疲れも知らず   作:おゆ

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第百二十二話 490年 3月 決戦! ガンダルヴァ ~混迷~

 

 

 局地戦の戦況は一進一退になる。

 それはまるで盾と矛、メックリンガーとファーレンハイトは互いに一歩も引かない。

 

 しかし時が失われていけば、すなわちヤン艦隊の敗北を意味するのである。

 ヤンはスクリーンで戦況を見ている。ファーレンハイト提督は期待以上の素晴らしい快進撃を見せてくれた。ただし最後に強敵の出現によってスピードが鈍った。この新たな難敵に苦労しているようで、見るからに突破は容易ではない。

 

「このままでは不味いかもしれないな。選択肢があまりなさそうだ」

 

 ヤンは大きな声ではないが悔しさで声を出す。

 帝国艦隊は全体としてそのまま進路を維持し、ヤン第十三艦隊の後背に回り込もうとしている。

 ヤンは撤退の二文字を口にしかける。

 もちろんヤンの発想のどこにも玉砕覚悟の突進などありはしない。自分だけならまだしも二百万人の命がかかっているのだ。いくら同盟を救うためとはいえ、可能性の少ない作戦に無駄に命を捨てさせることはできない。

 

 しかし、ここで撤退すれば同盟が詰んでしまうことも確かだ。

 帝国の大兵力による侵攻はもはや押しとどめようもない。ここで逆転できるたった一つのチャンスを放棄しなくてはならないとは。

 ギリギリのところまで待ち、ヤンはようやく決断した。

 

「残念だが撤退しよう。そうと決まれば先ずは主砲斉射、ファーレンハイト提督のため退路を作るんだ。その後駆逐艦から順次反転し、離脱するように」

 

 そして、言ってもどうにもならない愚痴をこっそり言う。

 

「あと一万隻あれば、いや五千隻でいい。いいや、二千でもいい。それだけの兵力があったらなあ」

 

 フレデリカにも聞こえたが、そのヤンの愚痴も女々しいとは思わない。

 悔しさも充分に分かる。それにフレデリカが誇らしいと思うほど、ヤンはここまで同盟のために戦い切ったのだ。ランハルトを斃すという目的を達成できなかったとしても誰もそれを責めることはできない。

 

 

 

「戦場外殻偵察ビーコンより信号、戦場に近付きつつある艦影発見!」

 

 突然、ヒューべリオンの艦橋にオペレーターの声が響いた。

 

「詳細が分かり次第直ちに報告を」

 

 ヤンはそう答える。

 撤退の準備を始めていてよかったと安堵する。

 思わぬ不測の事態を避けるため、最初から無人観測機を戦場外殻に飛ばしていたのだ。

 帝国軍はここにいないだけで本隊以外にもいくつか艦隊がある。それらが集まってこようとしても間に合わないタイミングを見計らった上での作戦開始だが、不測の事態がないとも限らない。予想外に早く到達してきた帝国艦隊にいきなり挟撃などされたらたまらない。ヤンの当然の用心だった。

 帝国軍のミッターマイヤー艦隊かビッテンフェルト艦隊が今ここに到着したのだろうか。

 だとすればもうやることは一つだ。これ以上損害を出さないため、完全に退路を断たれる前にうまく躱して離脱する。

 

「詳細出ました! 艦艇総数五千隻以上、急速接近中。あ、こ、これは友軍です! 識別番号同盟第十艦隊の表示!」

「何だって! 今、ここに同盟軍とは」

「旗艦らしき艦影確認、盤古ではありません。しかし、そ、そんな馬鹿な、有り得ない! 艦型照合、戦艦ペルーンです! ですが間違いなく第十艦隊ウランフ提督の暗号コードを発信中!」

「なんでそんなことが!? 戦艦ぺルーンは確か第十二艦隊ボロディン中将の旗艦だ。帝国領侵攻の際失われ、登録を外されているはずだが……」

 

 驚くことが重なりヤンは考え込む。

 第十艦隊の援軍が到着、しかしそれは失われたはずの艦だとは。

 帝国の策謀と思う方が順当だが、だとしても余りに手が込み過ぎている。

 

 

 そこへ通信が届けられた。さすがに妨害のため映像は乱れて音声だけである。

 

「こちら同盟第十艦隊、只今到着した。加勢するぞヤン提督!」

 

