疲れも知らず   作:おゆ

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第百二十一話 490年 3月 決戦! ガンダルヴァ ~盾と矛~

 

 

 やがてトゥルナイゼンの率いる帝国軍前衛は息切れしてくる。ここまで攻勢を継続したのだから当然のことだ。

 

 焦って更に攻勢を強化しても相手は乗ってこない。そんなことをすればするほどエネルギーや弾薬を無駄に消耗してしまうだけである。やがては行動限界点までどれほどの猶予があるか気になり始める。

 ついに、自分が主導権を握っていたのではなく、相手に乗せられ危険な位置にいると気付く時が来た。ここで一気に恐怖が押し寄せ、パニックになってしまう。

 指揮官の動揺は、ほんのわずか艦隊の混乱として出るものであり、見る者が見ればそれが分かる。

 しかもトゥルナイゼンに対しているのは、最高の智将ヤン・ウェンリー、その一瞬を見逃してくれるような甘い相手ではない。

 

「今だ! 攻勢に出てあの前衛を叩くんだ」

 

 ヤンの指示のもと、第十三艦隊は一気に反撃に出る。その満を持した集中砲火はたちまち帝国軍前衛を薙ぎ払い、突き崩す。それに対し、エネルギーの貯留が空になっていたトゥルナイゼン分艦隊に耐える力はない。

 やがてトゥルナイゼン分艦隊の混乱は他の帝国軍前衛艦隊にまで波及し、次々と明るい火球に変えられていく。そして艦と同時に一度に百人単位で無駄に命が消費されるのだ。

 

 敵の損害と自軍の損失を示すカウンターがある。

 ヒューべリオンのカウンターは、今や損失のものはほとんど動いていない。逆に敵帝国艦隊の損害、つまり戦果を表わすものがどんどん数字を上げていく。

 まだ敵の前衛を平らげたというには及ばないが、崩壊させつつあるのは確かだ。

 艦橋の誰もが顔をほころばせる。ヤン一人を除いて。

 

「どうもおかしい。こうなるのはおかしい」

「閣下、それだけこちらが上手に事を運んだということでは」

「いや、フレデリカ。こんな平凡な戦いになるはずがないんだ。帝国軍だってこの事態は見えているだろう。それなのに慌てた素振りが一切ないのは不自然だ。まるで予定の内とでも言わんばかりに。そして帝国軍にとって想定済みと仮定すれば、自動的に策の一部ということになる」

 

 ヤンの表情は深刻だった。

 しかしフレデリカは少しばかり気分がいい。いつものグリーンヒル中尉と呼ばれていないことに気付いたからだ。

 

 

「よし、メックリンガー、この時を待っていた! 最大戦速で前進せよ! 我が方の壊滅した前衛艦隊を迂回し、右翼方向から敵の側面及び後方へ回り込むのだ!」

「これは閣下、ではやはり最初からトゥルナイゼンの突出を見越していたのですな。そしてそれを囮にして引き付けさせ、ダイナミックな用兵を考えていたと」

「その通りだ。これは普通に策としてやったのではヤン・ウェンリーに見抜かれるだろう。しかしトゥルナイゼンが策としてではなく本当に突出したのなら、見抜かれる可能性は低くなる」

「なるほど…… 確かに本気である囮など普通には考えないでしょうから」

 

「だがメックリンガー、俺は非情に過ぎたつもりはない。トゥルナイゼンに対して捨て石になれと命じたのでもなく、決して無慈悲なことを強いたわけでもないのだ。イザーク・フォン・トゥルナイゼンと俺は幼年学校の同期でもある。できれば才覚を発揮してもらいたかった。それは本当だ。いや、ただの言い訳に過ぎないか。この無謀な突出は予想できなかったことではない。俺がいる限り奴が出世に焦ることは避けられないのだからな」

 

 この帝国軍のダイナミックな用兵は戦況を一気に引っくり返した。

 帝国軍中央部は前衛に加勢するのではなく捨て置き、その脇をかすめて前進していく。これがうまくいくと第十三艦隊の側方から後背に回り込める。そうなればもはや勝ったも同然、圧倒的に有利な態勢になる。

