ラインハルトの率いる帝国軍本隊がガンダルヴァ星系を立った。
ヤン艦隊を最後に見出したところに向かい、通常速度で航行を続けていく。やがてガンダルヴァ星系は後方に小さくなり、見えなくなった。
誰もがヤン第十三艦隊を簡単には捕捉できず、せっかく出撃しても空振りもやむなしと思っていた。ヤンの行動は神出鬼没、少数ながらダイナミックに機動力を活かすのが常だったからである。
しかしその予想は完全に外れることになる。
星間航路に乗って間がないうちにヤン艦隊を探知できたのだ。
というよりヤンの側では既に戦術を決めて、もう戦闘行動に移していた。
「敵艦隊発見! 数、およそ二万弱。当方へ高速で接近中! 接触予想時間あと三十分! 至近です!」
「なに? 最初から突っ込んでくるとは超短期決戦だな。ヤン・ウェンリーは智将であると認識していたが、案外陣頭の猛将という側面があるのか」
ラインハルトは落ち着いて評価している。
何といってもヤンにとっては自領内、探知については帝国軍よりも有利なのだろうと予測していた。ただし、その接近速度が意外に早い。
「俺を狙ってくるのだから、鋭く攻勢をかけて一瞬でも優位に立てば良し、ということかもしれん。その意味では短期決戦こそ合理的な戦い方には違いない。まあいい。こちらは進路を維持しろ」
ラインハルトは自信を持ってそう指示した。オペレーターから発せられた報に騒然とした雰囲気の艦橋はそれで静まった。常勝の英雄ラインハルト、それに対する信頼が戦いの先手を取られた不安に優ったのだ。
ヤンの第十三艦隊は航行途中に加わってきた同盟艦を併せ、意外に数を増している。ほぼ二万隻に近い規模だ。ラインハルトの帝国軍より少ないことは確かなのだが、その差は大きくない。
今、ここぞというタイミングで帝国軍を狙い、急速前進を続ける。
しかしヤン本人は突撃の緊張とは無縁の様子で、いつもの調子である。
「やれやれ、また第十三艦隊が突進攻勢とは、これでは猪武者と言われても仕方ないなあ」
「ヤン提督、ではご自分は猪武者ではないと思っておられるので?」
「シェーンコップ、今さらそんなこと言われるとは思わなかったよ。当たり前じゃないか」
「いや、単に確認しただけですよ。むろんヤン提督は猪武者なんかじゃなく、どちらかというと子羊に近いと思いますな。だからこそたまには猪もいい。第一、男は二面性があるほうが断然モテる。これだけは自信を持って保証します」
「どうも褒められた感じがしないんだが。それに個人的な人気はこの際関係ないよ」
だがシェーンコップの最後の言葉にはヤンもわずかに反応していた。
フレデリカの方に顔を向けたり、視線を投げたりしないようにしながら、それでも視野の片隅に入れてあるフレデリカを探る。
実はこの決戦前夜、ヤンはフレデリカにプロポーズしている。しかも自分では望み薄だと思っていたのにも関わらず即座にそれが受け入れられたのだ!
それは事実だったはずだが、ヤンには本当にそうだったのか自信がない。十人が十人とも可愛いというであろうあのフレデリカが相手なのだ。年上で冴えない自分なんかがフレデリカと結婚とは、一日たった今でも信じられず、願望が見せた幻のようにも感じられる。聞き間違いではなかったのか。
だから小さなことでもビクビクしてしまうのだ。シェーンコップの言う子羊が今のヤンには正に当てはまる。
フレデリカの方はコンピューター画面を見ていて、ヤンの方へ向くことはなかった。それが素っ気ないものに思えてヤンは少なからずがっくりした。業務に専念するのは素晴らしい態度だが、プロポーズを受け入れた次の日の様子とは思えない。
実はフレデリカはフレデリカでヤンの方に視線を向けないよう努力していたのだが、むろん知る由もなかった。
そんな戯れ言とは関係なく戦いが迫る。
「前衛の戦艦群は長距離砲を全て同期。撃て!」
ヤン艦隊が砲撃を始める。それと同時に、帝国軍もまた熾烈な反撃を浴びせてくる。
今、この戦場は正反対の方向へと高速で飛び交うウラン弾に白熱する。
ウラン弾自体もレールガンの高温で熱せられるため光を放つが、それに加えて薄く存在する星間物質に衝突することで輝くのだ。そして弾き飛ばされた星間物質は別の星間物質に当たり、次々とそのエネルギーを受け渡していく。充分エネルギーを失うまで光り続けるため、ウラン弾の後には長く尾を引く曳光が見えるのだ。
