宣戦布告などそもそも必要ない。
銀河帝国と自由惑星同盟の間には休戦どころか協定に関するものは存在しない。
帝国はこれまで同盟を国家として認めず、絶対的に消滅させるべき叛徒としか言っていないからだ。
ラインハルトは諸将を集め、作戦の開始を告げた。
「あまりに長きに渡った叛徒との戦い、今こそ終止符を打つ! 150年のあいだ戦の女神は働いてきた。もう充分であり、そろそろ休ませてやろうではないか!」
ついにこの時が来た。
いずれラインハルトが叛徒と決戦を行なうというのは暗黙の了解だった。帝国領を守るだけで過ごすはずもなく、そうなるのは必然だ。
それでも開始を告げられれば嫌でも興奮を呼び起こされる。
オーディン軍務省内の広間は尋常でない熱気に溢れた。そこにいる諸将全員が高揚に包まれていく。
ラインハルトはその広間の一段高いところに立ち、歴史を紡ぐ言葉を発していく。
「宇宙は我らのものである。進撃し、全宇宙を掌握せよ!」
ただし熱気だけではなく、諸将は別のところに興味を移した。
皆は艦隊指揮官だ。
当然、知りたいのは具体的な作戦である。成功を微塵も疑っていないが、いくら意志があっても事を現実とするためには策が必要なことを知っている。
自分たちの仰ぐ黄金の覇王は勝利を掴むため、どんな華麗な戦略を駆使するのだろう。
「具体的な作戦の全容についてまだ明かす時ではない。しかしその第一弾として帝国艦隊四万隻を動員し、イゼルローン要塞に赴くことを決めている。総司令官にはキルヒアイス上級大将をもってこれに任ずる」
この時、段の上に立つラインハルトの横にスクリーンが用意されている。
そこへイゼルローン回廊及びイゼルローン要塞の画像が投影される。順次艦隊の単純な模式図、艦数が加えられた。そして最後にキルヒアイスの名が映されたのだ。
広間は大きくどよめいた。
あまりに予想外だった。
イゼルローン要塞へラインハルト自身が行くとばかり思っていた。あるいは逆に先遣隊を使って様子を見るつもりなら、ミッターマイヤーかロイエンタールが順当なところではないか。
何とラインハルトの半身ともいうべきキルヒアイスが総司令として遣わされるとは、どういう意図なのか不明であり、あらゆる面で驚かざるを得ない。
「参謀としてオーベルシュタイン、副将にワーレン、ルッツの両名をあてる。準備が整い次第出立せよ」
宇宙は一気に熱に包まれる。
イゼルローン回廊近くの警報システムが緊急を告げる。
ヤンの作り上げた網が今度こそ帝国軍の襲来を捉えたのだ。
むろん、イゼルローン要塞はかりそめの休息を終え、にわかに慌ただしくなった。
「先輩、給料分働く時が来ましたよ」
「やれやれ、給料分だけにしてもらいたいね」
どんな時でも軽口から始まるのはヤンたちの伝統だ。
そうアッテンボローに返しながら、ヤンはさっそく入ってきた情報を分析する。帝国がずっとおとなしくしているとは思っておらず、いずれは攻め掛かってくるはずだ。それが今になったというだけのことで驚くことはないのだが、問題はその規模だった。
システムが伝えてくる情報では帝国軍は約四万隻の規模である。これではイゼルローンに駐留している第十三艦隊一万七千隻で対抗することはできない。出て行って迎撃は得策ではなく、またもや要塞に籠っての防衛戦になるのは確定だ。
そうと決まるとフレデリカが先回りしてヤンに報告してきた。
最も重要なのは防衛力の要であるトゥールハンマーの状態である。
「トゥールハンマー砲台の修理状況を報告します。現状、出力三十%が安全発射圏内、一度だけなら最大五十%にて使用可能です」
「そうかい。今から修復のピッチを早めたとして、予測された帝国軍の到着時にはどうなるかな」
