疲れも知らず   作:おゆ

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第百二話  489年 2月 転回

 

 

 帝国の歴史はまた一つ大きく動いた。

 これでいっときオーディンを覆ったブラウンシュバイク家の支配は完全に消えた。しかし、次の時代はまだ定まっていない。

 

 ラインハルトにさっそくヒルダが会見を申し込もうとした。

 それを制し、初めにエカテリーナが会見に臨んだ。

 

「久しぶりね。ラインハルト様」

「確かに久しぶりだ。エカテリン嬢。幼年学校では世話になった。しかしこんな場だ。旧交を温めに来たのではないだろう」

「そうね、今はフェザーン全権大使として来たのだから、用件を済まさないと。一応フェザーンからの事情説明が必要ですもの」

 

 言葉ほど雰囲気はとげとげしくない。

 キルヒアイスも含めた三人には幼い日の思い出がある。決して悪い日々ではなく、懐かしさと共に思い出せる。何もかも幼かった。

 しかし確かに昔話をしにきたわけではない。

 

「エカテリン嬢、その説明とはフェザーンのやった蠢動のことについてのものだろうな。それについては聞いている。フェザーンが帝国の捕虜収容所を襲ったとは、正に火事場泥棒だ。他に面白い表現をしたいのだが生憎それしか表現のしようがない」

「うまい表現なんか考えなくていいわよ。ラインハルト様はいつも斜めの表現しかしないもの」

「……」

「それはちょっとした行き違い、つまり誤解だと説明しておくわ」

「ちょっとした行き違い? ほほう、それは面白い。エカテリン嬢の表現力も多彩なものだ。いささか一方向に偏っているようだが」

 

 エカテリーナは機先を制するために来たのだ。

 いずれはバレること、屁理屈でも最初に言っておくことに意義がある。

 

 

「捕虜収容所で何かゴタゴタがあると聞きつけて、フェザーンは帝国に応援するつもりで行ったのよ。少しでも帝国に貢献するつもりで。でも、既に捕虜の叛乱が始まっていて、そこでフェザーンが仲裁に入ったというわけ。捕虜の要求を多少は聞かないと収まりがつきそうにもなかっから、やむを得ずフェザーンに輸送した、それだけよ」

 

 あまりに白々しい。とってつけたような理屈で、言い訳にもなっていない。

 

「少し調べれば分かることを。フェザーンは随分と冒険をしたのだな。その代価は高くつこう。フェザーンが艦隊を作っていることはもう判明しているのだからな」

「誤解されるのは嫌なものね」

 

 最後までエカテリーナはとぼけた。

 そしてもう一つのことをしっかり言っておく。

 

「だけど逆にフェザーンにだって功績はあるのよ。ここではっきり言っておくわ。ラインハルト様、たぶん知らなかったでしょう。自由惑星同盟、いえ叛徒をこのタイミングで来させなかったのはフェザーンのおかげなのよ」

「どういうことだ、エカテリン嬢」

「フェザーンが情報操作をした。それも上手にね」

 

 

 これには嘘偽りがなく、事実だった。

 エリザベートの功績により、オーディンからハイネセンまでの情報ルートをフェザーンは掴んでいる。

 そして巧みな操作でそれをいったん遮断したのだ。

 これで帝国の内乱の全容が同盟に掴めなくなっている。他のルートの情報は信憑性が薄く、欺瞞情報を混ぜ込めばもう使えない。

 

「それは感謝だな。いらぬ邪魔が入らなくてよかった」

 

 

 

 フェザーンがこの内乱に関与していたとは。

 しかも情報戦を駆使し、大きなところで動かしていた。

 

 確かにその意味は大きく、ラインハルトもフェザーンに感謝すべきなのかもしれない。

 ただし、ラインハルトは額面通りに受け取ったのではない。フェザーンが善意で帝国のためにそんなことをしたはずがないからだ。自分に賭けた? いやそれにしては沈黙が長過ぎた。

 

 

 そして事実は、フェザーンの側の分析にあった。

 自由惑星同盟の現状を考えると、政治的にも国力的にも帝国へ軍事的干渉をするのは無理だろう。そして実際に干渉などしたらかえって危険であり、火傷するだけだ。

 その考えのもと、フェザーンはあえて情報を遮断した、それだけのことだ。

 後出しジャンケンのようにラインハルトへ恩を売りつつ、その内容は同盟をいったん守るためのためである。

 

「あらラインハルト様、熱のない感謝ね。まあいいわ」

 

 そして、エカテリーナは何気なく重大なことを聞いた。

 

「では、それも含めて新しい皇帝に全て申し開きをしなくてはいけないわね。ここで練習しても仕方がないもの。難しそうだけど、そこで誤解も解けるかしら」

「いや、それには及ばない。フェザーンの苦心した言い訳をここで知れば充分だ」

 

 これを聞きたかった!

