常識人は衰退しました   作:makky

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だいにわです

 昨日の遭遇劇をとりあえず頭の片隅に追いやり、女子寮を出る

 始業ベルまであと30分、この時間はまだ寮の前の道路も人通りは少ない

 しかし私の記憶が正しければ今週は「遅刻者ゼロ週間」だ

 おそらくあと20分ほどするとすさまじい人であふれることになるだろう

 

「さて、今日も頑張りますか」

 

 普段通りの一日を普段通り過ごそうと決意して――

 

「……あん?」

 

 左手首につけたものが目に入る

 

「…おいおい嘘だろ」

 

 ピンク色に光っているそれは、彼らが私の生活を『お手伝いする』ために作ってくれたものの一つだ

 その日一日の間に私にとって嬉しくないことが起こると、普段は白色のブレスレットがピンクに光りだし、その原因を目にするとちょっとした仕掛け――ブラシが出てきてくすぐってくる――が始動する

 

 その名も『予感ブレスレット』

 

 彼ら曰く

 「たのしくないことがあるなら、えがおになってたのしくなるです」

 と相変わらず何を言っているのか要領を得ない

 

 だがこいつのおかげで小学校3年生からこの方「君子危うきに近寄らず」に徹することができた

 問題があるとすると、一度反応した相手には反応しなくなってしまうことだろうか…

 

「はぁ…決意した先からこれかよ…」

 

 今すぐ引き返してベッドに潜り込みたくなる衝動を押さえつけ、先ほどより重くなった足を引きずって私の母校――麻帆良学園女子中等部へと向かうのであった

 

――――――――――――――――――――

 

(勘弁してくれよ…)

 

 今目の前で起こっていることから目をそらしつつ、私は内心頭を抱えていた

 

 始業時間前から、クラスのいたずら仕掛人3人が扉や教卓周りにいたずらを仕掛け終わって少しした後に

『ああそういえば新任教師が来るとかなんとか言っていたなぁ』

 と思いだし、それが私にとっての厄介ごとだと理解しているときに、それは入ってきた

 

 扉に黒板消しという古典的なトラップの仕掛けてあった扉から入ってきたのは、想像していた教師像と全く異なっていた

 

 赤い髪に眼鏡、きっちりとスーツに身を包んでいるがその幼い顔立ちと身長

 そう、どう見ても未成年どころか私たちよりも幼いのだ

 

 そんな彼の上に挟まっていた黒板消しが落下していく

 そして、私の見間違いでなければ、できれば見間違いであってほしいが――

 

 ほんの一瞬だけ少年の上で静止した

 

 一瞬制止した後、まるで思い出したかのように頭に直撃し、そのあとは足元の縄に引っかかり頭上から水入りバケツが落ち、3本ほどの矢(吸盤式)の餌食になり教卓に激突して止まった

 

 仕掛け人を筆頭にクラスメートが少年に群がったところで、しずな先生が一度仕切り直し――

 

「今日からこの学校でまほ…英語を教えることになりました『ネギ・スプリングフィールド』です。3学期の間だけですけどよろしくお願いします」

 

 その言葉にクラス中が大騒ぎになったところで冒頭に戻る

 

(特大級の厄ネタだぜまったく…)

 

 ちらりと前を見てみれば自己紹介した少年――ネギ先生はクラスメートにもみくちゃにされていた

 

(作るお菓子の種類増やすか…?)

 

 こういう時は菓子作りで誤魔化すに限る

 帰りがけに追加しようかと考えていると

 

「――何かおかしくない?あんた」

 

「…あん?」

 

 もう一度前を見るとクラスメートの神楽坂明日菜がネギ先生につかみかかっているところだった

 

 なんだ喧嘩か?いきなり教師に暴行は流石に不味いだろ

 と思っているとクラス委員長の雪広あやかが止めに入る

 

 止めに入ったんだが「凶暴なおサルさん」なんて神楽坂に言っちまうもんだから、今度は神楽坂が「このショタコン」とか言い返して、取っ組み合いに発展してしまった

 いや止めに入ったんじゃねーのかよ委員長

 おまけにオジコンとか言い返してるし、相変わらずお前たち仲が悪いな

 

「……大丈夫なのかこのクラス?」

 

 今に始まったことではなかったが、呟かずにいられなかった

 

――――――――――――――――――――

 

 そのあともまあ色々と酷かった

 酷いというとあれかもしれないが、他に表現のしようもないのだから仕方がない

 

