常識人は衰退しました   作:makky

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第1章:新しい非日常との出会い
だいいちわです?


 この町は私の故郷だ

 幼い頃、それこそ物覚えついたときから、私はこの町で生活してきた

 

 そして同時に、私はこの町が嫌いだった

 

 右を向いても左を向いても、目に飛び込んでくるのは奇想天外な事ばかり

 ある日は路面電車を追い抜いていく上級学年生を見て

 またある日は自身の十倍を越す樹のてっぺんにある風船をジャンプで取るスーツのおじさんを見て

 はたまたある日は一人を殴ったはずなのに周りにいる人間全員を吹き飛ばす道着姿の女性を見てと

 

 はっきり言おう、この町はおかしい

 おかしいことがおかしくないくらいにはおかしいのだ

 

 このおかしな現象を「おかしい」と認識しているのは、どうやら私だけだったようだ

 ようだ、というのは誰に話しても誰に聞いても返ってくるのは

 

 「それが普通でしょ?」

 

 という、私の常識を木っ端みじんにしてくれる言葉だけだったからだ

 小学校三年生の出来事だったのは、今でも嫌と言うほどよく覚えている

 

 きっとあのまま行けば、私は確実に歪んでいただろう

 誰も私の言うことを「正しい」と感じてくれない

 そんな状況が続けばきっと私のことだ、その違和感を心に押し止めて噛み殺してしまっただろう

 そして何かしらの形で反動を受けて、それはそれは人前に出して恥ずかしい趣味に没頭したに違いない

 私が言うのだ、絶対間違いない

 

 だからこそ

 

 本当はこんなことに言いたくはないのだが

 

 言いたくはないのだがーー

 

 ーーにんげんさんおなやみごとですか?

 ーーぼくたちでよければそうだんにのりますよ?

 

「あー…大丈夫だ、明日のお菓子を何にするか考えていただけだ」

 

 この不可思議を凝縮して無添加のまま作ったような彼等には

 

 ーーおかしー!

 ーーやったですー!

 ーーいまからたのしみなのです

 ーーはやくかえりましょう

 ーーおかしのひはあしたです?

 ーーたのしみはとっておくものです?

 

「分かった、分かったから増えないでくれ。慣れたとは言え結構大変なんだよ」

 

 この小さな幸せをくれた彼等には

 

「ーーありがとうな」

 

 私ーー長谷川千雨は小さくお礼を言っておこうと思う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、明日のおやつ作りの材料購入のためスーパーに来ているのだが、ひとつだけ守るべきことがある

 タイムセールの時間に近づかない、だ

 え?混雑時を避けるのは普通だろって?

 そんな理由だったらわざわざ「守るべきこと」なんて前置きしないさ

 一番問題なのは、その時間帯に遭遇したくない連中が集中するから

 遭遇したくない連中、それは私のクラスメイトだ

 この時間帯、だいたい四時過ぎごろは部活をしていない寮生活の面子が集中しやすい

 そしてここの女子中等部は原則寮生活だ

 遭遇率がひじょーに高い

 そんななかでも一番出会いたくないのがーーー

 

「…あーもう、ついてねーな」

 

 緑色の髪、人形のような白い肌

 そして隠そうともしない頭の二つのアンテナ(のようなもの)

 私のクラス、2-A不可思議クラスメイト上位の絡繰茶々丸である

 

(今日はよりによってあいつか、苦手なんだよな私…)

 

 表情のないその顔は、どう見ても無機質そのもので

 張り付けた感情すらない、まっさらな白画用紙を見ている気分になる

 

 ーーいやもう勿体振るのはよそう

 そう、あいつはロボットだ

 正確に言うとガイノイドらしいがそんなことはどうでもいい、重要なことじゃない

 自分のクラスメイトがロボット(生後4ヶ月)と知ったときのおどろきっぷりは、その次の日のおやつ作りで四品作ってしまうほどのものだった

 そんな彼女も今では立派な中学生(生後2年)になりまして

 私の精神力は無事に全快してーー

 