 エカテリーナの狙いはこの一点にある。ラインハルトがどれほど高みを目指しているかを知りたかった。

 皇帝の下でよいのか、自分が支配したいのか、である。

 結果は出た。ラインハルトは誰かの下にいるつもりがない。それはつまり皇帝を上に立て、臣下のままでいるつもりがないことを意味する。

 

「先が思いやられるわ。正直言うけど」

 

 エカテリーナは多くの意味でそう言った。

 銀河の安定はどうやらもう少し先のことになりそうである。願わくは、フェザーンに作り上げた艦隊が役に立つ事態が来なければいいのに。

 

 

 

 

 次にヒルダがラインハルトに会見を申し込む。

 

「サビーネ様の代理としてわたくしヒルデガルト・フォン・マリーンドルフが申し上げます。今回、オーディン攻略をわたくしどもが成し遂げました。相応の働きというにはこれで充分、交渉の条件は整ったと存じ上げます。では先の密約通り、サビーネ様の皇帝即位を認め、その後ろ盾となることを元帥に求めます」

「フロイライン、それには考慮の余地があるだろう」

「余地と仰いますと? 意図がわかりかねます」

 

 ヒルダは思わず表情を厳しくせざるを得ない。

 スムースに行かないとは思っていたが、やはりそうなるのだろうか。

 

「もちろん元帥の今後について、帝国宰相の地位及び一切の帝国軍権を任せる、というのがサビーネ様とわたくしの結論でございます」

 

 それはヒルダらの譲歩できるギリギリのところである。

 そこまで認めると、帝室にとって危険なまでに権力が集中してしまう。文官と武官の両方を統制するということだからだ。

 ただしそこまで約束しないとラインハルトは拒否するだろう。仕方なく、皮一枚でこちらが上に立つというのにとどめる。

 

 しかしこの時、またしても義眼の男が前に進み出てきた。

 ヒルダには嫌な予感しかしない。

 

「リッテンハイム家によるオーディン攻略は見事なものでした。その多大な功績を鑑みて、サビーネ・フォン・リッテンハイムを皇帝に立てるのは認めたいと存じます。ただし、それは国政に関与しない立場としての皇帝であり、実際に事を運ぶのは我らに一切をお任せ下さいませ。具体的には政治決定を尚書の合議という形にするのです。そして尚書の任命権を宰相に」

「それを認めるわけには参りません! それでは皇帝といってもただのお飾りではありませんか。名前だけの人形の立場など何の意味がありましょう」

 

 これほどまでラインハルト側が強硬な態度でくるとは、ヒルダにとって意外だった。

 その義眼の男はヒルダの様子に構わず淡々として話を続ける。

 

「そう言われると思っていました。ではもう一つの選択肢を用意してございます。旧リッテンハイム領全てを帝国内の自治領として認めて差し上げます。事実上の一国のようなものです。以後、そこを治めればよろしいでしょう。最も穏便な解決法だと思われます。もちろん、今のフェザーンのように裏で何かを企むようなものではなく、帝国への従順な自治領としてですが」

 

 これにもヒルダは答えることはできない。

 単なるまかない領地ではなく、独自の法と体制を持てる自治領も魅力がないことはない。だが、あくまでもサビーネに銀河帝国を統べさせる、この目的のために全てのことをやってきたのだ。

 それなのに義眼の男はアマーリエが退位し、空になった皇帝の座をラインハルトが受け継ぐのを当然視している。

 

 

 ここに至る前、オーベルシュタインとラインハルトらは協議を繰り返していた。ヒルダの要求は分かり切ったことだからだ。

 オーベルシュタインには考えがあり、それを直言する。

 

「閣下、リッテンハイム家に力を与えるのは危険でございます。その策謀の見事さは予想をはるかに超えるもの。先のブラウンシュバイク公釣り出しで明らかです。今後の覇業を考えましたら、向こうの目を摘む努力を怠ってはなりません」