ヤン艦隊旗艦ヒューべリオンのスクリーンが時折真っ白に染まっては消えるのを繰り返す。至近弾がセンサー近くを通過したからだ。そして戦闘開始から刻々と光る間隔が狭くなっていく。
シールドの負荷量を表わすインジケーターがひっきりなしに数字を変えている。10%からいきなり50%に上がり、また下がる。一気に80%に上がった時には、声にはしないが皆肝を冷やしたものだ。それは同時着弾を意味する。戦艦の防御シールドは強力なものだが、逆に言えばその程度のものでしかない。
同時着弾が三つに至ればこの数字は100%を超えてしまう。もしそうなればシールドは過負荷から装置を守るため一定期間作動しなくなる。砲撃に無防備になるのだ。
そんなタイミングで一撃でも直撃を食らえば大破、当たり所によってはそれ以上の運命が待っている。
もしエンジンを含む動力系統に当たれば即座に爆散し、工業技術を極めた立派な艦も生きている人間も宇宙に漂う原子雲に還元される。良くても塵程度だ。最も悲惨なのはワープ装置が誤作動した場合である。そうなれば原子すら残さず次元の狭間にすり潰される。そういったことは基礎技術が同じである帝国艦も同盟艦も変わりがない。
残酷なようだが、宇宙の戦いというのはそういうものである。
普通に考えたら、突撃側のヤン第十三艦隊の方が撃ち合いでは有利なはずである。最初から艦隊前面に長距離砲の多い戦艦を並べ、しかも照準を付けているのだから。
だがこの場合、帝国艦隊の反撃も第十三艦隊と遜色ないものになる。
「怯むな、撃ち返せ! 我ら帝国軍本隊が負けはしない!」
帝国軍の戦艦たちも崩れるどころか闘志をかき立てている。
さすがに統率力も練度もラインハルトの本隊はシュタインメッツ艦隊とはまるで違うレベルだ。これまでラインハルトの率いる艦隊は確かに常勝だったが、アスターテの例を挙げるまでもなく決して損耗率の低い安全な戦いをしたわけではない。輝かしい勝利の影には消え去る艦も多かったのだ。
その中を生き残り、鍛え上げられた帝国軍の精鋭たちである。
砲撃の密度、効率の良さによりたいがいの突進を食い止めてみせる自信がある。同じ帝国軍の中には黒色槍騎兵という突撃の得意な艦隊があるが、もしそれに対し自分たちが戦ったら食い止められるだろうとまで思っている。
そのはずだった。
だが激しい弾幕をものともせずにヤン艦隊は突き進む。全く速度を落とす様子はないのだ。
その命知らずの猛進にさすがの帝国軍の精鋭も驚きを禁じ得ない。
「何だ、奴らは勇敢というより相討ち覚悟の自殺志願だ。それほど苛烈な意志があるのか!」
もはや相討ちでもいいからラインハルトを斃す気なのか。
その覚悟の前に帝国軍は戦慄する。
だがしかし、帝国軍でただ一人、ラインハルトだけがヤン艦隊のからくりを見抜いた。
スクリーンをじっと見つめ、やがて目を離して呟く。
「なるほど分かった。奴らの艦隊にはなぜか爆散が少ない。我が艦隊の命中弾は決して少なくないはずなのに。とすれば艦そのものが欺瞞なのだ!」
よく考えればヤンは決して人命軽視をする将ではない。欺瞞によってみせかけの突進を演じていただけだ。それに加え、ラインハルトはもう一つのことを看破している。
「ヤン・ウェンリーめ、敢えてシュタインメッツの時と同じ戦法を取ることでこちらを騙したのだ! いや事実は逆だ。おそらくこの時を考えておいてからシュタインメッツと戦ったのだろう」
ラインハルトの言葉は全く真実を突いていた。
ヤン自身を除き、ヤン艦隊の誰もが先日のシュタインメッツ艦隊との戦いでは最善手で破ったと思っていた。奇襲から分断という方法だ。
しかしそれは違う。
ヤンは初めにラインハルトとの戦いを思い描き、その上で敢えてシュタインメッツ艦隊に対して突撃攻勢という手を使っていたのだ。目を眩ませ、欺瞞に気付かせないためである。逆に言えばヤンはシュタインメッツ艦隊に勝利する方策などいくらでも見つけられる。
ヤン艦隊の面々もラインハルトと同じ理解に達し、ヤンの恐るべき知略を思い知らされた。
ぼさぼさ頭の冴えない指揮官はやはり不敗の名将だ。
そして今、ラインハルトが精査させるとヤン艦隊の欺瞞の詳細が分かった。
突撃してきた艦艇は艦艇ではなかったのだ。
補修部品である外殻部材を適当に組み合わせて艦のような塊にしただけだ。中身は入っていない。そんなハリボテを幾つも繋げて無人艦で曳航させている。