「それも既に試算しています。それぞれ十%程度上乗せできるまで回復すると思われます」
さすがにフレデリカだった。
そこまで考えて計算をしていたとは優秀な副官じゃないか、とヤンは考えたが褒めるまで気が回らない。
「それなら先ずは充分というものだろうね」
最善ではないが最悪でもない。
先の戦いで魚雷攻撃によって損傷したが、トゥールハンマーはそこまで修理されている。努力のおかげで全く撃てないということはない。
平時なら一度に千隻を葬る巨砲である。出力を絞ればそこまでには至らないが、さすがに艦砲とはケタがいくつも違う破壊力を依然として持っている。
そして最も重要なことは帝国軍にその修理状況が知られていないことだ。
「帝国軍がトゥールハンマーを撃てるのか撃てないのか分からないのは、こちらにとってとてつもない優位性になる。疑心暗鬼になってくれるだけで、こちらの戦術バリエーションは広がるからね」
ひたひたと要塞近くまで帝国軍が侵攻してくる。
ヤンは時間を稼ぐため機雷などを使って嫌がらせを仕掛けたが、やはり艦隊を使っての戦いはせず、半包囲されるに任せた。
その帝国軍からヤンは意外な通信を受け取っている。
「要塞の将兵の皆様へ降伏を勧告いたします。無用に命を散らすのは本意ではありません。できれば今すぐ降伏してもらいたいのですが、そうもいかないでしょう。しかし今後どのタイミングでも降伏を受け入れることをお約束いたします。帝国軍上級大将ジークフリード・キルヒアイス」
「敵は紳士ですな。相当な伊達男でしょう」
真っ先にシェーンコップがそういう感想を漏らす。
これにポプランが言い返した。
「いいや、すかした野郎だ。戦う前から余裕見せるとロクなことにならないって学習させてやった方がいい。本人のためだぜ」
「お前さんが敵将の将来まで考えているとはね。こちらの将来を考えた方が有意義だろうに」
ヤンはそんな会話も聞かず、考え込む。
降伏勧告は敵将キルヒアイスの慢心などではなく、真摯さのあらわれと見た。優しさのゆえに、真面目にそう言っているのだ。
ただしその名に驚かざるを得ない。
ジークフリード・キルヒアイスとはローエングラム元帥の親友にして副官、事実上の帝国No.2ではないのか。ラインハルトが帝国の実権を握るのと同時に上級大将の位にまで昇っている。
もう一つヤンが解せないのは艦隊の規模である。四万隻とは、もちろん大規模であるが帝国全軍からすれば一部に過ぎない。どうしてこんな中途半端な戦力を使っているのだろう。
これらをひっくるめてどう解釈するべきか。
そして出した結論は、さすがに不敗の名将ヤン・ウェンリーの名にふさわしい。
「事実を確認すればこの艦隊は帝国の主力じゃない。主力ならローエングラム元帥本人がもっと大艦隊を率いてくるはずだ。イゼルローン要塞の力を知る以上、出し惜しみをするわけがない。もっと重要なことはローエングラム元帥は遠征を他人に任せて自分が動かずにいられるような性格じゃないってことだ。つまり、もっと大きな作戦が存在し、これが一つの側面にしか過ぎないと考えるのが最も自然だ」
帝国の戦略とはいったいなんだろう。
今、イゼルローン要塞以上に重要な作戦目標があるだろうか。
もちろんイゼルローン以外に戦場になりえる場所といえば当然一つしかありえず、フェザーン回廊のことになる。
ヤンは帝国軍襲来の報と併せ、これが陽動であること、フェザーン回廊こそ主戦場になる可能性があるという自身の考えをハイネセンに送った。
「第十三艦隊ヤン・ウェンリー提督から緊急通信! イゼルローン回廊に帝国軍約四万隻が侵攻!」
