常識人は衰退しました   作:makky

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だいはちわちっくに

「永かった」

 

 夜の帳が下りた大樹の街

 その一角にある西洋風の塔の上で、その女は呟いた

 

「15年間という月日は、私にとっては退屈すぎた」

 

 金色の長髪と黒い外套を夜風に靡かせ

 鋭い牙を覗かせた

 

「終わりにしようか…『ネギ・スプリングフィールド』」

 

 長い夜が、始まろうとしていた

 

 

「茶々丸、予定通り私と合流しろ、大浴場にぼーやを誘い出すぞ」

 

『了解しましたマスター』

 

「チャチャゼロ、お前も手筈通りにな」

 

「ケケケケ、任セロ御主人」

 

 新しい従者と、古株の従者を引き連れて

 

 闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)がやってくる

 

――――――――――――――――――――

 

 順調だと、吸血鬼は思った

 

 眷属として仕込んでいた佐々木まき絵は手筈通り、ネギ・スプリングフィールドに接触

 女子寮の大浴場に来るように伝えた

 

 あと少し

 

 あと少しすればここに来る――

 

『…オイ、ゴ主人聞コエルカ?』

 

 その時、別命を与えていた従者が話しかけてくる

 

「チャチャゼロか…首尾の方はどうだ」

 

『アア、ゴ主人ノ言ッテイタ通リ――』

 

 あぁ、やはりそうか

 面白いな、これだから吸血鬼は――

 

『部屋ハモヌケノ殻ダゼ』

 

 やめられない

 にやりと口端が歪む

 獲物はイキがよく、そして賢い

 

「…分かった、チャチャゼロはそのまま奴を探せ、そう遠くへは――」

 

「エヴァンジェリンさん!!」

 

 そうこうしているうちに、もう一人の獲物がやってくる

 

「さぁ、楽しもうじゃないか」

 

 短い短い、夜の遊びを

 

――――――――――――――――――――

 

「ゴ主人?オーイ?…無視シテイルナサテハ」

 

 同じ女子寮の一室で、チャチャゼロと呼ばれた人形はいつものことだといった感じで愚痴る

 

「シッカシ、ナニモネェ部屋ダナココハ…マァゴ主人ノ家ニ物ガ多イダケカモシレネーガ」

 

 整頓された部屋、きれいに並べられた本棚、ペン置き以外何も乗っていない机

 

 モデルルームのような整理され過ぎたその場所は、違和感の塊でもあった

 

「ケケケ、ダガゴ丁寧ニ匂イハシッカリ残ッテイルゼ。闇ノ魔法使イノ従者チャチャゼロ様ニ掛カレバ、10分デ見ツケテヤルゼ」

 

 懐からナイフを取り出し、チャチャゼロは部屋を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…匂いって、あたしそんなに匂ってるのか?」

 

「どうぐでかくにんしますですか?」

 

「ですがおそらくなにもでないかと」

 

「あのにんぎょうさんのいってた『におい』は、おそらくたいしゅうにはわからないものですゆえ」

 

「においだけに『たいしゅう』というわけですな」

 

「……」

 

「ぴーーーーーー!」

 

「あぁくりすとふぁーがにんげんさんににぎにぎと」

 

「わらえないじょーくをいったのでしかたなし」

 

「これもさだめか…」

 

「いいから、続けるぞ…ったく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

「匂イガ途切レテルナ…コイツハ想像以上ニ手強イカモナ」

 

 女子寮から少し離れた建物の陰で、チャチャゼロは呟いた

 

「前モッテゴ主人ガ動クコトヲ予想シテ、シカモ隠レルトハ」

 

 焦りや怒りの表情はなく

 

 いつもとおなじ様な笑みをして

 

 それでいて彼女の主と同じように、面白いおもちゃを探す子どものような様だ

 

「時間ハ…アンマリネーナ、トットト探シ出シテヤルゼ」

 

 そうして歩み始めた時

 

「…アン?ナンダコイツ」

 

 普段の彼女ならば決して気にしないようなものが目についた

 

 赤い風車が

 

「……」

 

 夜風に小さく回る風車

 

 時折向きを変えて羽を回す

 

(ナンダ…ドウミテモ普通ノ風車ナノニ…)

 

 気が付けばその風車のすぐ来ていた

 

(罠、カ…?)

