疲れも知らず   作:おゆ

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第百五話  489年 4月 運営

 

 

 自由惑星同盟内では軍事以上に政治的な面で混乱している。

 

 そんな中、ヨブ・トリューニヒトは最高評議会議長に就任した。

 

 先の帝国領侵攻の是非でヨブ・トリューニヒトは断固として反対票を投じた。それが追い風になり、ついに同盟のトップにまでなっている。

 ただし、これについてはトリューニヒト自体が熱望したわけではなく、迷いつつも許諾したという面がある。今の同盟政治に関わるのは火中の栗を拾うようなもの、どうせ何をしても非難されるのは分かっているからだ。

 

 やはりその運営はトリューニヒトが予期した以上に一筋縄では行かなかった。

 まず口さがないマスコミが叩く。

 トリューニヒトが政権を己れの物にしたいがため、帝国領侵攻をダシにして一か八かの勝負に出ただけだと言うのだ。それに反対したのは野心のゆえであり、たまたま賭けに勝っただけのことだと。トリューニヒトに見識など何もなく、権力欲しかないとまで書かれる。

 

 そこから更にサンフォードと密約があり、帝国領侵攻の結果がどちらに転んでもいいように仕掛けていたとまで捏造記事を書かれた。

 実際、サンフォードは最高評議会議長を辞任した後国営企業の役員になり、安泰な生活を送ろうとしていたのだ。ただしそれがバレると帝国領侵攻で生じた多数の遺族に騒ぎ立てられ、辞めざるを得なくなったのだが。

 トリューニヒトはサンフォードに対し決していい感情を持っていないが、サンフォードを罰する法が存在しない以上、放置しているだけであった。責任を取らせることと感情的ないじめとは違う。サンフォードの国営企業行きの工作は彼自身の姑息な立ち回りの産物に過ぎず、トリューニヒトとは全く関係がないというのに。

 

 そしてヨブ・トリューニヒトには味方が少なかった。

 同じく反対票を投じたホアン・ルイらと組もうと思ってもできない。ホアンの方に協調する気がないのだ。ホアンからすれば、トリューニヒトの現実路線が薄暗い政治屋に見えてしまう。

 

「同盟の国是もこれからどんどんリベートで塗りつぶされるだろうさ」

 

 逆にトリューニヒトから見ればホアンらは頭の固い社会資本優先主義者だ。

 

 何でも社会資本優先にしか考えない。

 企業や個人を豊かに、教育や福祉も充実、それはいかにも甘い言葉で自分さえ酔わせる。

 しかしそれで政治家は務まらない。厳然として必要な出費というものがある。軍などはその最たるものであり、何かを産み出すものではなくとも、必要なものは必要である。同盟を存続させるためには。

 トリューニヒトからするとホアンはレベロが自分がリーダーシップを取り、泥をかぶりながら全力で事を成していくようには到底思えない。恰好のいい批判ばかり好むように見えてしまう。

 

 

 更に頭の痛いことに、反戦主義者もまた勢いを増してきていた。

 無視してばかりもいられない。ヨブ・トリューニヒトが最高評議会議長に就任後、初の選挙戦になるテルヌーゼン市の欠員選挙で、トリューニヒトは反戦主義者に手痛い敗北をした。テルヌーゼンは首都星ハイネセンにおいてハイネセンポリスに次ぐ重要な都市である。

 

 その後、反戦主義者と話し合いをしようとしても歯車が全く噛み合わなかった。

 

 それに比べればホアンらの方がまだましである。ホアンは戦いによる消耗を避け、ひいては軍事予算の削減を要求するだけといえばそれだけである。多少国家運営に影響があるが、国家予算を配分する上での優先順位の問題に尽きる。

 

 だが、反戦主義者は戦いそのものを否定する。

 戦いを仕掛けるのは論外、それどころかどんな場合でも戦うことを認めないというのだ。

 そのため、同盟軍そのものを悪として決めつけてくる。

 確かに戦うことが悪という出発点に立てば、同盟軍は存在してはならないという理屈になる。同盟軍兵士の命を守るばかりか相手の帝国軍兵士の人権まで考えれば当然の帰結だ。

 しかし、これは軍関係者の士気を深刻なレベルで低下させてしまう。

 実際、テルヌーゼンに存在する同盟軍士官学校を放逐しようとする動きが出てきた。それまでは士官学校は国のためのエリートであり、誇りでもあったのに。

 

 

「いっそ投げ出したい。軍の予算をゼロにして解体すればいいんだ。そうすれば数年で同盟は帝国へと看板が変わり、皇帝にひれ伏す。そうなれば少なくとも戦いはなくなるね。反戦主義万歳だ」

 

 これはヨブ・トリューニヒトの甘えだった。

 実際はそうするつもりはない。あくまで政治家として粘り強く努力し、同盟を帝国から守るつもりだ。

 こんな弱音を吐けるのは今の話相手がオーレリーだからである。

 

「あら、いつも政治に最適の環境はあり得ない、そのための政治家だ、と仰っていたのでは?」

 

 オーレリーと呼ばれるエリザベートはそう返す。口調は穏やかだ。トリューニヒトが甘えてそう言ってきたのは分かっている。そしてトリューニヒトが甘えてくれることがとても嬉しい。

 

「でも嫌になってしまうことはあるんだよ」

「まあ、そんなことを。ではしっかり食べなければ。食べたら膝枕で休ませてあげます。また気力も出て来るでしょう」

 

 食べれば元気も出てくる。エリザベートはそんなことでしかトリューニヒトをサポートできないのは辛いが、だからこそしっかりやろう。

 バスケットからエカテリーナ直伝のポークサンドウィッチを取り出して並べる。

 

