疲れも知らず   作:おゆ

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第百十三話 490年 1月 常勝の英雄

 

 

 ポレヴィト会戦が始まった。

 

 この戦い、結論から言えば同盟軍は大打撃を受けて敗退することになった。

 またしてもラインハルトの天才が同盟軍の思惑を打ち砕いたのだ。

  

 

 

 帝国軍は横に広がった平板のような陣形でゆっくりと前進してきた。同盟軍側ではその意図が分からないが、当初の予定通り円形に包囲したまま撃ちかけ始める。

 

「帝国艦隊前衛、イエローゾーンからレッドゾーン突入!」

「撃て!」

 

 このままいけば全て予定通りだ。この包囲態勢で戦うのなら、同盟側の戦力が半数であっても負けはない。

 同盟側はこのまま帝国軍を叩き、頃合いを見て順次後退すればいい。

 

 だが、ここで同盟軍に思わぬ足並みの乱れが出た。

 スクリーンではっきり分かるくらい突出しつつある部隊がある。

 

「何かの、あの部隊は。接近し過ぎのように見える」

「あれは当艦隊に配属されたサンドル・アラルコン少将の分艦隊でしょう。ビュコック閣下、元に戻るよう警告なさいますか」

 

 連携の乱れを危惧したビュコックとチュン・ウーは直ちに通信をとった。だが、戦意に酔った者にその警告は届かなかったのだ。逆にビュコックに無礼ともいえる返信が返ってきた。

 

「閣下は甘い! 敵を叩ける時に叩いておかなくては後顧の憂いを残しますぞ! ここは急進し、一気に瓦解させなくては」

 

 ビュコックはアラルコンの返信に再度の警告はしなかった。

 

「混成艦隊の弱みが出たか。止むを得ん。適切な援護を図ることにしよう」

 

 同盟軍は今回の戦いのため、艦船は各地の警備艇まで搔きあつめている。

 艦艇数五万一千隻とはいえ内実はそんなところである。

 また兵員も将官も、予備役さえ使って数だけ揃えたが、その中には周りから能力を評価されていない者も含まれていたのだ。

 このアラルコン少将もこれまで運よく戦死しなかったから少将になっているだけで、本来は実力もなく思慮の浅い将と思われていた。これまで辺境の警備という閑職にいたのはそのためである。愛国心だけは本物かもしれないが、やれることは大きな声で蛮勇を叫ぶだけだと。

 だが自己評価はもっと上であり、そのために常日頃から周囲の評価に不満に思っていた。そのため目に見える戦果を過剰に追い求める心理に陥っている。元々の猪突猛進の性格ともあいまって総司令部に抗うという結果となった。

 

 また総司令部としても強引な引き戻しをしなかったのに理由がある。

 積極的な攻勢が戦果を積み上げることも可能だと思ってしまったのだ。

 

「じゃが一理ないこともない。なぜか帝国軍の陣形は横方向に広がっておる。これに対し、上下方向から接近して挟みこめば、理想的な挟撃殲滅ができることも確かじゃな。それができれば帝国軍を一気に回廊へ押し戻すことができるやもしれん」

 

 アラルコン少将に釣られるように若手の将たちが突出していく。帝国軍をやはり上下方向から挟み込んで猛攻を加え始めた。帝国軍からも反撃が届くが、この態勢では同盟軍の方が格段に有利である。

 

「それに乗るしかなかろうて。この第五艦隊と第二艦隊は敵艦隊の上面、残りの第七、第十、第十一艦隊は下面から接近、効率よく敵を叩く。各艦隊に伝達を頼む」

 

 

 

 同盟軍はこの陣形移動によって更に優勢を保つことになる。

 対する帝国軍はもう耐え忍んでいることしかできないように思えた。帝国軍の各将は各将でこの状況について思うところがある。むろん、ラインハルトに対する信頼に揺らぎはない。敵領内であっても、一時劣勢になってもそれを保つのは驚くべきことである。

 

「ローエングラム公のお考えは敵を強行突破か。大軍であるからには損害に目を瞑り、侵攻を優先するというわけだ。確かに多少数を減らしても敵の首都星まで届けば勝ちだからな」

 

 そうミッターマイヤーが言った。

 実はこのセリフを大半の将も異口同音にそれぞれの場で言っていた。続けてそれぞれの口がまたしても同じことを言う。

 

「しかしそれにしては妙だ。速度が遅すぎる。強行突破は迅速でなければ意味がなく、このままいけばこちらが宇宙の塵になる方が早いのではないか? 不思議なことだが」

 

