疲れも知らず   作:おゆ

113 / 143
第百十二話 490年 1月 ポレヴィト会戦

 

 

 帝国軍がフェザーン回廊を突破して同盟領に雪崩れ込む少し前のことだ。

 同盟軍統合作戦本部は必死に対処を考えていた。

 

「どうやらヤン・ウェンリーの言うことが正しかった、というわけだ。なるほど神眼とも言うべき戦略眼だな。いや、世間で言う魔術師といったところか、グリーンヒル君」

「クブルスリー本部長、正にそうです。ですがこれは喜ぶべきことではなく、我が同盟にとって最悪に近い予想が当たったというものです」

 

 帝国軍、フェザーンを占拠。

 そのとんでもないニュースは同盟首都ハイネセンにも伝わり、随所でパニックを引き起こしていた。

 

「ともあれ直ちに出撃だ。しかし準備が整っていてよかった。今すぐに出れば、なんとか帝国艦隊が領内に入る前にフェザーン回廊近辺に到着できるだろう。」

「本当に幸運です、本部長。ヤン提督とその言を見逃すことがなかった同盟政府に感謝するしかありません。政府の疑義がなければ我々はおそらく一笑に付していたでしょうから」

「全くその通りだ。軍事行動において政府に足を引っ張られることが多かったものだが、よもや助けられることがあるとは思わなかった」

 

 

 

 同盟艦隊はフェザーン回廊へ向け急いで航行する。

 帝国軍が同盟全軍よりも多いと分かっている以上、少なくとも地の利を活かし、準備を万端にしておかなくては戦いにならない。

 

 ハイネセンには第一艦隊のみを残し、残りの全てである第二艦隊、第五艦隊、第七艦隊、第十艦隊、第十一艦隊が即座に動員された。とはいえこれまでの戦いの傷は深く、半個艦隊しか数のない艦隊も多い。

 もはや非常時、総力戦に近い。

 補給物資は目録も在庫確認も全て後回しにして、随時同盟領内の補給基地から吸い上げながら足を止めずに進んでいく。

 

 今回、迎撃を指揮する総司令官は第五艦隊アレクサンドル・ビュコック大将と定められた。

 戦歴、実績共に並ぶものがなく、当然のことだ。

 当初、式典も無しに元帥への昇進という話もあったがこれはビュコックが断っている。

 

「戦果もなしに昇進はできんし、そんなことは後回しでもよいじゃろう。勝てばもちろん喜んで昇進させてもらうが、もし負けたら同盟も同盟軍もなくなっており当然昇進もないから都合がよい。縁起でもないがその通りじゃ」

 

 司令部総参謀長は士官学校から転任してきたばかりのチュン・ウー中将、副官にスールズカリッター中佐が当てられた。

 

 同盟市民は軍部をさんざん無能呼ばわりしたが、いざ艦隊が出撃したのが分かると、祈りを込めて勝利を待ち望むしかできない。

 もし敗れて帝国が同盟を占拠する事態になれば、市民は思想矯正という名目で収容所に入れられる可能性がある。人間扱いもされず、開拓惑星をさまよい続ける未来など考えたくもない。

 思想を押し殺し、帝国万歳と叫ぶまで事実上の奴隷にされるかもしれないのだ。本気でそう叫べば心が壊れてしまった証しであるし、うわべだけで叫べば、アーレ・ハイネセンの子を自称する同盟市民の誇りを自ら投げ捨てたことになり、屈辱の極みとなる。いずれにせよ悲惨な未来だ。

 

 

「さて諸君、帝国軍との戦いにあたり先ずは儂の方から感謝を伝えようと思う。この祖国存亡の危機に一緒に戦えることを光栄に思う」

 

 同盟第五艦隊旗艦リオ・グランデの作戦会議室においてビュコックが居並ぶ諸将に言う。これも若干縁起の悪い言葉だったが、それは本心であり、何よりもこの戦いの重大さはこれまでの比ではない。

 