 

 長年の勘がそう知らせる

 

 こいつは何かある

 

 するとそれまで小さく回っていた風車が彼女の方を向いた

 

「来ルカ…!」

 

 ナイフを構え風車に飛び掛かろうとすると――

 

 

 

 

 風車が猛回転を始めた

 

 

 

「…ハ?」

 

 一瞬の呆けの後には

 

「――オオオオオオオォォォォォォォァァァァァァァァァァ!!??」

 

 強風に吹き飛ばされ、その場には空のかなたに飛んでいく彼女の声だけが残された

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…大丈夫なんだろうなあいつ」

 

「あんぜんせいにもんだいはないですので」

 

「さいだいそくどは60きろですが、けがなしあんぜんがもっとーですゆえ」

 

「自動車並みの速さで吹っ飛んでる時点で安全も何もねぇだろ」

 

「ちゃくちじのそくどは、にんげんさんがあるくそくどいかになるようにはなっていますので」

 

「おくりさきもはんいないですのでしんぱいごむよう」

 

「…まぁそれならいいんだけどよ」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「逃げたか」

 

 障壁が破られるとはな、とほくそ笑む

 

 女子寮大浴場からこの橋まで誘い出された時は何をするつもりかと思ったが、拘束呪文を事前に仕込んでおくとはさすが奴の息子といったところだ

 

 さすがに茶々丸がすぐ解除するという想定はなかったようだが

 

 あと少しで念願が叶う、その直前にまたあいつが乱入してきた

 

 桜通りの時も、茶々丸が奇襲された時も、そして今も

 

「じじいめ、同じ部屋にするから何かあるとは思っていたが…フフ」

 

 受け止め損ね掠った傷から滴る血を拭き取る

 

「まあいい、遠くへは行ってないだろう」

 

 あの坊やのことだ、ここから私をそのままにして逃げることはするまい

 

 確信に近い考えを張り巡らせる

 

 残された時間はそう長くない

 

 停電が終わる前にケリを付けなければ

 

「――む」

 

 その時、麻帆良大橋の柱の影が光り輝く

 

 あの光は確か――

 

仮契約(パクティオー)か」

 

 茶々丸から坊やと奴が仮契約していたと聞いていたが

 

「来たか、坊や」

 

 柱の陰から坊やと奴、そして肩に乗ったオコジョが出てくる

 

「なるほど、これで戦況は五分というわけだ坊や」

 

 状況は若干悪くなった程度、まだこちらに分がある

 

「杖のない魔法使いと素人の従者、さてさてどこまで食い下がれるかな?」

 

 にやりと笑ってみれば2人とも体に力が入る

 

「行くぞ、今だけは『先生』と『生徒』ということを忘れろ」

 

 その言葉に隣にいる従者も臨戦態勢に入る

 

 そしてそれは目の前に2人も同じだった

 

「楽しい夜だ、せいぜい本気で挑め」

 

 決着をつける時が来た――

 

「……ん?」

 

 ――とはいかなかった

 

「マスター?」

 

 隣の従者が怪訝そうに声を掛ける

 それに魔女が答える前に

 それは来た

 

「――ァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアア!!??」

 

 盛大な叫び声をあげて、主である魔女めがけてまっすぐと

 

「…ふんっ」

 

 それを気にする様子もなく、彼女は飛んできたもう一人の従者を受け止める

 ――頭を鷲掴みにして

 

「オオオオオ…オ?オオ、ゴ主人ジャネーカ。無事カ?」

 

「それは私の台詞だ」

 

 若干ふらふらとしながらのんきにそんなことを言ってきた従者を呆れた様子で眺める魔女

 

 突然の乱入者にもう一人の従者と目の前の二人と一匹は困惑していた

 

「その様子だと良いようにあしらわれたようだったな、どうだ?奴は恨み言の1つでも言っていただろう」

 

「アーソノコトナンダガナゴ主人」

 

 掴んでいた従者を下し思ったことを呟く主人だったが

 

