疲れも知らず   作:おゆ

112 / 143
第百十一話 489年12月 縦深陣を突破せよ

 

 

「フェザーン回廊出口からの航路、ここを破らねば話にならん、か。面白い戦いになりそうだ」

 

 ラインハルトがブリュンヒルト艦橋の指揮シートに浅く座り、足を組んだまま言う。

 目の前には拡大されたスクリーンがあり、今は戦術支援モードであることが示されている。それは入力された指示の通りに簡単なシミュレーションを行い、判断の材料を与える機能のことである。しかしまだ何も入力されず、待機状態のままであり使われる兆しもない。ラインハルトは天性の直感と壮大な戦略で戦うタイプであって、細かなデータ入力などする気もない。

 

「概要から申せば、敵は予想よりもはるかに準備が整っている模様です」

 

 横に立つ幕僚長エルネスト・メックリンガーがそう指摘する。ラインハルトがもう分かっていることでも確認するのが幕僚の役割である。

 

「少しは敵にも準備期間を与えるつもりが、与え過ぎたというわけか。いや、そうではない。おそらく我が艦隊がフェザーン回廊を使うと察していたのだろうな。かの魔術師ヤン・ウェンリーあたりが見抜いたのであろうが」

 

 実際にはヤンだけではなく、トリューニヒトに進言したエリザベートの役割が大きかったのだが、そこまでラインハルトが知るよしもない。

 

「まあいいだろう。勝利の条件が揺らいだわけではない」

 

 そう言ってラインハルトは自信を覗かせる。むしろ戦いが簡単な作業ではなく、興奮するものであることが嬉しい。

 

 

 現在、帝国艦隊十万隻余りはフェザーン回廊の同盟領出口付近にまで進んでいる。

 その前にフェザーンを簡単に占拠した。

 そこには小競り合いも地上戦もない。フェザーン側は抵抗するそぶりも示さなかったからだ。

 ただし占領による益もまた無かった。

 経済的な利権や、特に帝国と同盟に貸し与え続け、膨大な額に膨れ上がっているだろう債権のデータがない。それどころか通商関係のデータは一切見つかっていない。

 これはきれいに持ち出されていたためだ。

 

 特に問題になるのは同盟領内の航路情報が消されていたことだ。これは軍事行動において制限が加わることと同義である。

 ラインハルトはそのことでわずか表情を険しくしたが、特に何も言わなかった。

 

 フェザーンには暫定統治と治安のためにロイエンタールだけを残し、その他の艦隊を全て率い、フェザーン回廊を進んだのである。

 

 

 再びメックリンガーが生真面目に統括を続ける。

 

「フェザーン回廊から敵領地内へ合計六本の航路が存在します。その内、大艦隊を展開できるのはわずか二本の主要航路、マル・アデッタ航路とポレヴィト航路しかありません。その両方へ敵の偵察隊とおぼしき小艦隊が遊弋しております」

「つまり、我が方が艦隊を分散させるという愚を犯さなければ、そのどちらかの航路を選んで進む以外にない、というわけだな。こちらは二本の航路を選択できるという利点はあるが小さなことだ。むしろ航路周辺に伏兵を置かれるか、包囲陣を敷かれる可能性があるのは大きな懸念になる。おまけに航路情報が充分にない以上、こちらの陣形をあまり広げるわけにはいかないのだからな」

 

「御意。いやはや、閣下が参謀の仕事までなされるとは、自分の存在意義を失ってしまいます」

 

 メックリンガーは芸術家らしくやや長めにしてある黒髪を搔き上げた。

 それは呆れとも感嘆とも言える思いのゆえである。参謀の力を借りずともラインハルトは瞬時にして戦いのデザインを把握できる才がある。

 それでもラインハルトの常に側にあったキルヒアイスは有用だったのだから、その凄さを思わざるを得ない。

 

「そう言うな、メックリンガー。卿の仕事を奪うつもりはない。その先を続けてほしい」

 

 ラインハルトもメックリンガーの気持ちが分かってわずかに笑う。キルヒアイスの代わりなど誰にもできないというのが本当だ。

 