 くれるとよかったんだがな…

 

 彼女は確かに不可思議クラスメイトの上位には入る

 入るのだがそれでも順位は低い

 ロボット程度ではあのクラスの最上位にはなれないのだ

 最上位と言うのはそう、彼女とよく一緒にいる年齢詐称の女子中学生だろう

 …僅差で一位というところがミソなのだが

 

 言い出すときりがないからこの辺で終わりにしよう、今は目の前の問題に取りかかるべきなのだから

 

 絡繰茶々丸は先程も言った通り無感情のクラスメイトだ

 うっかり顔を合わせたとしても「こんにちは」程度で終わらせてくれるくらいには私に無関心だ

 

 問題はそっちじゃない

 彼女がいると時折、本当に時折なのだが

 先程話題に出した中学生にしては背が低い、金髪の海外留学生(担任談)がいることがあるのだ 

 

 その海外留学生は、学校の授業には殆どでない

 出ても平気で居眠りをする

 と言うか学校来て一番長くいる場所が屋上

 周りとの会話は一切と言ってよいほどなく

 「…ふん」とか平気で投げ返してくる

 一体何のために留学しているんだと言われそうな、不良中学生なのだーー表向きは

 

 正直に言おう、私はどうにかしてクラス替えをしてもらいたい

 このまま中学卒業まで一緒だなんて悪夢以外の何者でもない

 そうだ、彼女はただの海外留学生などではない

 

 おとぎ話の中だけに生き、ただただ恐れられるだけの存在

 人の血を啜り、眷属を生み出す

 そう彼女はーー

 

「ほんと、ついてねーな…」

 

 ーー目の前にいる彼女は、吸血鬼と呼ばれるものだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後悔先に立たず、何て言うことわざがある

 どれだけの後悔であっても必ず後に立つということ

 つまり後悔は先には来ないのだ

 そう今自分が置かれている状況もまた、後悔なのだから

 

 (焦るな、ここで挙動不審な行動を取ったらそれこそ命取りだ…)

 

 慌てて店を出る、視界から急いでそれる

 そんなことをすればきっと一発で怪しまれるだろう

 彼女相手にそこまでバカなことはできない

 必要なものを急がず普段通りに取って店を出る、それで十分だ

 

 ーーにんげんさんおこまりのごようすですが?

 ーーぼくらがなんとかしましょうか?

 

 だから頭の中に聞こえてくるこれは無視しなければいけないのだ

(…落ち着いて考えてみれば、あいつはこっちが何かしないと敵対しないんだったな)

 

 考えすぎて思考が固くなってしまっていた

 そうだ、彼女は敵対者には厳しいがそれ以外に害を与えることはしない

 ーー無視してしまおう

 相変わらずの事無かれ主義、なんとでも言うといいさ

 そうと決まればさっさと買い物を終わらせてーー

 

「こんにちは長谷川さん」

 

 聞きたくなかった声が後ろから聞こえる

 振り替えれば、いつの間にやら近づいていた絡繰茶々丸

 なんで声かけてるんだよこいつは、もう少し空気ってもんをーー

 

「何をしている茶々丸、はやくせんか」

 

 まさかのご本人登場、感動のあまり頭が痛くなりそうだ

 

「はいマスター、長谷川さんを見かけましたのでご挨拶を」

「長谷川?…ああ同じクラスにいたな」

 

 どうやら彼女の中での私はその他大勢のうちの一人程度らしい、いやいいんだが

 

「長谷川さんも買い物でしょうか?」

「…それ以外にスーパーに来る用事があるのか?」

「世間にはさまざまな方がいらっしゃいますので」

「あたしをそこに分類するんじゃねぇ!」

 

 全くもって失礼なガイノイドである、親の顔が見てみたい

 …脳裏に似非中国人とマッドサイエンティストが浮かんだので考えるのをやめる、やっぱ出てくんな

 

「さっさと帰るぞ茶々丸、油を売る趣味は無い」

「わかりましたマスター」

 