「アイツヲ見ツケル前ニ吹キ飛バサレテコノ様ダゼ」

 

 従者はそう返した

 

「…………」

 

「アーゴ主人大丈夫カ?」

 

 呆けた様子の主人に声を掛ける従者

 

 その主人は――

 

 

 

 

 

 

「アッハハハハハハハハ!!」

 

 

 

 

 

 次の瞬間大声で笑いだした

 

 

「アハハハ!そうか!そうだな!あいつにとっては()()()()()()()だったか!アッハハハ!」

 

 ひとしきり笑い、伏せていた顔を正面に戻す

 

「悪いな、少し取り乱した――仕切り直しと行こうか」

 

 途端に背筋が凍るような感覚が2人と一匹を襲う

 

「本当はな坊や、お前の血を使ってこの忌々しい呪いをすぐにでも解いてやろうかと思っていたんだが――どうでもよくなった」

 

 ほくそ笑みその横に従者2人が陣取った

 

「止めたければ、殺す気で来い先生」

 

 月下の対決の決着は、もう暫し後に――

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ――15年間という時間は、私にとってとても長く、そしてひたすらに苦痛なものだった

 

 来ると約束したアイツは死んだと伝えられた時、吸血鬼らしからぬ取り乱し方をしたのは思い返して呆れてしまう程のものだった

 

 魔力を封じられ、自分では解呪することすら叶わず

 

 ひたすらに中学生3年間を繰り返し続け、私の心は擦り切れ切ってしまった

 

 唯一の希望すら失い、もはやこのまま永遠に同じ時間を繰り返す

 

 

 ――そう思っていたときに、『アイツ』と出会った

 

 

 アイツの第一印象はその辺にいる女子中学生と全く同じものだった

 

 特段変わった様子はなく、ごくごく普通の女子中学生

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 初日から、アイツはその本性を見せた

 

 茶々丸、神楽坂、近衛、桜咲、龍宮、超、長瀬、葉加瀬、レイニーデイ、そして私――

 

 アイツは的確に私たちを警戒していた

 

 それに気が付いていたのは、私と超程度だった

 

 話したことはおろか顔すらまともに見ていない私の秘密を見抜いた

 

 15年振りに、私の中の好奇心が疼いた

 

 

 巧妙に隠していながら、その実本人が気付かないほどに警戒心をあらわにしていた

 

 目立つ、正体がわからないから尚更に

 

 話をして、さらにその思いは深まった

 

 

 正直アイツの秘密とやらに興味はない

 

 私のこの15年間続く渇きを癒すだけの何かを持っているか

 

 たったそれだけが、私の関心事だった

 

 まるで恋焦がれる初恋のようなこの渇きを――

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「負けた、か…」

 

 ネギ・スプリングフィールドに抱かれながらエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは呟いた

 

 たがいに出せる最大級の術式の衝突

 

 そしてネギ・スプリングフィールドがうっかり発動させた武装解除呪文

 

 予定より早かった停電復旧も加わり、彼女は再び封印状態に戻った

 

「…一応なぜ助けたか聞いてやる」

 

 ニヤリと笑ってそう言えば、彼は笑って返す

 

「エヴァンジェリンさんは僕の生徒じゃないですか」

 

「…殺す気で来いと言ったんだがな」

 

 10歳にそれを求めるのは酷か、苦笑いに近い笑みをこぼす

 

「あーあ、計画は失敗、長谷川は見つからず、完敗だな」

 

「長谷川さん…?」

 

「あぁ、招待状の受け取りを拒否されてな。茶会に誘った時ついでに呼んでやればよかったな」

 

「…エヴァンジェリンさんは長谷川さんと仲がいいんですか?」

 

「…はっ、まさか。茶会も半ば強引に誘っただけだ」

 

 橋の上に戻ると彼女は降りながら鼻で笑った

 

 

 

「15年間私にそんな関係の人間はいなかったさ、これからもな」

 

 

 

 従者からローブを受け取り、羽織ると彼女は歩く

 

 自身の居城に向けて

 

「…今夜のことは借り1つだ坊や、それと今後はしっかり授業に出てやるさ」

 

「エヴァンジェリンさん…」

 

