疲れも知らず   作:おゆ

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第八章 さらば父よ
第百話   489年 1月 ガイエスブルクの広間


 

 

「見事なものだ。どんな謀略を使ったか、ブラウンシュバイクをガイエスブルクに釣り出すとはな。もうオーディンで戦うことも必要ない。」

 

 そう言ってラインハルトは感嘆する。

 ヒルダはリッテンハイム家の力を見せるため、オーディン攻略を宣言し、見事成功した。

 オーディンを攻め取るという発想ではなく、ブラウンシュバイク公を放逐するわけでもなく、自らオーディンから出る釣り出しという方法で成し遂げた。

 ついでに素早く皇帝アマーリエと交渉し、それにも成功している。

 

「そうですね、ラインハルト様。マリーンドルフ嬢は有言実行をなさいました。確かにこれでリッテンハイム家の貢献も無視できないものになりましたね」

 

 キルヒアイスも肯定する。

 事実を述べただけだが、むろんキルヒアイスも内心感嘆しているのだ。

 一方、オーベルシュタインは何も言わず、表情も変えない。

 

 

 

 その後、ヒルダからラインハルトの艦隊へまたしても連絡があった。

 

「ブラウンシュバイク公はもはや籠の鳥になりました。あとの料理はお任せします。たぶん損害は軽微でしょう。事のついでにガイエスブルクの主砲ガイエスハーケンも封じておきましたから」

 

 ヒルダは自らガイエスブルクを攻めることなく、ラインハルトに連絡すれば充分と考えた。釣り出す策を成功させたら、やりすぎてもいけないと思ったのだ。

 

 

 ラインハルトの艦隊はガイエスブルク要塞へ動き出す。

 そしてガイエスブルク要塞内ではシューマッハ大佐らが工作し、ガイエスハーケンの回路を破壊した。その後は素早く要塞を脱している。

 

 

 

 もちろんブラウンシュバイク公は青ざめるしかない。

 さすがに主砲が使えなくなった意味を理解した。安全と思っていたガイエスブルクがこんな体たらくなのだ。しかもタイミングよく破壊工作をされるとは、やはりアンスバッハが言う通り、全てが謀略だった。

 

「おのれ! 儂をたばかる者どもが! 儂を誰だと思っている!」

 

 しかしブラウンシュバイク公が激昂したのは最初だけだ。

 そこからは打ちひしがれ、見るも哀れなものに変わっていく。

 

「死にたくない。死にたくないのだアンスバッハ! 何とかならんか。命ばかりは助かる方策はないのか」

「もはや手遅れでございます、公爵閣下。間もなくローエングラム侯の艦隊が到着し、無条件降伏を要求してくることでしょう。残念ながら、そこで捕らえられ、後は何かの理由を付けて処刑される運命が待っております」

 

 アンスバッハは淡々としてそれを言う。

 もう全ての反撃の芽は摘まれたのだ。オーディンを捨て、ガイエスブルクに来た時点でもう運命は極まっている。ガイエスハーケンを壊されたのはその仕上げに過ぎない。

 

「そんなことを言ってくれるなアンスバッハ。儂は公爵だぞ。銀河帝国随一の貴族ブラウンシュバイクだぞ。それが何で殺されねばならぬ」

「その地位だからこそ生かされることがないのです。お分かりになりませんか」

 

 ここでブラウンシュバイクは最も卑屈な生き残り方を思いついた。

 

「そうだ、帝国貴族が全て孺子に従うことの象徴になろう。孺子の側に転向するには儂こそ適任で、利用価値がある」

「今さらです。それに、今までの矜持はいかがなされましたか」

「足元にひれ伏し、孺子の靴を舐めれば皆にもそれが分かる。そうだ、それなら孺子も儂を生かしておいてくれる」

 

 自分の命を消さないためだけに全てを捨てるというのだ。

 確かに潔いともいえるが、そして繋いだ命に何の意味があろう。仮にいつか逆転し見返すために屈辱に甘んじるというのなら分かる。しかしそうではなく、ただの卑屈だ。

 アンスバッハの表情は暗い。半ば予期していたこととはいえ、実際にブラウンシュバイクの口からそんな言葉が出るのを聞いてしまうとは。

 

「それがいい。手始めに恭順の証しとしてこの要塞にいる貴族の首を差し出してやる。ヒルデスハイムとシャイド、他にも貴族の首を出して、いったん交渉に入るのだ」

「今さら無意味でしょう、閣下」

 

 

 

 それは無意味どころか逆効果になった!