「確かにそうだ、オーベルシュタイン。しかし向こうの言い分もあり、実権を渡さないことに納得はするまい。それ以上に、五百年続いたゴールデンバウム王朝がここで断絶するとは、民衆の驚きと混乱は大きいものだろう。いずれは倒すとしてもこのタイミングはいかにもまずい」

「閣下、はたしてそうでございましょうか。僭越ながらもはやその懸念は無用のものと小官は断言いたします」

 

 オーベルシュタインは想像がついていた。

 潮流は転回したのだ。

 確かにゴールデンバウム王朝の継続は、官僚も貴族たちにも安心材料であり、その意味では政権の維持に役に立つことだろう。

 

 ただし一つの事実がある。民衆はもう飽きているのだ。

 

 ゴールデンバウム王朝の継続が当然と思っていたのは過去になった。ブラウンシュバイク公の専横と失脚を目の当たりにした今となってはそうではない。

 ゴールデンバウム王朝など消えて無くなっても特に構わない。ゴタゴタの続くそんな王朝などむしろ過去の遺物として振り払ってしまいたい、そんな空気なのだ。

 

 新しい帝国、政治の抜本的刷新、むしろその方へ期待している。

 

 

 オーベルシュタインはラインハルトよりもその点深く分かっている。

 ラインハルトは多少貧乏であったが基本綺麗な中で育ってきた。例えばブラウンシュバイク公の専横を聞いても、通り一遍にしか理解できない。

 息を潜めて密告や裏切りに怯え、絶対的な理不尽に踏みにじられることがどんなものか知らない。

 いくらラインハルトは姉を後宮に奪われた経験があるといっても、それと比較にもならないほどの悲劇がいくらでもあるのだ。例えば一家皆殺しということが今のオーディンならば日常茶飯事である。

 そういう悲劇を体験した人間は心が荒み、王朝どころか世の中全てを消去することさえ望むものだ。

 

 オーベルシュタインは尚も進言する。

 

「もはやリッテンハイム家サビーネを立てるのは必要どころかマイナスにしかなりません。ゴールデンバウム王朝の命脈はもう尽きているのです。民心の掌握には逆の方策が望ましいかと」

「逆、逆とはなんだオーベルシュタイン」

「まさに逆でございます。ゴールデンバウム王朝を守護するという謳い文句を捨てるのです。これまでの帝国の負の面を全てゴールデンバウム王朝の責に帰し、それを糾弾する立場に変えるのです。そうすれば民衆はゴールデンバウム王朝を敵とし、刷新をはかる閣下の政権をますます信奉するでしょう」

 

 これは…… ラインハルトにはオーベルシュタインの言うことが理解できるのだが、それでも狡猾な策であることには違いない。

 

「有効なことは認めるが、それこそ民衆の感情の吐け口に利用しようとするものだ。第一、サビーネなるものにはこれまでのゴールデンバウム王朝の悪とは関わり合いがない」

「ならば閣下は覇業の足をここで踏み止めるおつもりでしょうか。そうではありますまい。この機会にゴールデンバウム王朝を完全に払拭し、全てを刷新すべきと存じ上げます」

 

 

 

 会談でラインハルトもヒルダに話しかける。

 

「フロイライン、こちらとしても自治領が精一杯の譲歩なのだ。どうかそこで妥協してもらいたい。ここで交渉が決裂することはお互いにとって良くないことになる」

 

 それは、命令というより丁寧にお願いをする調子だ。

 

 下手な騙し合いよりも真摯な方が交渉の余地は少ないものである。

 真面目なラインハルトを見て、これは折り合いが難しい、ヒルダはそう感じた。

 

 そして結論を先送りして引き下がる。そして交渉の顛末を通信で送った。報告と相談のためだ。

 その相手とは、オーディンを一旦掌握しているエルフリーデである。

 

 

 一方、ラインハルトが先に派遣した艦隊がオーディンへ近付いている。

 艦隊指揮能力だけではなく政治的な能力も期待されて、オスカー・フォン・ロイエンタールが金銀妖瞳の光と共に進む。

 

 ロイエンタールとエルフリーデとはあの嵐の日に会った以来だ。

 

 またしても二人は会う運命にあった。

 それが銀河の歴史を変えていく。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百三話 狐と狸

女と男再び
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