「エヴァちゃん…」

 

「お休み先生、それに神楽坂。風邪をひかんようにな、ククク」

 

 そして振り返ることなく、麻帆良大橋を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

「ていでんおわったです?」

 

「いがいにはやくもどったなです」

 

「あちらもぶじにおさまったようで」

 

「これでひとあんしん」

 

「……」

 

「ではではみなさまかえりましょうか」

 

「あしたもがっこうですからにんげんさんもいそぎましょう」

 

「…あぁ」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 大停電の日に何か仕掛けてくるとわかった段階で、あたしはいくつか遺留物を使って準備をした

 

 誰が来てもいいように、そしてできるだけ怪我のないように(だいぶ甘い考えだったと我ながらに思うが)非殺傷の遺留物『閃風機』で撃退するというもの

 

 

 『閃風機』

 

 赤い風車型の遺留物、特定範囲に指定対象が入ると豪風を発生させて吹き飛ばす

 

 指定対象は特定人物や「敵対している人物」のように範囲指定も可能

 

 安全性は折り紙付きでかすり傷1つなく目標地点まで飛ばしてくれる

 

 

 これを設置した後は学園の外まで『どこでも風呂敷』を使って移動し、停電終了まで『うぉっちゃー』でマクダウェル達を観察することにした

 

 

『どこでも風呂敷』

 

 くるむと任意の場所まで風呂敷ごと瞬間移動する遺留物、移動するにはしっかりと風呂敷を結ぶ必要がある

 

 

『うぉっちゃー』

 

 魚に見える形をした望遠鏡のような遺留物、少なくとも初めて見てこれを望遠鏡のようなものと認識できないだろう

 

 なぜか見ている場所の音声も聞こえる

 

 

 そして麻帆良大橋での一部始終を見た

 

 ――見てしまったというべきかもしれないが

 

 

『15年間私にそんな関係の人間はいなかったさ、これからもな』

 

 

「…んどくせぇ」

 

 思わず言葉が零れる

 

 結局あの我が儘吸血鬼はあたしに『アレ』を見せようとしただけだったのか

 

 ほかに何かあったとしてもあの場に引きずりだされていれば、否応なくそっち側に巻き込まれていただろう

 

 ねじ曲がった根性、いやねじ曲がってしまった根性と言うべきか

 

 

 ――似たような境遇に憐れみを感じたか?長谷川千雨

 

 ――他人を気にかけるほどお前は善人じゃないだろう?

 

 ――ねじ曲がった者同士傷の舐め合いをしたいと感じたか?

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 なんたって、お茶会のお礼がまだなんだからな

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 大停電から一夜明け、また新しい一日が始まる

 

 昨晩英雄の息子と死闘を繰り広げた不死の吸血鬼にも同じように

 

 いつもと変わらない朝が始まる

 

「…?」

 

 従者――絡繰茶々丸がほぼ惰性となっている郵便ポストの確認をしたとき違和感を感じた

 

 今まで――従者が主人に仕えて以来一度も何も入っていなかったそこに一通の封筒が入っていたのだから

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「……」

 

 昨夜のことを思い出しながら、少々遅めの朝食をとる

 

 今日もまた退屈な一日が始まる

 

 これまで15年間繰り返されてきた退屈な一日が

 

 あぁ、だがじじいに何か小言をもらうだろうか

 

 事前に話を通してあったとは言え、昨夜は少々やりすぎた

 

 それとアイツにも話をしておくべきか――

 

「ケケケ、アイツニハ裏ヲカカレタガ仕返シシナクテイイノカヨゴ主人」

 

 棚の上にいるチャチャゼロがそう言ってくる

 

「そのつもりはないな…」

 

「ナンダツマンネェナ」

 

 昨夜不燃焼で終わったからかそんなことを言ってくる

 

 吹き飛ばされてきたチャチャゼロは、あの後茶々丸と神楽坂を相手にした

 

 2対1という状況なのにチャチャゼロ達を足止めしていた

 

「素人相手に苦戦したのが悔しかったようだなチャチャゼロ?」

 

「否定ハシネェゼ」

 

 ケケケと笑いながらチャチャゼロは誤魔化した

 

 

「…マスター、よろしいでしょうか」

 

 そんな話をしていた私に茶々丸が話しかけてくる

 

「どうした茶々丸」

 

「郵便受けにマスター宛ての封筒が入っていました」

 

「…私宛て?」

 

 私に手紙?いったい誰からだ?