 

 そしてついに同盟軍の挟撃態勢が完成した。

 これまでのところ、損害は帝国軍の側が遥かに大きい。

 

「よし、頃合いだ。そろそろ出来上がったステーキにナイフを入れよう。今より全ての陣形を変える」

 

 ラインハルトがそれまで退屈そうに指揮シートに座り、戦況を眺めていた。

 しかしここで立ち上がって指を指し示す。

 ここに今、覇王の覇王たるゆえんが示される。ブリュンヒルトの艦橋に緊張が走った。

 

「メックリンガー、直ちにビッテンフェルトに通達せよ。我が陣形の真上に移動、速度を上げて敵艦隊を切り裂きながら突っ切れ、と。そしてミッターマイヤーは逆に直下へ移動せよ。同じく敵陣を撃砕しながら前進するのだ。」

 

 ここで帝国軍は急速に形を変えていく。

 

「他の艦隊はそれに合わせ時間差をつけて真上または真下に移動せよ。すなわち全体の陣形を90度ひねった形へと変えるのだ。特にケンプに命じる。ビッテンフェルトの艦隊のすぐ後に続き、全艦載機を発進させておくのだ。敵陣の乱れをついて思うさま叩いてやれ」

 

 ラインハルトの通達を聞き、ビッテンフェルトが口笛を吹く。

 その顔には傲慢ともいえる猛者の表情が浮かぶ。

 

「なるほどそういうことだったか。ローエングラム公が敵にやられっぱなしでいるわけがない。総司令部に委細承知と伝えろ。者ども怯むな! すぐさま移動し、敵陣へ切り込む。遅れるものはこのケーニヒス・ティーゲルが討ち果たすと思え!」

 

 各将たちは時間もかからずラインハルトの意図を理解する。

 帝国軍が横に広がったため、戦果を得ようと欲をかいた同盟軍は上下方向から更に圧迫しようとした。それに対し、いきなり陣形を90度曲げた。これによってあたかも帝国軍はナイフのように上下の同盟軍を切り裂いたのだ。

 通常なら猛攻を受けている最中にこんな移動は困難なことで、それこそ非常識だ。しかしラインハルトは別の理解をしている。ビッテンフェルトの剛毅さとミッターマイヤーの迅速さを見極め、そこを信頼していたのだ。だからこそ最初からそのつもりで最も移動が大きくなる端にそれぞれを置いていた。

 そしてラインハルトの思い描いた通り、帝国軍は敵の分断に成功しつつあった。ビッテンフェルトとミッターマイヤーは速度を上げて、対応が間に合わず何ら有効な手を打てない敵を切り裂く。

 

 ただでさえ同盟軍は上下から挟撃するために戦力を二分している。

 そのどちらも切り裂かれ、つまり四分割されてしまった。そうなればもはや帝国軍の局地的有利は圧倒的なものになり、同盟軍は一転して狩られる獲物になってしまう。

 

 つまり同盟側は自分で転んだ。最初の円形陣を崩さなければ、少なくとも帝国軍に敗けることはなく、当初の目的を果たしただろう。それなのにうかつに接近してしまったのだ。

 おまけにその行動は、そこに航路上の障害などないことを証明したようなものである。航路をよく知る利点を自ら投げ捨てたのだ。

 帝国軍としては艦隊行動を行うのに余計な神経を使わなくていい。それも覇王の計算の内なのだろう。

 

 しかしこの結果についてビュコック総司令の責任にすることはできない。暴走した若手の将たちを見殺しにすれば、それはそれで同盟艦隊は空中分解してしまっただろう。

 

 

「第七艦隊、ホーランド提督戦死!」

「第二艦隊、旗艦パトロクロス大破! 司令部の安否は不明!」

 

 白銀の砲火が一閃し、更に第二撃、第三撃と続く。帝国軍の反撃を受けた同盟軍に悲報が飛び交う。

 

 むろん総司令部に悲痛な空気が満ちた。戦勝気分から一気に暗転したのだ。各艦隊は一気に乱れ、そのまま崩壊しつつある。もはや艦数で劣る同盟艦隊に勝ち目はない。

 

「帝国のローエングラム公は一筋縄ではいかんかったか。しかし素直に負けてやるわけにはいくまい。このまま民主主義を宇宙から消してはならん。全艦隊、航路いっぱいまで散開、そして全速でランテマリオまで後退を図れ。帝国軍は先の航路の詳細を知らぬまま追撃を続けることはできんじゃろう。諸君、ここを凌いで逃げることに専念し、次につなげるんじゃ」