 そして第十三艦隊の方は直ぐに手は打てない。相手の前衛艦隊へ大攻勢をかけていた途中であり、急な艦隊行動に移るにはエネルギーの足りない艦があるため統率が取れないのだ。

 

 

 

「やられたな。帝国軍は前衛を見捨てた上で勝利を掴むつもりだった。策としてはとても単純だが、その単純さが有効になったようだ」

「閣下、ではいかがなさいましょう」

 

 ヤンとフレデリカ、近い未来、夫婦になるべき二人が硬い会話を交わす。

 今はそこに甘さはない。こんな危機的状況なのだから。

 だがヤンとしても夫婦になる予定を永遠に予定のままで終わらせるつもりはない。

 

「こちらは不利な状況に押し込められつつある。だがしかし、一方では大いなる勝機でもある」

「え、勝機に、でしょうか……」

 

「帝国軍は攻撃を急がず、こちらの脇を通過していこうとするだろう。向こうにとってすれば、早めに横撃をかけても充分な戦果が得られる。だがしかし、あのラインハルト・フォン・ローエングラムがそれで満足するとは思えない。性格上、完勝を企図するはずだ。そのためには必ずこっちの後背まで回りこんでくる」

「では閣下、そんな敵の心理を利用するのですか」

「そう、そこに勝機があるんだよ。向こうがそうくるなら、こっちも慌てたふりをすればいいんだ。そして帝国軍が通過するタイミングを見計らい、ただ一隻あの白い艦めがけて攻勢をかける。最も効率的に倒せるチャンスがやってきたことになる」

 

 フレデリカは声もなく、目を見張る。不利な状況から逆に勝機を掴むなど普通では考えられない。

 この心理の読みこそがミラクルヤンなのだ。

 

 だがそれについて構想と実現の間に大きな隔たりがあるのをヤンは知っていた。

 高速移動中の敵艦隊、その中の一隻だけを狙って仕掛けるのは普通には無理だ。ましてやこちらは慌てた欺瞞をしなくてはならない。油断を誘うために。

 しかしヤンはその困難な突撃、それを成しうる可能性のある人物を一人だけ見出していた。

 静かにそちらへ歩く。

 

「ファーレンハイト提督、その攻撃をやっていただきたいのですが」

「小官に、でしょうか。一介の客将が出過ぎたマネと思えるのですが。それに指揮すべき艦隊もありません」

「いえ、最も相応しい人選をしたつもりなのです。それに艦隊は、負傷療養中のマリノ准将が率いていた分艦隊があり、今は後方に控えさせています。それを使って下さい」

 

 尚も迷ったファーレンハイトであったが、目に入ったメルカッツの軽いうなずきで心を決めた。この場で遠慮は無用、期待に対し最善の努力をするのが、拾ってくれたヤンに報いる道だと。

 

「分かりました。最善を尽くさせて頂きます」

 

 

 

 帝国軍で烈将の呼び名も高いアーダルベルト・フォン・ファーレンハイトが出撃していく。

 このヤンによる抜擢は理由があり、あのアスターテ会戦で第二艦隊を慌てさせたファーレンハイトの実力を見ていたからだ。今、最大限迅速な攻勢が要求されるものであり、この場合はアッテンボローの変幻自在の運用よりファーレンハイトの迅さこそ相応しい。

 第十三艦隊の援護射撃のもと、ファーレンハイトの率いる千二百隻がブリュンヒルトただ一点を目がけて突き進む。

 

 移動している相手へ横方向から突撃するのは、例えて言えば川を渡るようなものである。よほどうまく読み切って素早く進路を調整し続けないと、あっという間に濁流に呑まれてかき消えてしまう。敢えて利点を挙げるとすると、高速の艦隊運動中では艦載機は出せず、純粋な砲雷戦の勝負になる。

 