 

「差出人は不明です、一応魔力反応はありません」

 

「ふむ…中身は?」

 

「板状のプラスチック製品と思われますマスター」

 

「そうか、分かったあずかろう」

 

 そういって茶々丸から封筒を受け取る

 

 表には『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル様へ』とだけ書かれており、裏面にも差出人などはない

 

 糊付けされた封を開けて中を取り出す

 

「…何だこれは?」

 

 出てきたのは15㎝ほどの長さの二つ折りされたプラスチックの板

 

 色は半透明で等間隔に目盛と数字が書かれている

 

「定規、か?」

 

「見たところ折り畳み式の定規のようですマスター」

 

 封筒にはそれしかはいいていないようで、手紙の一枚も入っていない

 

「わざわざこんなもの封筒に入れてよこしてきたのか?とんだ暇人が――」

 

 そういって閉じてあった部分をまっすぐに伸ばす

 

 

 

 その時だった

 

 

 

「――っっっ!!!!??」

 

 全身を、いや身体の中を何かが通り抜ける感覚

 

 全身に刻まれた忌々しい『あの術式』に触られているような感覚

 

 巻かれていた鎖を引きちぎられていくような――

 

 

 

「マスター!!」

 

 茶々丸が叫ぶのと同時に引き戻される

 

 カチャンと音を立てて持っていた定規が床に落ちた

 

 ――なんだ?今のは一体…

 

「オ、オイゴ主人大丈夫…ウヲァ?!」

 

 棚の上にいたチャチャゼロが大声を出すが、その直後大きな音がした

 

 ――動けないはずのチャチャゼロが棚の上から落ちていた

 

「姉さん?!」

 

「オーイテテ、結構痛カッタゼ…ッテオレ動ケテルゾ?!」

 

 チャチャゼロと茶々丸が大騒ぎする

 

「…まさか、だが、一体…」

 

 床に落ちたプラスチックの板を眺めて、私はらしくもなく呆然としていた

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「邪魔するぞじじい」

 

 麻帆良学園女子中等部の中にある学園長室

 

 そこに彼女――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは来ていた

 

「おぉエヴァかのぅ?よいぞ」

 

 中から老齢な声が返ってくる

 

 その返事を待ってエヴァンジェリンは部屋の中に入った

 

「お前さんの方から話がしたいとは珍しいのう」

 

「あぁ、急用ができたからな…察しは付いているんだろう?タカミチを呼んでいるくらいだ」

 

「ふぉっふぉっふぉ」

 

「あはは…」

 

 顎髭をなでながら笑う少し風貌の変わった老人――麻帆良学園学園長『近衛近衛門』

 

 その横で苦笑いをしている顎髭の男性――麻帆良学園中等部教師『高畑タカミチ』

 

 この部屋にはエヴァンジェリンとその2人だけだった

 

「…単刀直入に聞こうかのぅエヴァ、()()()()()

 

 声を低くし、エヴァをのぞき込むように近衛門は聞きただす

 

「見ての通りさ…あの忌々しい呪いが()()()()()

 

 彼女がそう言うと部屋に静寂が訪れる

 

「…ではもう一つ聞こう、それはおぬしが自分でやったことかのぅ?」

 

「いや、生憎と原因不明だ…見当もつかないな」

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 机を挟んでエヴァンジェリンと近衛門がお互いを見やる

 

 腹の探り合いをするかのように

 

「…と言っても分かったこともあるぞ」

 

「ほう?」

 

「さっき言った通りあくまでも『元に戻った』だけ…『登校地獄』そのものは健在さ」

 

「つまり、まだこの学園に縛られる…そういうことかなエヴァ?」

 

 顔色をうかがいながらタカミチが確認する

 

「まぁそういうことだな…それが中学卒業までかそれ以上かは知らないが」

 

「…ふぉっふぉっふぉ、それだけ分かれば十分じゃのぅ」

 