 その艦隊五千隻は直ちに帝国軍へ直進し、早めの砲撃を敢行する。

 改めて通信してきたウランフ提督がより詳しい説明をしてくれた。

 

「あのポレヴィト会戦で同盟軍はかなりやられた。残存艦のほとんどに損傷があり、再び使うには本格的なドック入りが必要だろう。第十艦隊では旗艦の盤古すらその通りだ。そのためビュコック提督はヤン提督が帝国艦隊に戦いを仕掛けるのを予期していたものの、手助けできない。だがそんな時にフェザーンから艦艇供与の話があった。フェザーンといっても今の帝国による暫定統治の方ではなく、亡命中のルビンスキー家の方だ。今は帝国に対する共闘関係にある」

 

 ヤンはそこまでは理解できた。

 しかしそれがペルーンに乗ってウランフ中将が現われたことと何のつながりがあるのだろう。

 

「フェザーンは帝国領侵攻で鹵獲された同盟艦を多数奪取している。そしてほぼ修理を終えているらしいのだが、人員がいないため稼働できない。しかし逆に、今の同盟軍には人員はそこそこ残っていても艦がない。そこでフェザーンのほうから艦艇供与の話がきた、というわけだ」

「なるほどフェザーンが同盟艦を取っておいてくれた、と。」

「フェザーンがくれた艦艇のほとんどは元第七艦隊のものだ。しかしこの戦艦ペルーンは第十二艦隊のわずかな忘れ形見だよ。ボロディン中将が自決した後、コナリー少将のもとで降伏、拿捕されたものだからな。これに乗っているとボロディン中将の魂を感じるようだ。下手な戦いをしたら奴が化けて出てくる」

 

 これで話がつながった。

 この天祐はフェザーンのルビンスキー家の妙案が発端だった。

 ウランフは知らなかったが、事実はたった一人、エカテリーナの発想である。

 同盟による帝国領侵攻はむろん大敗に終わった。多くの艦艇は撃沈されている。しかし、早めに降伏した第七艦隊や先に司令部がやられた第三艦隊の場合は、拿捕されたことも多かったのだ。それを更に帝国からフェザーンが奪った。

 修理が済めば、これら人員のいない艦を遊ばせておいても仕方がない。より有効に使える方法を考える必要がある。

 

 そしてビュコック提督は政府に断りもなくフェザーンの提案に乗った。

 それらの供与艦をウランフに託し、いち早くヤンの元へ送ってくれたのだ。

 

 

 

 戦況はまたしても変わった。

 外縁からウランフ提督の同盟艦隊五千隻が加わり、帝国軍は第十三艦隊との間に挟まれた格好になる。

 有利な態勢からの攻勢に出る直前、一転して追い込まれているのだ。

 

「なに! 今さら敵に増援が来たというのか。だがこのタイミングとは、いかにもまずい」

 

 驚きはした。

 だが、さすがにラインハルトは狼狽するどころか対処は素早い。

 

「しかしその増援は決して多くはない。しかも急ごしらえなのか、編成にちぐはぐなところがあり、そう恐れるには足りない。適当にあしらいつつ、予定通りヤン・ウェンリーの艦隊の後背に回って一気に決着をつける」

 

 しかし、現実的にそれは無理になりつつある。

 

 

 ウランフの応援艦隊では、将兵たちが急に供与された艦の扱いに戸惑っている。いかに同盟艦とはいえ、微妙に異なるところがあるからだ。通常なら一気に乗員が交代することなどあり得ず、古参の兵が艦の微妙なところを伝えるものである。それができないのならまるで新造艦のように試験航海をしなくてはならなかったところなのに。しかし実際はエンジンの微調整や砲の照準合わせをする時間は取れていない。

 それでも元々同盟軍随一の勇猛さを誇るウランフ中将麾下の将兵である。急速に艦の取り扱いに習熟し、統一行動のとれた攻勢が可能になる。

 

 この点事情を知らないラインハルトが強さを見誤ったのも仕方がない。

 結局、ラインハルトとしても早期決着を諦めざるを得なかったのだ。

 

「仕方がない。全艦このまま増速し直進せよ。今の挟撃されている態勢から脱する。仕切り直しだ」

 

 ラインハルトは気持ちを切り換え、ヤン艦隊を捨て置いていったん離脱する。後背からの理想的な攻撃は夢と消えた。

 再び艦隊同士は距離を取り直す。

 

