【文アル×結界】なくしたものはなんだったのだろう【有島+成長利守】 作:駒由李
▼「【文アル×結界】なくしたものはなんだったのだろう【有島+成長利守】」(https://novel.syosetu.org/128972/1.html)と同設定。特務司書の成長利守。
隣で、黒い髪が風に揺れる。覗いていた池の水面がさざ波を起こした。
「正直に言って、佐藤先生が太宰先生に関心があるとは思ってませんでした」
「……何で誰も彼もがそういうんだ」
溜息混じりに煙を吐く。煙も風に棚引いた。中庭の片隅。散策中に出会した利守に差し出された煙草だった。喫煙家でもないのになぜいつも煙草を持っているのだろう。佐藤は不思議に思っていたが、今はそれ以上に利守の言葉に苦虫を噛み潰す。
この度の緊急任務、「『斜陽』を浄化せよ」。それに纏わる自分たち師弟の関係を揶揄されているようだ。そうでなくとも、周りの文士から太宰との関係について様々に言及されているというのに――そう思って煙草を握っていると、隣の司書はしれっという。
「まぁ本当に興味がなければ、目を背けまくるんじゃなくて適当にスルーしてたでしょうがね」
「……」
「尤も、あなたの性格上、誰かをスルーするというのは不得手でしょうが……それにしたって、あなた方が図書館に来て1年。長かったですね」
「……悪かったな」
煙草を口に寄せる。利守から目を背けたのは、墨色の双眸に見詰められるのを避けたからだ。夜を湛えた目は、「本当に悪いと思っている相手は別でしょう」と問うてくるだろう。それは既に重々承知していた。だからそれだけいって煙を吐く。利守は、口では追及をしなかった。佐藤からは見えない方で言葉を続ける。
「本当に興味関心がなければ、あんな無理な態度はとらなかったでしょうね」
一呼吸を置く。
「そういうのは、知っていますから」
「……俺と太宰みたいなのが、身内にでもいるのか」
単純な興味だ。煙草を口から離して目を向ける。黒い目は、相変わらず池を映している。
身内、と断定したのは特に理由はない。身内という言葉に近しい知り合いという意味をこめたのもある。しかしそれでも、この1年付き合ってきた利守の性格上、そういった「もめごと」に自ら積極的に関わるとは思えなかった。関わるとすれば消極的理由――傍にいるために仕方なく、というところだろう。だとすれば家族か。利守の冷めている人格の形成に関わっていそうだと、謎の多いこの司書に興味を持った。利守の口振りは、秋風のように冷めていた。
「関係は似ていないけど、ある意味似ていますね。興味を失い合えない相手っているもんです」
そうして、あとは水面を見詰める。小さく嘆息して、懐から携帯灰皿を取りだした。それに灰を落とす。再び煙草を吸って、それからたっぷりと息を吐いた。今現在、関わらざるを得ない門弟について考えていた。そしてもう1度、隣の司書を見遣る。
「あんたは、太宰とは正反対だな。冷徹だ」
「そうですかね」
「普段の態度からいってるんだ」
「そういうあなたは、そんな僕のことが正直苦手でしょう」
「――そんなことは」
「いいんですよ。人に好かれる性格じゃないのは承知しています」
佐藤の取り繕いを利守は受け付けない。代わりというように、水面から向こうの池の端を見遣った。つられて佐藤も見た。なんてことはない、中庭の風景が広がっていた。
それからどれだけ黙っていただろう。ちびちびと吸っていた煙草がフィルターのぎりぎりまで燃え尽きる程度だから大して時間は経っていない。しかし随分と長く感じられた。
不意に溜息が聞こえた。隣からだ。
「子どもの頃からですよ、この性格は。昔はもう少しかわいげがありましたから、兄たちにもかわいがってもらえましたけど」
「あんた、下の子だったんだな」
「3人兄弟の末っ子です。年が離れていまして。上は12才、下は5才離れていました」
「お兄さんたちも年が離れてるな」
「家族計画がむちゃくちゃですよね」
「ははは……」
言及しづらい言葉に、曖昧に笑って返しながら煙草の先を灰皿に押しつける。ようやく進んだ会話に内心で安堵していた。実のところ、この司書が苦手なのは事実だ。嫌いなのではない。それは太宰も一緒だ。ただどう接したらいいかわからないところがある。その点で、太宰と利守は正反対でありながら共通していた。尤も、利守は安定しているからまだわかりやすかったが――一定して「冷めている」ものの。
そんな利守は、ぽつりとつぶやいた。
「昔の兄たちもそうでしたよ」
墨色の目が遠い。
「どう接したらいいか、お互いにわからないみたいでした。……僕も……」
その言葉で、この司書もまだ若いのだと気付いた。
この図書館に来て、1年経っていた。
了