 エヴァンジェリンが部屋に入ってきた時と同じ微笑で近衛門が話す

 

「…いいのかじじい?」

 

「今すぐ分かることは少ないじゃろう、エヴァはいつも通りの生活をしてくれて構わんぞ」

 

「ふん…」

 

 腹の探り合いは飽きたと言った様子で鼻を鳴らすと、そのまま何も言わずに学園長室から出ていった

 

「…よろしかったんですか学園長?」

 

「少なくとも嘘はついておらん、何かを隠してはおるがな」

 

 手を組み肘を机について、今しがた吸血鬼の少女が出ていった扉を見つめる

 

「昨日の今日じゃ、何かがあった。それが何かまでは分からんがのぅ」

 

「学外の何者かが…?」

 

「その可能性は低い、そもそも手助けがあったからと言ってあれをどうこうできるとは思えん」

 

 『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)

 

 元は不登校の子どもを半ば強制的に登校させるために作られた呪い

 

 15年前、エヴァンジェリンとナギ・スプリングフィールド、通称『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』が戦い――そして吸血鬼が負けた

 

 その時彼女にかけられた呪いがこれだった

 

 ――しかしそれは大きく歪んだ呪いとなって彼女を縛り付けた

 

 強大な魔力を用いて中途半端な呪文を唱えた結果、彼女は15年間中学生生活に縛られた

 

「じゃがのぅタカミチ君、それだけでは説明できないことが一つあるんじゃ」

 

「…エヴァの魔力、ですね?」

 

「そうじゃ、おそらく登校地獄が学園結界に何らかの影響を与えておったんじゃろう」

 

 登校地獄に魔力を抑える効果はない

 

 しかしエヴァンジェリンの魔力は大きく抑えられていた

 

 学園を包む巨大な結界通称『学園結界』

 

 学園内での認識を阻害する結界ともう一つ、魔力を抑制する結界の二つで構成されている

 

 後者の結界は強力で侵入者だけでなく学園側の魔法さえ抑圧される

 

 しかしそれを加味しても、エヴァンジェリンの弱体化は異常だった

 

「それが正しい呪文になった、それによって――」

 

「魔力のほとんどが回復した、そう見て間違いないじゃろう」

 

 

 雁字搦めに、そして出鱈目にかかっていた登校地獄の呪いが正しい形に、つまりただ登校を強制する呪いになった

 

 それが意味することは――

 

 『人形遣い(ドールマスター)』『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』『不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)

 

 御伽噺に出てくる災厄の魔女が現代に蘇った――

 

 

「調べる必要があるのぅ」

 

 誰が、何の目的で彼女の呪いを元に戻したのか

 

 学園の長としてそれを調べる必要がある

 

「エヴァからは何も聞けんじゃろうが、タカミチ君も探ってくれ」

 

「分かりました学園長」

 

 英雄『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』の強力な呪いを元に戻す技量

 

「見極めなければならんのぅ」

 

 老いてなおその眼光は鋭く、近衛近衛門は静かに動き出した

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「ハァァァ…疲れた…」

 

 女子寮大浴場終了直前の時間

 

 ――それがあたしの入浴時間だ

 

 他の面子が入った後のこの時間はほとんどの場合誰も入っていない

 

 大体はクラスごとや部活ごとに入っているため早い時間で入る生徒が多い

 

「まったくよぉ…ネギ先生はこっちを妙に気にするし、神楽坂は事あるごとに話しかけてくるし、面倒くせぇ…」

 

 

 

『千雨ちゃんちょっといい?』

 

『千雨ちゃんお願いがあるんだけど』

 

『千雨ちゃんこれからヒマ?』

 

 

 

 以上回想

 

「あいつがいなかったのがせめてもの救いと言えるか…しかしなぁ、明日以降どうすっかなぁ」

 

「そんなに気になるなら登校しないというのも手だぞ?」

 

「いや流石にそれは…かえって目を付けられるだろ」

 

「そうか?案外名案だと思うがな?」

 

「それは最終手段だろ、どうしようもなくなった、とき、に…?」

 

 おかしいな、今大浴場に入っているのはあたしだけのはずなんだが

 

