疲れも知らず   作:おゆ

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第百二十三話 490年 4月 決戦! ガンダルヴァ ~決断~

 

 

 ヤンの方ではやっと正攻法で勝機を見出している。

 

 反復攻撃で相手に充分損害を与えたら、再び狙いすまして白い艦を目指す。

 ただしヤンは最後の難関があるのを理解していた。

 

 あの白い艦は尋常ではないシールドを持っている。それはこれまでの戦いで流れ弾を受けても小揺るぎもしなかったことで明らかだ。

 さすがにラインハルトの乗る帝国軍の総旗艦であり、かけられたコストと技術は天井がないのだろう。おそらく、通常よりもはるかに高出力のエンジンと、高効率のジェネレーターを持っていると推定される。その特別仕様が強力なシールドを発生しているのだ。

 通常の砲撃ではなかなか沈めることができず、それこそ囲んでの袋叩きが必要だろう。だが単純に隙を狙った突進ではそういう状態を作れない。白い艦も高速で動けるのだし、また周りから次々と邪魔が入るに決まっている。

 だからといって帝国軍を全滅させることが無理なのも自明だ。そんなことは途方もない損害と引き換えになることで、ヤンは選択肢には入らない。

 

 だが、ヤンは一つの解答を出していたのだ。

 

 

 宇宙艦にはこのところ目立った技術革新はなく、停滞期ともいえる。

 それはやはり帝国の体制下では人が軽んじられ、高度な科学を使うよりも人を使い捨てる方が楽だからだ。そういう状態では全体的な科学の進展が止まってしまう。必要は発明の母なのである。

 そして軍事技術というものは総合的な科学技術レベルの上に乗っているものであり、全体が停滞すれば必然的に軍事技術も発展しない。

 それは社会全体が縮小、衰退にある自由惑星同盟でも同じようなものだった。

 

 だがもちろん過去には目覚ましい発展があった。

 その好例が艦の攻撃法と防御法である。

 初期の宇宙艦同士の戦いにおいて、攻撃はレーザーなどの光線が主力だった。それに対する防御は基本鏡面反射で対応する。そこにマスキングのための煙のようなものを併用する。そういった防御は比較的容易いもので、間もなく光線による攻撃は効果が薄くなり、そうなれば用いられることもなくなった。

 

 代わって攻撃に粒子ビーム砲が用いられる時代が続いた。しかしこれも強力な磁場で粒子を屈曲させるシールドの発達と共に使われなくなっていく。

 そして今の攻撃法の主力は電磁レールガンによって加速されるウラン弾である。実体質量があるため、シールドの反発力に優って貫くことができる。

 砲撃以外にミサイルも使われないことはないが、艦の高出力核融合反応炉と超高速レールガンの発達に伴って出番が減っている。

 ミサイルはどうしても原理的に初速度が遅い。そのため宇宙では超短距離戦の武器である。あるいは要塞などの動かない目標への攻撃に限って用いられる。もしくは惑星の濃密な大気圏で、レールガンでは速度が減衰してしまう場合に使われるが、いずれにせよ主役ではない。

 それにミサイルのような破裂弾が必ずしも優位ということはなく、レールガンの高速弾は当たれば運動エネルギーが爆発的に波及して広範囲を破壊でき、破裂弾と大して変わらないからだ。

 

 唯一の例外がある。

 イゼルローン要塞やガイエスブルク要塞の主砲はX線レーザーである。要塞の超大型反応炉から生み出される巨大エネルギーを使えば、そこから作られるレーザーは圧倒的に防御不能だ。その威力は問答無用で艦隊を蒸発させられる。

 それだけが理由ではない。レーザーならば質量弾は必要ないというメリットがある。万が一要塞の補給を長期に渡って断たれる戦術を実行されたとしても、少なくとも主砲は問題なく使い続けられることになる。

 

 

「強襲揚陸艇イストリア発進準備、シェーンコップ、用意はいいかい?」

「いつでも、ヤン提督。」

 

 そしてヤンはブリュンヒルトを斃すのに強襲揚陸艇を使うつもりでいた。

 

 これこそが長年に渡る戦争の中で発展してきた攻撃法なのだ。

 

 移乗攻撃とは太古の海戦のようでなんとも古めかしい戦法なのだが、実は現状の宇宙戦では意外なことに最適解なのだ。

 強襲揚陸艇ほどの質量があればシールドの反発力を無視し、接舷できる。

 そして単なるミサイルと違うのはそこに至る最適コースを自在に選んで進むところにある。また、ジャミング、熱源フレア、デコイなどというものに惑わされることがない。ミサイルの光学認識さえ欺く三次元ホログラムを使われても問題ない。確実に仕留めるならこれが一番だ。