 どうやら長話をする気はないらしく、せかす彼女について絡繰茶々丸はレジの方へと向かう

 

「相変わらず、なんというかなぁ…」

 

 遠ざかっていく金髪少女ーーエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの背中を見送りながら、私はお菓子の材料コーナーへと向かうのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーどうだった茶々丸」

「誤差の範囲でですが微弱なノイズを検知しました」

「どのタイミングでだ?」

「私が長谷川さんに話しかける直前に2回」

「あいつ自身からノイズが、か」

「先程も述べた通り微弱のため誤差の可能性も十分にーー」

「可能性があるだけでも御の字さ」

 

 店を出てしばらくした道で、吸血鬼の主人とガイノイドの従者は話す

 先程偶然出会った、あるクラスメイトについて

 

「くくく、あいつが怪しいから気を付けろと言うから気にはなっていたが、なかなか面白い奴じゃないか」

「マスターは長谷川さんの事をどのように?」

「あいつか?あいつはな、面白いほどに『面白くない』のさ」

 

 従者の質問にニヤリと笑いながら返す吸血鬼、その顔はまるで新しいおもちゃを見つけた子どものようだった

 

「こんなところに14年も閉じ込められて退屈していたが、どうやら暇潰しにはなりそうだな」

「暇潰しですか」

「ああそうだ。もうじき待ちに待った獲物がやって来る、その前座にでも遊んでやろうじゃないか」

 

 欧州に知らぬものなし、恐れられる代名詞

 600年を生きる伝説の吸血鬼、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルはそう言って歪んだ笑みを見せた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エヴァが長谷川さんと遭遇したみたいネ」

「あー、前から一度面と会ってみたいって言ってましたもんね」

「どうやらさらりとした初遭遇になたみたいだけれど、エヴァはかなり興味を持たみたいネ」

「うーん、長谷川さんですか。私のなかではかなり大人しいイメージがあるんですが」

「もちろんその通りネ。長谷川さんは大人しく悪目立ちしない、あのクラスのなかでは逆に目立つ性格の持ち主ネ」

 

 大量に設置されたディスプレイの部屋、そこに頭を白い団子のような布で二つにまとめたーー所謂包子頭の少女と、お下げに丸眼鏡と言ういかにも科学者な風貌の少女が、あるガイノイドからもたらされた情報を共有していた

 

「じゃああのクラスにいる一般人の一人なのでは?」

「いーや違うネ。長谷川さんは間違いなく此方側の人間、それも私と同類の人間ネ」

 

 座っていた椅子から立ち上がり、映像が写し出されているディスプレイを眺める少女ーー超鈴音は言う

 

「えー…そうですかー?」

「ム、納得してないね葉加瀬」

 

 超の言葉に納得いかない様子の少女ーー葉加瀬聡美はそう答えた

 

「長谷川さんはどちらかと言うと文系なのではないでしょうか、とても超と同じには…」

 

 そう言った葉加瀬に超は

 

「クフフ、それは外面の話ネ葉加瀬。それじゃあ見えるべきものは見えないネ」

 

 座り直した椅子をくるくると回して超は葉加瀬に向き直る

 

「もちろん長谷川さん自身が私と同類の人間とは言てないヨ。肝心なのは内側にあるものネ」

「内側、ですか?」

「そうネーー巧妙に隠したつもりかもしれないが、確かにそこにある。見えないのに見えているーー気持ち悪い物が、ネ」

「の、割には楽しそうですね超」

「当然ヨ!」

 

 椅子をひっくり返しそうな勢いで立ち上がる超は高らかに宣言した

 

「彼女は私のーーいや私たちの遥か先にいる!私たちがたどり着くべき場所に彼女はもういるネ!科学者としてなんとしてでもその秘密を明かさなければならないネ!」

 

 澄みきった狂気の目をしながら、遥か未来から過去を変え自身の運命さえも変えるためにやって来た少女、超鈴音は決して届かない宣戦布告を彼女に叩き付けたのだった


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