服が! 磯くせぇ! 柔っけぇ! あと柔っけぇ!
「提督、こんばんはなのね! ……あれ、青葉はもう帰っちゃったの? 残念なのね。青葉は何気に大きいから揉みがいがあるのに……」
まぁもはやこのセリフで何がやばいか大体察せられるというものである。
「ええい離れろ!! つーかお前そんなだから他の艦娘に避けられるんだよ……」
畏怖を持って避けられるんだよ。
「だって大好きだからしょうがないのね!」
感動的だな。セリフだけだが。
「胸が、だろうが……」
「はいなのね!」
「そこ元気に返事するとこじゃねーよ」
そう、こいつは。
男の俺から見ても度し難いレベルの『
「くっ、この、離れなさいはしたない!」
19を引き剥がそうと四苦八苦するが、吸盤でも付いてるかのごとく離れる気配がない。むしろ両足を腰に回してくる有様で、背中に19自身の胸部装甲がこれでもかと押し付けられる。掴んで引きずり下ろそうにもスク水しか着ていない為掴み所がない。掴んで良い所が無い。乙女の柔肌を鷲掴む勇気は無いのだ。
俺の抵抗むなしく抱きつき心地の良いポジションを見つけてしまったのか、猫の様に目を細める。
「んふー、提督は何をしても怒らないから好きなの!」
「いや怒ってますけど!?」
おかげ様で背中びっしょびしょだよ?
あとすっごい柔らかいものが当たりっぱなしだからね?
「提督も背中でイクのを味わってればいいの」
「なっ、ばっ、このビッチぃぃ!!」
確信犯かよ!(最近の意味で)
「照れないの照れないの。ほらほら提督、このまま鎮守府に帰るのね」
「なんの拷問だよそれ!」
「拷問だなんて、嬉しいくせになの」
絵面が犯罪的すぎるわ!
その後も俺は必死に体を振ったり身を捩ったりするもののやはり離れそうにない。というか、端から見たら背中の感触を楽しんでるみたいになってないか。違うからね?
……いやいや落ち着け。クールな八幡君を思い出すんだ。座右の銘は押してダメなら諦めろ。よし、諦めよう。クール八幡だ(あれ、何故かポンコツ臭が)。
「はぁ、しょうがないからこのまま帰るが、いつ降りても良いからな。すぐでも良いぞ」
むしろ推奨だ。
「お構いなくなのね」
構え。
……ふぅ、19にしてみれば良いタクシーGETって感じなのかねぇ。いやでも俺太ももとか掴んでないから、19が自分で腕と足を使ってしがみついているだけで、おんぶになってないんだぞこれ。寧ろ疲れるだろ……。俺は俺で背中が気になって仕方ないし。あー柔い柔い、じゃなかった。怠い怠い。
心頭滅却しながら鎮守府に向かって歩いていると、背中で脱力した19が口を開く。
「そういえば、昼頃能代に会ったのね」
「ほーん」
能代といえば、初めて鎮守府に着任した時に会ってから今までずっと、真面目に仕事をしてくれてかつ優しい貴重な常識人である。俺の中での評価が地味に高い艦娘だ。
「相変わらず阿賀野型は凄いのね! 軽巡とは思えないボリューム、いつまで触ってても飽きさせない柔らかさと程よい重量感は、安心感を齎す究極の神秘なのね」
そして当然のように揉んできたんかい。表現だけ聴くとなんか寝具みたいだな。
「耳元で食レポならぬ乳レポをするな。次能代に会った時気まずいだろうが。ってかこれ聞いたこと自体バレたら俺消されちゃうんじゃないの?」
霞とか曙に。
「イクが守るのね!」
「二人揃って瞬殺される未来しか見えねぇ……」
そうなったら俺は完全にとばっちりである。
「大体、提督は男のくせにこの手の話題のノリが悪すぎるのね。ドーンと構えてればいいのに」
「そう言って話に乗るとセクハラ扱いでドン引きされるんだろ? 騙されねぇぞ」
「あまりの警戒心の高さに提督の闇を見た気分になったのね……。もぅ、そんな酷いことしないの! そもそもこんだけ艦娘に囲まれててぼっちとか往生際が悪すぎるのね!」
「いやほら艦娘は仕事仲間であって友達じゃないし……」
「そこで部下って言わないあたり提督らしいのね。……まぁいいの。次は昨日会った大井の感触なんだけどぉ」
「唐突に乳レポに戻るな。ってか大井だと? やめてくれよ、聞いたことがバレたらマジで危ない人選じゃねぇか」
ウチには北上っていうストッパーも居ないんだから!
「提督は心配性なのね。大丈夫? おっぱい揉む?」
「いきなり直接的なことを言うな! 揉まねぇよ!」
「冗談なのね♪」
なんだ冗談かよ。あいや別に残念とかじゃないからな? 本当だよ?
