オーベルシュタインは作戦継続を明言し、一万四千隻とワーレンのみを伴いハイネセンへ向かう。
損傷した艦艇はその場に留めて修理を続行をさせ、それが終わった段階でゆっくりキルヒアイス提督へ合流するように命じてある。その任にはルッツが当てられている。
ワーレンは大いなる不安の中にいた。
今の艦隊では敵首都星ハイネセンの防衛要塞を突破できる戦力ではない。
ほとんど無理やり強行突破するつもりなのだろうか。しかし、兵たちの命をすり潰したところで確実に成功するとも限らない。
オーベルシュタイン司令官代理は平然と自分の命まで賭けるのか。キルヒアイス提督から作戦遂行を命じられたため、情勢が変わってもあくまで忠実に。
だがその態度は悲愴感など微塵もなく、そうとばかりも思えない。とにかく不透明だ。
ようやく旅路を終え、ハイネセンを含むバーラト星系に到着しようとする時、オーベルシュタインは不思議な作戦を取った。
いくつもの小艦隊を編成し、指示を与え、まるでばらまくように近隣の星系に派遣したのだ。こちらの狙いは政府中枢のあるハイネセンだけのはずであり、他はどうでもいい。これ以上分散させて何の益があるのか。その行動もまたワーレンには意味不明な行動にしか思えない。
やがてバーラト星系内を航行する。もう同盟艦隊の戦力は枯渇しているので、時折のゲリラ戦を撥ね退けるだけの話だ。
ついに敵首都星ハイネセンが見えてくる。
そしてスクリーンにはハイネセンの周囲に小さな点が取り巻いているのが映っている。やはり衛星軌道上に十二個の防衛要塞群が均等に配置されているとは、事前に得ていた情報は正確のようだ。
そこまで来て、オーベルシュタインがようやくワーレンに指示を出した。
「敵の政府に降伏勧告をする。だがおそらくすんなりとはいくまい。仮にも数百年続いた国家なのだ。すぐに滅亡を決断できないだろう。しかも現実を認められず逃避する者、口ばかり徹底抗戦を叫ぶ者もいるに違いない。口先だけの勇者はどこにでもいるものだ」
「確かに、仰る通りだとは思います」
「そのため現実をよりはっきりと認識させる必要があろう。敵首都星制圧のため、降下部隊の編成をお願いする、ワーレン提督。もちろん地上戦を拡大するつもりはないが、ピンポイントで制圧するために」
やはり、とワーレンは思った。制圧作戦は継続される。
ここで叫ばなくてはならない。
「オーベルシュタイン司令官代理、敵の政府以上に現実的でないことを仰る。まさか司令官代理はとんでもなく大勢の兵士を犠牲にし、あくまで敵首都星を陥落させ、功績を取るおつもりか。そこまで無茶をするのは何か通常ではない野心があるとしか思えない、まさかあなたは……」
「そこで言いとどまったのは賢明だ。ワーレン提督。その先を口に出していれば罰さざるを得ないところだった。尋常ならざる野心など卿の妄想の産物に過ぎない。そんな意図はなく、帝国のために作戦を遂行するだけのことだ。ついでに言えば、作戦に無茶なところは何も存在しない」
まさかあなたはここを占拠してローエングラム公に叛旗を…… と言いかけたワーレンは胸に留めてよかったのだ。
しかしながら降下作戦の再考は受け入れられていない。
「で、ですがオーベルシュタイン司令官代理! あれが目に入りませんか。あの防衛要塞は飾りではありません。得ている情報の通りの性能であれば、戦艦の艦砲よりも強力な砲撃を数十単位で同時に撃てるのです!」
「そのことは当然承知している。」
「この全艦隊をもって突撃しても降下が可能か…… アウトレンジで一方的に殲滅され、突破前に全て残骸と化すだけになるでしょう。あなたは気が狂われたか!」
「重ねて暴言が過ぎるのではないか、ワーレン提督。艦隊司令官の中でも柔軟な姿勢を見込んで卿を連れてきたつもりなのだが。失望させないようにお願いする。それはともかく今すぐ降下しろというのではなく、準備を命じたはずである。実際の降下はタイミングをみて行う」
「何のタイミングと仰られるか。我らには兵を無駄死にさせない義務がある!」
そこへオーベルシュタインが近くの星系へ派遣した小艦隊が戻ってきたではないか。当初、ワーレンはただでさえ少ない戦力を分散させることが愚策と気付いて戻したのかと思った。
しかし詳細の見える距離まで来ると、様相がおかしいのが分かる。
何か普通でないことが起きているのだ。
スクリーンを拡大すると、ワーレンは声を失った!