 むろん、強襲揚陸艇を先に砲撃で撃沈されればどうしようもない。ところが強襲揚陸艇のシールドは前面だけにしか張らないことと引き換えに強力なものになっている。そのため横合いからの攻撃には弱いが、標的艦からの弾幕にはめったに墜とされることがない。

 

 そしていったん接舷に成功すればこっちのものである。手練れが移乗すれば制圧は容易だ。むろん時間もかかり、同時多数の戦いには向かないが、タイミングをしっかり合わせれば必殺の攻撃ができる。

 宇宙艦隊でも肉弾戦部隊が配備されているのは非常に合理的な理由があるのだ。

 

 ヤンは今、同盟最強白兵戦部隊に大仕事を任せようとしている。

 

 

 

 

 このガンダルヴァ会戦の少し前のことになる。

 イゼルローン回廊から同盟領に入ったキルヒアイスの艦隊は想定よりも進行が遅れていた。

 帝国軍が航路を掴んでいた範囲ならば問題なかった。しかしそれを越えて深く進むと、やはり航路図の不備が問題になる。それに加えて、イゼルローン回廊から首都星ハイネセンに至る随所に同盟側のトラップも存在したのだ。むろん、同盟軍が従来から帝国軍の侵攻ルートと想定していたたため、準備していたものである。それらがここでようやく有効に働く時がきた。

 暗号を入れないと作動しない航路標識、逆に暗号がないと解除できない機雷が存在するのだ。

 

 それでもキルヒアイスの適切な機略はそれらを跳ね除けていく。

 結果、ハイネセンまで半分の距離を消化し、ドーリア星域が見える直前まで来ている。

 その時点で帝国軍シュタインメッツ艦隊敗北のニュースが飛び込んできた。これは実は同盟側の通信を傍受して知ったものだ。しかも軍用ではなく一般回線である。つまり同盟政府としては各星系の士気を維持するためにも同盟側の勝利を喧伝する必要があったのだ。

 ともあれそれを知ったキルヒアイスらは驚く。

 ワーレンやルッツにもそれは衝撃的だったが、キルヒアイスはもっと深いところで嘆息することになる。

 

「これは危険です。おそらくヤン・ウェンリーはラインハルト様に決戦を仕掛けるつもりです。その局地戦は下地作りでしょう」

 

 キルヒアイスは瞬時にラインハルトと同じことを思った。

 ヤン・ウェンリーはただ戦うのではなく、計略を持って戦う。

 ならば同盟を救う起死回生の逆転を狙っている。つまりラインハルトと戦い、斃すつもりでいる。

 

 そして、キルヒアイスはもっと根深い問題を知っている。

 

「ラインハルト様はそうと分かっていても挑戦を受けるに違いありません」

 

 

 ラインハルトはやはりヤン・ウェンリーの挑戦を受け、戦うだろう。

 性格上自明のことだ。

 戦略で宇宙統一を成し遂げるだけでは収まらず、ヤン・ウェンリーと雌雄を決する戦いをラインハルトの方から望んでいる限り。

 そして考慮すべきことがある。

 艦隊戦においては、よほどの圧勝でもなければ全く安全とはいえないのだ。戦場では完璧に安全な場所などない。偶然の流れ弾が艦の最も脆弱なところに当たってしまうことがあり得る。

 

 だからこそラインハルトが戦場にいることだけで将兵たちは奮い立つ理由にもなる。

 自分も危険を顧みず敵に立ち向かうということだからだ。

 

 

 キルヒアイスとしては懸念せざるを得ない。

 相手がヤン・ウェンリーとは、これまでにない強敵である。

 そもそもヤン・ウェンリーは勝算がなければ戦わない人間であり、そのため戦うことになるなら帝国軍がワンサイドゲームになることは有り得ず、いずれにせよ激戦になる。

 ラインハルトが危険だ。もちろんキルヒアイスはラインハルトが戦いの天才であり、比類なき強さを持つことを疑っていない。ブリュンヒルトが圧倒的に防御力に優れていることも知っている。通常の戦いなら心配することはないだろう。だが今回だけは確証が持てない。

 

 そしてキルヒアイスにとってはアンネローゼとラインハルト、この二人は自分の命よりも大事なのだ。それより優先すべき何ものも存在しない。比較すれば宇宙統一などどうでもいいことで、論ずるまでもない。

 

 これが客観的に見た場合、キルヒアイスの唯一の弱点でもある。

 ラインハルトの危険を知りながら見逃し、当初の戦略をそのまま維持する選択肢はない。

 

 

 キルヒアイスは決断し、直ちに皆に伝える。

 

「心苦しいことですが、戦略の変更をいたします。下策だとは重々存じていますが艦隊をここで二分します」

 