「帝国軍は約十万五千隻の大艦隊でやってくる。おそらく同盟領を少しばかり掠め取る、というつもりではなかろうて。もしそんなことをすれば先年の同盟軍の二の舞になる。おそらく大艦隊で一気にこちらの首都星ハイネセンを突くつもりなのじゃろうな。それでこそ長い戦いの終止符になるというわけじゃ。こちらの望みとは全く逆の形で」

 

 諸提督もそこには完全同意だ。帝国軍は同盟を一気に滅ぼす決意であるとの認識は共通である。

 

「具体的な迎撃案についてはチュン参謀長から説明があろう」

 

 

 ビュコックからの指名を受けてチュン・ウー・チェンがスクリーンを指し示しながら話し始める。

 

「本来なら帝国艦隊を領内深くまで誘いこみ、補給を断ち、包囲するのが順当なところだと思われます。それが自領で戦う利点を最大に生かせるものであり、仮に敵が撤退に転じたら理想的な追撃戦になり殲滅も可能でしょう。まさに同盟が行った帝国領侵攻の焼き直しです。しかしこの場合向こうが大艦隊であることが厄介なポイントです。すなわち乱戦から下手に拡散させれば、最終的に撃滅できたとしても有人惑星に対する被害が途方もなく広がると予想されます。そしてもう一つ、深く侵攻してしまえば、敵の方としても心理的に撤退を考えにくくなるでしょう。言い方を変えれば帝国軍の諦めが悪くなるというわけです。こちらは撤退をしてくれればよいのであって殲滅まで望んでいるわけではありません」

 

 参謀長の理路整然とした言葉に皆は頷き返す。

 補給を断つ長期戦はできない。帝国のような焦土作戦は最初からできないのだ。それは同盟の置かれた条件による。すなわち、同盟は有人惑星の同盟関係で成り立っているので、いくら迎撃に必要だからといって犠牲を甘受するわけにはいかない。敢えて犠牲にする作戦は取ってはならない。

 

「以上の点から、帝国艦隊を深く誘い込むのではなく、フェザーン回廊から同盟領内に入った時点で仕掛け、随時出血を強いていきます。その損害が無視しえなくなれば継戦を断念し、撤退するに違いありません。つまり回廊から大きく縦深陣を敷き、有利な態勢を保ったまま粘り強く戦い続けるというのが基本になります。幸いなことに向こうはハイネセンを最終目標にしている以上、無駄な回り道をしている余裕はなく、こちらとしては予想侵攻航路を充分に絞り込めるというわけです」

 

 ここまで話し、チュン参謀長は言葉を区切る。

 各人が充分に思考し、あらましを思い描くためだ。

 

「分かった、参謀長。ならば具体的にはマル・アデッタ航路かポレヴィト航路なのだろう。最初はそのどちらかで待ち受けるのだな」

 

 そう言ってきたのは第二艦隊パエッタ中将だ。考え方がやや硬直化しているきらいはあるが、歴戦の闘将として知られている。戦いのデザインが分かったのだろう。

 

「その通りです。百パーセントの確信ではありませんが、おそらく考慮すべきなのはポレヴィト航路だけでしょう。なぜならウルヴァシーという補給基地化も可能な惑星が存在するからです。大気と重力が適正なのに開発されず無人なのはそこしかありません。しかも近くには重要な通商惑星ランテマリオがあり、同時にこちらへ心理的圧迫を加えられますから」

 

 こうして同盟軍の基本方針は定まった。

 各艦隊の陣形を想定しながらポレヴィト航路内の詳細な検討にかかる。劣勢な側としては何としても勝利を続けなくてはならない。

 

 

 ここで同盟軍に不思議な幸運が転がり込んできた。

 

 何とフェザーン自治領所属の艦隊が同盟軍と共闘すると通達してきたのだ。

 

 フェザーンは帝国領の一部だが、既に帝国軍によって占拠され、いわば亡国にある。

 だが意外なことに独自の艦隊を保持していたのだ。しかも無駄な抵抗をすることなく早めに逃げ、温存されている。しかもその数は二個艦隊丸ごとという大規模なものである。その実力は未知数ながらここで同盟艦隊と共闘して帝国軍に抵抗してもらえれば非常な助けになる。今はいくらでも戦力が欲しい。

 

