疲れも知らず   作:おゆ

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第百二十八話 490年 5月 次の一手

 

 

 同盟政府は帝国軍がイゼルローン要塞付近に姿を現した頃はまだ余裕があった。

 例え四万隻の帝国軍であっても要塞の防衛力と不敗の名将ヤン・ウェンリーがきっと撥ね返してくれると思っていた。

 

 だが帝国軍は強大であり、また用意周到だった。

 

 裏をかいてあっという間に帝国軍はフェザーンを占領、何とフェザーン回廊から攻め込んできたのだ。約十一万隻でもって。

 それに対し迎撃に出た同盟艦隊はポレヴィト会戦で敗退、阻止に失敗した。

 続いてイゼルローン回廊からも帝国軍は侵入し、加速度的に情勢は悪くなる。自由惑星同盟未曽有の危機だ。

 

 頼みの綱のヤン・ウェンリーですらローエングラム公を斃すことはできなかった。さすがの名将、見事な戦いを見せ、幾度も迫ったが惜しくも叶えられなかった。このガンダルヴァ会戦の結果膨大な損害を与えることには成功したが、帝国軍全体からすれば一部に過ぎない。

 

 ただし、ヤンが帝国軍本隊に決戦を挑んでくれたおかげで、イゼルローン方面の帝国軍から相当数が引き付けられたことは確かだ。

 それは非常に大きな戦略的価値を生む。そこを突いて第一艦隊はシヴァ星域会戦を挑んだ。

 結果、なんとかアルテミスの首飾りで防衛できる目算が立っていたというのに。

 しかし最後の最後、アルテミスの首飾りは使用できなくなってしまう。

 

 

 ハイネセンが風前の灯になっている。

 

 統合作戦本部と同盟政府は恐慌状態だ。

 同盟最高評議会もまた荒れに荒れていた。誰もが絶望に呻いている。もちろん議員たちは緊急招集され、会議場でこのハイネセン侵攻が逐一報告されている。

 

 だがその中で、議長ヨブ・トリューニヒトが口を開いた。

 

「軍部の詳細報告によると、帝国艦隊は巡航艦を中心に衛星軌道から更に低空へ降下しつつある。揚陸艇は含まず、おそらく地上要員はまだ投入しないつもりだろうということだ。しかし空爆で都市を簡単に破壊できる戦力であるのは確か。我々は市民から信任された政治家であり、ここで速やかに方針を定める責任がある」

 

 トリューニヒトは議員たちの不安げな顔を眺めて話を続けていく。

 

「具体的には、徹底抗戦か、即時降伏か、これを選ぶ。帝国艦隊から既に降伏勧告は出されている。これに応じないで交渉を引き延ばすのは難しいだろう。下手に時間をかけると市民の犠牲も降伏もどちらも甘受しなくてはならなくなる」

 

 それを聞いた議員たちもしばらくは声が出ない。しかし、状況はもはや切迫しているのだ。

 やっとそれぞれの意見が出始め、話し合いとなる。

 

「ここで、長く続いた自由惑星同盟が終わるのか。我らの代で終わるなど先人に対して顔向けもできない。」

「だからといって嘆くばかりではいられない。一般市民ならまだしも政治家が現実を見ないわけにいかん。そして民主主義のために市民に死ねとは言えん。玉砕覚悟の地上戦なんか論外だ」

「その通り。市民の犠牲を考えたら、下手に抵抗せず早期降伏しかない。帝国側が焦って空爆など始めてからでは遅い。まことに残念だが」

「いや逆だ。何も抵抗がなければそれこそ帝国に侮られてしまう。そうなれば和約条件が悪くなる。少しでも良い条件を引き出すため、最終的には降伏だとしても地上戦に持ち込む構えを見せることが必要だ。多少の犠牲を覚悟しても」

 

 

 さすがに皆は政治家だ。

 普段、足の引っ張り合いに勤しんでいるのは確かで、政治家としてあまり役に立っていない者も多い。しかしそれは同盟が続くからこそだ。危急存亡の時にはまともな議論もする。

 

「和約条件? 形ばかり取り繕ってもどうせ同盟は滅ぶ。多少引き延ばせるかどうかだけさ。それなら市民の犠牲は無意味としか言いようがない」

「そうともいえん。同盟市民が全て農奴にされたらどうする。人口を考えたら有り得んとは思うが、帝国の目論見は分からん。抵抗には意味がある」

「それならばいっそのこと綺麗に掃き清めて出迎えよう。そして這いつくばって慈悲を請うた方がいい。同盟の精神は内側に秘め、長い年月をかけて時期を待つんだ」

「だから皇帝万歳!と言っていいのか。民主主義がきれいさっぱり消えてなくなる方が早いだろうな。一度消えた精神は何年かかって取り戻せることか」

 

 議論は紛糾するが、やがて即時降伏論が優勢になる。やはり膨大な市民に犠牲を出してまで帝国軍へ抵抗を仕掛けることに怯みがある。

 

 ただし、議員たちに同盟市民への裏切りや、帝国へ自分だけ媚びを売って立場を保つような者はいなかった。

 錯乱したり、火事場泥棒を働く者もいない。内心はともかく見た目には政治家としての責任を取ろうとしている。

 それには、帝国軍がアルテミスの首飾りを同盟市民を盾にすることで突破したというのも大きく影響している。

 その下劣なやり方に義憤を感じる者が多かったのだ。

 

 

 その様子を見て、ヨブ・トリューニヒトは満足しながら言葉を繋ぐ。

 