 ブラウンシュバイク公の考えを漏れ聞いた貴族たちは公然と反逆する。貴族たちの側にとってはむしろブラウンシュバイク公の首をラインハルトに差し出すことこそ生き残りの鍵になる。今までは派閥の長たるブラウンシュバイク公に惧れを感じて実行できていなかっただけだ。

 しかし、今ブラウンシュバイク公の方から自分たちを生贄にしようというなら、もう遠慮は要らない。今まで忠実に従っていたのは何だったのか。

 

 ガイエスブルク要塞のあちこちで小競り合いが始まり、拡大していく。

 

 大要塞は今や混乱の坩堝にある。貴族たちの私兵、ブラウンシュバイク公の私兵、そして貴族の持ち込んだ財宝で買収された帝国軍兵、争いは拡大するばかりだ。

 昨日の友は今日の敵、めまぐるしく陣営は攻守を変えながら互いにすり潰し合う。裏切りが裏切りを呼び、要塞内に閉じ込められた者同士で醜く争う。

 途中ヒルデスハイムもシャイドも身の処し方を誤りあっさり死んでしまった。

 

 この大要塞自体も小競り合いのために生じた傷が重なりつつある。損傷のため酸素やエネルギー供給のされない区画が増えてきた。隔壁で閉鎖された部分は修理もされず放置される。食糧庫から他の区画への移送もままならなくなってきた。

 生存に直結する事態に優雅な貴族たちもなりふり構っていられない。法や秩序が崩壊すると貴族の誇りも投げ捨てられる。貴族令嬢でさえ扇子を放り投げ、代わりにブラスターを手に食糧と水を確保する。

 

 ブラウンシュバイク公の周りにいた少数の貴族も従者も裏切って去った。もはや閑散としたものだ。

 

 これを見てアンスバッハはついに計画を実行した。

 ブラウンシュバイク公のワインに毒を入れた。体調に異変を感じ、ブラウンシュバイクはアンスバッハを疑いの目で見る。アンスバッハは動じることなく言葉を投げかけた。

 

「もはや終わりなのです。公爵閣下の御姿をこれ以上貶めないためには、ここで退場して頂く他はありません」

「何、何を言っているアンスバッハ、儂は死にたくないぞ」

「けれどこのアンスバッハ、約束をいたします。決してローエングラム元帥の世にはしません。ブラウンシュバイク家の世にはできずとも、奴に銀河帝国を渡しはしません」

「そんなことはどうでもいい。く、苦しいアンスバッハ、助けてくれ……」

 

 それが最後の言葉になる。

 ブラウンシュバイク公はもう泡を吹いて倒れた。しばらく手足をバタつかせ、胸をかきむしる。その後は痙攣だけになり、ついに目の光は失われた。

 

 誰にも惜しまれずに逝った。

 帝国一の貴族の哀れな最期である。

 

 帝国の内乱はここに終焉する。勝者はラインハルトとリッテンハイム家、敗者はそれ以外ということになる。貴族家の九割、そしてエルウィン公は歴史から消え去る運命になった。

 どれほど悲劇に悲劇が重なっただろう。原因を探ったり、教訓を得るのは後の歴史家の仕事だ。今は悲劇から立ち直らなければならない。

 

 

 

 この頃、ラインハルトの艦隊はガイエスブルク要塞を緩く包囲したままだ。時折、無理に脱出を図る貴族の艇を撃滅するにとどめている。

 そのガイエスブルクを代表し、アンスバッハがラインハルトの艦隊へ向け降伏の信号を出す。

 そしてブラウンシュバイク公の死を明らかにした。

 

 ラインハルトの側では戦闘も無く事が終わったのは重畳だ。

 おまけにブラウンシュバイクを生かしておくことは考えもしなかったが、その場合大義名分などを捻り出さねばならない。その必要がなくなったのは喜ぶべきことである。

 しかし罠の疑いがある。

 ブラウンシュバイク側がラインハルトを謀殺する罠を設けるなら最後にして最大のチャンスでもあるからだ。ラインハルトは先に陸戦隊を送り込み、要塞を完全に制圧し、徹底的に精査した。それこそ爆発物の一かけら、銃器の一つまで探し出した。