「それでは続けましょう。敵主力は現在、その二本の航路のどちらにも対応できるギリギリの位置におります。偵察の報告によるとその艦数は約五万一千隻、この数は事前に予測した範囲内に収まるものといえるでしょう。しかしながらそれに予想外の艦隊が加わっているのも事実です」

「例のフェザーン艦隊か。実戦経験もない新造の艦隊、実力の程は分からんな。まあ、だからといって侮るのは愚か者のすることだが」

「そのフェザーン艦隊はおよそ三万三千隻、無視はできない規模と思われます。帝国艦隊の圧倒的な数の優位は消されぬまでも縮小は免れません」

 

 だが戦うことは決まっているのだ。

 黄金の覇王は躊躇せずに言う。

 

「それでも戦わぬという選択肢はない。敵の抵抗はその全てを蹴散らす。航路を制し、ガンダルヴァ星系ウルヴァシー近辺まで侵攻できれば、敵領内で橋頭保を築けるだろう。メックリンガー、作戦の第一段階を伝える。マル・アデッタ航路の方へ急速前進し、そこを通ると見せかけて直前で機雷を散布、直ちに反転しポレヴィト航路から速やかに侵攻を開始する。これは下手に使える航路を開けておけば艦隊の後背に回られるかもしれず、それを防止するためである。そしてポレヴィト航路内では全体として紡錘陣形を維持せよ」

 

 ラインハルトの天才がきらめき、戦いの未来を見据えている。それは確実な未来絵図なのだろうか。

 

 

 

 同じ頃、フェザーンに残されたロイエンタールは疲労の極みにあった。

 フェザーンの複雑な行政機構を理解し、官僚たちを使って統治しなくてはならない。はっきりと反抗してくるならまだしも巧妙にサボタージュされれば判別のしようがない。逆に反抗と決めつければ、単なる間違いだったりもするのだ。そんな中で官僚たちをなだめすかして働かせるのは本当に難しい。

 ロイエンタールには戦闘よりも疲れる作業である。

 

「暫定統治の役も俺は二回目だ。そのうち艦隊戦よりも多くなるのではないか」

 

 ロイエンタールは自分に向けてそんな皮肉を言う。

 

 ただし、暫定といえども統治ができるからこそロイエンタールが選ばれるのであり、それに必要な政治的能力を持っている事が評価されている証しでもある。

 それほど気分が悪いものではない。

 おまけにロイエンタールは自分の戦いの力量について充分な自信をもっている。つまり目先の軍功を得る必要が最初から存在しない。

 

 今のフェザーン人は帝国艦隊に表立った抵抗はしないが、憎悪の目を向けてくることは避けられない。フェザーン人は利益優先に思われているが、自主独立の気概を強く持っている。それを軍事力で踏みにじったのだから当然だ。

 そして全ての生活を統治府とホテルで過ごせる上級将校ならまだしも、一般兵は艦から街に繰り出せないのはストレスが溜まる。もちろんそれを全面的に解禁にはできない。帝国兵が街に行けばフェザーン人とどんなトラブルになるか分かったものではない。何せ自分達は歓迎されざる侵入者なのだから。

 逆に帝国軍兵の中には征服者として尊大であるのが当然と思う者もいる。其処はお互い様ではあるが、それもまた厄介なトラブルを招くだろう。

 

 

 またロイエンタールには治安維持などの他、フェザーンにとって重要な通商の再開という仕事がある。もちろん帝国軍にとっては物資調達のための後方支援を得るという意図もある。おびただしい物資を帝国軍は本国から輸送してきたが、フェザーンの物資を得られればそれに越したことはないからだ。

 これでは忙しくても仕方がない。

 

 ロイエンタール艦隊麾下のクナップシュタインらは分艦隊ごとラインハルトの本隊に付け、侵攻に随伴させている。フェザーンに残った部下はバルトハウザーらの少数である。

 

 

 突然、そのバルトハウザーが重大な報告を持って飛び込んできた。

 

「ロイエンタール提督、ご報告申し上げます! とある重要人物を捕縛いたしました!」

「とある重要人物とは何だ? バルトハウザー、卿は本来攻勢に強い艦隊指揮官であり、ここで警察のようなマネをさせているのは俺としても心苦しい。そんな言い訳をした上で言うのだが、職務である以上報告は正確に頼む」