雑多な宇宙船を前面に立て、その後ろから帝国艦が追い立てている。
おそらく逃げれば容赦なく撃つとでも脅かしているのだろう。そして脅かされて連れて来られている宇宙船は警備艇もあれば明らかに民間の通商船もある。それどころか、何と一般の旅客船まで混ざっているではないか!
「司令官代理! あ、あれはいったい何をしているのですか!」
「ワーレン提督、どういう種類の説明を求めているのだろうか。事実を言えば近隣の星系に小艦隊を急派し、航行中の宇宙船を全て捉え、こうして連れてきている」
「ただの旅客船でもですか!」
「そうだ。別に区別はしていない。戦術の実行上何ら不思議なことはない」
「まさか、これから行う作戦というのは……」
「察しが良くて助かる。そう、あの宇宙船どもを押し立てながらこちらも首都星に降下する。混ざり合った状態で、敵も防衛要塞を使うわけにはいくまい。すなわち防衛要塞はもはや無力化されたと言って過言ではない。損失を出すことなく衛星軌道を突破し、大気圏まで到達できる」
それは、ワーレンにとって最悪の予想が当たったということだ。
まさか敵の国民の命を盾にして防衛要塞を突破するものだとは!
それは警備艇の乗員だけではない。女子供も含めた一般国民を利用しようというのだ。あまりの驚きにワーレンは咄嗟に出る言葉がない。この作戦はやってはならないことだという思いだけが渦巻く。相手を降伏させてもこれからの統治に限りなく汚点が付くのではないか。
いや、それ以前に誇りある武人のやることではない!
「降下を成功させたら政府にもう一度降伏勧告を行う。地上戦に持ち込ませないため、脅しをかける必要があろうが、その方法は一任する。ワーレン提督」
だがもうワーレンは喉がからからだ。
「そんな、司令官代理には武人の矜持が無いのか。こんな卑怯な手が許されるはずがない!」
「卑怯? 卑怯とはどういうことだろう。自分のヒロイズムに酔い、勝手な騎士道精神のため兵の犠牲を増やすことこそ卑怯ではないのか。兵にとって死はただの死なのだ。正しい戦い方で死んだから満足だろうというのは傲慢に過ぎる。死にゆく兵にとっては慰めにもならず、正しい戦い方などどうでもいいことだ。単に将帥の精神的満足感と引き換えでしかない」
「いや、それでもやっていい方法と悪い方法がある!」
「合理的な手段があるなら使わぬ法はない。最初から叛徒との戦いにはこのような方法を使えばよかったのだ。捕虜を取り、戦場に引き立てれば有効な戦術として機能しただろうに。それを下らぬロマンにこだわり実行しないのではそれこそ卑怯というべきだろう。ワーレン提督、ここで犠牲を出すことなく降下作戦を行なう方法が他にあるというなら聞かせてもらいたい」
合理主義の極致だ。
オーベルシュタインのマキャベリズムが最も強く現れ、誰もとらないであろう作戦を行っている。
ワーレンは反対したいが、一面では兵を損なわない方法であることも確かである。そのオーベルシュタインの理屈に抗し得ず、結局ワーレンは従う。防衛要塞の方向へ同盟側の宇宙船を無理やり押し立て、その陰から降下していく。
その半日ほど前から同盟軍ドーソン大将はアルテミスの首飾りの制御室にいた。
統合作戦本部から少し離れた山脈に設置されている。山を横に掘り抜いて作られた堅固なシェルターの中だ。
「帝国艦隊一万四千隻、バーラト星系到達!」
「よし、アルテミスの首飾り起動、第一から第十二までの全ての要塞群、反応炉を最大出力へ。自動プログラム最終チェック開始!」
制御室に設けられた大きなスクリーンにはアルテミスの首飾りの現在状況が表示されている。
幾つものメーターやカウンターがある。その中で最重要のものは反応炉の状況を示すもので、今、それに火が入ったことが分かる。