 

 このビュコックの判断は全く正しい。

 ただし帝国軍の各将は戦意も高く、力量もある。容易に逃すはずはなかった。

 

 同盟軍をあっさりと分断したビッテンフェルトとミッターマイヤーは、通り過ぎた後に反転を始めている。同盟軍はそのタイミングで攻勢をかけて反転を邪魔することはできなかった。

 その二つの艦隊は同盟軍にとって退路に当たるところにいる。その少なくない戦力ともう一度戦わなくては撤退もできない。

 そこで足止めされていると、今度はラインハルトらの艦隊が熾烈な攻勢をかけてくる。

 こういった殲滅戦ではケンプの艦載機隊が特に威力を発揮した。同盟軍は当初遠距離砲戦で漸減することを企図していたため、スパルタニアンの発進が一歩遅れ、空母を先に叩かれてしまっている。一方的に帝国軍が制空権を奪い取った。

 

 

「カールセン少将の分艦隊は帝国艦のエンジン部だけを狙い撃て。わざと大破にとどめ、損傷した敵艦を盾にして妨害にかかるんじゃ。しぶとく戦えば撤退ができる。時間が経つほど補給物資の少ない向こうの方が苦しかろう」

 

 ビュコックはさすがに老練な指揮官だった。そう言って少しでも有効な戦術を伝える。

 敗色が濃厚な中でも、パニックになることなく次に繋げようとするのを忘れない。

 

 

 

 この最終局面、ミッターマイヤーが同盟軍の最後の抵抗を打ち砕き、とどめを刺そうとする。

 だが、乗艦ベイオウルフの艦橋で右手を上げた瞬間、思わぬ妨害が入った。

 

「報告します! 右舷より艦隊が急速接近中! 数、およそ一万七千隻!」

「何! 今さら敵は後詰の投入か」

「いいえこれは叛徒の艦隊ではありません! 識別信号なし、艦型データベースでは…… フェザーンの新造艦です!」

「何だと! この付近にフェザーン艦隊がいるのは分かっていたが、戦場に出張って来たのか。おそらく前方に陣取ってこちらの殲滅戦を邪魔しようという算段だろう。よし、バイエルライン、ジンツァー、ドロイゼン、それぞれ二千の分艦隊で出ろ。先ずはお手並み拝見だ。機動力を維持しながら撃ちかけ、敵の力量を測れ」

 

 フェザーン機動艦隊は当初同盟軍のアシストに過ぎない立場を保っていた。もちろんここは同盟の領内であり勝手な行動はできない。

 

 それ以上に、これまで帝国軍と直接砲火を交えたことはない。

 

 ここでそれを行えば、決定的に帝国軍の敵となる。

 フェザーンを脱出したルビンスキー家はそれで後戻りできなくなる。重大な政治的決定と同義なのだ。

 

 だが同盟艦隊が瓦解しつつある今、動かないでいるわけにはいかない。フェザーン艦隊がエカテリーナから事前に受けていた命令はいくつかあるが、その第一のものは帝国軍の力を削ぐこと、であった。どのみち帝国軍の勝利はフェザーンの未来が無くなることに等しいからだ。

 

 

 こうして戦いは新たな局面に入った。

 

 ミッターマイヤーはフェザーン艦隊など新造に過ぎないと知っている。それでも油断せず、分艦隊によって戦力を推し量ろうとした。信頼できる部下を向かわせた後、スクリーンを凝視しながら戦いを見守る。

 

 結果的にフェザーン艦隊の練度は非常に低いものと分かった。

 バイエルラインらの艦隊運用がそつのないものだったということもあるが、それに比べて酷い有様だ。

 駆逐艦の優位性である速力は、艦列がなかなか整わないため、それを調整するために費やされて意味がなくなる。。

 そして戦艦の大火力もまるで同期していないので無駄になる。それ以前に砲撃の照準が悪すぎる。これではシールドを破る同時着弾などできっこないレベルだった。

 

 

 ミッターマイヤーは蜂蜜色の髪をいじりながら言った。

 

「まあ、そんなものだろうな。実戦経験が無ければそうなる。可哀想だが運が悪いと思ってもらうしかない。脅威にもならんだろうが一度は叩き、我等の邪魔しないでいてもらおうか」

 

 自信を持ってミッターマイヤーがそのフェザーン艦隊に切り込んだ。時間がもったいないという思いもあり、単純に仕掛けた。

 だがここから思いもかけない様相を呈してしまう。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百十四話 フェザーン艦隊の戦い

初陣はいかに

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