 その難しいことをファーレンハイトはやり遂げた。

 目の覚める苛烈な攻勢だ。攻撃を仕掛けても、着弾の観測結果を待つことはない。ひたすら攻撃に攻撃を重ね、電撃のごとく進む。最短でブリュンヒルト目がけて着実に距離を縮めていく。

 

 

「む、あれは何だ。こちらへ向かってくる艦隊がある。迅いな」

「閣下、敵はおそらくこのブリュンヒルトを斃すチャンスだと見たのでしょう。あの艦隊はなかなか鋭い攻勢を見せております。ここは陣形を変え、ブリュンヒルトを分厚く囲み、防御を固めませんと」

「いや、メックリンガー。艦隊行動を変えることはない。あくまで敵の後背に移動だ。このまま敵を逃さず、勝ち切る」

「閣下! ここで完勝に拘る必要はありますまい。リスクの芽を潰す方がよほど重要だと申し上げます。ですが防御に舵を切ることが閣下の意向でないならば、せめて小官を差し向けてはいかがでしょう」

「ではメックリンガー、あの小癪な艦隊を近付けさせるな」

 

 

 本当ならメックリンガーの言うように、いったんブリュンヒルトの守りを優先し、敵艦隊後背への移動までは諦めた方がいい。それでも一定の勝ちは収められる。だがラインハルトとしては単なる勝ちで満足ではなく、メックリンガーもそこは理解した上で妥協した。

 

 メックリンガーは自分の本来の乗艦であるクヴァシルに移り、本隊に加えられていたメックリンガー艦隊中枢の二千隻を使って迎撃戦を展開した。

 戦いは局地的に激しいものになる。

 ファーレンハイトの集中運用が錐のように穴を穿ってくる。

 それに対し、メックリンガーはやみくもに反撃するのではなく、隊形をそれに合わせて柔軟に変えていく。先を読んで読んで読み勝ち、相手を取り込むためである。

 

 戦理を重視するメックリンガーらしいものだ。

 精神論で勢いのまま進むのではなく、音階や和音で響かせるピアノのような艦隊運動である。

 それが芸術家提督の真骨頂だ。

 

「今度は参謀でなく艦隊指揮に早変わりか。いやはや我ながら器用だな。キルヒアイス閣下がいればこんなことにはならないだろうに」

 

 

 

 ふとメックリンガーはこの大作戦が開始される前のことを思いだした。オーディンでケスラーの屋敷に招かれ、会食した時のことだ。

 

 飲んでいるワインの銘柄や、兵たちに流行している冗談などのことは憶えてもいない。たわいもないことだ。しかし、思わず本心が出てしまったケスラーの愚痴のことは記憶に残っている。

 

「この度、私はオーディンの警備を仰せつかりました。大役であり、その重要性は分かっているつもりです。しかし、遠征に行けなくなったことは、正直残念でもあります。メックリンガー殿はこのたび参謀長としてであり、艦隊指揮官ではないのですな。それでも私から見れば羨ましい限りだ」

「そういえばケスラー殿は以前から艦隊指揮官になるのがお望みでしたな」

「そう、自分の艦隊を率い、宇宙を駆けてみたかった。しかし結局のところかなえられそうにありません。ミッターマイヤー提督を始め私より優秀な指揮官があまたいる中では、自分などとてもとても」

 

「ケスラー殿、実は私は今回の参謀役を残念に思っていないのですよ。こう考えているんです。参謀ができるから仰せつかったのであり、むしろ艦隊指揮官だけでなく参謀にも使えると評価して頂いた結果である、と。いや、これは自己評価がいささか高すぎますかな。しかしケスラー殿の場合、決して艦隊指揮官としての力量が足りないのではなく、単に警備や治安に対する能力がずば抜けている結果なのでは」

「なるほど、そこまで言って頂くのは少しばかり面映ゆい気もいたします。ではこれからそう思って精勤するとしましょう」

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百二十二話 決戦! ガンダルヴァ ~混迷~

思わぬところで

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