本当お待たせしてごめんなさい。
今日は待ちに待ったオフである。
もちろん本来であれば週一は休日があるのだが、ここ最近前線付近で細かな小競り合いが頻発していたため、俺も艦娘もあまり休めていない状態が続いていた。うちの艦娘からしたら雑魚(姫級だけど)でも、出たからには倒さないわけにはいかないからな。
しかしそんな状況もつい昨日大型拠点を潰したことで解決し、ようやく通常運行に戻った。それにより俺は休めていなかった分の休みを一気に頂いたわけだ。4連休最高!
そんな訳で俺は今、休日を満喫すべく島の堤防で釣りをしている。
…………。
まぁ待てわかるよ? 俺が休日だというのにゴロゴロせずアウトドアな趣味を楽しんでいることには大きな違和感を感じることだろう。俺もそう思う。
だが勘違いしないで頂きたい。俺は釣りが趣味になったわけではない。
釣り上げた魚を鳳翔さんに調理してもらいたくて釣りをしているのだ。
出不精な俺がわざわざ外に出て釣りをしたくなるほどには、鳳翔さんの作る魚料理は美味かった。
そして。
「ていと……クソ提督、これは食べられる魚じゃないから海に返しといて」
意外にも釣りが得意らしい曙も一緒である。釣り用ベストを着用したガチ装備の少女は、俺が一人で釣りをしていると不思議なことによく会うのである。 もしかして毎日釣りしてんの?
曙は釣れた魚から針を抜きつつ食用に向かないものを俺に渡してきた。
「言い直しちゃうのね……。つかなんだこの魚、色合いやべーな。これも深海棲艦の影響か……?」
強力な深海棲艦が多く棲まう海は紅く染まり、艦娘にとっては居るだけで継続的に微小なダメージを受ける過酷な海域となる。
そんな海が魚などの海洋生物に害がないはずもなく、多くの魚は住処を追われることとなったらしい。中には突然変異することで環境に適応する種もいるが、そういう種は大抵不味い。なんというか、鉄臭い。この魚もそんな種の一つだろうか。
「そうよ。信じられないかもしれないけど、それ元は鯖だから」
「は? サバ? この黒とショッキングピンクのマダラ模様の魚が、サバぁ!?」
曙から手渡されたゲテモノにしか見えない魚を見て思わず叫ぶ。
……いまだ元気にビチビチと跳ねるこいつを改めて見ると、確かにシルエットだけならサバに見えなくもないような。でも明らかに牙とか増えてるし、凶暴性が増している……。
俺はなんとも言えない気持ちになりながら元サバを海に放り投げた。もう釣れないでくれと切に願う。
「深海棲艦が海に齎した影響地味にエグいよな……」
奴らが出没するようになってから、海路の使用が困難になったというのは勿論だが、海の生態系が大きく崩れたのも人間にとってかなりの打撃だった。原因不明の海温低下により、緯度的には南国と言って差し支えないこの島で本来見かけない魚も釣れてしまう程の変化といえば、ことの異常さが伝わるだろうか。
「そんなの今更でしょ。あ、これは食べられるからクーラーボックスに入れといて」
そう言いながら渡された魚は、さっきの元サバと比較しても劣らないほどにアバンギャルドな色合いをしていた。
「えぇ……これ食えるの? なんかもうデカイ熱帯魚みたいなんだけど」
黄色と黒の縞模様が鮮やかなその魚は、スキューバダイビングなんかで見かけたなら海中に美しい彩りを加えてくれる(戸塚を思い出した)素晴らしいアクセントになるだろうが、食欲を唆る色合いではない。断じてだ。
「そりゃあそうよ。そいつ元からこの辺りに棲んでた在来種だし。正直不味い魚だったんだけど、海温が低下したおかげか身が締まって美味しくなったのよねぇ」
はぁん、なるほどそういう変化もあるのか。
「相変わらずやたら詳しいな曙」
俺と釣りをする時は大体こんな感じでなんだかんだ言いながら説明してくれるぼのたんだ。
「クソ提督が無知なだけよ! いちいち説明させられるこっちの身にもなってよね全く」
プンスコと怒りながら言う割には説明してる時楽しそうなんだけど。いや言わないけど。
「別に説明を頼んでな……何でもないです。いやぁ曙のおかげで魚に詳しくなっちゃうなぁ!」
「ふんっ、最初からそう言いなさいよクソ提督! 素直じゃない」
「いや、そればっかりはお前に言われたくないんだが……」
素直じゃない艦娘筆頭だろうが。
「は、はぁ!? あたしは素直に生きてるっての! ――ってクソ提督! 引いてる引いてる!!」
素直さ云々にこれ以上突っ込むと全部ブーメランになりそうだ、とか考えていると曙が俺の持つ釣り竿を見て声をあげる。グググッとなかなかの強さで竿を引かれ、慌ててグリップをしっかりと握り直す。
「おっと、結構重いな。サビキ釣りだし何匹か一気に掛かったのかも、なっと!」
タイミングを見つつリールを回す。アジとか釣れないかねぇ。鳳翔さんの作るアジフライは絶品なんだ。
「クソ提督、逃したら承知しないからね!」
いやそんなん素人に言われても。
「んじゃあ釣れなかったら間宮券をやろう」
「魚ども釣れるな!!」
「手のひら!」
そんなに間宮さんのアイスが好きかよ!