同盟軍統合作戦本部はもちろん大騒ぎだ。
だが面倒なことが舞い込んだということであり、生きるか死ぬかといったことではない。
イゼルローン要塞がきっとまた帝国軍を撃退してくれるだろう。過去それよりも大規模な攻略戦を同盟が仕掛けても要塞は陥ちなかった。
しかも要塞には今、同盟軍が誇る智将ヤン・ウェンリーがいる。なんとかしてくれるに違いない。そういう雰囲気が確かにあった。トゥールハンマーの修理が完全ではないことは不安材料だが、きっとそこも何とかしてくれるに違いない。
それでも一応、統合作戦本部は補給物資の用意と後詰めの艦隊の検討をする。パエッタ第二艦隊、ウランフ第十艦隊に出動準備が命じられた。
迎撃作戦に限れば統合作戦本部が裁可するだけで、政府の許可を受けなくとも行動できる。迎撃は時間との勝負なのだから当然だ。
しかしその場合であっても作戦内容を可及的速やかに政府に報告する義務がある。
「これで良いのか。何か見落としている点はないのか」
ヨブ・トリューニヒトは統合作戦本部から提出された報告書を見て考える。以前の同盟軍よりも風通しがよくなっている分評議会議長に真っ先に情報が届けられている。
トリューニヒトの見るところ、統合作戦本部の考えは尤もなことに見える。
同盟軍の迎撃作戦はパルメレンドやエル・ファシルといった回廊周辺星域に防衛網を構築すると同時にイゼルローン回廊へ伏兵としてひっそりと潜入するというものである。イゼルローン要塞が帝国軍を引き付けておきながら、タイミングを計り、呼応して一気に帝国軍を挟撃する。イゼルローン要塞が一定持ちこたえることを前提としたきれいな作戦だ。
確かに妥当ともいえる。
しかしなぜか危機感を拭えない。
素人のトリューニヒトにさえ分かりやすい作戦案ということは、敵の帝国軍にとっても分かりやすいということなのだ。
報告書を詳細に見てトリューニヒトに気付いたことがある。
そこにはヤン・ウェンリー大将がフェザ-ン回廊に細心の注意を払うべし、という見解を添えていると書かれてあった。統合作戦本部はそれを限りなく可能性が低いもの、つまり言葉を変えれば非現実と捉えてまるで無視している。
それがどうにも気になる。
考え続けているトリューニヒトはつい恋人オーレリーと話している時でさえ上の空になった。もちろん同盟政府の極秘事項を恋人とはいえ部外者にしゃべることはできず、相談などもってのほかだ。それ以前にトリューニヒトがオーレリーに政治的判断を期待することはない。
しかし、ついうっかり出てしまった言葉がある。
「帝国軍は四万隻、総司令官はキルヒアイスなる者、か。」
「キルヒアイス!?」
オーレリーという擬態も忘れてエリザベートは叫んでしまった。
キルヒアイス、この名をエリザベートが忘れるはずがない。
自分の運命を変えた人間なのだ。
あのカストロプ動乱、アーサー・リンチ提督はカストロプ艦隊を率い幾度も帝国軍を退け、防衛を成功させてきた。しかしそれはキルヒアイス提督が来るまでのことだ。キルヒアイスはカストロプ艦隊をあっさり壊滅させ、アーサー・リンチは戦死した。圧倒的寡兵ありながらまるで紙を破るようにやすやすと成し遂げている。戦争に疎いエリザベートでもその恐ろしいまでの実力が分かる。
しかもその強さとはうらはらに非常に紳士的であり、領民に優しい扱いをしたとも聞いている。
「どうしたんだいオーレリー、なぜ君がそんなに驚く?」
トリューニヒトの何気ない言葉、その相手がエリザベートだったのは偶然だ。
しかし、それが歴史を変えてしまうとは誰も思いもしなかった。
次回予告 第百七話 戦略家
ラグナロック開始! フェザーンの対応は