「ところで提督はどこに向かってるの?」
「あ? 普通に執務室だよ。……あぁ勿論、お前は適当なところで降ろすが」
なんなら適当な艦娘捕まえて引き剥がしてもらう。
「じゃあ食堂がいいの! もういい時間なのね」
マジでタクシー扱いじゃねぇか。食堂は執務室までの道中にあるから良いけどよ。
「あー、夕飯ね。了解、食堂前に捨ててくわ」
「その表現やーなのね」
「じゃあ放棄」
「意味変わんないのね!」
「我儘だな。じゃあ設置」
「イクは罠か何かなの!?」
「……あながち間違いでもねぇな」
対艦娘用セクハラトラップ。最近は軽巡がお気に入り。
「失礼なのね! ぷんぷんなのね!」
「うわぁあざとい」
「言ってから自分でもちょっとどうかと思ったのね。んー、反省します! なーのねっ♪」
「あざとさを重ねてきた!」
反省してないじゃん。
ちょっと可愛いと思っちゃったんだけど。
「そもそもなんで置いてこうとするの? 一緒に夕飯食べれば良いのね」
「俺まだ腹減ってないし」
昼に食べた足柄謹製カツサンドの腹持ちが凄い。
「えぇー! 一緒に食ーべーるーのーねー!」
駄々をこねるように肩を掴んでガクガク揺すってくる。
「ええい止めろ、揺するな。いやだからって首を絞めるな。……誠に残念ながら、書類仕事がまだたぁっぷり残ってんだよ。手伝ってくれるなら歓迎するぞ」
戻った時の霞さんが怖くて仕方ないです。
「お仕事頑張って! 応援してるのね♪」
手のひらクルリンだなー……。19は事務作業とか苦手っぽいから無理もないが。見た印象通りである。
「はいはい……」
それからは19の話(大和とか初風とか曙とか長波とかzaraとか、の乳レポ)を必死に聞き流しながら鎮守府に向けて歩を進めた。途中神通を見かけた時に春日部の5歳児並の速さで揉みに行ったことには、もはや尊敬すら覚えたものだ(直後アイアンクローで折檻を受けていたが、本人は満足そうだった)。その隙にこっそり置いて行こうと思って先に帰ろうとしたが、すぐバレて背中にへばり付かれてしまった。子泣き爺かな?
そして。
「おら、着いたぞ、降りろ」
食堂前に着いたので背中に話しかける。夕飯時である食堂はガヤガヤとした騒がしい空気であり、入り口の前にいる俺たちにもその雰囲気は伝わってくる。
「っしょっと……。ここまでありがとうなのね! ……本当に一緒に食べないの?」
「おう。早く戻らないと本格的にやばい。明日の朝日見られるかなぁ……」
「切羽詰まりすぎなのね!? そこまで言うなら急ぐのね!」
「おう。じゃな」
言ってから立ち去ろうとする。が、袖を掴まれた。
振り向くと、上目遣いの19が、
「お仕事ぉ、頑張ってなのね♪」
キャピルン♪ と聞こえそうなポーズまで取っていた。
「……あざとい」
後ろから聞こえる楽しげな笑い声を聞きながら、俺は今度こそ立ち去った。
多分、顔は赤い。
〼
気がつけば走っていた。
霞さん! 許してください! 全部青葉って奴が悪いんです!
心の中で責任転嫁しながら廊下を走る。正直今から数分程度急いだところでどうだって話なんだが、朝怒られたばかりでこれは流石に申し訳なさすぎる。
故に走る。廊下を走るなと言う教師などおらず、なんなら島風なんかは歩いているところを見たことが無い。なんなんだあいつ。
さてもう少しで執務室だ、という所で俺は足を止めた。止めざるを得なかった。
道中である廊下に、後20メートルで執務室という場所に、人が倒れていた。艦娘が倒れていた。大事そうにワインボトルを抱えながら、幸せそうに眠っていた。
全裸で。
…………おーけーおーけー、冷静になろう。ただのPolaだ。よし。いやよくねぇよ。
正直こうなっているのを見るのは初めてじゃない。なんならこいつに限り見慣れ過ぎてもはや興奮すらしないまである。その為対処は簡単だ。俺は溜め息を吐いてから上着をPolaに掛けようとして、止めた。19のせいでビッショビショである。こんなん掛けたらいくら艦娘でも風邪引くかもな……。仕方なしに放置して放送室に向かった。
放送室に入った俺はすぐさま館内放送で呼びかける。
『えー、Zara。至急放送室まで来るように。またアホが廊下で寝ている、持って帰れ。繰り返す--』
放送が終わって数分後、ドドドドと言う足音の後に放送室の扉が開かれた。
「すみません提督! Polaが本当にすみません!」
大変慌てた様子で胸を揺らしながら入ってきたZara。っていかん、19のせいで意識が胸に。
「いやZaraは悪くないけどな。執務室前の廊下で寝てるから、早く部屋に連れて帰ってやれ。風邪引くぞ」
そもそも艦娘って風邪引くの? って話ではあるんだが。
「Grazie。そうします。……提督はPolaにお酒止めろって言わないですよね」
「まぁあそこまで好きな物を止めるのは気がひけるし。人間と違って急性アルコール中毒は無いらしいから、まぁいいんじゃねぇの?」
俺もマッ缶禁止されたら死んじゃうし。死んじゃうし。
「個人的には酒より脱ぎ癖をなんとかして欲しいとこだ」
俺が見慣れる程脱ぐって相当だからな?