俺も好きです。間宮アイスは艦娘専用かと思っていたら人間用も作れるとか女神かな?
曙の手のひら返しに驚きつつ、堅実にリールを巻いていく。竿から伸びる糸の先が徐々にこちらに近づいてきて、ついに。
「おぉ、釣れた……ってすげぇ釣れてんな」
引き上げたサビキの仕掛けには5匹ほどの魚がかかっていて、うち1匹は腹立たしいことに先ほども見たゲテモノ鯖。帰ってくんなって言っただろ!
で、残りのうち1匹がアジ。願ってはいたがまさか釣れるとは思っていなかった。これは嬉しい。
「て、提督。その魚って……まさか……」
釣れた魚のうち残りを指差してわなわなと震える曙。
めっずらしい表情してまぁ。
「どうしたクソつけ忘れてんぞ……ん?」
残りの三匹。その姿は俺にも見覚えのあるものだった。
美しい銀色の鱗、尖った口、細長い体。
そう、サバやアジと同じく日本では一般家庭の食卓によく並ぶ魚。
サンマだ。
とはいえ曙は少々驚きすぎな気がする。
「んで曙。ここでサンマが釣れるのがそんなに珍しいのか?」
そう聞くと曙は露骨にため息を付き、しかし嬉しそうに俺を詰る。この子俺を罵倒してる時が一番キラキラしてない?
「っはぁー全くクソ提督で無知提督ね! サンマはね、元々太平洋北部とかの冷たい海に多く棲む魚なの。海温が下がったくらいじゃ、わざわざここまで南下してくる理由が無いわけ。そんくらい考えればわかるでしょ」
そもそも冷たい海が平気ってことだからね、と曙。
いや、普通そこまでのサンマの知識がまず無ぇよ?
「ほーん。んじゃあここでこいつらが釣れるのはおかしいわけだ」
「そ。多少は釣れてもおかしくないけど、少なくともあたしがここで釣りをしてて釣れたことは無いわ。つまり――」
そこで曙は言葉を区切る。
「太平洋北部に何かあった、ってことか」
「そう考えるのが妥当ね」
なるほどねぇ。
「それなら俺らがどうこうする問題じゃねぇな。本土の管轄だし、艦娘を擁してるのは何も日本だけじゃない。各々の国でその内対処されんだろ」
元より太平洋北部はうちの管轄外で、その理由もそこまで強い深海棲艦が出没しないから、というものである。
深海棲艦が出ない訳ではないが、それらは戦闘経験の浅い艦娘でも対処できる程度の強さだったはずだ。
「ま、そもそもサンマが釣れたことから推測しただけだから杞憂かもしれないけど。……クソ提督ってこういう時、太平洋北部が心配だから様子を調べようとか言わないわよね」
曙がふと気になったように言う。
「言う訳ないだろ。なんでわざわざ仕事を増やさにゃならん。つーかうちの艦娘が異常に強いから成り立ってるだけで、普通の鎮守府だったらブラックもブラックだぞ。太平洋中部以下を艦娘鎮守府だけでカバーするとか」
まぁ実際は大きな敵拠点が出来る度に潰してるだけだから、言葉のイメージほど忙しく哨戒して、敵を見つけ次第撃滅して、という感じではない。拠点のボス個体を倒し、妖精の作るビーコンを置けばその海域はしばらく安全になるのだ。
とはいえ範囲が範囲だからな。流石に今以上の海域を管理することは艦娘の数の上で不可能だ。
「ほんと、そういうとこは引くほどドライねクソ提督」
言いつつ何故か少し嬉しそうな曙。
「ドライか? 俺が薄情なだけだろ。あとめんどい」
千葉に危険が迫ったら一も二もなく駆けつけるがな! 職権濫用? 知らんなぁ! まぁうちの艦娘が駆けつけたら千葉どころか日本全域が安全になるんだろうけど。
「はん、むしろそれで良いのよ。何も考えず手助けに行こうなんて言おうものなら引っ叩いてたわ! ……まぁ、クソ提督がそういう浅い正義感とか持ち出さないのは知ってたけどね。そこはあんたで良かった」
「さよけ」
…………。
ん、あれ、これ曙デレたの?
いやでも曙の表情普通だな。気のせいか。
その後。
小一時間ほど釣りを続けた俺たちはアホほどサンマを釣り上げることとなり。
太平洋北部の異常がいよいよ現実味を帯びてきて曙と目を見合わせたのだった。
サンマ編導入でした。
あ、お気に入り数4100超えありがとうございます!
よんせんひゃくってもう実感湧きませんね。
ブルーアイズより、ずっとつよい!