 ビュコック総司令の判断で合流を快諾し、ポレヴィト航路に到着する直前に合流する。

 

「フェザーン自治領所属機動艦隊司令、アップルトンと申します」

「同盟軍アレクサンドル・ビュコック、この迎撃艦隊の総司令官をやらせてもらっておる」

 

 これが通信画面の最初になる。もちろん本当なら自己紹介など不要だ。

 アップルトンとビュコックは旧知であり、短期間だが過去アップルトンはビュコック第五艦隊の分隊指揮官だったことすらあるのだ。しかし今はお互いの立場を考え、打ち解けた会話をするわけにはいかない。

 

「この度の迎撃戦にフェザーン艦隊も及ばずながら助力いたします。作戦行動の主体は同盟軍なので、何なりとお命じ下さい」

「助力頂ける話は聞いておる。ありがたい」

 

 だがしかし、ここでビュコックはたったの一言を付け加えずにはいられなかった。

 

「そして貴官も健勝の様子、何より良かったことじゃて」

「また一緒に戦えて光栄です。閣下」

 

 アップルトンは多くの思いを込めて敬礼し、通信を終わらせる。

 細かな連携や戦術をすり合わせる時間はなかった。それはシステムが違うのでかなりの時間を要することである。いかに元は同盟軍将官であるアップルトンでもそこは仕方ない。本当は演習を繰り返し行い、初めて合同作戦が可能になるものだ。

 しかしそこまで完全な連携でなくともフェザーン艦隊の存在だけで敵の帝国軍から見れば大きな掣肘となるだろう。

 同盟軍にとってすればフェザーン艦隊を見せかけに置いておくだけで意味がある。

 

 

 

 戦機は熟す。

 帝国軍はチュン中将の見立て通り、ポレヴィト航路の中央を進んでくる。

 全体陣形としてはやや密集した紡錘陣のままである。航路の情報が不充分なのでそれは仕方がない。

 もちろん航路は回廊とは違い、衝撃波面によって周りを制限されていることはない。しかし航路外には思わぬ障害物や宇宙気流があるかもしれないのだ。帝国軍としてはそんなことで損耗するわけにはいかない。

 

 それでも航路の途中には急に狭くなる狭隘部が存在する。ポレヴィト航路のような主要航路には少ないが、それでもいくつかはある。

 

 そういうところにはえてしてダークマターの濃縮された塊が存在し、その重力場によって遠距離ワープが難しくなり、慎重に通常航法で行かなくてはならない。

 逆にいえば航行する艦船にとってはワープ装置の作動を停止してメンテナンスができる場でもある。そもそもワープはそんなに連続で行えるものではない。時々しっかりと再調整しなくては直ぐに事故になってしまうほどデリケートなものだ。

 

 航路のあらまししか知らず、詳細なデータのない帝国軍にはそういう場所がどこなのか分からない。従って必然的に航路の中央に密集する。おまけに適切な場所でメンテナンスできなければ、随時やるしかなく、全体として航行は遅くなる。

 

 

 だが同盟軍の方はそういう航路狭隘部を熟知している。

 それが地の利というものだ。

 

 その理想的な一つを選び、決戦地とする。

 同盟軍は航路の端いっぱいを使い、各艦隊を同心円状に配置して迎撃陣を敷いた。つまり帝国軍がただ来るだけで包囲網を完成させられるのだ。

 航路中央部に進行してくる帝国軍に対し必殺の十字砲火を浴びせれば、理想的な損失比を保ちながら迎撃が可能になる。帝国軍は同盟迎撃陣の更に外側へ回り込むことは不可能だ。結果として帝国軍はその数の有利さを生かすことができない。

 むろん同盟側はその目的のために入念に射軸の調整などをして待ち受ける。

 

 もちろん狭隘部なので同盟各艦隊の距離は充分に通信が取れるまでに収まっている。

 そのため、仮に帝国軍が包囲を嫌って各個撃破の方針を取り、一方に偏ったとしても、それはアスターテの二番煎じにはならない。同盟各艦隊はすぐさまそれに呼応して動き、帝国軍の後背へ取り付き、それこそ袋叩きにできる。

 

 要するに地の利を活かすだけでこれほど有利なのだ。

 