これではいくら帝国軍の砲撃が命中してもエンジンが無い以上爆散するはずがない。空しく吸収されるだけだ。
小惑星などが存在しない主要航路なのに、それでも欺瞞の策を捻り出してくるとはさすがに奇跡のヤンである。
味方の補給基地が多いという自領ならではの条件を最大限に活かしての欺瞞だ。
「見事に騙してくれたなヤン・ウェンリー。鮮やかな陽動だ。掛けてくる砲撃の密度は大したものではなく、計算すれば実数は半分以下といったところか。しかし、そうすると奴自身は航路のどこかに潜んでいてこれを見ているはずだ。そして欺瞞の突進によりこちらの混乱がピークに達する時を待って、改めて決定戦力で攻勢をかけてくるのだろう」
今度はラインハルトがそう読んだ。次こそ本当の突撃が待っている。
「トゥルナイゼン、カルナップ、ブラウヒッチ、麾下の分艦隊をやや散開させ、索敵範囲を広げよ。そして向こうの艦隊を掴んだら網に取り込み、終わらせろ」
ラインハルトの本隊から命令を受けた中級司令官たちが前に出て熱心に索敵が始まる。各司令官たちは功名心があり、出世のチャンスを欲している。誰もが出世で一歩先んじて、艦隊司令官になりたい。
ここで敵発見の栄誉に預かればそれも可能かもしれず、我先にと散っていく。
「よし今だ! 白い艦だけを狙えばいい!」
ヤンの一言で戦場の様相は一変する。
突撃してきた欺瞞のヤン艦隊、無人のハリボテだったはずだ。
だが、そこから本物の一個艦隊が姿を現した!
本当のハリボテは少なかったのだ。他の多数は外側だけの話で、中心部にはれっきとした戦闘艦が入っていた。
帝国軍を見誤らせるためである。むろん、砲撃を控えてハリボテの役に徹していた。
帝国軍の方はハリボテの艦艇もどきを工作艦によって処理させようとして動かしていたのだが、それらが近付いてバレるギリギリのタイミングでいきなり出現し、直ちに攻勢に出た。
一方の帝国軍は策にかかり、全体的に広く開いた形だ。思わぬことに慌てて砲火を整えても、絶対的に数が足りない。
今度こそヤン艦隊の突進を止められない。
そして突進の行きつく先はブリュンヒルトただ一隻だ。
「なるほど…… 小細工をしたのかヤン・ウェンリー。さすがだ。魔術師と呼ばれたお前らしい。いや、詐欺師と言うべきか」
それでもラインハルトに慌てた様子はない。
だが、戦いでは明らかに帝国軍の艦艇に爆散が相次いでいる。欺瞞の成功によって距離を詰めたヤン艦隊が満を持して攻勢をかけているのだ。この時ばかりは帝国軍を圧倒しているといってよい。
「アルトリンゲン艦隊被害甚大!」
「マイフォーファー艦隊壊滅、司令部の安否は不明!」
「こちらブラウヒッチ分艦隊、来援を乞う!」
帝国軍に悲報が飛び交う。比較的力量の乏しい中級指揮官の艦隊から被害が累積していく。
「閣下、小官がクヴァシルで出る御許可を」
「無用だ。メックリンガー」
この時、ラインハルトの横にいるメックリンガーが逡巡の末、自分がブリュンヒルトを出て乗艦クヴァシルに移り、迎撃に向かうことを具申した。
しかしラインハルトは素っ気なく答えるに留まっている。
ついにヤン艦隊は帝国軍総旗艦ブリュンヒルトが見える位置まで辿り着く。
だが、砲撃可能距離まで行き着くことはなかった。
いきなりの壁が同盟艦隊を阻んだのだ。
それはラインハルトの本隊から既に発進していた膨大な数の艦載機隊だった。それらワルキューレがこのタイミングで一斉に襲い掛かってきた。
「これはいけない、フィッシャー提督に連絡!」
ヤンの表情が曇る。
帝国軍の意図が分かったからである。
これはたまたま帝国軍が艦載機を出していたのではない。破れかぶれでもない。ブリュンヒルトを囮にして引き付けた上で、艦載機の餌食にさせようと最初から待ち構えていたのだ。
なるほど艦載機ならその宙域に最初から出しておき、エンジンを消せば探知は困難になる。分かった時には接触は免れないのだ。そして機雷と違って高速で移動できるため除去もできない。
ヤン艦隊は奇襲を仕掛けたつもりで、逆に帝国軍から奇襲を受けてしまった。
「急遽駆逐艦を前面に出し、隙がないように艦列を作らせるんだ! こちらの艦隊の前に網を張るように。そして早いところ最大限の防空を!」
このガンダルヴァの戦い、両雄が激しく火花を散らす。
後の歴史家に「もう見ることのできない戦術戦」とまで言わしめた芸術の戦いが続く。
次回予告 第百二十話 決戦! ガンダルヴァ ~応酬~
両雄の戦術は神の領域へ