「それは本っ当にすみません! よく言っておきますので! 今度お詫びにPasta、ご馳走します!」
「あー、そこまで気にしなくていいんだがな」
「気にします! 絶対食べてくださいね!」
絶対て。Zaraのパスタは美味いからいいけども。
「そんな言うなら、まぁ食うけど。ってか早く行ってやれ」
「そうでした! では提督、また今度!」
もうPolaったらぁぁ! と叫びながら出ていくZaraを見送る。よし、俺も今度こそ執務室に行こう。そう思い、放送室を出た。
「あら司令官、お疲れ様」
「おう、お疲れさ……ま……」
声を掛けてきた相手を見る。にっこり笑顔がとってもキュートな霞さんでした。でも不思議! 超怖い! そりゃ放送したら来るよね!
「あ、えーとだな、別にサボっていた訳じゃなくてだな」
いや無理だよこれ言い訳しても無駄だよ絶対!
俺が絶望感を露わにしていると、何故かフッと怒気を引っ込める霞。
「はぁ、わかってるわよ。青葉さんが撮影に付き合わせちゃいましたってわざわざ言いにきたから」
青葉ぁぁあぁあ!! 俺にはお前が女神に見える!!
「そ、そうなんだよ。まぁ安請け合いした俺も悪いし、仕事はこれから続きやるから安心してくれ」
信じられるか、これ俺のセリフなんだぜ。
「なら良いわよ。私も4、5時間開けちゃったからまだ仕事残ってるし、最後まで付き合うわ」
「あん? 用事は2時間くらいって言ってなかったか?」
霞がそういう宣言を破るとは珍しい。
「用事はそうだけど、荒潮が風邪引いて熱出しちゃってね、朝潮型総出で看病してたのよ」
総出って、艦娘は相変わらず姉妹仲が良いなおい。俺が風邪引いた時とか小町にすら割と放って置かれるぞ。
「なるほどな。荒潮は大丈夫なのか? ってか艦娘って風邪引くの?」
俺の疑問に霞はふんと鼻を鳴らす。
「引くわよ。人間と比べればごく稀だし、原因も人間とは別だけど」
差し詰め艦娘風邪ってとこだな(そのまんま)。
「それに偶然荒潮がかかっちゃった訳か」
なんとも不運なことだ。
「そういうこと。今は容態も落ち着いたから、朝潮姉さんが診てるとこよ」
流石に長女、こういう時頼りになるんだな。
「そうか、大事無いなら良いんだが……」
明日見舞いに行った方がいいだろうか。いや荒潮とは何回か秘書艦やって貰ったくらいしか接点無いしなぁ。なんで来たの? って思われて終わりだろう。まぁ適当に見舞い品を渡して終わりでいいだろう。そんなことをぼんやり考えていると、突然霞が声を上げた。
「ちょっとクズ、何その上着!? ビチョビチョじゃない! 早く脱ぎなさい。シミにもなっちゃうし、人間は艦娘より遥かに脆いんだから、それこそ司令官が風邪引いちゃうでしょうが! そういう体調管理くらいちゃんとしなさいこのクズ!」
クズで始めてクズで締めるなよ……。
俺のそんな非難の視線もどこ吹く風、テキパキと俺から上着を剥ぎ取る霞。あと上着は19のせいだ。
「クズ司令官は一旦自室に戻って着替えてきなさい。下に着てるTシャツまで濡れてるわよ」
「うお、マジだ。しゃーない、ちょっと着替えてくる」
しかし霞、なかなかオカン力が高い。見た目はこんなにちっこいのに。
「今何か失礼なこと考えなかった?」
この勘の鋭さ!
「ひゃ、別に」
「……早く着替えてきなさい」
「うす」
ひゅー、あっぶねぇ。
会話を多めに心がけてみたら話が進まなかったというオチ。
次の話は過去編か、出会った頃の青葉視点か、どうしようか悩み中。