 あの後ようやく授業に入ったはよかったが、先生の身長が低く黒板の上に手が届かないわ

 委員長がどっから取り出したんだよと突っ込みたくなる金ぴかの踏み台を出してくるわ

 何か気になったようで、神楽坂がちぎった消しゴムを先生に当てまくるわ

 それをチクった委員長に筆箱をぶつけて乱闘第二ラウンドをおっぱじめたりと

 

 どう考えても初日に新任の教師が受けるような仕打ちではないが、この学校ではよくあることなのでスルーする

 

「さてと、何買おうかな」

 

 とりあえず授業が無事に終わったので追加でお菓子の材料を買いに向かう

 何やら教室ではネギ先生の歓迎会をするとかで盛り上がっていたが、私がいなくても大して変わらないだろうと気付かれないように抜け出してきた

 

「チーズケーキに合うようなお菓子か…味が濃ゆいからさっぱりしているお菓子がいいかな…」

 

 なんて考えて歩いていると、あるものが目に入る

 

「あれは、宮崎か?」

 

 10冊以上の本を抱えて、階段を降りようとしているクラスメートの宮崎のどかだった

 どう見てもひとりで抱えられる冊数ではない、せめて台車かなんか使えよと思い声をかけようとすると

 

「あっ」

 

 なんて短い声を上げてバランスを崩した

 

「クソッ――」

 

 駆け寄ろうとして走り出す

 だがどう考えても間に合わない距離

 

(使える遺留物を…ってな?!)

 

 そこに見えたのは杖を宮崎に向けているネギ先生だった

 次の瞬間

 今にも地面に落ちそうだった宮崎は地面すれすれで――浮いた

 

 そう

 

 まるで『魔法』みたいに

 

――――――――――――――――――――

 

「ハァァァ……」

 

 自室の床に座りながら、あたしは盛大に溜息を吐いた

 

 あの後咄嗟に反対側の階段の影に隠れてやり過ごしたが、ネギ先生はそこに居合わせた…いや居合わせてしまった神楽坂にどこかへ連れ去られてしまったようだ

 

 その後のことは知らないが、助けられた宮崎は放っておいてよかったのかと良心の呵責が今になって出てきた

 

「まぁ…大丈夫だろ、多分」

 

 他人の心配をしていられるほど今の自分に余裕はない

 心を落ち着けるためにも、まずはお菓子作りに取り掛かろう

 

「ってしまった追加のお菓子の材料…もういいか今日は」

 

 あんなことがあった後に改めて買い物に行く余裕すらないあたしは、予定通りチーズケーキのみ作ることにした

 

「にんげんさんおつかれのようです?」

「きょうおかしはなしですか?」

「おかしなしはとてもかなしいです」

「なんとしてでもつくってもらうです」

 

「呼んでもいねぇのに出てきているし…」

 

 卵と砂糖を混ぜていると、4人ほど出てくる

 

「ちゃんと作ってやるから安心しろ…というかあたしのためにも絶対作ってやるから」

 

「やったです!」

「きょうはけーきみたいです?」

「あまいけーきがいいです」

「これはきたいだいです」

 

 こいつらはお菓子のことになると元気になる、そしてお菓子を作ってやるとすごく喜ぶ

 甘ければ何でもいいらしいが『やっぱりお菓子がいい』とは、いつ聞いた言葉だろうか

 それ以来見様見真似、というよりレシピとにらめっこを続けて、簡単なものであればなにも見ずに作れるほど上達した

 

「良い事かどうかって聞かれりゃ、まぁ良い事に違いはねぇけどさ…」

 

 食べさせる相手が目の前のこいつら以外いないというのは嘆くべきことなのだろうか

 ヨーグルトを加えさらに混ぜたものにホットケーキミックスを混ぜながら、次は何を作ろうかと考える

 

「んー、次はチョコ菓子に挑戦してみるか…チョコパイ、はオーブンがいるか…」

 

 ダマがなくなったことを確認して、炊飯釜に油を敷き生地を入れる

 

「こういう時は高性能な炊飯器でよかったと思うな」

 

 ケーキコースのボタンを押して、後は出来上がるまで待つのみだ

 

「本当ならなんかついでに作るんだが、材料ねぇから仕方ないな」

 

 時間があるため本棚にしまってある『面白図書鑑』を取り出す

 自分の読みたい本の内容を読ませてくれるという優れもの

 クラスの本の虫に見せたら大変なことになるに違いない

 おまけにどの時代のどんな本でも読めるため、()()図書館島より読めるものはおそらく多いだろう

 …水没していても本が読める図書館だから怪しくはあるが

 