 ガンダルヴァ会戦の第二幕、帝国軍の非情な策が当たって勝利しかけたが、それはならなかった。互いの損失は五分と五分に終わっている。

 しかしヤン艦隊にウランフ提督という応援が到着したことにより、艦数の上で逆転した。今は帝国軍一万八千隻、同盟軍は二万二千隻になる。

 

 

 

 だが戦いはこれで終わらない。

 どちらかが死ぬか尻尾を巻いて戦場から逃げない限り、死闘は決着がつかない。

 

 ガンダルヴァ会戦の第三幕が切って落とされた。

 

 今度は両軍とも華麗な艦隊運動から始まった。

 分艦隊を多数駆使して戦う。

 それはまるで宇宙に向かい、指で掴むような動きだ。そしてできるなら、敵を最後に握り潰すための。

 

「カルナップ、ブラウヒッチは右翼から敵に迫れ。予備兵力のクナップシュタイン、グリルパルツァーは左翼から出よ」

 

 帝国軍はこれまでのところアルトリンゲン、マイホーファー、トゥルナイゼンといった中級指揮官を失っている。やむを得ず予備兵力まで動員せざるを得ない。

 

 

 それに対し、ヤン艦隊もそれぞれに対応した手を打つ。

 ヤンは特異な人間だ。

 戦術の凄みを極めれば極めるほど、兵力差の重要性を忘れない人間である。

 戦力の優越というものがどれほど有利な立場になるのか熟知している。

 ここであえて奇策を打つ必要はない。相手の打つ手に間違いなく対応することだけを考える。

 そうすれば向こうの方が先に疲弊し、必ず勝機が訪れる。そう確信しているのだ。

 

 

 ラインハルトの帝国軍本隊は精鋭である。反応速度も精度も良かった。しかも補給物資はウルヴァシーから充分に持ってきているので不安はない。

 何よりラインハルトの指揮は的確であり、各分艦隊の局面を同時に見ることができる。そして最適化を考えるのだ。大きなところで配分を間違うことはない。

 そして分艦隊の中級指揮官たちは先のトゥルナイゼンの最期を知っていた。戦場で常勝提督の言うことを聞かないことは即自殺行為だ。

 ここで指示に従わなければ生き残れないのを肌身で感じ、忠実に動こうとしている。

 この統率力のため第三幕の初めはむしろ帝国軍の優勢で推移した。

 

「ふう、帝国軍の奴らは有給休暇どころか昼休みも要らないくらい勤勉だなあ。我が司令官も昼寝ができるだけで同盟にいられたことを感謝しなくちゃ」

 

 そんなことを言うのはアッテンボローである。戦艦マサソイトに乗り、分艦隊として出ている。今は帝国のクナップシュタイン分艦隊を相手にしているが、軽口を叩ける暇があるくらいには余裕があった。

 

 そしてその時が来た。

 粘り強く戦っていた同盟軍が押し返す。両軍に疲労が重なるにつれ、艦数の違いが覆い隠せなくなっていたのだ。そして帝国軍の中級指揮官たちは残酷な現実をカバーできるほど戦術能力が高くない。

 アッテンボローはクナップシュタイン艦隊の隙を見出し、解体することに成功した。見る間に崩壊へ導く。

 

 

「戦艦ウールヴールン撃沈! 司令部は脱出した模様なるも、クナップシュタイン艦隊壊滅しつつあり!」

「戦艦シンドゥリ撃沈! ブラウヒッチ提督の安否は不明!」

 

 次々と悲報が総旗艦ブリュンヒルトに届けられる。

 ラインハルトが暗い表情に変わっていく。

 

「さすがにヤン・ウェンリーだ。奇策を用いる必要がなくなれば堂々とした布陣で迫ってくる」

 

 普通の相手であればラインハルトはいくらでも隙を見出して逆転できる自信がある。実際そうなるだろう。

 しかし、今の相手は普通ではない。

 魔術師ヤン・ウェンリー、どこにも隙が無く、逆転できる手が見つけられない。

 

「ここまでか。俺はここまでだったのか。奴に負け、逃げねばならんとは。この先征服を成し遂げても負けた事実は永遠に変わることがない。何が覇王か。奴の方は英雄として記憶に残り、逆に俺は宇宙を支配する資格を問われ続けることになるだろう」

 

 今、黄金の覇王が目を落とし、自嘲に染まっている。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百二十三話 決戦! ガンダルヴァ ~決断~

ヤン艦隊、敗北……


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