 そうしてからラインハルトと諸提督たちはガイエスブルクに降り立つ。

 いよいよ全銀河へ向け勝利宣言をするつもりだ。

 それに先立ち、ブラウンシュバイク公の首実検を行なう。その死を衆目の前で明らかなものとする必要がある。なぜなら、歴史上死を偽って逃亡し再起を図る例は枚挙に暇がないからだ。

 

 その直前、ヒルダもまたガイエスブルクに到着した。

 また、フェザーンからはエカテリーナも来ている。

 意外なことだが、エカテリーナがラインハルトに対面するのは幼年学校卒業以来初めてのことになるだろう。

 逆にラインハルト側から分かれて進発する艦隊がある。軍事的能力と政治的センスを併せ持つ堯将ロイエンタールがオーディンを受領することを命じられ、一足先にオーディンへ向かっている。

 

 

 

 ブラウンシュバイク公の首実検、それはガイエスブルクの広間で行われた。

 

 広間に入れたのはラインハルト、キルヒアイス、オーベルシュタイン、諸提督たちである。その各艦隊の副官や参謀もまた付き従う。それに加えて密約をしていたヒルダ、フェザーンの全権大使のエカテリーナがいる。

 

 オーベルシュタインの進言により、広間に入った全ての者は銃器類の武器を取り上げられた。安全のためであると説明されたが、それが主な目的ではない。もう門閥貴族との抗争に勝利した。これからのラインハルトは艦隊指揮官に留まらず、政治的支配者になる道を踏み出すのだ。それを諸提督に認識させるのが目的である。

 キルヒアイスも一瞬ためらったが、素直にブラスターを差し出している。キルヒアイスとしてはラインハルトの覇業の助けになるなら拒む理由はない。

 

 首実検とはいえ帝国の大貴族ブランシュバイク公爵であり、首だけ出すという意味ではない。

 荘重な棺に入れられ、堂々と広間に持ち込まれた。

 付き従うのは降伏を伝えてきたアンスバッハただ一人である。

 アンスバッハはこの場に必要だった。死体が正しく本人だという証言が要る。それにはブラウンシュバイク公を最も知る側近中の側近アンスバッハでなくてはならない。

 

 棺が広間の中央に運ばれた。死因は貴族らしい見事な自死と説明されている。

 

「ローエングラム元帥、わが主ブラウンシュバイク公爵の亡骸です。よくご覧のほどを」

「よい、もう死んでいるのだろう。それがブラウンシュバイク本人であることが分かれば充分だ」

「いえそのようなこと。もっと近くでご覧になった方が」

 

 ラインハルトは近寄らず、早めに下がらせようとした。確実に死んでいれば充分ではないか。ラインハルトには敵手の死体を見て勝ち誇る趣味など微塵もない。

 

 

「では、我が主と共にヴァルハラに逝けばよろしかろう!」

 

 それはいきなりだった!

 アンスバッハは声を上げると棺に手をかけた。バネ仕掛けなのか、その蓋がすぐに跳ね上がった。添えられた白い花が空中に飛ぶ。

 そしてブラウンシュバイク公の死体の下に手を入れ、何かを取り出した。

 ハンドキャノンだ。

 銃よりも必殺の道具である。命中せずとも殺傷できる。また、何かに隠れようと無駄であり、たいていの物なら貫通して爆発する。アンスバッハは広間に最適な武器を考えに考えて選んでいた。

 

 

 広間の皆が硬直する。

 思いがけない事態、大胆不敵なテロだ。

 

 武器などないと思っていたのに、何とブラウンシュバイク公の死体で隠してあったとは。そしてアンスバッハは自身の生還など考えてもいない。ラインハルトを斃すためだけに自分の残り全生涯をかけ、必殺の準備をしていた。

 

 

 最も早く反応したのはやはりキルヒアイスだった。

 

 ラインハルトを護る、その意識が誰よりも高いキルヒアイスが飛び出し、アンスバッハへ駆け出す。

 

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百一話 供養

悲壮なる死


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