 素晴らしいことに帝国軍がどのように動いても必ず同盟側が有利な態勢を保持していられる。

 ちなみに共同歩調を取るフェザーン艦隊は同盟迎撃陣からやや後方に置かれた。

 

 戦いが理想的に推移すれば、ある程度戦って帝国軍へ打撃を与えた後、乱戦になる前に同盟軍は素早く撤退する算段である。どのみち航路の利という絶対的利点がある限り帝国軍より速く移動でき、取りすがられる可能性はないのだ。つまり大軍に有利な消耗戦にさせられてしまうことはない。

 そして同盟軍はまた別の狭隘部で待ち構えればいい。

 繰り返していけば帝国軍の方に損害が重なり、いずれそれに耐えられなくなる。ハイネセンに近寄らせることなく撤退させられるだろう。

 

 

 

 こうしてポレヴィト会戦が始まる!

 銀河帝国、自由惑星同盟、そしてフェザーンの運命がかかった戦いだ。

 

「敵艦隊発見! 接触予想時間、あと二時間、至近です!」

 

 帝国軍総旗艦ブリュンヒルトのオペレーターが慌ただしく伝えてくる。

 通常航法に移って半日、各種装置のメンテナンスや点検を行っている中でこの時を迎えた。

 

「なるほど、ワープに安全装置が働いて通常航法しかできないこの宙域、航路の難所となる。迎撃には適しているというべきだ。このあたりで漸減作戦を仕掛けてくるか。なかなかどうして理にかなっているな。スクリーンに全容を出せ」

 

 ラインハルトに慌てる様子も無い。むしろそのスクリーンを見てメックリンガーがわずか動揺する。

 

「閣下、警戒を解いていなかったとはいえ我が軍は戦闘準備に遅れを取らざるを得ません。二時間ではギリギリ間に合わせられるかどうか。しかも見る限り敵はこちらの進路を取り込む形で円形陣を敷いています。おそらく安全航路いっぱいの位置なのでしょう。この陣形を取られてしまってはさすがに」

「さすがに、とはなんだメックリンガー、まずいと言うのか」

「残念ながら、このままでは我が軍が突破できないとは言いませんが損失は大きくなるでしょう。一度退き、航路の変更も含めて対策をお考えになるべきかと」

 

 メックリンガーは正直に思うところを答えた。

 ラインハルトが別の考えを持っているのかもしれないと想像が及んでいても言い澱むことはない。

 虚飾のないそんな実直さもメックリンガーの美点である。艦隊指揮官として良し、参謀として良しという評判も当然のことだ。メックリンガーとしても自分の乗艦クヴァシルを離れてこのブリュンヒルトにいるが、芸術的ともいえる覇王の側にいることは決して嫌ではない。

 

「なるほど、さすがに卿は有能だな、メックリンガー。敵もそう考えるだろう。だからこそいい」

 

 

 そしてラインハルトは奇妙な命令を出す!

 誰にも予期できなかった艦隊運動であり、それを聞く各将も驚いてしまう。

 

「帝国全軍に告げる。全体の陣形を直ちに横へ広げる。それぞれの艦隊が隙を作らないようにしながら伸ばせ。そして最右翼にはビッテンフェルト、最左翼にミッターマイヤーが布陣せよ」

 

 これを聞くや否や各将はラインハルトへの信頼によって素早く動く。常識では考えられないことでも決めたのはあの黄金の覇王なのだ。

 特にビッテンフェルトは自身が会戦における最終決定戦力と認識していただけにむしろ喜んでいる。

 

「司令官閣下、これは損害も多少は覚悟いたしませんと。今のうちに防御の弱い小型艦を後方へ移動させておいては」

 

 ビッテンフェルトの参謀の一人がそう言った。順当な進言だが、しかしそんな言は受け入れられない。

 

「うるさい! 全艦攻撃隊形だ。もっと喜ばんかグローブナー。出番が早まったのだぞ。前座も黒色槍騎兵、真打ちも黒色槍騎兵、カーテンコールも全て黒色槍騎兵だ!」

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百十三話 常勝の英雄

ラインハルトの規格外の戦い

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。