「我々は最善を尽くす義務がある。そこで私から皆へ一つ重大な提案がある。戦略的に唯一の提案と確信するものだ。私から詳細を話すより、提案を携えてきた人間の口から聞いた方がいいだろうと思い、先ほどからこの会議場の側に待機させている。そうそう、その人物とは先にハイネセンへ亡命してきた銀河帝国正統政府の重要人物、ミス・ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフだ」

 

 議員たちが訝しがる中、ヒルダが同盟評議会の会議室に呼ばれる。

 同盟の政治家どころか、まだ同盟市民ですらない者が会議に出席し、話すとは異例過ぎる。

 

 だがヒルダはブロンドの短髪をしっかり結い、意志の強い薄灰の瞳をきらめかせて入室してきた。

 そして堂々と皆の前に立ち、ヨブ・トリューニヒトの許可を目で確認し、直ぐに話を始める。

 

 

 

「挨拶や自己紹介は省略させて頂きます。火急のことゆえ。この国の首都星が帝国軍によって陥落寸前である事実はこの場の全員が共有していると考えます。そして帝国に降伏するか、この惑星に住む全ての人々を巻き込んで戦うか、皆様がその決定をしようとしていることも存じております。ただし、この場でわたくしが申し上げたいのは、それに代わる一つの選択肢です」

 

「それ以外にあるのか!」

「まさか、降伏と見せかけてテロ行為などと。しかしそれではなおさら報復を生むだけだ!」

「この者はどうせ同盟などどうなってもいいと思っているんだろう。自分の立場のために同盟を利用するだけだからな」

 

 議員たちが動揺して叫ぶ。

 そんな、事態を好転させる手が本当にあるのだろうか。

 喧騒を手で制し、トリューニヒトが続きを促す。

 

「それは話を聞いてから判断すればいい。諸君もその判断力すら失っているわけではないだろう。ミス・マリーンドルフ、その先をどうぞ」

「ありがとうございます。それでは端的に申し上げましょう。その手段とは政府機能をこの首都星から移し、未だ帝国軍の手の届かない範囲に向かわせるということです」

 

 これがヒルダの策である。

 同盟の首都星ハイネセンを捨て去る。

 

 それは既存の価値観に縛られていては生まれない構想だ。

 実のところヒルダが最初に考えついたことではない。エカテリーナから生まれた考えだ。フェザーンを逃走してもなお諦めないルビンスキー家エカテリーナだからそういう考え方をした。

 

「もちろん政府を全て、ということはできません。帝国軍の半包囲にある状況で大規模な脱出は無理でしょう。それに加え、残ってこの惑星の住民に対し責任を取る者も必要です。つまり少数の人間を絞り、それに政府権限を正式に文書化して委託し、いったん帝国の手が及んでいない場所へ逃がすのです。この国の持つ星系は多く、逗留できる場を確保することは充分可能です。いかに帝国軍が大軍といえど、その全てを占拠することは現実的ではありませんので」

 

 これは議員たちにとって衝撃だ。

 

「単なる逃亡ではないか!」

「そ、それではハイネセンの市民を見捨てることになってしまう」

「このハイネセンこそ同盟の始祖であり同盟そのものだ! ハイネセンを失えば自由惑星同盟は形骸だ!」

「時間稼ぎにしかならん。どうせ卑劣な帝国軍のことだ。片っ端から殺戮していぶり出すに違いない」

 

「では皆様にお尋ねいたします。ここで降伏すればどうなることでしょう。もうこの国は失われるのです。現有の戦力も即刻解体、放棄されます。むろん首都星から退去することが悪あがきに過ぎず、意味がないものになる可能性はあります。しかし今ここで降伏するよりマシではないでしょうか。そして時間稼ぎにも意味が充分あります。まだ情勢は決まっていません」

 

 議員たちにもその筋道だった理屈は分かった。確かに同盟は広く、また情勢は確定していない。同盟軍もまだ各地に残存しており、政府機能としてそれを使う権限も残る。

 仮に降伏すればあっさり政府命令という形で同盟軍は進んで戦力放棄せざるを得なくなるのだ。

 

 

 一度は紛糾した意見がそこに集約されようとしている。

 ただし、もう一つの問題がある。

 誰がハイネセンを脱出するかだ。

 それは物理的にも大変危険なことである。そして精神的にも大変な重荷になる。なぜならハイネセンを見捨てたという汚名を着なければならないからだ。市民は理屈は分かっても、自分の命ばかりを惜しみ、利己主義的に逃げたと思うだろう。それは感情的なもので止めようがないのは火を見るより明らかだ。

 

 それこそが以前ヒルダがトリューニヒトに突き付けた覚悟、である。いっときでも汚名を受けなくてはならない。それが政治家の使命と引き換えだ。

 受け止めたのもやはりヨブ・トリューニヒトである。

 

「私が最高評議会議長としてその役を担おうと思う」

 

「議長、やっぱりあんたはそう言うと思ったよ。大した御仁じゃないか。では私はここに残り、帝国軍に対してとぼける役を演じよう。そして市民に害を及ぼさないように努力するよ。それもまた必要なことだろうからね」

 

 ホアン・ルイがそう言ってトリューニヒトの意見を肯定する。分かりにくいがホアンなりにトリューニヒトへ最大限の謝意を表し、自分は補完する役割に回ろうとしている。

 

 

 話は決まり、ヨブ・トリューニヒトはハイネセン脱出の準備をする。

 実際に乗る政府シャトルと、目を眩ますための無人の囮が多数用意された。

 亡命政府を作れる根拠となる権限委託文書も作られた。

 

 しかし、それらのため二時間だけ時間を使ってしまったのが、取り返しのつかない事態を生んでしまったのだ。

 

 

 




 
 
次回予告 第百二十九話 この身は愛に

エリザベートのために慟哭せよ!
せめて星になって愛する人を見守れ、エリザベートよ!

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