 これらの日々はまだのどかだったのだ。

 後から思えばとても穏やかな日々だった。

 

 ハイネセンポリスが激しい嵐に見舞われ、木の葉のように揺れるまで、あともう少し時間があった。

 

 

 

 

 一方、しばらく帝国軍にも動きはない。

 

 帝国の方でも内政にかかりきりにならざるを得なかったからだ。

 それほど行政の刷新というものは難しい。大小さまざまなことで、決めることがあまりにも多過ぎる。だが決めていかなければ物事が進まない。

 今、前例というものが通用しない場合が多く、いちいちルールや基準から考えなくてはならない。

 しかもその基準にしたところで今度は根拠というものが必要であり、会議をして意見を言い合ったりしていたら限りなく時間を消費してしまう。

 少しでも早く進めるためラインハルトはシュトライトやリヒター、カールブラッケなど有能な人材を登用しているのだが、それでも時間は必要なのだ。

 

 今のラインハルトの立場は銀河帝国宰相代理というやや締まらないものだった。軍事的実力によって帝国を実質支配しているだけなのだから仕方がない。

 ラインハルトは帝室の血筋とは違うのだからこれでも最上級だ。もちろん元帥や軍務尚書程度の地位では帝国の行政に携わることはできず、宰相代理はギリギリそれが可能になる地位でもある。

 

 ただし、いつまでもそうではない。

 この体制で半年が過ぎ去った。

 

 ここでようやくラインハルトが新銀河帝国として皇帝に即位し、ローエングラム朝を開く動きになってきた。いずれこうなるのは自明のことである。ようやく実質的支配者がそれにふさわしい称号を得るだけのことである。

 

 むろんただ即位したのでは僭称になってしまう。血統どころか国璽すらない現状では。

 

 おまけに前皇帝アマーリエが非公式ながらサビーネへの禅譲を了承したという話は広く伝えられている。これはエルフリーデらが積極的に喧伝したものだ。そのためラインハルトが今さらアマーリエを担ぎ出すこともできない。

 

 

 しかし全く何も方法がないわけではない。

 どんなに薄くとも、たった一滴でもゴールデンバウム王朝の血筋を持つ者を探し出し、国璽無しでもとりあえず即位させ、ラインハルトがいったん摂政なりの後見的立場となる。

 そこから帝位を禅譲させればいい。

 もちろん最初から臨時と分かり切った皇帝を立てるなど茶番に過ぎない。だが将来長きに渡って正統性を疑われ、叛乱を起こそうという者へわざわざ大義名分を与えてやるよりはずっといい方法である。

 帝国内乱初期にラインハルト側が政治的な手を打たなかったのは失敗だった。例えばサビーネと組まず、強引にでもエルウィン・ヨーゼフを実力で拉致していればこうしたことは必要なかったのだが、それは単なる結果論である。

 

 時間をかけた丹念な調査の結果、ついにペクニッツ子爵家にゴールデンバウム朝の血筋が残っていることが判明した。

 その一番小さい子ケートヘンはまだ乳児であり、茶番に使うにはまさにうってつけだ。

 

 

 オーディンのこうした動きに敏感にならざるを得ないのはフェザーンに逗留するヒルダらである。

 軍事的実力でラインハルトにかなわない以上、その武器はゴールデンバウム朝を受け継ぐ正統性にある。もしもラインハルトが無理なこじつけであっても手続きを踏んで皇帝になったら、もうサビーネの出番はなくなってしまうではないか。正統性は武器にならず限りなくただの叛乱分子に近いところまで成り下がる。

 

 ならばもう先手を打ってサビーネを即位させてしまう。

 これは遅れてしまえば、後出しとして誰にも見向きもされないだろうからだ。

 

 決定的にラインハルトと袂を分かつことになってしまうが仕方がない。

 

 その血筋とエルフリーデの携えてきた国璽をもって、サビーネが皇帝に即位する。

 オーディンの大聖堂ではなく、フェザーンにて質素に式典が行われ、ここにサビーネ・フォン・ゴールデンバウムが誕生した。

 同時に形ばかりの政府組織が発表された。ヒルダ、エルフリーデ、フェザーン駐在帝国弁務官であったレムシャイド伯爵などが名を連ねている。

 

 その政府は銀河帝国正統政府と呼称した。

 

 

 

 それらの動きはしかし、ラインハルトから見ればどうでもいいほど小さなことだ。どうせもうゲームをひっくり返す力はない。過去の王朝など消え去るべき残滓であろう。

 それよりもラインハルトは成すべきことがある。

 覇王はその足を止めず、かつてないことに挑戦する。

 

「キルヒアイス、いよいよこの時が来たな。宇宙を全て手に入れる」

「ついに始まりますね、ラインハルト様」

 

 時間は帝国の内政ばかりではなく軍事的な充実も生み出す。帝国軍艦艇は内乱で著しく損耗してしまったが、新しい政治体制の発足と共に短期間で甦る。財政が逼迫していなければ、人口の多い帝国では新兵の補充が比較的簡単である。

 

 帝国軍の再編が終わり、準備は整った。

 

 新制帝国軍、それは十六万隻を数える。数だけ見たら、かつて十八個艦隊二十万隻以上もあった帝国軍の最盛期に見劣りするかもしれない。

 ただし、有能な艦隊指揮官を多く揃え、何より常勝の英雄ラインハルトが指揮をとる艦隊だ。

 史上空前の強さと誰もが確信する。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百六話 警鐘

ついにラグナロッグ発動!
だがその前にエリザべートの言葉が歴史を変える
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