「にんげんさんにんげんさん」

 

「…ん?どうしたきゃっぷ?」

 

 初めて会った時、なんとなくリーダーっぽかったのでそう名付けた奴が話しかけてくる

 

「さきほどのことはどうするですか?」

 

「……」

 

 答えにくいことを平然と聞いてきやがって…

 

「どうするもこうするも『無視するだ』もちろん」

 

「むしですか」

 

「どうしようもねーからな、生憎と」

 

 首を突っ込むつもりはない、今まで通り距離を取り続けるだけだ

 

「あたしは、それでいいって決めたんだからな」

 

 

 

 

 

『なんでそんな変なこと言うの?』

 

『千雨ちゃんおかしいよ』

 

『どうでもいいじゃないかそんなこと』

 

『他の子と違って妙なこと言うのね』

 

 

 

 

 

 自分が他人と違う

 

 納得したことは一度もない

 

 理解したかったわけじゃない

 

 これはきっと、諦めなんだろう

 

「……」

 

「にんげんさんがそういうのならいいのです」

 

 察したのかどうかは分からないが、きゃっぷはそのあと何も言わなくなった

 

「ほんと、めんどくせぇな…」

 

 そう呟いて、あたしは『面白図書鑑』に目を落とし読書を再開した

 

 ――ついでに言うとチーズケーキは大好評だった

 

――――――――――――――――――――

 

 翌日から先生の授業が本格的に始まったが、まあ特筆するほど良くも悪くもなかった

 

 こりもせず黒板消しをセットしていた扉からネギ先生が入ってくるが、一緒に入ってきた委員長にキャッチされ今回は不発に終わる

 

 その後の英語の授業では例文の和訳で神楽坂が指名され、それはもう散々な目にあった

 例文が長く訳しにくいものであることは分かるんだが、本人の学力の限界を大幅に超えてしまっているため『ブランチ』とか『骨が百本』とか出てきてしまった

 

 人のことは言えないんだが

 

 そして先生、いくらそう見えたからって教師が「英語ダメ」って言うのは良くないだろ…

 

 なんて思っていると突然ネギ先生がくしゃみをした、それはもう盛大に

 どれくらい盛大かと言えば、掴みかかっていた神楽坂の服が吹き飛ぶくらいに

 

 ……

 

 よし!あたしは何も見なかった!いいな?

 

 そういうことにした

 

~~~~~~~~~~

 

 そういうことにしたのになぁ…

 

「ああーー!やめっ…やめてくださいーっ」

 

 放課後になり、先生が大慌てで教室に入ってきて神楽坂と何やら話をした後

 ネギ先生が持っていた小瓶の中身を本人に飲ませたら、さあ大変

 

 まるで惚れ薬でも飲んだかのようにクラス中の女子がネギ先生に群がっていく

 

 あーそういえば昔似たもん渡されたなーあんときは異性にじゃなくて動物にめっちゃ好かれたけど

 

 なんて思っているとネギ先生が教室からダッシュで逃げていった

 

 その後の行方は知らないが、考えるだけ無駄というものだろう

 

(持っててよかった『あっちいってポイ』)

 

 厄除け用にあらゆる効果(毒を含む)を無効化するお守り袋のような遺留物だ

 

 まさか二日目で効果を発揮するとは思わなかったが、周りの誰も気が付いていない様だ

 要注意人物たちはすでに教室にいない…あぁいや一人いたか

 まあこっちに目もくれずに、惚れ薬(仮)の餌食になったお嬢様見て若干動揺しているから大丈夫だろ

 

「…明日こそ平穏でありますように」

 

 そう願うばかりであった

 




『予感ブレスレット』
使用者本人にとって喜ばしくない事がその日のうちに起きるとき、ピンク色に光って知らせてくれる遺留物
さらにその喜ばしくない事を引き起こす人物に遭遇するとブラシが現れて使用者にくすぐって知らせてくれる

『あっちいってポイ』
 媚薬毒薬しびれ毒麻薬即死毒ets…どんな猛毒だろうと無効化する遺留物
 見た目は白い袋に赤い字で『厄』と書かれているお守り
 ちなみにメインは毒物だが副作用として催眠洗脳魅了服従などのいわゆる「厄い」ものにも効果を発揮してくれる

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