「それが、フェザーンにおける重要人物でもあり、銀河帝国正統政府という賊の一味でもある者です」

「まあ分かった。それでその者の名は何だ」

「エルフリーデ・フォン・コールラウシュという女です。」

 

 何だと! ロイエンタールは驚く。

 先ずエルフリーデほどの重要人物を捕らえるのに成功したことについてだ。

 

 だがそれは驚きの一部でしかない。

 

 あの謀略家エルフリーデ・フォン・コールラウシュがどうして捕まるというミスをやらかしたか、そこに最も驚きを感じる。

 彼女は無能な人物ではなく、一流の謀略家だ。とっくにフェザーンを脱出していてしかるべきではないか。どうしてそうなったのか。

 

 ロイエンタールは直ちに謁見する。エルフリーデは統治府の簡素な一室で取り調べを受けていたが、そこに飛び込む。

 

 

 

「うふふ、また会えたわね。ロイエンタール提督。今回は私も思いがけなかったわ。こうやって捕まってるなんて、自分でも情けないわね」

 

 あのエルフリーデのいつもの調子で出迎えられた。

 若干の陰りはあるがロイエンタールには馴染みのものだ。

 

「驚いた…… なるほど、それが捕まった理由か」

 

 ロイエンタールは一目で理解した。それは隠しようがない。

 エルフリーデの腹部は膨らみ、明らかに妊婦だったのだ。しかもほとんど臨月の大きさに見える。

 

「理由は見たまんまよロイエンタール提督。これでは宇宙船に乗ってもワープはできない。だからフェザーンから出ることは最初から無理なことだわ」

「だが胎児への影響を無視すれば逃げられたはずだ」

「うふふ、そんな薄情な女に見られたのなら心外だわ」

 

 妊婦ではワープの悪影響が胎児に及ぶ。

 エルフリーデがこんな体になっていれば、フェザーンに留まらざるを得ず、捕まるのは当たり前かもしれない。

 

 そしてロイエンタールにはエルフリーデが妊婦になった原因についてはっきり自分のせいだと思い当たることがある。

 オーディンで二人が深酒した夜のことだ。

 時期もちょうど合う。他の男が原因などと考える必要もなかった。エルフリーデは本当に意外なことに生娘だったからだ。

 

「ロイエンタール提督、もしこうなるのを予見していたとしたら、たいした謀略家だわね。私を上回る謀略よ、素直に脱帽するわ。というより、私が女として自分で転んだというべきかしら。気になる男に目がくらんだ馬鹿な女、どこが謀略家なのか笑うわ。一時の気の緩みで万事休すってやつよ」

「謀略? ワープさせないために子を? そんなわけはないだろう。それに子を望むことなど俺にはあり得ない」

 

 エルフリーデの自嘲の言葉に自分の自嘲を乗せて返す。

 それはロイエンタールの素直な言葉である。ロイエンタールほど出生から母親に憎まれた者はなく、その捻じれた感情から子を持つことを拒否してきたからだ。

 

 

 ただし、ロイエンタールにはもう一つの疑問が残る。

 

 どうしてエルフリーデは子を産む決心をしたのか。

 今のような動乱の時期、フェザーンから移動する必要が出てくることを予期できなかったのか。いや、そんなはずはない。謀略家エルフリーデがそんなことも見通せないはずがない。それでも子を守って産もうとしたのだ。それを譲らなかった意図が不明である。

 

「ふふ、何を考えているか分かるわよ。でもね、私は産むわ。後悔なんてしていない。ロイエンタール提督、自分が親になれないなんて考えるのはやめて頂戴」

「どのみちここまできたら産むしかないのだろう……」

「もちろんそうね。認めるついでにもう一歩進めて父親になってほしいわ」

「それはできない。理由は、言わずとも分かるだろう。俺に家庭は築けない。築く資格もありはしない」

「私のことはともかくロイエンタール提督、あなたは父親になるべきよ。何よりも自分のために」

 

 ロイエンタールは若干の混乱のまま、結論を保留にした。

 だがエルフリーデを官警に引き渡すことはせず、匿うことは決めている。官僚との交渉に必要との名目をつけてホテルのフロアを借り切り、そこにエルフリーデを留めおいたのである。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百十二話 ポレヴィト会戦

待ち受ける同盟艦隊!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。