自由惑星同盟最後の砦、それがようやく目覚めるのだ。
できればそんな日が永遠に訪れないのが理想だった。しかし現実に役に立つ時がくる。
「エネルギー充填回路、放射器、シールド、今のうちに徹底的に調べとけ。トラブルがあれば一つも見逃すな。無人の要塞は後からなんともできんのだから。特に指向性ゼッフル粒子無力化装置を念入りにチェックせよ」
直々にドーソンがここにいたのは、臨時ながら同盟軍統合作戦本部の最高位にいるからだ。クブルスリーやグリーンヒルはまだシヴァ近傍の補給基地から戻っていない。
今、ドーソンはハイネセンに自分が残されたのは正にこれのためと理解している。
迫りくる敵帝国艦隊一万四千隻だ。よくぞシヴァ星域会戦で第一艦隊はここまで帝国軍を減らしてくれたものだと思う。さぞかし難しい戦いだったろう。第一艦隊の損害は実に六割にもなると聞いている。
しかし、見事にやってくれた。後はアルテミスの首飾りの仕事だ。
一万四千隻を撃退するためには、わずかなミスも許されない。逆にミスをしなければ防衛はギリギリ可能と見込まれる。
アルテミスの首飾りの起動が順調だと分かると、スクリーン片隅に映されていた帝国艦隊の姿を拡大し、それをメインに切り替えさせた。
ドーソンはそのスクリーンを緊張して見上げ、近付く帝国軍を見る。
「あれは何か?」
帝国艦隊との距離が予定の数字になったので要塞のプログラムを攻撃モードに切り換えようとする直前、気付いた。
何かがおかしい。
ドーソンとしては帝国軍は高速戦艦を先頭にして突撃隊形をとるか、あるいは性懲りもなくゼッフル粒子のための工作艦を出してくると予想していた。それが順当だろう。
しかし、そのどちらでもない。
感じた違和感の元をオペレーターに精査させ、驚愕の報告を聞くことになる。
「敵艦隊前方に、小型の艦影多数! こ、これは……」
オペレーターが伝えた事実をドーソンは直ちに同盟政府に伝える。
自分もショックが大きいが、時間を浪費できない。
事態は急変した。
もはや単純な戦闘の話ではなくなり、高度な政治判断を伴うものになる。それができるのは統合作戦本部ではなく同盟政府だけだ。
じりじりした時間が過ぎ、やがて同盟政府最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトの名で返答が来た。
「市民の犠牲は甘受できない。それを回避することが不可能なら、アルテミスの首飾りの使用は許可しない」
ドーソン大将は宙を見つめて脱力した。
アルテミスの首飾りを使えなければ、防衛はもう不可能だ。ハイネセンは陥落したも同然になる。制宙権と制空権を取られれば都市攻撃を受ける恐れがあり、いくら地上戦ではまだ分からないとはいっても犠牲はとどまるところを知らず、その選択肢は全く考えられない。
自由惑星同盟は終わった。
長きに渡って帝国と戦い、強大な武力に抗ってきた。いつか帝国を打倒し、民主主義で宇宙を覆い尽くすことまで夢見ていた。英雄と呼ばれた名将たちや、名もない一般兵もそれは同じだ。
長く貢献してきた老兵も、あどけない顔の新兵も一緒だ。厳つい顔の鬼下士官も、地道に整備に働く女性兵も同じことだ。
いったいどれほどの人間が同盟のために努力を重ね、最後は命を消したことか。
今、歴史に幕が引かれる。帝国の武力の前に滅び去るのだ。
ただ、ドーソンは一方で安堵もしていた。帝国は人命を盾にするというあまりに卑怯な手を使ったが、逆に同盟政府は旅客船の市民まで犠牲にすることは考えなかったのだ。それがせめてもの同盟の矜持を守る。
その高貴な精神は汚されることなく、滅んでいける。
次回予告 第百二十八話 次の一手
またしてもヒルダの戦略炸裂!