「あーっと…」

 

「どうした?奇妙なものを見るような目をして」

 

 いつの間にか今日欠席していた吸血鬼が入ってきてやがる

 

「あんた自分の家に風呂あるだろ確か、なんでこっち来てんだよ」

 

「知らなかったのか?時折こっちで入っているぞ」

 

 ニヤニヤして言ってくるあたり、今日に限って言えばわざとだなこいつ

 

「で?あたしに何か用なのか?」

 

「別に?言っただろう時折入ると」

 

「それ信じろって?」

 

「もちろん」

 

 ぬけぬけと言いやがる

 

「…単刀直入に言おう、長谷川千雨」

 

「あん?」

 

 神妙な顔してこっちを向くマクダウェル

 

「感謝している、言葉で尽くせないほどには」

 

「…さぁて、一体何の話やら」

 

 どうやら例の贈り物『正常規』の送り主だってバレてるらしい

 

 

『正常規』

 

 折り畳み定規の見た目をした遺留物、使用者のあらゆる状態異常を正常なものにできる

 

 あくまで正常に戻すだけで回復等には使えない

 

 ちなみに今回送ったのは一度使うと効果を失う『お試し版』だ

 

 マクダウェルが持っているのはもうただの定規だ

 

 …お茶会の礼にってあいつらが勧めてきたから渡したが、どうもうまくいったようだ

 

 

 

「安心しろ、こちら側で把握しているのは今のところ私だけだ」

 

「……」

 

「これは私なりのけじめ、借りが一つできたからな」

 

「心当たりがないんだが?」

 

「そういうことにしておいてやろう、私が勝手に借りを返すだけだ」

 

 一方的にそう言うと浴槽から立ち上がり出ていく

 

「――気を付けろよ長谷川千雨」

 

 

 

 こちらに関わるつもりがあるならな――

 

 

 

「……」

 

 言いたいだけ言って帰っていきやがった

 

「気を付けろ、か」

 

 関わる気はねぇ、というのはいつまで通じるんだろうな…

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「上方修正の必要があるネ、それもかなりの」

 

 大量のモニターに囲まれて少女――超鈴音は呟いた

 

「アーティファクト1つでエヴァンジェリンの呪いを正常に戻す、いやはや彼女をかなり低く見積もていたネ」

 

 モニターには昨夜のエヴァンジェリンとネギの戦闘記録と、様々な場所の様子が映し出されている

 

 そしてその画面のいずれにも彼女は()()()()()()()()()()()

 

「こちらの監視にまたく引かからないにもかかわらず間違いなく関わていた、どんな手を使たのカ」

 

 魔力検知にもすべてのセンサーにも感知されていない

 

 彼女の痕跡は一切ない

 

「見立て通り、彼女はワタシさえ手の届かない技術を持てるネ――」

 

 

 ――そんな君はワタシの敵カ?それとも味方カ?

 

 

「近いうちに見極めが必要かもしれないネ…長谷川サン?」

 




『閃風機』
 20㎝ほどの赤色の風車型の遺留物、一定範囲に指定した対象が入ると時速60㎞で吹き飛ばす。
 着地時には時速2㎞ほどにまで低下し本人が着地しやすい体勢にしてくれる。
 人物だけでなく物にも適応される

『どこでも風呂敷』
 どう見ても風呂敷な留意物、某猫型ロボットの大長編に似たようなものが出ているがこちらは空を飛ばず目的地まで瞬間移動する
 風呂敷の口はしっかり結んでおく必要があり、結ばれてない場合危険と判断して転移しない

『うぉっちゃー』
 細長い魚型の遺留物、サンマがモデルと思われる
 望遠鏡には全く見えないが映像だけでなく音声も聞こえる優れもの

『正常規』
 小学生に人気の折り畳み式定規型の遺留物、色は半透明で折り畳み時は15㎝、伸ばすと30㎝になる
 あらゆる状態異常を回復させる能力があり、折りたたむたびに使いまわしが可能
 ただし回復するのはあくまでも状態異常のみであり、今回のように呪いそのものを打ち消すことはできない
 またお試し品として一回限り使えるものも存在する

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