 これには誰も反対しない。

 確かに戦力の分散は愚策中の愚策だが、キルヒアイスの意図がおぼろげながら分かるからである。

 

「わたくしはこの旗艦バルバロッサと、とにかく高速で動ける巡航艦と小型戦艦だけを率い、急ぎラインハルト様の救援に向かいます」

「分かりました閣下。鈍足の空母や、航続距離の短い艦は使わない、ということでしょうか。しかしそれなら、たぶん一万隻にもなりますまい。それを指揮されるということでしょうか。そして、それ以外の残された艦はどうすれば」

 

 そう尋ねたのはルッツだ。当然の疑問である。

 

「その数で充分です。残された艦でハイネセンを突く作戦はそのまま継続します。オーベルシュタイン大将、ワーレン中将、ルッツ中将にお任せします。実行は充分に可能と考えます。それほど強い戦力は敵に残されていないでしょう」

 

 

 そしてキルヒアイスは一万隻を率いて進発した。

 

 とにかく急ぐ。その一万隻から脱落する艦が出てくるのは予想の内だ。エンジンに無理な出力を出させれば、途中でトラブルを起こして行動不能になる艦もあるだろう。また物資の輸送艦は連れていけない。そういった脱落艦から物資と人員を移し替えるのが前提である。

 キルヒアイスの見込みでは半分残ればよしと思っていたが、八千隻足らずは行動を共にできた。

 

 

 

 

 それがついにガンダルヴァの戦場に到着する。

 

「右舷方向に新たな艦影発見! 急速接近中!」

「今度は何だ。迅速に報告せよ」

 

 ブリュンヒルトのオペレーターの叫びに、ラインハルトは苛立ちを隠して命じた。

 ここでまた敵に増援が来れば、いっそう戦況は悪化し、離脱すらできなくなる恐れがある。

 

 だが、一瞬後に無上の吉報だと判明する。

 

「詳細判明、先ほどの艦影は味方、帝国艦隊です! 総艦艇数約八千隻!」

「そうか、おそらくミッターマイヤーだろうな」

「い、いえ、旗艦の艦型は、バルバロッサ!」

「な、何! そんなはずはない! バルバロッサであればキルヒアイスではないか!」

「そうです、間違いありません! 暗号コード受信、キルヒアイス提督のものです。あ、只今音声通信が入りました。」

 

 ラインハルトはこの状況でキルヒアイスが来たことについて心から喜びはしたが、口調はいたって渋いものだった。

 

「ジークフリード・キルヒアイス、到着したしました。ラインハルト様」

「キルヒアイス、そちらの艦隊はどうなった。敵の首都星を突くべき艦隊ではないか。戦略とは簡単に変えていいものではない。俺のために戦略をこんなところで投げ捨ててほしくはない」

「申しわけありません、ラインハルト様。お叱りは後でいかようにも。ですが他の提督方は残してきました。三万隻以上があれば敵首都星攻略に特に差し支えないと存じます」

「それはそうだろうが、俺は来いと言った覚えはないぞ」

 

 

 ラインハルトはキルヒアイスのことなど分かっている。

 心配して駆けつけた、単純にそうなのだ。戦略もなにもない。

 それは遠い幼年学校の日からいつも同じだった。

 

「ラインハルト様、大丈夫ですか?」

 

 いつでもキルヒアイスはそうなのだ。

 ラインハルトが学友の挑発に乗って喧嘩を始める。たいていは勝つが、時には相手の数に押されてピンチになる時もある。いかに無謀でもラインハルトは喧嘩から逃げない。そんな時に必ずキルヒアイスが駆けつけて、加勢に入るのだ。

 そうすればラインハルトとキルヒアイスは無敵だ。二人が共にいれば喧嘩で百戦百勝だった。

 

 今もまた、キルヒアイスがピンチに駆けつけてきた。

 

「昔と変わらないな、キルヒアイス」

「そうです、ラインハルト様。昔から喧嘩は二人でするものだったではありませんか」

 

 キルヒアイスの方もラインハルトのことは分かっている。

 同じように幼年学校のことを思い返したのだろう。

 

 そんなことを話しているうちに、ラインハルトの内心に喜びが溢れてしまう。いつまでも依怙地にはなれない。

 キルヒアイスが来たからにはいつまでも渋面でいる方が無理なのである。

 ついラインハルトは笑みをこぼした。

 

 

「キルヒアイス、お前が来たんだ。もう喧嘩に負けることはない。さっさと勝って、昔のようにアップルパイでも食べるとしよう。ここに姉上のものはあるはずもないが、補給物資にそれくらいあるだろう」

 

 

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百二十四話 決戦! ガンダルヴァ ~手に入れた勝利~

両雄にとって結末とは


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